今、自治体の業務改善において注目を集めている“生成AI”。住民への情報提供や働き方改革にも大きく貢献する可能性があるが、いくつかの懸念点も残されているため、活用に踏み切れない自治体も少なくない。
こうした状況の中、別府市では事業者と連携し、これらの課題に対応する独自のシステムを構築。市民サービスの向上と、庁内業務の効率化を目指す取り組みを進めているという。その経緯を追いつつ、生成AIの可能性を探る。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
[PR]SDT株式会社
interviewee
別府市
左:別府市総合政策アドバイザー 浜崎 真ニ(はまさき しんじ)さん
右:企画戦略部 情報政策課 デジタルファースト推進室 明田 舞子(みょうだ まいこ)さん
生成AIは確かに便利だが……、汎用サービスに感じた物足りなさ。
令和元年、別府市は「BEPPU×デジタルファースト宣言」を掲げ、全庁的にデジタル活用を推進する方向性を示した。
こうした動きのもと、令和5年からは社会における生成AIへの注目度の高まりを受け、同市でもテスト運用を開始。「まずは汎用的な生成AIから試しました」と明田さんは語る。「最初は手探りだったので、運用ルールを定めた上で、キャッチコピーやイベントの挨拶文を考える仕事などで使ってみました」。
このテスト運用で一定の効果が見込めたため、同年11月から本格運用をスタート。職員の反応は良好だったが、課題も残されたという。「ハルシネーション※1 が発生する可能性があり、また、回答自体も世界中の情報から紡ぎだしたものなので、地域に関する質問は不得意。汎用的な生成AIの限界を感じていました」。
そうした中、生成AIを用いて先進医療教育支援プラットフォームの構築などに取り組みはじめた「大分大学医学部」と、生成AIのサービスを提供する「SDT」から声がかかった。
内容は、“別府市固有のデータを使って、独自の生成AIサービスをつくる”という提案だった。当時抱えていた課題と一致したため、同市は令和6年1月に産学官での連携協定を締結。市民サービスの向上と、庁内業務の効率化に向けた取り組みをスタートさせた。
まずは実証運用から行うこととなり、公式LINEを入口とした「子育てチャットボット」でスモールスタートすることに決定。明田さんは次のように振り返る。
「子育て世代は大抵の人がスマホを使うし、忙しいので電話や来庁をする時間がなく、チャットボットを利用してくれるのでは、と推測しました」。
また、同市の公式LINEにはすでに子育てチャットボットがあったのだが、課題もあったという。「いわゆるシナリオ型のチャットボットで、回答までに数ステップを経なければならず、シナリオにない質問には答えを返せません。この課題を生成AIで解消したいというねらいもありました」。
こうした背景のもと、同市はSDTと協力しながら、実証運用の開始に向けて準備を整えていった。
※1 生成AIの分野で人工知能(AI)が事実にもとづかない情報を生成する現象
“まちの情報”を伝えるために、別府市独自のデータベースを構築。
実証運用では、“自然言語の質問に正しく回答するか”と“利用者がどのように質問をするのか”という2点の把握を目的に設定した。採用されたのは、同社が提供する生成AIサービス「Panorama AI(パノラマエーアイ)」。
汎用的な生成AIとは異なり、RAG(検索拡張生成技術)※2を活かして、生成AIと自治体が持つデータを連携。それにより、独自のデータにもとづいたローカルな情報を提供することができる。また、ハルシネーションを抑制する機能も併せ持つ。
準備段階では、RAGに使用するデータベースを構築する必要がある。しかし、同社のサービスでは、手持ちのデータを渡すのみで問題ないという。「今回、住民向けに発行している子育てガイドブックと、公式ホームページのデータを渡しました。データを整え直すといった作業は発生しないので、特に手間はかかりませんでした」と明田さんは話す。
▲ 別府市子育てチャットボットの管理画面イメージ。(画像拡大)
公式ホームページや子育てガイドブックの情報を根拠にした回答が用意されるので、より住民の質問にマッチし、かつ精度の高い回答を返すことが可能。
データベースを構築したら、次はチャットのテスト運用を行い、回答内容の確認作業に入る。このフェーズでは子育て担当課の協力が必要になるため、こまめな連携と納得感の醸成に気を配ったという。「回答の正誤は、担当課でないと判断が難しい。とはいえ負担になるのも事実なので、『これが広まれば、電話問い合わせが減るなど将来的な業務改善へつながります』ということを伝えつつ、丁寧にコミュニケーションをとるよう心がけました」。
こうして庁内でのテストを終え、LLM(大規模言語モデル)※3も複数試した上で決定し、令和6年3月8日から公式LINE上で実証運用を開始した。4月1日には第1弾の実証を終え、集まったデータを分析したところ、導入効果が分かってきた。
※2 RAG(Retrieval Augmented Generation)とは、大規模言語モデル(LLM)によるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせることで、回答精度を向上させる技術
※3 LLM(Large language Models)とは、膨大なテキストデータから学習し、高度な言語理解を実現する技術
- 子育てチャットボットサービスの利用イメージ -
確かな手応えをもとに、実証運用を次のステップへと進める。
第1弾の実証では、住民から139件の質問が入った。そのうち回答を返せたものは75件で、うち70件が正しい内容だった。「一部に情報の不足などは見られましたが、完全に間違いだという回答はありませんでした。第1ステップとしては満足のいく結果だと評価しています」。
- 実証運用の利用状況 -
また、新しいチャットボットは子育て担当課でも好評だった。住民に返した回答の内容をチェックしてもらうと「こんなにきちんと答えてくれるのか」と驚きの声が上がったそうだ。
加えて、運用を管理するデジタルファースト推進室でも、その使い勝手には満足しているという。「管理画面はシンプルで使いやすく、情報のアップデートなどもやりやすい。Q&Aの履歴も、何を聞かれ、どう回答したのかということだけでなく、“何を根拠に回答を作成したのか”という部分までも分かるので、今後に向けた改善が進めやすいです」。
こうした手応えをもとに、同市では第2弾の実証運用へコマを進めていった。限定的な利用にとどめた第1弾とは異なり、より多くの人に使ってもらおうと広報にも力を入れ、乳幼児健診の会場などでチラシを配布。また、LINEだけでなく市の公式ホームページにも子育てチャットボットの入口を設けた。
さらに、再度LLMの見直しも行い、3つの製品を比較した。「第1弾の実証で住民から寄せられた139の質問を3製品全てに試し、機能面、可用性、費用面の3点で評価した結果、『Claude 3.5 Sonnet(クロード 3.5 ソネット)』を利用することにしました」。
- 製品の比較イメージ -
ほかにもデータベースの充実化や、利用者アンケート機能の追加などを実施。こうしたブラッシュアップ作業でも同社との連携が活きたと評価する。「修正依頼や要望に対して迅速に対応してもらえるだけでなく、利用状況を見ながら課題を先回りして提案型で進めてくれるのがありがたい。安心して、スケジュール通りに進行することができました」。
こうして第2弾の実証運用は、令和6年8月20日にスタートし、利用者を増やしながら進めている。
▶別府市デジタルファースト推進室が運用するnoteでは、第2弾の詳細ほか、これまでの取り組みについて紹介されている。
24時間365日のサービス提供で、住民満足度の向上と業務負担軽減を目指す。
現状の課題と向き合う中、産学官の出会いをきっかけに生まれた同市の取り組み。特に事業者との連携については「いい関係を構築できている」と浜崎さんは語る。
「ベンダーには、技術力だけでなく、自治体との“共創意識”がほしい。同社にはそれがあり、唯一無二のパートナーを得たと感じています」。また、明田さんも「今回はゼロからサービスをつくるといった貴重な経験ができました。小さな疑問点などにも丁寧に対応してくれたので、納得感を持って仕事ができています」と笑顔を浮かべる。
第2弾の実証運用は、令和6年9月で一区切りとなり、ここで得た収穫をもとに次のステップへの検討に入る。しかし2人の目はすでにその先を見据えているようだ。
「当市では、“ポケットの中に もう一つの市役所を”という目標を掲げています。生成AIはそれを実現するための手段。子育てチャットボットで24時間365日サービスを届け、市民満足度を上げながら職員の負担軽減にもつなげたい」と明田さん。
また、浜崎さんは「サービスの幅をもっと拡大できるはず」と考える。「住民に有用なデータは、県や民間事業者も持っています。それをシステムに集めていけば、別府市の情報を網羅したものができるかもしれません。これは子育て分野に限らず、ほかの領域でも同じです」。
さらに、同社が提供している、インターネットに接続せずとも使える生成AIサービス「Panorama AI BOX」にも関心があるという。
「データベースに庁内の知見を集約し、職員からの質問に対して適切に回答する、というものを構想しています。業務を全て把握している人がいなかったり、頼りにしていた人が異動したりといった状況をフォローする、いわば職員向けの“AIエージェント”です」。生成AIの活用により、様々な可能性を見出している同市。「実現の可否はともかく、まずは“やってみる”ことが重要」という浜崎さんの言葉通り、今後もチャレンジを続けていくことだろう。
無料トライアルの申し込みは随時受け付け中
「まずは体感してみたい」という自治体に向けて、無料トライアルを用意しています。現地やオンラインでのデモも無料で可能です。お気軽に問い合わせください。
[Panorama AIサービスの強み]
⑴ 独自のデータベースから、より正確な情報を提供
RAG技術を用い、生成AIと自治体や企業が持つ独自のデータを連携させることで、汎用的な生成AIでは対応できない地域情報をカバー。ハルシネーションの発生を抑える仕組みもあり、使うほどに学びを深めるシステムになっている。
⑵ 自治体にとってベストなサービスを提供する
システムの提供だけでなく、“自治体が何を実現したいのか”を理解し“、どうすれば実現できるのか”を提案。LLMのスピード・正確性・費用などを比較できる環境を提供し、ともに検討することも可能。
⑶ インターネットを必要としない生成AIも
インターネット接続に制限がある環境や、機密性の高い情報を取り扱う場所向けにつくられたのが「Panorama AI Box」。最新の生成AIと独自データを活用した質問・検索が可能になる。