ジチタイワークス

【特集】何から始める? 自治体におけるウェルビーイング向上の取り組みとは

ウェルビーイングの向上は、様々な職場において重要な課題だと認識されている。しかし、概念的なものであるがゆえに、「具体的に何を意味するのか」「どんなことをすればいいのか」と戸惑う人も多いことだろう。

ここでは、ウェルビーイング学会の監事・学会誌編集委員長であり、公務員のキャリアも持つ専門家に登場いただき、職員のウェルビーイングを向上させる職場づくりと個人の意識改革について、分かりやすく解説してもらった。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

保井 俊之先生▼解説するのはこの方
広島県公立大学法人 叡啓大学 ソーシャルシステムデザイン学部 学部長・教授
兼 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授
保井 俊之(やすい としゆき)さん

1985年東京大学卒、財務省、金融庁などを経て、官民ファンドREVIC常務取締役、国際金融機関IDBの日本ほか5カ国代表理事などを歴任。2021年に開学した叡啓大学にて初代学部長・教授に就任。地域活性学会副会長、ウェルビーイング学会監事兼学会誌編集委員長、日本創造学会評議員、日本ポジティブサイコロジー医学会評議員など多彩な肩書きを持つ。ウェルビーイングとテクノロジー、ひと・地域・自然のつながりとウェルビーイングが主な研究テーマ。

ウェルビーイングを支える3つの状態。

Q. そもそもウェルビーイングとは何でしょうか。

A.
ウェルビーイングの学術的な定義は、「自分の人生の評価」「良好な心の状態」であり、世界保健機関(WHO)憲章の前文の有名な一節、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます」に重なります。

国連の持続可能な開発目標(SDGs)では目標3「すべてのひとに健康と福祉(well-being)を」に入っています。

ウェルビーイング、すなわち“よく生きる”という考え方は古代ギリシャからあり、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの『ニコマス倫理学』でも、人間としてよいあり方とはどのようなものなのか、ということが語られています。

いわば人類が生きる上での根源的な問いなのですが、私が説明する時には分かりやすく、“ハツラツ! ウキウキ! ワクワク!な状態”だとお伝えしています。

ここでの「ハツラツ」は、身体的な健康状態がいいということ。「ウキウキ」は精神的に高揚している状態。「ワクワク」は仕事やプライベートで前向きに生きがいを感じている状態です。この三要素が揃って初めてウェルビーイングな状態だといえます。


 

Q. メンタルヘルスとの違いは?

A.
両者はしばしば同じだと思われますが、メンタルヘルスはウェルビーイングに内包されます。ウェルビーイングという大きな傘の下に、精神的ウェルビーイングを意味するメンタルヘルスがある、というイメージです。

メンタルヘルスはその名の通り精神的な健康状態であり、前述の三拍子の中では「ウキウキ」に該当します。なので、ここだけが充実していても十分とはいえないのです。

私は36年間財務省や金融庁などの中央省庁に勤めていました。中央省庁での仕事はかなりハードといわれます。しかも残念なことに、昔は働き方改革やワークライフバランスといった考え方もなかったので、がむしゃらに働いていました。

また、私のかつて所属した部署の一つは地域の財政金融行政の担当部署だったので、地方自治体との交流もあり、地方自治体の現場事情もある程度理解しています。その経験からも、自治体職員の方にはウェルビーイングな働き方が絶対に必要だと考えています。

だからこそ、ここ数年で行政全体の働き方がウェルビーイングな働き方の実現に向けて変わろうとしているのはとても素晴らしいことだと思いますし、今こそウェルビーイングを職場や地域に設計(デザイン)するという考え方を普及させるよいタイミングだと考えているのです。

職場を変えるには、まずコミュニケーションから。

Q. ウェルビーイングの面で自治体にはどんな課題がありますか?

A.
まず、ジチタイワークスが実施したアンケート結果を見ると、「職場環境に満足していますか」という設問に対し、一般職員の方の回答で「非常に不満がある」「やや不満がある」を合わせると50%を超えるという、厳しい結果です。

※アンケートは、健康保持・増進担当、管理職、一般職員に分けて集計しているため、本結果は一般職員のみのものです

「非常に満足している」という回答は4.9%。そして「満足している」は43.0%ですが、この人たちはひょっとしたら、不満を内に秘めている可能性のある方と想定する方がいいかもしれません。

といいますのは、マーケティングなどでのアンケートの分析には「丁寧ないいえ(Polite No)」という考え方があり、「非常に満足している」ときっぱり断言できない人の本音は「No」に近いのかもしれません。

その視点で見ると、一般職員の95%以上が何らかの不満を抱えている可能性があるということになります。もしそうだとしたら、看過できない数字ですよね。これは官民問わず同様なのですが、働く場所にはウェルビーイングの三つの側面のうちの「ワクワク」、つまり社会的な側面が重要です。

特に、自治体ではこの部分を高めていかなくてはなりません。民間と比べて、自治体の業務に様々な制約があるからです。ウェルビーイングは、自己決定や自己実現、学びのマインドセットと相関するという研究結果があります。

しかし、自治体の仕事は法定事務が多く、そこで働く方が能動的に自己決定や自己実現ができる場面が限られています。法定事務の多くはルーティン化されており、学びのプロセスが多い目標達成型のプロジェクトではありません。

そして新たな政策の実現には、地域の多様な当事者の合意を粘り強く形成することが必要で、担当者のご苦労が多いです。さらに職場のメンバーも定期的な異動で次々と変わってしまい、チームづくりに苦心します。

また、頑張って公共サービスを住民の方に届けても、「税金を納めた対価だから」と捉えられ、感謝される機会はさほど多くないかもしれません。

それでも公務員は公益意識が強いので、ひたすら仕事に打ち込み、何かあったら自分を責め、残念なことですが、中には燃え尽きてしまう方もいる。こうした現実を変えていく必要があります。

特に、公務員の世界でも人手不足が叫ばれる昨今では、積極的に職場のウェルビーイングを向上させて、「就職したい」と選ばれる自治体になることが求められているのです。

Q. 具体的には、何から始めるといいでしょうか?

A.
ウェルビーイングな職場実現のために「職場に欠けているものはないか」と、考えることから始めるのがオススメです。

私どもの研究チームの研究の結果明らかになった「働く幸せ7因子」というものがあります。それをさらに整理すると、「成長できる」「安心できる」「チームになれる」「認められる」「自分ごとにできる」にまとめられると私は見ています。

これを実現していくことを目標に据え、上司あるいは人事の方が職員の立場になって、「成長できているか」「安心できる職場か」と見ていきます。そこで大切なのが、部署内のコミュニケーションです。

米国のギャラップ社の調査「全米管理職白書2019」によると、「上司と部下のコミュニケーションはとれていると思うか」という設問に対し、すごくそう思う」という人の職場は、ただ「そう思う」という人の職場と比べて満足度が2倍だったそうです。

この結果からも分かる通り、ウェルビーイングの高さは人とのつながりや、コミュニケーションの濃さと相関します。まずは職場でのつながりとコミュニケーションを深めていきましょう。

そのほか、パラレルキャリア、兼業解禁、フレックス勤務、越境学習の仕組みなどを採用する自治体もあらわれ始めていますが、これはとてもよい取り組みだと思います。こうした動きは多様な働き方につながり、働き方が選べるということは、働くことで自己決定や自己実現の機会が増え、ウェルビーイングの向上につながっていくのです。

DXとの合わせ技で働きやすい環境をつくっていこう

Q. いきなり対話を深めようとしても、難しいかもしれません。

A.
確かに、唐突に話しかけられるのは不自然だと感じられる場合もあるでしょう。そこでオススメなのが「1on1」の導入です。

上司と部下が対話する時間を定期的にとる仕組みです。民間では採用している企業が増えてきましたが、自治体では導入しているのはまだ一部だと思われます。この方法であれば、設定された仕組みがあるので、コミュニケーションを自然にとることができますし、部下からのアプローチもしやすくなるでしょう。

そもそも、日本の会社や官公庁では昇進の際にマネジメント教育を受けるという学びの場を設けてこなかったことが多く、上司が部下をマネジメントするスキルセットが必ずしも体系立てて、学びとして育成されてこなかった事情があります。

近年では、大学院に職員の方が留学できるようにする、マネジメントの内部研修を管理職候補の方に受講してもらうなどの動きが出ているので、今後はこうした面もその方向に大きく変えていくといいと感じています。

Q. ほかに職場でできることはありますか?

A.
組織のビジョンと職員個人の仕事のパーパスを共有していくことが重要です。

多くの場合、組織のビジョン(あるべき姿)と職員個人のパーパス(そこで働く目的や意義)は完全には一致しません。

でも、「このまちが好き」とか「人の役に立ちたい」など、一致するところもある。それを拾い上げていきましょう。

まずは、上司が組織全体のビジョンをしっかりと理解し、それを伝え、部下のパーパスにも耳を傾けて、自分のパーパスも併せてすりあわせの作業を行っていくのです。

分かりやすい例えとして、「3人のレンガ職人」という有名な話があります。通りかかった旅人が建設現場でレンガを積んでいる3人の職人に「何をしているのですか」と聞く物語です。

1人目の職人は「レンガを積んでいるのさ」と答え、つまらなそうに仕事をしていました。2人目の職人は「大きな壁をつくっているのさ」と答え、家族を養うために気張って仕事をしているという。3人目の職人は「歴史に残る大聖堂をつくっているのさ」と幸せそうに答えたといいます。

その話の通りです。「この仕事をやらされている」ではダメ。「この仕事で収入を得る」でも足りない。“この仕事を通して地域の人々をウェルビーイングにする”という自覚があって初めて“やりがい”が生まれるのでしょう。

ただし、理想だけではウェルビーイングは実現できないかもしれません。何より自治体職員は忙しい。新しい仕事もどんどん入ってくる。ではどうするか。そのカギがDXです。

新しい仕事が増えるのなら、古い仕事はスクラップしていかなくてはいけない。そこでデジタルの力を借り、職員の業務量を減らすのです。

DXの本質はデジタルの力を活用した、働き方改革、仕事のやり方の見直しにあるのです。ウェルビーイングの取り組みと、DXでの業務改革という両輪がうまくまわることで、よりよい職場づくりができていくことでしょう。

そして肝心なのが、“自分自身を認める”こと。自尊感情とか自己肯定感などともいわれますが、あるがままの自分を受け入れ、できている、できていないは別として、自分自身をいとおしく思うこと。

自分のウェルビーイングファーストです。感謝される機会が少ないと感じている人ほど、この感覚が大切です。

仏教の言葉に「自利利他円満」という言葉がありますが、この「利」は、私はウェルビーイング、すなわち幸せのことだと思っています。自分がウェルビーイングで満たされれば、自然に人様をウェルビーイングにして差し上げたくなる。

そして、ひとさまがウェルビーイングになれば、自分もさらにウェルビーイングを感じる。そんなウェルビーイングのスパイラルが「自利利他円満」で生まれるのが理想です。

“実現したい”という思いが自分も他者も変えていく。

Q. 保井さん自身のウェルビーイング術はありますか?

A.
私もウェルビーイングファーストで生きています。オンもオフもなく、昼も夜も休日もみながウェルビーイングになるデザインのための仕事をしていますが、これは仕事が好きで、楽しくて、ウェルビーイングを実現するためにやっていることなので。

そう考えると、全てのオンがオフのように感じ、全てのオフがオンのようにも感じます。あまり参考にならないかもしれません(笑)

あとは、“今”に集中すること。マインドフルネスという概念でこの感覚はよく捉えられますが、明日のことは思い悩まないし、過去のことは忘れてしまいます。

この生き方を選んだのは、「9.11」米国同時多発テロに遭遇したことがきっかけでした。

2001年(平成13年)9月11日、私はニューヨークのワールドトレードセンターの中にいたのです。出張で同センター内のホテルにいた私は、緊急警報を聞いて間一髪で脱出しましたが、世界経済の象徴である110階建てのビルはハイジャックされた2機の旅客機がビルに突っ込んだことで目の前で崩れ落ち、3,000人もの人たちが亡くなりました。

その風景は目に焼き付き、生と死のギャップの中で苦しんだ時期もあったのですが、最終的に「私は一度死んだ」という考えを受け入れることにしたのです。

残りの人生は、“ギフトとしていただいた第二の人生” “おつりの人生”のようなものだと捉えて、人が幸せになるためになることを研究し実践しようと考えた。そうしてウェルビーイングという考え方にたどり着きました。この活動が年々加速して、現在に至ります。

▲ ニューヨーク グラウンドゼロ。アメリカ同時多発テロ事件によって崩壊したワールドトレードセンターの跡地である。
 

そうした中で振り返ると、公務員時代にはまわりにバリバリ働いている先輩および同僚たちが多くいましたが、その人たちが総じて幸せそうに見えたかというと、残念ながらそうではなかったのが現実でした。優秀で人格的にも立派な方が多かったのですが、その職場にウェルビーイングの感覚はあまりなかったように思います。

そのわけは、自己決定、自己肯定、自己実現を通じてウェルビーイングを実現するというデザインがあまりなかったからかもしれません。

そして残念ながら、中には燃え尽きていく方もいらっしゃいました。それを間近に見て、“自分の未来は決められる、自分のウェルビーイングは自分でデザインでき実現できる、何歳になっても学べる”というウェルビーイングデザインのスキルセットを多くの人に伝えていきたいと考えています。

そして、この考え方と生き方を一番お伝えしたいのは公務員の皆さんなのです。

Q. 全国の自治体職員にメッセージをお願いします。

どのような業務に就いても、自分自身が“実現したい”と思える未来のイメージを持ちましょう。それを強く思い続けることで行動が始まり、“私はこういうことをしたい”とコミュニケーションをとるようになれば、仲間も集まります。

そのようにつながり合うこと、目標をもつことでウェルビーイングが向上し、仕事も充実していき、幸福のスパイラルがまわりはじめるはずです。そのために大切なのは、まず自分自身がウェルビーイングな状態であること、これに尽きると思います。

 

 

心と体を守る職場づくり特集

 心と体を守る職場づくり特集ページ一覧
 #01 【有識者に聞く】何から始める? 自治体におけるウェルビーイング向上の取り組みとは  ≫
 #02 【ウェルビーイング】北海道苫小牧市/健康経営と働き方改革の両輪でウェルビーイングを目指す ≫
 #03 【エンゲージメント】大阪府四條畷市/エンゲージメントの可視化で組織を活性化する ≫ 
 #04 【週休3日制】岩手県久慈市/気になる週休3日制!久慈市の取り組みから効果と課題を学ぶ ≫ 
 #05 【メンタルヘルス】高知県/全職員が主役の「職場ドック」で 働きやすい職場をつくる ≫ 
 #06 【コミュニケーション】初めて部下ができたときの接し方 ≫ 
このページをシェアする
  1. TOP
  2. 【特集】何から始める? 自治体におけるウェルビーイング向上の取り組みとは