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誰にとっても失敗は怖いもの。「できることならチャレンジせず、現状維持でいきたい」と考える人は、決して珍しくないだろう。本特集では、現役の自治体職員が経験した“しくじり”と、そこから得た気づきをご紹介。
この記事では、民間出身で、落選も経験しながら三重県桑名市長となり、トライアンドエラーを推し進めて官民連携で成果をあげた伊藤さんにインタビュー。失敗を恐れない職場づくりを首長の立場から語っていただいた。
※インタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
三重県桑名市 市長
伊藤 徳宇 (いとう なるたか) さん
三重県桑名市多度町生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、株式会社フジテレビジョンに入社。平成18年に桑名市議会議員に初当選。平成20年に桑名市長選挙に出馬するも落選。平成24年に再び挑んだ桑名市長選で初当選し、現在4期目。
落選したからこそ市長になれた。
――公務員の方から役所は失敗が許されないという言葉をよく耳にします。どうお感じになりますか。
市民の皆さんからお預かりする税金を使って様々な事業をするので、失敗が許されないというのは一定程度、正しいと思います。私も13年前に市長になったときによく職員から言われました。ただ、この言葉って今のルーティンを変えないためのお題目なのかなとも当時は感じました。
世の中が変わってきているんだから、役所もそれに合わせて変わっていかなければいけない。挑戦しなければいけないと言い続けてきました。当然、許されない失敗もあると思いますけれども、トライアンドエラーというか少しずつ挑戦していかないと役所が社会から取り残されてしまう。そう思いながらずっと仕事をしてきて、桑名市役所は変わってきていると思います。
――市長ご自身は民間での勤務も経験されています。官民で失敗に対する考え方、チャレンジ精神の差をお感じになりますか。
民間の組織にも失敗は許されないと思って仕事をしている人も結構います。でも組織自体のマインドが違うんですね。挑戦しなくても組織があり続ける行政と、そもそも挑戦しないと組織自体が成り立たない民間企業とは全然違うなということはやはり感じます。
例えば「富士フイルム」さんの場合、元々写真のフィルムをつくっていて、カメラがデジタル化になって会社がダメになるんじゃないかと思っていたら、ヘルスケアだったり半導体だったり全く違う分野で挑戦して、新しい組織として生まれ変わっています。
そういうところが民間の凄さで、民間人だから公務員だからというよりも組織のあり方が違うと思います。ただそこで働いている人も当然、少なからず影響は受けることになりますね。
――伊藤市長ご自身がこれまでに経験した最大の失敗を教えてください。
私の最大の失敗は17年前に市長選挙に落選したことですね。これがやはり自分の人生で一番の失敗です。今となって振り返るとまさに若気の至りだったなと思います。 まわりのことは考えずに、自分の思いだけで挑戦をして敗れてしまったわけです。幼稚だったなと思います。
かといって、あのとき挑戦しなかったら今の自分になれたかどうかはわからない。あそこで挑戦したからこそ、いま市長の仕事をさせてもらっていると思っています。
――落選がなければ当選もなかったと。
市長になれたのもその失敗のおかげだし、いまの仕事のやり方についても、そのときの落選の経験は活きていると思います。市民の皆さんがどう考えているのかを常に意識するようになったということですね。
私の思いだけで何かができるわけではなく、市民の皆さんの思いと私の思いが同じ方向を向いていて初めて色々なことができる。まさに選挙の原点ですけれども、落選したことで私もしっかりと自分に腹落ちしたんだろうなと認識しています。
“合意取れた”と思い込んで失敗。
▲ 当初計画とは別の場所に完成した「桑名福祉ヴィレッジ」。市民との合意形成をめぐる教訓となった
――市長になられてからの失敗はいかがですか。
常に悪戦苦闘の連続で、こう進めたいと思っていても、そのように進まないことは結構あります。
例えば、保育所、高齢者施設や障害者施設を集めて福祉系の複合施設を整備しようと計画したんですが、建設場所を巡って議論を呼び、計画した場所につくれなかったことがありました。
予定エリアに公園があり、その中に整備する計画でした。当初、地域の雰囲気は悪いものではなく、合意が取れたと思い込んでいたんです。けれども、いざ地元説明会に入ったら全く違う反応が出てきました。公園のスペースが減ることについて、この公園は由来のある公園だからけしからんという意見です。地域の代表の方もその声を聞いて反対側にまわってしまい、結局その場所では建設できませんでした。
――市民の声に寄り添いきれなかった。
そうですね。もう少し裏取りをするとか、色々な方のご意見を聞けばよかったんですが、そこは自分たちが甘かったと反省しています。 その施設は、別のエリアを予定地として、そのエリアの人たちに受け入れていただき、「桑名福祉ヴィレッジ」という名前で別の場所にできたので、市民にとってはいい結果になったと思います。それ以降、住民の合意を取る際にはいくつかサンプルを取ってみる形で慎重にやっています。ある意味、貴重な経験をさせていただいたと思っています。
――市の看板でもある官民連携はトライアンドエラーの積み重ねだそうですが。
いまは市役所だけで課題解決ができる時代ではありません。民間と連携して市政運営をしようとマニフェストに掲げて取り組んできました。とはいえ行政の中には当初、そういう考え方はありませんでしたので、民間と連携する窓口をつくろうと言ってもなかなかすぐにはできない。庁内からは変な要望ばかり来たらどうするんだという反応でした。
そこで1年間しっかり議論をして、平成28年に「コラボ・ラボ桑名」という官民連携の専門窓口をつくりました。民間からの提案をそれぞれの部署で受けるのではなく、ここを共通の窓口として、この部署が市役所の各担当と調整しながら進めていく形です。色々な提案が玉石混交で来ますが、非常に面白い提案もたくさん来るようになりました。
最初に職員がやってくれたのは広告事業です。婚姻届の記入例という紙がありますが、その裏に載せるブライダルの広告を取ってきてくれました。非常に小さなことですが、そこから民間との対話がみんな上手になってきました。
そういう動きをしてくれた職員たちを褒めて、小さなことからコツコツと積み上げた結果、かなり多くの民間提案事業を進められるようになってきています。当然、失敗もありますし、市の財政に劇的な効果のある取り組みもありました。この9年間で368件の提案が来て、そのうちの110件、だいたい3割ぐらいは実現しています。
7割失敗でも“当たり前”が桑名流。
――3割が実現ということは7割は失敗するわけですね。
失敗することも当たり前というか、全て成功するのであればもう皆さんやっているはずなので、そうではないことに果敢に挑戦していくのが桑名市役所のスタイルです。民間の方も、やりたいと思っていることを桑名だったら最初にやってくれるんじゃないかということでご提案が増えています。
――官民連携って旧来の役所にとっては何をやるにしてもチャレンジです。
まず市役所にそういうマインドがないと形になっていかないと思います。提案の中身を100%やれと言ったら、みんなやらなくなってしまう。できるものはしっかりやりながら、調整した結果うまくいかないのは仕方がないと思っています。
――職員の自発性を引き出すために心がけていることはありますか。
チャレンジ精神をいかに植え付けるか、当たり前にするのかはすごく大事だと思っています。例えば予算編成の際に、ある課が財政改革で予算を1,000万円削減をしたとします。これすごい改革なんですけれども、財政課の手柄になってしまうわけです。
これだと職員としてはモチベーションが上がらないんですね。こんなに頑張ったのに自分たちは認められてないんじゃないかということもありました。そこで「がんばり“見える化”予算」というものをつくりました。ある部署が財政改革で成果を出したら、次の年の予算でそのうちの何%かをその部署につけるんです。例えば1,000万円改革したら、来年度は200万円をその部署が市民サービス向上のために自由に使えますよと。
その取り組みを続けていくと、どんどん改革が出てくるようになりました。自分たちの頑張りをみんな見てくれているんだということですね。そのうちに消防と福祉など部署を越えて連携して財政改革を始めるチームも出てきて、変わっていきたいという声が庁内から聞かれるようになりました。
それとやはり人事でしょうか。桑名市役所だと基本3年ぐらいでローテーションをかけて職員に様々な分野でのジェネラリストになってもらう人事策をとっていたんですが、自分はこういう分野だけやりたい、専門職じゃなくてもこの部署をずっとやりたいという方が結構います。
そこで複線型人事としてエキスパートをつくっていく人事のラインをつくり、10年ぐらい同じ部署で頑張ってもらう制度をつくりました。例えば収税対策、滞納の整理をする部署に10年いたいという方が出てきました。意外でしたが、そこはある意味民間の営業のようなポジションで、頑張りがそのまま数字にあらわれるので、営業職のような感覚で数字を上げたいというモチベーションの方もいるんです。やはりやりたい仕事をやってもらうことはすごく大事だと感じています。
――滞納の督促をしていた職員の方から失敗を糧に頑張りますというお話もお聞きしました。
滞納整理はものすごく民間に近い雰囲気があるので、本当に向いている公務員がいたりします。あまり日が当たらない職場ですけれども、実際はこのために頑張っている職員がたくさんいるなと日々感じているので、その方のお気持ちもよくわかりますね。
公務員の基本に立ち戻って挑戦を。
――失敗を活かすには組織内での共有が必要といわれますが、そういう仕組みはありますか。
失敗の共有になるかどうかわかりませんが、みんながコミュニケーションを取りやすい職場をつくろうと考え、「パブリックトランスフォーメーションスペース」というのをつくりました。これは造語で、デジタルトランスフォーメーション(DX)がいわれますが、市役所自体を変革するのがテーマです。フリーアドレスで誰でも仕事をしていいPXスペースをつくり、皆が端末を持ってきて仕事をする。違う人と話をしながら仕事をすることが大事だと考えて試行的にスタートしています。
――チャレンジを許容する雰囲気をつくることにもつながりますね。
コラボ・ラボの提案のうち3割しか実現していないということは、まさに失敗してもいいんだと言っているようなものです。私自身、失敗を怒るということは基本ありません。挑戦しないと怒りますけどね。そういう意味で庁内にそういうマインドはできているんだろうなと感じます。
――失敗を恐れて踏み出せない職員の方へのアドバイスをお願いできますか。
やはり基本に立ち戻ることでしょうか。市政の発展とか住民福祉の向上が公務員のやるべき仕事だと思いますが、そこに立ち戻って考えてみてはどうかと思います。
失敗するんじゃないかと恐れるのは、今やっていることと違うことをする不安からだと思いますが、何かしようと思うということはベースとして、現状がベストではないと感じているのでしょう。
だとすれば、それが市政の発展や住民福祉の向上につながると考えるなら、仮に失敗したとしてもそこに向かうのが公務員としてあるべき姿のはずです。
もしそこに立ち戻っても挑戦をさせてくれない役所であれば、今のご時世、色々なチャレンジをできる組織はたくさんあります。例えば桑名市役所を受けていただけば、そういう方は多分採用されると思います(笑)。
公務員になったときの思いに立ち戻り、自分でチャレンジしなきゃいけないと思うのであればやった方がいいですし、そういう公務員として頑張ってほしいなと思いますね。