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【おしえて!元公務員 #03】気になる退職後のはなし~公務員から農家へ転身。自分が“楽しい”時間を大事に~

キャリア・働き方
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【おしえて!元公務員 #03】気になる退職後のはなし~公務員から農家へ転身。自分が“楽しい”時間を大事に~

「このままでいいのかな……」。公務員として働き、やりがいや安定を感じる一方で、これからのキャリアに迷う瞬間があるかもしれません。そんなとき気になるのが、役所を離れた人たちの“その後”。この連載では、自治体を退職した人に、そのきっかけや現在の働き方、今だから思う公務員の価値を聞いていきます。

すぐに答えを出すためではなく、これからの自分を考えるために。キャリアに悩むあなたへのヒントを届けます。

※記事の掲載情報は公開日時点のものです。

1|今回の「元公務員」は?

プロフィール画像

お名前 大沢 崇人(おおさわ たかと)さん
公務員歴 約13年
公務員時代の仕事 群馬県 学校事務
現在の仕事 大沢農園で親元就農
持っている資格 ファイナンシャルプランナー2級
家族構成 両親と3人暮らし
性格を一言でいうと? 論理的かつ慎重派

今回登場してくれたのは、群馬県の学校事務として約13年間勤務し、学校運営を裏方から支えてきた大沢さん。やりがいを感じながらも、“自分はどのような働き方を望んでいるのか”を考えるようになったといいます。

現在は、親元で就農。農業に取り組みながら、自分らしい働き方を模索しています。安定した公務員という職を離れ、家業を継ぐ道を選んだ大沢さんの“その後”を聞きました。

2|おしごと年表

※「全国公立高等学校事務職員協会 第73回全国研究大会」にて
※「全国公立高等学校事務職員協会 第73回全国研究大会」にて

――就職浪人を経て、学校事務に進んだそうですね。きっかけは?

大学時代、やりたいことも明確でないまま企業説明会に参加し、エントリーシートを書き、面接を受ける……そのような就職活動に違和感がありました。受かったとしても、何のために働くのか分からない状態で、仕事をする自分をイメージできなかったんです。

ふと“自分に合う仕事はなんだろう”と考えたとき、学校事務を見つけました。先生や生徒を支える仕事なのだろうと想像でき、“縁の下の力持ち”が得意な私には向いているかもと思いました。在学中、現役で学校事務の採用試験を受けましたが、最終試験で不合格に。卒業後は地元自治体の臨時職員として働きながら勉強を続け、2年目に群馬県の学校事務に合格しました。

――学校事務の仕事には、どのようなやりがいが?

学校事務は、歳出や契約、工事、給与などの事務をはじめ、教職員や教育委員会との調整まで、学校運営を幅広く支える仕事です。誰かの困りごとを見つけ、解決することにやりがいを感じていました。

ある学校で、先生から「黒板消しが小さくて、消すのに時間がかかる」と相談されました。限られた学校予算では、一度にすべてを買い替えることはできません。そこで“今必要かどうか”を見極め、ほかの予算とのバランスを取りながら、大きな黒板消しを少しずつ購入しました。先生たちから、“授業が効率よく進むようになった”と喜んでもらえたことを覚えています。

こうした小さな改善を積み重ね、先生が授業や指導に集中できる環境を整えることも、教育現場を支えることにつながるのだと感じ、うれしかったですね。

――やりがいを感じていた一方、なぜ退職を考えるように?

学校事務時代に出会った研究グループの仲間とは今でもつながりがあるそう。
学校事務時代に出会った研究グループの仲間とは今でもつながりがあるそう。

あるとき、学校事務の研究者から“AIが進歩し、変化のスピードが速くなる時代は、変化に柔軟に対応できる人が力を発揮する”と聞きました。

学校の仕事は、1年間の流れがおおよそ決まっています。このまま経験を重ね、40代半ばで事務長になり、定年まで働く。それは安定した道ですが、“自分は本当にこの道を望んでいるのか”と考えるようになりました。仕事は嫌いではありませんでした。ただ、組織の方針に沿って働く中で、自分はどんな働き方をしたいのか見つめ直すようになったんです。

とはいえ、すぐに辞めたわけではありません。コロナ禍もありましたし、転職するかどうか何年も考えました。そんな中、父の病気が分かったのです。父が元気なうちに農業の技術を教わりたいという思いに気づいて退職を決めました。

――現在は親元就農しているそうですね。どのような仕事を?

大沢農園は、祖父が畑を開き、父が2代目です。農園では、小松菜やほうれん草などの葉物を中心に育てています。

私は病気の父に代わって、主に力仕事を担っています。例えば、肥料を畑にまく作業や、種まき、出荷などです。他には売れ行きの分析、noteやSNSでの発信にも取り組んでいます。父から農業の技術を学びながら、自分のスキルを掛け合わせて、農園のこれからを考えている段階です。

3|公務員時代とその後(現在)の比較

4|気になる深掘りインタビュー

――なぜ就農を選んだのですか?

経験を活かして、バックオフィス職や教育関係のコンサルタントも検討しました。ただ、別の組織へ移っても、組織の方針や役割の中で働くことに変わりはありません。それでは、また同じ悩みにぶつかる気がしました。

学校事務として働いていたとき、現場や地域のために何年もかけて議論し、データを積み上げてつくった事業や仕組みが、地域の意見を受けて大きく方向転換する場面があったんです。行政が地域の意見をもとに方針を見直すことは大切です。一方で、その状況にもどかしさを感じることもありました。

農業では、何をつくり、どこに植え、どう売るのかを自分たちで考えます。判断を誤れば売り上げに響きますが、自分で決め、結果に責任を持つ。そこに、働く面白さを感じました。

母は当初、「農業は収入が不安定だから、公務員を辞めないで」と反対しました。それでも最後は「あなたの人生だから、自分で責任を持ちなさい」と認めてくれた。父は「やるなら、きちんと技術を教える」と言ってくれた。今は親と一緒に働いている時間が幸せです。

――農業を経験してみて、どのような変化がありましたか?

天候や生育状況を見ながら作業を調整することで、まとまった休みを取ることも可能に。自由度が上がった分、責任も増えましたが、人間関係によるストレスは大きく減りました

実際に携わってみて、農業は想像以上に経営の要素が大きい仕事だと感じています。高品質の野菜をつくっても、売れなければ収入にはならない。価格や出荷量、販路、情報発信(宣伝)まで考える必要があります。

うちの農園で育てている野菜の一つに、白ナスがあります。この野菜の食べ方をスーパーで直接説明し 、お客さんが買ってくれたときには、自分のちょっとした対応が売り上げにつながることを実感できました。

――今後は投資や副業、趣味なども仕事に活かしていきたいそうですね。

生活や心を支える軸を複数つくりたいと思っているんです。今、そこまでお金に困っていないのも、公務員時代に投資で築いた資産があるから。天候不順で農業が不安定になったときは、投資で築いた資産が支えになる。投資が振るわないときは、ファイナンシャルプランナーの資格を活かして、副業で収入をつくることができるかもしれない。周囲から褒められることの多い“声”や、趣味のトランペットもいつか仕事につながる可能性があると思っています。

私にとって農業は、自分をあらわすハッシュタグの一つ。“農業”、“投資”、“副業”、“趣味”といった複数のハッシュタグを、自分の意思で選んで動かしていく。漠然と働いていたときには、人生の時間がただ流れていたように感じていた。今は、状況に応じて“何がしたいか”、“何をすべきか”を選ぶことができる。人生の主導権をしっかり握っている感覚があるんです。

――ご自身の仕事をどのように広げていきたいですか?

写真からも大切に育てていることが分かります。
写真からも大切に育てていることが分かります。


まずは“大沢農園だから買いたい”と思ってもらえるようにしたいです。飲食店の要望に応じた野菜づくりや、珍しい野菜の提案、SNSでの情報発信などを試しながら、ファンを増やしていきたいと考えています。

個人としては、公務員時代に研修を企画し、講師を務めた経験を活かしたい。具体的には、就農支援のコンサルタントやセミナー講師として活動する未来を目指しています。

ポイントは、就農をスローライフへの憧れだけで捉えないことです。データ分析や販売の最適化、想定どおりに進まなかった場合のリカバリープラン、ファイナンシャルプランナーの知識を組み合わせた現実的な就農支援など。就農者たちの“経営と家計を支えられる存在”になることが目標です。
そのために、まずは自ら農業を経営して実践を重ね、そこで得た知見を再現性のある形に整理していきたいと考えています。