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神奈川県横浜市

【事例深掘】 オンライン申請導入を2カ月でスピード完了。三密への危機感が原動力に

新型コロナウイルス禍にあえぐ中小企業や個人事業主を救う、無利子無担保融資。しかしせっかくの制度も、役所の担当窓口がボトルネックになってしまい、融資までの時間がかかってしまう……。


この春、多くの地方自治体で見られたこの光景。令和2年4月に国が打ち出したのがいわゆる「民間金融機関による実質無利子・無担保融資」。売上高が減少している個人や法人がこの融資を受ける条件は、セーフティネット保証4号・5号、危機関連保証いずれかの認定を受けていること。その認定を行う各地方自治体の商工課などの担当部署は、キャパシティを超える来庁者数への対応に苦慮していた。


そんななかで横浜市が取り組んだのが、危機関連保証手続きのオンライン化。必要な融資を、一刻も早くという思いで取り組み、5月25日には紙ベースの手続きに加え、オンライン化をスタートさせた。なぜここまで素早くオンライン化を実現することができたのか、横浜市経済局中小企業振興部金融課の富澤理子さん、川口高志さん、伊藤浩士さん、イノベーション都市推進部新産業創造課の石塚清香さんに話を聞いた。

一日100人以上申請者が窓口に殺到一刻も早いオンライン化が求められた

――無利子無担保融資は、資金繰りに苦労している中小企業や個人事業主のために大きな役割を果たしていますが、それだけに申請者も多かったのではないでしょうか。

富澤:私と川口、伊藤は三人とも4月1日から現部署に着任しましたが、3月の引継ぎの段階で危機関連保証の認定会場の様子を見に行きました。非常に混雑していて受付までに待ち時間も長く、面談にも審査にも時間がかかり、さらに発行でまた時間がかかる。おそらく、申請者一人について3時間以上はかかっていたのではないでしょうか。実際に着任してみると、4月は1日平均でおよそ140件、最も多い日は197件の申請がありました。これは何か手を打たなければいけない、と着任と同時に取り組みをスタートさせました。

川口:ただ、新型コロナウイルス対策の面から、受付する職員を増やして対応することはできません。そこで、まったく別のアプローチをしなければいけないと考えました。

富澤:書類の単純化、郵送、発券機の導入などさまざまな方法を考えましたが、そのなかの一つが手続きのオンライン化でした。

――スピード感のある対応が必要だったのですね。

富澤:そうです。オンライン化と並行して郵送での手続きも検討したんですが、実際に郵送で行っている自治体に問い合わせてみたところ、郵便物の量が膨大になって対応できずに取りやめたと聞き、郵送化の課題を認識しました。

川口:郵送だと、受け取った書類に不備があったときに申請者に連絡を取って確認して、場合によっては申請書を差し替えるなど、その申請手続きにおいてどのフェーズにいるかをすべて人手で管理しないといけません。

富澤:窓口が混雑しているなかで、とてもそれはできないなと思っていたときに、局内で応援を頼んでいた石塚さんが持っていた、オンライン化のアイディアに出会ったんです。しかも、システムづくりを依頼できる企業にも心当たりがあるということでした。

石塚:私は3月の段階で提案書を作っていました。とにかく早くシステムを導入する必要があると感じていたので、「自治体さんが仕様を出してくれたら、それを実装しますよ」という姿勢の開発会社には、おそらくこの案件は厳しい。これはBPR(Business Process Re-engineering:業務を抜本的に再構築すること)と並行しながら進めていく必要があると考えました。そこで私が念頭に置いていたのが、自治体におけるBPRの実績もあり、すでに「スマート申請」というシステムを自治体向けに提供していた株式会社グラファーさんです。
また、危機関連保証の認定は、全国の自治体でまったく同じ事務作業を行っています。自治体の規模や申請者数の違いはありますが、直面している課題は同じ。であれば、横浜市でひとつソリューションを作り、横展開していけば、他自治体の課題解決にもなると考えました。

富澤:実は、私は「貸し渋り」が問題となった平成10年に、窓口で同じ業務を担当していた経験があるのです。あの時は、申請する方が一日に590人もきました。あれと同じ、又はそれ以上のことが起こるのではないか、そうなると今のやり方ではとても耐えられない。何が何でもなんとかしなきゃ、と必死でした。

川口:今回は、途中で国側が「これはさすがに大変だ」と考えてくれたようで、4月末に「金融機関が代理で認定の申請を自治体に提出してよい」という制度をつくりました。実際に窓口業務が大混乱に陥らなかったのは、この金融機関による代理申請の影響も大きいと思います。ですが、4月の時点ではそれはわからなかった。

左から川口さん、富澤さん、伊藤さん、石塚さん(株式会社グラファー提供)

「業務に合わせたシステム開発」ではなく、システムに合わせて業務を変えていく

――具体的には、どのように進めたのでしょうか。

石塚:まず、課題を洗い出すために想定業務フローを作りました。これを描き切ってしまった上で、これをもとにどんな課題があり得るのかを書き出していきました。70ほど上がってきた課題を、富澤さん、川口さん、伊藤さん、そしてグラファーのエンジニアさんと一緒にひとつひとつ潰していき、並行してBPRの部分、内部事務の見直しを進めていきました。ここでのKGI(Key Goal Indicator、最終達成目標のための中間指標)は申請者の窓口滞在時間の短縮ですから、それを阻害する要因には何があるかを洗い出します。グラファーさんにはUI・UX(User Interface/User Experience)の面でわかりやすくするためのアドバイスをいただきながら改善を進めました。そして、やはり大変だったのは内部調整ですね。金融課のみんなが夜な夜な話し合いをしていたことが思い出されます。

富澤:正直に言って、危機関連保証の認定手続きをオンライン化すると考えたときに、「システムが自分たちの業務の側に合わせてくれるものだ」と思い込んでいました。でも実際はそうではない。システムはもうでき上っているものがあって、それを導入することが最適解ですから、「システムに合わせるために我々が実務としてやっていることから何を削れるか」を考えなければいけなかった。

もちろんシステム開発のグラファーさん側も歩み寄ってはくれるんですけど、話を重ねていく中で「それって良くないですよね」と指摘してもらうことで、あらためて「そうなのか」って理解できる。そのプロセスを繰り返していくことで、より洗練されたものができるということがわかりました。開発側が納得してくれれば、すごい速さで歩み寄ってくれて開発が進んでいく。

川口:やはり、グラファーさんの「スマート申請」というシステムがすでにパッケージとしてあったので、その上でできることできないことが早い段階で明確になっていたのがよかったと思います。無駄なことを考えなくてすみますし、設計変更や手戻りを起こすことがまったくなかった。4月の1週目にはグラファーさんからプロトタイプがあがってきて、4月13日にはテスト環境を見られるようになったので、システムの大枠を見ながら「ここをこうしたい」「ここ変えなきゃダメだよね」と検討を進めることができました。

富澤:私の第一印象は逆で、「これじゃちょっと、全然使えない」と思いました。

――富澤さんはどこが問題だと思ったのでしょうか。

富澤:申請する側が操作する画面はある程度わかりやすいと思ったんですが、市の職員用のインターフェースがダメだと思いました。これまで自治体で使っているシステムは、基本的にアナログの様式や手続きに合わせた形で組んでいます。ですが、見せてもらったテスト環境のインターフェースは全く違う。これでは、現場で対応する職員から「これじゃわからない」「できないですよ」と言われてしまうんじゃないかと感じました。

石塚:ただ、要件として必要なものを満たしているかどうかを考えると、ICT担当の立場として私は「行ける」と思いました。そして、必要なのはスピード感です。グラファーさんの「スマート申請」を元にカスタマイズしていくのですが、システムの基幹部分まで手を入れる必要があるカスタムかどうかは、私の頭のなかに線引きができていたので、「現在の優先度からいってその変更は絶対に承服できません。使ってみてどうしてもダメなら、その時にまた検討しましょう。」と富澤さんにストップをかけました。

川口:「じゃあ大枠はしょうがないから、せめて審査の業務を進めやすいように項目の順番を変えてもらおう」というように、制限があるなかでやれることをやろう、という思考に変わりました。

富澤:発想の転換でしたね。自分たちの業務をシステムに寄せていく。でも、やれることはやってくれたという印象です。「変更できません!」と厳しく言われた後にやってくれたこともあったので、逆にうれしさもありました。

石塚:そう感じていただけたというのは本当によかったと思います。「ICTのことはよくわからないから」って一歩引いたままで進んでいくと、どうしてもモヤモヤが残ります。だから、きちんと「こうしたい」という意見をぶつけてもらって、それに対してできるできないの判断をしていった方が、エンジニア側としてもやりやすい。この状況にみんなが納得していれば、「Aはできないけど、Bの方はどうにかできるね」という発想に頭が切り替わる。そのコミュニケーションをきちんとできたのは、良かったと思います。

――手続きのオンライン化となると、気になるのはやはり押印のことです。

富澤:そうですね、そこは最重要ポイントになりました。危機関連保証認定については、中小企業庁がルールを定めています。これはデジタルでもアナログでも変わらない。例外規定もたくさんある、細かいルールなのですが、オンラインでもそれに則っていないといけない。私と川口でこのルールを必死で読み込んで整理して、起こり得る課題をすべて書き出して、その日は終電を逃しながら、ポイントになるところを洗い出しました。

川口:課題を整理するなかで最終的にわかったのが、押印があるとオンライン化の効果が半減してしまうということでした。押印がなければ、来庁時に待ち時間なく認定書を交付できるのに、押印が必要だと、来庁時に押印してもらってから認定書の発行することになる。オンライン化しても、結局のところ窓口における待ち時間が生じてしまうことになるのです。

富澤:オンライン化を効果的な形で実現するため、押印を不要とできないか中小企業庁に要望しました。これまでのルールでは押印は必要とされていたのですが、最終的に中小企業庁が、「押印を一律に求めない」と見直してくれました。これで、認定手続きのオンライン化は大きく前進しました。

後編はこちら↓
【事例深堀】既存業務の変更には、「現場の反発」はつきもの。それでもやらなきゃいけない
 

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