公務員としての能力や適性を公平に評価し、職務にふさわしい人材を選抜する「昇任試験」。
昇任試験は、公平性を確保しながら個々の公務員の能力を見極め、行政運営の効率向上を達成するための重要な手段だ。
しかし、「昇任試験を受けるか決めかねている」「普段の業務で忙しく勉強の時間が取れない」というケースも多いのではないだろうか。
そこで本企画では、約40年、公務員として様々な文章を書きながら、行政現場で職員の文章指導を行ってきた工藤 勝己(くどう かつみ)さんに、昇任に対しての心構えや論文・面接対策の基本を紹介していただく。
※掲載情報は公開日時点のものです。
解説するのはこの方
工藤 勝己(くどう かつみ)さん
文章よくなる株式会社 代表取締役
1985年 運輸省(現・国土交通省)入省、1989年 葛飾区入庁、東京都庁派遣、特別区人事委員会事務局主査、区画整理課長、道路建設課長、道路管理課長、都市整備部参事、総務部参事、総合庁舎整備担当部長などを歴任し、「日本全国に文章美人を増やしたい!」と意思を固めて早期退職。2024年4月 文章よくなる株式会社を設立。
現在は、実務研修「文章の磨き方」を全国展開する傍ら、昇任試験論文セミナー「合格論文の工藤塾」「よくなる論文添削」、昇任試験面接セミナー「面接突破の工藤塾」を開講している。
技術士(建設部門・総合技術監理部門)、土地区画整理士。
「うちは面接だけなんです」。
文章研修の講師として全国の自治体に伺っていますが、面接試験だけで昇任選考を行っていると、ある自治体の人事担当者の言。
これまで私は、「文章が書けなければ仕事にならない」と痛感する場面が少なくなかったので、昇任試験では論文を課すべきだと思っています。しかし、自治体によって事情は様々。
その自治体では、「試験対策が大変だ」「いまさら論文なんて書けない」という理由から、昇任試験の受験をためらう職員が多いらしく、受験者の負担軽減が課題になっているのだとか。
他方、昇任試験で論文を課してはいても、最終的には面接試験によって人物評価をしている自治体も多く、「人物重視」が全国的なトレンドとなっています。
面接試験は、昇任するためのいわば“最終関門”。たとえ筆記試験が満点であっても、面接試験で不合格になるのは、よくあること。面接試験の重要性が、ますます高まっているのです。
今回は、頻出質問に対する模範解答をご紹介しながら、面接に臨む際の心構えをお伝えしたいと思います。頻出質問に対する備えを万全にしておけば、面接会場の独特の雰囲気に流されることなく、きっとよい波に乗ることができるはずです。
志望動機・昇任後の抱負
面接官の立場からすれば、聞いておきたいこと、聞かざるを得ないことの代表格が「志望動機」「昇任後の抱負」です。この質問は、昇任意欲を確認し、揺るぎない意志があるかどうかを見通すために行われます。謙遜したり卑下したりすることなく、自信をもって歯切れよく自らを売り込みましょう。
質問例
なぜ昇任したいのですか?具体的にお答えください。
回答例
・これまでの経験を活かして、市政の重要な意思決定に関与したい。
・市政のさらなる発展のために、次なるステージで貢献したい。
・尊敬する上司に巡り合い感銘を受けた。私もそんな上司になりたい。
質問例
昇任後の抱負を教えてください。
回答例
・あらゆる困難から目を背けず、何事も率先垂範することで、地域課題を着実に解決していきたい。
・職員個々の能力や適性、意欲を見極めながら、OJTを実践して、組織力の底上げと求心力の向上を図り、喫緊の課題を解決していきたい。
完璧な想定問答を用意した上で、暗記してきたことをそのまま話す受験者がいますが、これは面接官にあまりよい印象を与えません。
したがって、想定問答は箇条書きがオススメです。身近なエピソードやインパクト抜群の実例を紹介しながら、借り物ではない自分の言葉で熱く語りましょう。
長所と短所
自分自身のことだから、長所と短所は簡単に答えられる。そう思っていると痛い目に遭います。なぜなら、面接官が本当に聞きたい質問は、背後に潜んでいるからです。
そのことを念頭に置いた上で、戦略的な回答を用意しておく必要があります。
質問例
あなたの長所と短所を教えてください。
回答例
・長所は物事を冷静に分析できること、短所は何事にも慎重になりすぎることです。
・長所は粘り強いこと、短所は頑固なことです。
質問例
短所が災いして失敗してしまったエピソードを教えてください。
回答例
・プロポーザル方式で委託事業者を選定する際に、慎重になりすぎて他自治体からの情報収集やメンバー選びに時間がかかってしまい、委託期間に影響が出てしまったことがありました。
質問例
その短所を克服するために、どんなことを行っていますか?
回答例
・逆算思考に徹するようにしています。まず、目標とする期限を明確に定め、そこから逆算しながら細かい工程を決めていくことで、自らの行動を可視化して進捗管理するように努めています。
質問例
結果として、その短所は克服できましたか?
回答例
・スケジュール管理でミスすることもなくなり、的確な判断力が身についてきたので、着実に克服できていると実感しています。
どのような質問であっても、1回のやりとりで終わることはありません。必ず“二の矢 三の矢”が飛んでくるので、先を読んだ戦略的な回答をするようにしましょう。
一つのことをどんどん掘り下げて聞いていくこの手法は、「コンピテンシー面接」と呼ばれています。
コンピテンシー面接は、受験者の思考や行動特性を確認する有効な手段であるため、昇任試験でも多くの自治体が採用しています。
最もプレッシャーがかかったこと
質問例
これまでの業務経験で、最もプレッシャーがかかったのはどんなことですか?
回答例
・事業に反対する住民のグループから、長期間にわたって市長へのハガキが一度に何十通も届いたり、反対運動が活発に展開されたりして、議会でも注目されたことです。
質問例
それは大変でしたね。その状況をどうやって打開したのですか?
回答例
・住民対話集会を開催して話し合いを重ねながら、市長へのハガキの回答は1通ずつ丁寧に作成して粘り強く対応しました。時間はかかりましたが、おかげさまで議会からのご理解も得られ、事業がうまく進むようになりました。
質問例
あなたは、どのような役割を果たしましたか?
回答例
・住民対話集会の企画運営に携わり、当日は司会進行を務めました。また、市長へのハガキの回答を作成する際には、添削・校正する役割を担いました。
質問例
その経験から何を学びましたか?
回答例
・何事も誠実に粘り強く対応すれば、必ず道は開けるということを学ばせていただきました。また、市長へのハガキの回答を作成する過程で、文章スキルの大切さを痛感いたしましたので、日頃から文章力向上を図るように努めています。
面接官からこのような質問をもらったら、自らの経験や実績を売り込むチャンスだと前向きに捉えましょう。ここで紹介した回答例のように、苦い経験や苦労話を遠慮なく披露して、それを今後の公務員人生の糧にしていくというポジティブな姿勢を打ち出してください。
ストレス耐性
民間企業の採用面接では、いまだに「圧迫面接」がありますが、自治体の昇任試験では、なくなってきているように感じます。しかし、昇任後のプレッシャーに耐えられるか、メンタルに不調をきたすことはないか、受験者のストレス耐性を判定するために、あえて回答に困るような質問をすることがあります。
そのような質問にもしっかりと備えておけば、「想定外」を「想定の範囲内」に収めることができます。
質問されたら、「いよいよ来たな」と冷静に受け止め、落ち着いて対処してください。
質問例
今回は残念ながら不合格です。そういう知らせが届いたら、あなたはどうしますか?
回答例
・不合格となった原因をしっかりと分析して、1年間仕事をがんばり、人間的にも成長した上で、また来年チャレンジさせていただきます。
質問例
残念ながら、来年もまたダメだったら、どうしますか?
回答例
・昇任したいという意志は揺るがないので、合格をいただくまであきらめません。
・私自身にまだまだ足りない部分があるのだと思いますので、それを克服するために精進を重ねて、昇任させていただくのにふさわしい人物になりたいと思います。
質問例
ストレスには強いほうですか?
回答例
・プレッシャーのかかる場面では、やはりストレスはたまりますが、自分なりのストレス解消法があるおかげで、ストレスを過度にため込むことはありません。
質問例
差し支えなかったら、どのようなストレス解消法か教えていただけませんか。
回答例
・週末にテニスをして汗をかくことで、ストレスを発散しています。その後に飲むビールがまた格別で、嫌なことも忘れさせてくれます。
ベテラン面接官は、このような質問を容赦なく浴びせてきますが、実は回答の内容よりも「表情」や「態度」を見ています。したがって、緊張でガチガチになりながら硬い表情で答えているとマイナス評価となってしまいます。やわらかい表情でリラックスしながら話すことで、ストレス耐性が高いことを存分にアピールできるはずです。
「不安」「心配」「苦手」など、面接を控えている受験者の口からは、ネガティブな言葉だけが聞こえてきます。そんな受験者に、私がいつもかける言葉があります。
面接は、磨いてきた自分を披露する場。
昇任するための最終関門「面接」は、誰でも経験できるわけではありません。今、そのステージに立っている自分を誇らしく思いましょう。
面接官も喜怒哀楽の感情を持った生身の人間です。だから、受験者がまず伝えるべきは「真摯さ」なのです。決して、そのことを忘れないようにしてください。
人生は、カツ丼のようなもの。
チビチビ食べていたのでは、味が分からない。
(中谷 彰宏)
おいしいものを存分に味わうためには、“勢い”が大切です。公務員人生も同じ。
昇任試験の受験をためらいながら、「いずれは受験したいけど……」と思っている人は、カツ丼を前にしている状態です。チビチビと味わうか、ガバッと食べるかは、あなた次第。
長年、職員の皆さんのキャリアアップを応援し、伴走してきた立場から言わせていただけるなら、ガバッと勢いよく前に進んだほうが「人間的成長」や「自己実現」につながるような気がしています。
「いつかは受験したい」と思っていても、その「いつか」が永遠に訪れない人や、残念ながらタイミングを逸してしまった人を、私はこの目で何人も見てきました。
海を眺めながらカツ丼弁当をチビチビと食べていたら、空からトンビが飛んできて、ご飯の上のカツをかっさらっていってしまうようなものです。
この連載も最後となりました。『公務員の残念な文章10選』『論文・面接対策“きほんのき”』と6回にわたって、ノウハウや秘訣をお伝えしてきましたが、いかがだったでしょうか?ほんの少しでも、お役に立つことができたなら、とても光栄なことだと思います。
皆さんが、実り多きライフステージを手繰り寄せ、尊い公務員人生を謳歌することができますように、深く念じながら執筆させていただきました。拙い(つたない)文章を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
よい言葉と巡り合うことで、よい人生が開ける。私はそう思っています。著名人の金言は私たちに勇気と希望を与え、前向きに歩んでいくための原動力となってくれます。この連載で、たびたび金言を紹介させていただいた理由は、そこにあります。
再び、中谷彰宏さんの言葉をお借りして、この連載を締めくくりたいと思います。
それでは、またいつか。
選択肢は、二つ。
今やるか、一生やらないか。
(中谷 彰宏)
工藤 勝己(くどう かつみ)さんの著書
「一発で受かる!昇任試験 面接合格完全攻略」
(学陽書房)
「一発で受かる!最短で書ける!昇任試験 合格論文の極意」
(学陽書房)
ほかにも『一発OK!誰もが納得!公務員の伝わる文章教室』『住民・上司・議会に響く!公務員の心をつかむ文章講座』(いずれも学陽書房)がある。