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誰にとっても失敗は怖いもの。「できることなら挑戦せず、現状維持でいきたい‥…」と考える人は、決して珍しくないだろう。本特集では、現役の自治体職員が経験した“しくじり”と、そこから得た気づきをご紹介。
今回は、庁内の合意形成でつまずいた職員さんが登場。よかれと思って進めたイベントの合理化で、突っ走りすぎた末に起きた職員間の摩擦とは……。その経験から得た教訓は何だったのか、苦い過去を振り返る。
※掲載情報は公開日時点のものです
イベントの集約化で、係長の怒りに触れる。
――Aさんはイベントで大きなしくじりを経験されたそうですね。
10年くらい前の話です。私は以前、商工振興課にいたのですが、そこでは地元の商工会議所と組んで毎年イベントを実施していました。よくある“○○産業フェスタ”みたいなやつです。
また、農政課と観光課はJAと組んで“物産展”を開催していました。こちらも毎年実施なので、両イベントは内容も出展者も、運営スタッフも重複しちゃうんです。ともに20年続く歴史があったので、マンネリ化していましたし、住民には区別がつかなかったかもしれません。
そこで、この2つを合同イベントにすればいいと思いつきました。農政課の係長に話をして好感触を得たのですが、実は本担当の係長はほかにいたんです。
――悪い予感しかしないのですが……先を聞かせてください。
それで本担当の係長に話をしにいきました。「イベントは1つにまとめて大きくした方がいい。住民も出展者も喜ぶし、職員の負担も軽くなるし、経費節減にもつながります」と。四方よしのアイデアで自信満々だったのですが、その係長からは「俺は一緒にやりたくない」と一喝されました。
この方は前例踏襲を好むタイプで、キャリアも長かったのでプライドが傷ついたのでしょう。「俺の20年間をお前は否定するのか」とか「JAと商工会議所が組むわけがない。そんなことも分からんのか」などと言われました。しまった、と思ったのですがもう手遅れです。
結局、「こっちはこっちでやらせてもらう」と言い捨てられ、分裂を招いてしまったのです。この時はもう、庁内のあちこちから怒られました。実は、私が最初に提案した係長とも不仲だったと、後で聞かされました。
持ち場は守ったものの、残ったモヤモヤ感。
――しょんぼりした姿が目に浮かびます。その後、気持ちをどう切り替えましたか。
くよくよしても仕方ないので、目線を住民に向けることに集中しました。庁内のゴタゴタでイベントの質を落とすことは許されない。住民が喜ぶ新イベントをつくろうと考えました。
まず会場をより大きな施設に移し、商工会議所へ出すお金を増やして「運営は全て任せます」として民間の知見を入れることに。JAにもあいさつに行き、新イベントをアピールしたところ、運よく参加してくれることになり、さらに勢いがつきました。商工会議所も出展者を増やし、結果としてスケールアップしたイベントが完成していったのです。
――災い転じて!? 新イベントは、最終的に成功したんですか?
はい。新規来場者も増えて大盛況でした。また、従来無料だった出展料を有料にしたので、商工会議所も実入りが増えて満足そうでしたし、職員も運営から解放されました。農政課の協力は得られなかったものの、結果的にどうにかなったというのが本音です。
ちなみに、農政課のイベントはどうなったかというと……私は出禁に近い状態だったので現場を見ることはなかったのですが、ほかの職員に聞いた話では「いまひとつだった」とのことで、複雑な心境でした。
理屈だけではいけない、という気づき。
――イベントは一安心。でも初動は失敗だったと。ここから得た教訓とは?
私は既存のものを変えていくのが好きな性格なのですが、それが裏目に出て、自分のアイデアだけで突っ走ったことがまずかったと反省しています。若かったこともあり“巻き込む力”が足りなかったんです。あの時は、相手を理屈で動かそうとした。予算とか、負担とか、集客とか。そして、農政課の職員が積み重ねてきたことには全然目を向けていませんでした。「生意気なやつ」と思われても仕方ありません。
――自治体の中では、そうした傾向があるのでしょうか?
あるかもしれませんね。今も覚えていますが、本担当の係長からは「おまえはたった数年、俺は20年だぞ」と言われたんです。この言葉の裏には、合理性とは全く異なる“過去と価値”がありました。もう少し他者を尊重すればよかったんです。
それ以来意識しているのは“価値観の違い”です。自分にとっての正義が、相手にとっても正しいとは限らない。私が変えたくても変えたくない人もいる。そうした価値観の違いをならしていく、ということは考え続けています。
あとは、段階を踏んだアプローチも大切ですね。役所ではタテのものをヨコに変えるだけでもあちこちに飛び火しますから。適切な相手を選んで、「こうしたい」ではなく、「こうするには、どうしたらいいですか」と相談する姿勢が必要。そして仲間を増やしてから具体的な提案をする。この流れは重要です。
後悔はムダ。どんどん共有していこう!
――今は役職者として部下を抱える身ですが、この経験は仕事に活きていますか?
はい。自分が失敗を重ねてきた人間なので、やらかした際の気持ちがよく分かりますから(笑)。
公務員って、どちらかというと失敗を隠したがる傾向にあると思います。でも、隠されるとフォローができない。なので、話しやすい環境をつくるようにしています。
職員に不自然さを感じたら、「何かあった?」と聞く。嫌な話が出てきそうなら、むしろ笑顔で対応する。もちろん仕事の手を止めます。そして打ち明けてくれたら、責めない。ミスしたことを追及するよりも、一緒にリカバリー方法を考えた方がいい。自分もそうやって助けられてきたので、これからは助ける方にまわりたいです。
そして、失敗例もマニュアル化していけばいいと考えて、実際につくっています。これを受け継いでいくと後輩が同じ失敗を避けることにつながる。だから共有できた方がいいんです。
――「失敗したくない」という職員に向けてメッセージを!
前述のイベントですが、2年後からは農政課も入ってきて、スケールアップしながら、今も続いています。私は異動になって直接は関わっていませんが、その成長を見守るのは楽しみです。そして、「あの時の失敗がなかったら、成功もなかったかもしれない」と思うのです。
しくじりは誰にでもあります。でもそれを悔やむのはもったいない。時間は戻らないので、そこから何をするのか考えることが大切です。短いスパンで見れば失敗だと思うかもしれませんが、長い目で見ると成長のきっかけなのかもしれない。そう考えて失敗を恐れずに挑戦してほしいと思います。