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【おしえて!元公務員 #02】気になる退職後のはなし

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【おしえて!元公務員 #02】気になる退職後のはなし

「このままでいいのかな……」。公務員として働き、やりがいや安定を感じる一方で、これからのキャリアに迷う瞬間があるかもしれません。そんなとき気になるのが、役所を離れた人たちの“その後”。この連載では、自治体を退職した人に、そのきっかけや現在の働き方、今だから思う公務員の価値を聞いていきます。

すぐに答えを出すためではなく、これからの自分を考えるために。キャリアに悩むあなたへのヒントを届けます。

※記事の掲載情報は公開日時点のものです。

1|今回の「元公務員」は?

プロフィール画像

お名前 福吉 智也(ふくよし ともや)さん
公務員歴 約20年
公務員時代の仕事 学校用務員
現在の仕事 飲食店 間AWAI(あわい)経営
持っている資格 水ソムリエ、大型免許、普通第二種運転免許
家族構成 妻、子ども2人
性格を一言でいうと?
人とのつながりを大切にするタイプ

今回登場してくれたのは、学校用務員として約20年間勤務し、子どもたちや先生を日々支えてきた福吉さん。学校現場での仕事にやりがいを感じていた一方で、制度変更によって学校との関わり方が変わり、“これからの働き方”について考えるようになったといいます。

現在は、地域の食材を使った飲食店を経営。愛着のある学校現場を離れることに不安はなかったのか……。用務員を辞めて未経験の業種に飛び込んだ、福吉さんの“その後”を聞きました。

2|おしごと年表

-公務員になろうと思ったきっかけは何でしょうか?

就職氷河期という時代背景もあり、親から「安定した仕事に就いてほしい」と言われたのがきっかけです。

仕事を調べるうちに、学校で働くことに興味を持ちました。中学校時代の野球部顧問が用務員の先生だったんです。その先生が生徒から信頼され、教育現場の中でさまざまなことに関わっていた姿を思い出し、“公務員の中でも用務員って楽しそうだな”と感じ、用務員を目指すようになりました。

楽しそうと思って選んだ学校用務員。実際はどうでしたか?

楽しかったです。生徒が用務員室に遊びに来て、先生には言えない悩みを話してくれたり、逆に先生たちから“生徒に近い存在”として頼られたり。学校施設の至るところを分かっているので、業務面でもやりがいを感じていました。

決して目立たないけれど、自分の業務が学校を支えていることがうれしかったです。

そんなやりがいを感じていたにもかかわらず、退職を決断したということですね。現在は、どのようなお仕事を?

妻の実家がある熊本市で、“あか牛”を使った飲食店を経営しています。
退職後は、まず南阿蘇村でキッチンカーを使って営業していました。そこから、キッチンカーと並行して小さな店舗の経営を経験し、令和8年8月に熊本市で新しい店舗を開きました。

熊本は、全国的にも“水がおいしい土地”として知られています。その水が、熊本の食材のおいしさを支えていると思っています。ご飯や出汁など、料理一つひとつの味も、水のおいしさで変わってくるように感じるんです。

熊本の食材と水を大切にしながら、手に取りやすい価格で、安心して楽しんでもらえる料理を提供できるよう、日々取り組んでいます。

3|公務員時代とその後(現在)の比較

4|気になる深掘りインタビュー

ー退職し、新しい道に進もうと思った理由を教えてもらえますか?

やりがいを見失っていたことです。

当初は特定の学校に常駐し、先生や生徒と毎日顔を合わせながら働いていました。誰かが設備などを壊したことが分かったら、「壊れたモノは勝手には直らない。誰かが壊したら、それを直す人がいるんだよ」と生徒に真剣に伝えることもありました。用務員の仕事を通じて、学校教育に関わっている実感があったのです。

ところが、拠点校制度(※)の導入により、複数の学校を掛け持ちする働き方に変わりました。特定の学校に常駐していた頃に比べると、先生や生徒と日常的に顔を合わせる機会は少なくなり、学校との関わり方にも変化がありました。

互いが見えづらくなり、“学校の中の一員”として関わっていた頃とは違う寂しさを感じることもありました。それ以来、自分にとってのやりがいを見つめ直すようになっていったのです。

40歳という節目も、体力的なことを含めて漠然と意識していました。やりがいを見失ったまま、この先も続けるのか。そう考えたとき、動くなら今だと思いました。

※拠点校制度:学校用務員が複数校を担当し、必要に応じて各校を巡回する働き方。

安定した公務員を辞めることに不安はありませんでしたか?

不安はありますが、家族の支えで頑張っています。
不安はありますが、家族の支えで頑張っています。

もちろん不安はありました。公務員を辞めると、安定した収入はもちろん、ボーナスもなくなります。ローンが組みにくくなることも考えました。だからこそ、辞める前には自分なりに“備え”をしました。大型免許やタクシー運転手に必要な普通第二種運転免許などの資格を取り、もしも起業がうまくいかなかった場合にも、別の道を選べるようにしました。

辞めたことに後悔はありませんが、たまに“働けなければ収入がない”という現実を不安に思うことはあります。私や家族が体調を崩して2週間ほど働けなかったときは、その間の収入がなくなりました。公務員時代であれば、病休などの制度がありましたし、そういう面では“公務員はありがたかった”と思います。

経験のない飲食店で起業したそうですが、なぜその道を?その仕事で、公務員時代の経験が活きていると感じる場面はありますか?

転職という選択肢もありましたが、自分の力で何かに挑戦してみたいという気持ちが強く、起業を選びました。

未経験での挑戦。だからこそ、しっかり丁寧に料理に向き合います。
未経験での挑戦。だからこそ、しっかり丁寧に料理に向き合います。

熊本というおいしい食材が豊富な地域に移住したこと、料理が好きだったこと、そして人に喜んでもらいたいという思いが、飲食の道を選んだ理由です。子どもから高齢者まで、地域の人や観光客が安心して食べられ、ほっとできる時間を届けたい。そう考えて、一念発起しました。

公務員時代の経験は、今の仕事にも活きています。特に役立っているのは、設備やメンテナンスの知識です。学校用務員時代に修理・修繕や施設管理を担当していたため、店舗づくりにおいても自分で対応できる部分が多くありました。業者に依頼する場合も、どこまで自分で対応し、どこから専門業者に任せるべきかを判断できます。そのおかげで、費用を抑えながら、納得のいく店づくりができました。

ー南阿蘇から熊本市へ営業拠点を移したのはなぜですか?

新しくオープンしたお店。自分達で出来るところは手作業で!
新しくオープンしたお店。自分達で出来るところは手作業で!

南阿蘇で営業していて気づいたのは、観光地でありながら、夜遅くまで開いている飲食店が少ないことでした。店舗数が限られるため混雑しやすく、道が渋滞することもあります。「お店がどこも開いていなくて困っています。テイクアウトはまだ間に合いますか」と慌てた電話が入ったり、子ども連れの家族から「渋滞で子どもが寝てしまったので、テイクアウトにします」と言われたりすることもありました。

阿蘇に来る観光客は、自然を満喫して“ゆっくり”したい人が多いと思います。ところが、せっかくの旅行なのに、お店の予約や席の確保だけで半日ほど気を揉んで過ごす人もいるように感じました。

そうするうちに、“来てくれるお客さんをもっとゆったり迎えられる場所”をつくりたいという思いが強くなったんです。そこで、自宅近くの熊本インター周辺に移転することを決めました。熊本インターは、観光客の利用も多い場所。高速を降りてすぐに南阿蘇のグルメを楽しめれば、阿蘇にいる間は食事のことを気にせず、自然をゆっくり満喫してもらえるのでは?と考えました。

また、近所の集まりで「この辺りは子ども連れで入れる店が少ない」という声を聞くことがありました。観光客だけでなく、地元の人たちが日常的に使えるようにしたい。その思いも、移転を決めた理由のひとつです。

将来的には、子育て中の人や学生などを雇用し、地元の人同士が交流できる場所にしていきたい。地域内外のお客さんはもちろん、自分を慕ってくれる人たちにも、幸せを届けていきたいです。