ジチタイワークス

【セミナーレポート】無関心層に行動変容を促すには?~成果につなげる健康増進施策のヒント~

厚生労働省が主導し、各地の自治体も様々な取り組みを進めている「誰一人取り残さない健康づくり」。同省が令和5年11月、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」を取りまとめたことで、「健康に関心の薄い人を含め、本人が無理なく健康な行動をとれるような環境づくりを推進」することが、新しい視点として加えられました。

これに伴ってジチタイワークスは、今年2月に「住民参加型の健康づくり施策のヒント」をテーマにしたオンラインセミナーを開催。皆さんからいただいた声を受け、今度は「無関心層の行動変容」をテーマとしたセミナーを開催することとしました。セミナーでは、心理学の観点からもヒントとアイデアをお届けできるよう、ヘルスケアに関連した企業のソリューションも併せて紹介します。

概要

■テーマ:無関心層に行動変容を促すには?~成果につなげる健康増進施策のヒント~
■実施日:2024/07/12(金)
■参加対象:自治体職員
■申込者数:620人
■プログラム
Program1
心理学から学ぶ行動変容を“引き出す”コツ
Program2
他市の成功事例に学ぶ:無関心層を動かす健康増進サービスの実践
Program3
自治体現場で使えるナッジ理論!~健康分野の事例を紹介~
Program4
無関心層には日常生活に溶け込ませるアプローチが有効!?
Program5
熊本県荒尾市にみる住民の行動変容を促すスマートヘルスケアサービス導入事例


心理学から学ぶ行動変容を“引き出す”コツ

<講師>

 

 

 

 

早稲田大学 人間科学学術院
教授 大月 友さん
 

プロフィール

早稲田大学人間科学学術院助教、専任講師、准教授を経て2024年より教授。専門は臨床心理学。心理的支援や行動変容に関する研究を展開。公認心理師・臨床心理士として、医療、産業分野での実践も行う。


行動変容のためには、対象者の気持ちに合わせたアプローチが必要だ。中でも、心の準備がまだできていない、いわゆる無関心期の人へのアプローチは、何とか説得しようとしても相手の心に響かない、「でも」と言い訳ばかりされるといった反応になりがちで、多くの支援者にとって課題となっている。そこで今回は、相手の行動変容を引き出すためのコツを心理学の立場から、大月さんが紹介する。

行動変容は難しい?行動変容ステージを知ろう

本日は、心理学の立場から「行動変容」を引き出すコツを紹介します。そもそも「行動変容」とは、何らかの生活習慣を変えたり、従来の習慣を止めたり減らす、あるいは今までやっていなかったことを増やしたり、始めたりすることです。

行動変容には以下のように、無関心期から関心期、準備期といったステージがあります。

無関心期から維持期まで一気に進むわけではなく、徐々にステップアップしていくのが行動変容の重要なポイントです。それぞれのフェーズのアプローチについて見てみましょう。

●無関心期
この時期は行動変容にあまり関心がないので、自己理解を促していきましょう。健康診断の結果についての面接・面談・カウンセリングが重要です。また、健康診断を受けていない状態の場合は、「こうしないと危ないですよ」と、不安感をあおるような情報があっても良いと思います。同時に、「こんな風にすると、もっとこうなります」というポジティブ情報を示すことも重要です。

●関心期
この時期は、変わろうかな、という気持ちと現状維持の気持ちがバッティングしているので、ネガティブ情報を与えると、気持ちが折れることが多いです。できるだけポジティブ情報を与える方が良いと言われています。

●準備期
行動変容に向け行動を起こしたいと思っている時期なので、面接のやり方がコーチング的になります。具体的にどうするのか目標設定し、行動計画を行います。そのための情報提供やグッドプラクティスの共有も良いと思います。

●実行期
行動は変容しているものの、持続には自信がない状態です。基本的には、維持のための工夫をどうするのか。負荷が高いと行動変容は続きませんので、できるだけやりやすい工夫をして、本人の「やる気」に帰属させないことがポイントです。

努力と我慢が難しい本当の理由/行動分析学のキホン

では、そもそもどうして行動変容は難しいのか、努力と我慢がどうして難しいのかについて紹介します。覚えておきたい行動の法則について、下記図にまとめました。

B(行動)がどう変化していくか、様々な実験データを見たところ、行動のすぐ後に良いことが起きれば基本的に続くが、嫌なことがあったらすぐに行動を止めることが分かっています。これも、「すぐに」がポイントです。すぐに変化がないと行動は続けにくくなります。これが行動の法則です。

例えば筋トレ。夏場に筋トレをすると、汗をかいて気持ち悪くなる、疲れる、腹筋も痛くなるなど、すぐ後に嫌なことが起こります。そして、成果はすぐには見えません。つまり、すぐ後にはデメリットしかなく、メリットはトレーニングを続けてからでないと感じられないので、「努力が必要な行動」になります。

一方、「我慢が必要な行動」は、ついついやりがちな暴飲暴食です。食べている最中はすぐに満足感を得られますが、やがて、積もり積もって体重増加や健康診断時の血液検査の結果の悪化を引き起こします。すぐ後にはメリットしかなく、デメリットはしばらくしてから起きるので「我慢が必要な行動」になります。
このように、「努力が必要な行動」は続けにくく、「我慢が必要な行動」はやめにくい仕組みになっています。だからこそ、言葉や頭を使って変化させることが重要なのです。

行動変容を“引き出す”トーク術/動機づけ面接のコツ

無関心期と、関心期の中の無関心層は、行動変容に関心が低いだけで、健康になること、健康を維持することを拒否しているのではありません。現状維持と行動変容の間で悩みつつ、現状維持が勝っている状況ということなのです。これを心理学では、「両価性」とか「アンビバレントな状態」と言います。そういうときに、「動機づけ面接」が有効になります。

現状維持と行動変容で揺れ動くのは、どちらにも理由があるからです。我慢が必要な行動には、メリットがあります。そして、行動が続くのは、すぐ後にメリットがあるからです。すぐ後に起きる結果は、実は現状維持の理由になります。

一方、しばらくして起きる良いことや悪いことが、行動変容の理由になります。両方の気持ちで悩んでいるアンビバレントな状態のときに、行動変容を引き出しにくい態度が分かっています。それが以下の図です。「正したい反射」と言われていますが、ダメなところばかりを指摘されると、心理的抵抗が起こります。

「正したい反射」は、実は行動変容を引き出したい側からすると合理的なのですが、受け手は合理的には受け止められません。すぐ後に起きる結果の方が、制御力が高いからです。本当は努力した方が幸せになるし、我慢した方が幸せになると分かっているのに、できないわけです。
では、どうやって行動変容を引き出すかと言うと、動機づけ面接のポイントである協働、思いやり、受容、喚起の4つが重要になります。そして、引き出すのに必要な4つのスキルがあります。下記の図2点にまとめました。

この4つのスピリッツと4つのスキルを駆使した、面接の4つのプロセスが以下図です。

このような形で、現状維持から行動変容する上で、支援者側は正したい反射から4つのスピリッツ、4つのスキルを使って、上記4プロセスを意識してトークすることが重要なポイントとなります。

他市の成功事例に学ぶ:無関心層を動かす健康増進サービスの実践

<講師>

 

 


株式会社ベスプラ 代表取締役
遠山 陽介さん

 

プロフィール

山梨県富士吉田市出身。2012年に(株)ベスプラを設立し、既存の脳科学研究結果を集積したアプリを開発。内閣府ImPACT研究科学者審査員賞受賞。日本糖尿病学会やサービス学会などにも登壇し、アプリを活用した健康増進を研究中。


健康に無関心な層に対する効果的な健康増進施策の実例を通じて、具体的なサービスにおけるアプローチ方法とその成果を、遠山さんが紹介する。同社の「脳にいいアプリと健康ポイントサービス」は、全国20以上の自治体に導入されており、本サービスにおけるほか市での導入事例や実績も交えながら、無関心層を行動変容に導くための戦略とその成功要因を詳しく解説する。

健康事業における課題と健康非関心層に届ける工夫

認知症予防の有効性は、色々な研究で示されていています。そういった複合的な活動を1つのアプリとして仕組み化したのが、当社が提供する「脳にいいアプリ」です。

このアプリを自治体に提供する場合、健康ポイントを付与できる仕組みにしています。市民にアプリを使ってもらい、歩いたり食事したり、イベントやボランティアに参加するとポイントが付与され、貯まったポイントは市内の店舗で使えるサービスです。これにより、市民が健康になり市内が活性化することを、我々は目指しています。自治体の導入実績は下記の通りです。

大きな特徴は下記の2つです。

1 安全性
強固なセキュリティ対応で、銀行や保険会社に提供しているシステムと同様の、セキュアな対策ができます。個人情報を取得・収集しないことで、安全なサービスを提供できます。

2 経済的
複数のマネタイズで自治体の負担を軽減します。アプリ自体は無償ですが、見守りや写真・動画の共有など、一部のサービスを有料化することでサービスが運営でき、自治体は保守費用を賄うことができます。

健康ポイントの付与でユーザーが増え、自治体が負担する健康ポイントも増えていきます。本アプリの場合、我々と企業とが連携し広告収入があるため、ユーザーが増えた場合も、自治体側の負担を軽減することができます。

そもそも、健康・予防・健診などに興味がなく、これらの言葉には耳を傾けないという人は多いです。そこで健康非関心層に対しては、「健康」以外で訴求する工夫をしています。それが、歩くだけでポイントがもらえる、計算やパズルで競うなど、お得、楽しさ、簡単さを付加することです。

生活に根ざすことがさらに大事です。商店街で健康ポイントが使える、イベントに参加すればポイントがもらえる…。そういった取り組みをまち全体で進めると、おのずと参加者が増えていくはずです。

取り組み事例と導入に向けて大切な3つのこと

ここからは、実際の取り組み事例を紹介します。

事例① 八王子市(広域で効果的な健康施策)
60歳以上を対象に「てくポ」という介護予防ポイントサービスを導入。楽しく利用してもらっており、2年少々で8,000人以上のユーザー登録があります。

注目ポイントとしては、アプリはあるが健康ポイントがない別自治体と比較して、利用者数や活動量が3~4倍に増えました。また、インセンティブを全員に与えることも重要です。抽選にすると離脱率が増加する傾向にあります。同市の場合は3年継続で80%を継続しています。

事例② 松山市(電子化による業務改善)
松山市はもともと、紙カードを使った健康ポイントを導入していましたが、管理等が大変なため「高齢者いきいきチャレンジ」というアプリに切り替えました。

紙の場合、カード台紙の作成・発注をはじめ様々な業務が発生します。電子化することでそれらを自動化でき、限られた職員数でも対応できるようになりました。また、二次元コード活用により、誰がいつどこで読み込んだかのデータも取り込めます。

導入に向けて、大切なことが3つあります。サービスを成功させるために大切なことは以下の通りです。

①ニーズの把握・仕組み化・調整
自治体: やりたいことを率直に伝える(予算も含め)
事業者: 実現のために仕組み化を検討して提案する
双方: 事業者の提案に対して、実施するための方法を調整協議する

②役割分担の明確化
自治体: 市民や関連団体への周知を徹底する(市報や他関連団体への協力要請)
事業者: 自治体の運用サポートと技術/サービス提供に集中

③継続した情報共有・フィードバック
自治体: 市民の状況や庁内の状況などを課題化
事業者: 定期的なデータ提供。課題を解決するための工夫や、改善案を提案

また、導入の際に大切な3つのことは以下の通りです。

①他市の事例を参考にする
自治体: 他市の事例を参考に、自分の自治体に適用・応用する
事業者: 同じ規模の自治体や同じニーズ・課題を抱えている事例を収集し提案

②テンプレートの準備
自治体: テンプレート(チラシ/説明会手順など)に対して、自分の自治体に適用・応用する
事業者: 事業者が自治体の手間がないようにリードし、各種テンプレートを用意する

段階的な導入/代替案の準備
自治体: 初年度から完璧な施策は難しい。徐々に置き換える・改善という説明をする
事業者: 段階的に導入されることや代替案について予算を加味してサポートする

これから目指すべきもの

我々は現在、全国の自治体への導入を推進したいと考えています。導入自治体が増えてくれば、同じ課題や同じ悩みを共有・解決できるような、自治体同士のコミュニティをつくることが可能になります。

高齢者の社会参加を仕組み化
⇒ボランティアのマッチング、通いの場推進、高齢者就労の支援

②お困りを解決する官民連携プラットフォーム化
⇒市民の困り事を地元の企業が解決する仕組み

③ポイント原資の持続可能性
⇒健康ポイントの原資を企業の収益から捻出する仕組み

これらは、日本だけでなく海外でも展開できると考えており、実際、海外からも問い合わせが多数寄せられています。日本の自治体が世界から注目され、それがインバウンドにつながれば良いと思い、我々も積極的に世界展開へ目指しています。

[参加者とのQ&A(※一部抜粋)]

Q:アプリの広め方(プロモーション方法)は、どうしたら良いですか。
A:
チラシ、ポスター、パンフレットを用意し、様々な自治体施設に置きましょう。市報や市HPだけだと、それを見る人にしか情報が伝わりません。SNSの活用なども有効です。

 

Q:高齢者だけでなく働き盛り世代にも使えますか?
A:
当アプリを最も使っている世代は、50代です。歩くだけでなく、脳トレゲームや食事管理等も大変好評をいただいています。

自治体現場で使えるナッジ理論!~健康分野の事例を紹介~

<講師>

 

 

 

 

福井県 福井市 総務部 市長公室 総合政策課
主査 梅田 佳孝さん
 

プロフィール

2010年入庁、大学院(マネジメント修士)への派遣などを経て2020年4月より現職。2023年4月、福井市役所内で若手職員有志チーム「福井市ナッジ・ユニット」を結成。ナッジの普及促進に取り組んでいる。


「そっと後押しする」という意味のナッジ。「ナッジ理論」とは、行動科学の知見を活用し、人々が自分や社会にとって望ましい行動をとれるように促すこと。2017年にノーベル経済学賞を受賞して以来、大きな注目を集めている。セミナーでは健康分野を中心に、福井市にて取り組んだナッジの最新事例を梅田さんが紹介する。

ナッジ理論とは?

ナッジとは、「そっと後押しする」という意味です。人々が、自分や社会にとって望ましい行動をとれるよう、自発的な行動変容を促すことと解釈されています。東京都八王子市は、大腸がん検診受診率の改善のため2種類の受診勧奨通知の送り分けをし、ナッジの効果を見極める取り組みを行いました。

1つは「検診に行くと検査キットをもらえます」という表記で、利得表現を使った受診勧奨。もう1つは、「検診に行かないと検査キットがもらえません」表記で、こちらは損失を強調した表現です。内容は同じですが、損失を強調したグループの方は受診率が7.2ポイント向上しました。
ナッジの大きな特徴は以下の通りです。

無関心層にナッジは効果的?

無関心層の行動を変えるのは簡単ではありませんが、ナッジを効果的に使うことで可能性は高まります。下記の図は行動変容のステージモデルです。

特に無関心層に対しては、“思考のミス”と言われる「認知バイアス」を利用します。健康になりたいと思う一方で、目の前にあるお菓子を我慢したり運動することをちょっと避けたりしてしまう。これは、人間の頭の中の意思決定のミス(バイアス)が影響し、健康のための行動をさせなくしていると言われています。

認知バイアスは200種以上あるとされていますが、以下の代表的な4つを押さえておけば日頃の業務の中でも十分にナッジを使うことできます。

1 デフォルト
以下図は、国別の臓器移植同意率を示した棒グラフです。左側の国と右側の国とで大きな差がありますが、日本はこの左側に入ります。

日本の場合、臓器提供の意思を免許証やマイナンバーカードの裏に記入して意思表示しなければ、同意しないのがデフォルトです。一方、右側の国では、臓器提供を拒否しなければ同意になるのがデフォルトです。

複数の中から選択する作業は、人間の脳にかなり認知的な負荷がかかるため、最初から設定されている状態(初期状態/デフォルト)の影響を大きく受けると言われています。

②損失回避
(A)表が出たら15,000円もらえる。裏が出たらもらえない、(B)表が出たら30,000円もらえる。裏が出たら10,000円支払う。あなたなら、どちらに参加しますか?過去の実験結果では、Aを選ぶ人の方が多かったものの、数学の期待値計算をすると、実はBの方が平均的リターンは多いのです。

人間の思考に何かが働いて、Aを選ぶ。これは「プロスペクト理論」と呼ばれ、人は利得よりも損失に影響を受けやすく、裏が出たときに10,000円払わねばならないという損失を避けるため、安全策のAを選ぶことが実験の結果から明らかとなっています。

1 社会規範
税金滞納者に送付する督促状の「遅れています。支払ってください」というメッセージを、「あなたのまちでは10人中9人が期日内に納付しています」に変えたところ、納税率が大幅に増加しました。「あなたは少数派だ」と不安にさせることで、年間290億円の効果が上がったそうです。

2 コミットメント
決心したことを変えるのは、心苦しいものです。この心理を活用して、健診の受診申込日を、自分で記載するようにした自治体があります。その結果、受診率が約3倍に増加しました。自分で何月何日に受診しますと宣言させることで、一貫した行動を取ろうとする心理が働くのです。

「福井市ナッジ・ユニット」の概要と事例のご紹介

ここから、当市のナッジ・ユニットの紹介をします。若手職員による事業提案制度「チャレンジみらい予算」をきっかけに、ナッジに関心を持つ20~30歳代の若手職員8人で活動しています。主な活動は、(1)情報発信/月1回「ナッジ通信」の発行、(2)相談支援/ナッジ相談への伴走、(3)人材育成/職員研修会の開催です。現在、地元大学などとの連携を図り、行動経済学や心理学など学術的な要素の助言を受けています。

以下、環境省が行う「ベストナッジ賞」コンテストで令和6年度ベストナッジ賞を受賞した取り組み事例を紹介します。

<大腸がん検診の受診率向上ナッジ>
がん検診の中でも、特に受診率が低いのが大腸がん検診です。そこで当市は、大腸がん検診の受診推奨ハガキにナッジを取り入れました。

④がナッジを取り入れる前のデザインで、よくあるタイプの啓発メッセージです。そして、左側3つが今回つくったナッジです。①は「3ステップで簡単に受診できます」を強調したタイプ、②は「2,000円の割引があり検診費用は行政から補助が出るので、おトクに受診できる」を強調したタイプ、③は「1万人以上の人が受けている、私も受けなくちゃ」と思ってもらえるよう強調したタイプ。

この4種類を、無作為抽出した対象者にランダムに送付する「ランダム化比較試験」を実施。どのハガキの受診率が高まったかを検証した結果、①のタイプの受診率が向上しました。

④の従来版と比べると、3種類のナッジはいずれも、行動変容を促している結果になりました。大腸がん検診を受けるにあたり、情報量が多くてよく分からないとか、どこに行って何をするのかよく分からないといった、摩擦・支障をすっきりと簡素化するだけで、人の行動が少し促されることが分かった点が、非常に大きな気づきだったと思います。

[参加者とのQ&A(※一部抜粋)]

Q:大腸がん検診の検証は、外部発注しましたか。
A:
外部発注はしていません。統計学的な実験、実証実験になりますので、自治体職員だけで実験を設計することができません。そのため、大学などとの連携を活用し、プロのアドバイスを受けながら実行しました。

 

Q:大腸がん検診の簡素化が一番効果があったとのこと。従来の受診方法を分かりやすくしたのか、受診方法自体を簡素化したのか、どちらでしょうか。
A:
従来の受診方法を分かりやすくしました。当市の場合、検査キットを病院まで取りに行ってもらわないといけません。検査キットを対象者に郵送し、その手間(摩擦)を減らしている自治体もあるそうで、当市も本当は、そういうこともやりたかったと思っていました。

無関心層には日常生活に溶け込ませるアプローチが有効!?

<講師>

 

 

 

 

 

issin株式会社 取締役
寺田 博視さん
 

プロフィール

大学院在学中、現代表の程氏を支援する形でpopInを創業(初代社長)。その後、外資系コンサル会社や政府系ファンドにて、M&Aアドバイザーやスタートアップ投資に従事。2021年に程氏と共にissinを創業。


同社は、日常生活に溶け込む“無意識”のヘルスケア商品と技術を提供する、東大発のベンチャー。風呂上がりに乗るだけで体重測定など自動的に健康管理できるデバイス「スマートバスマット」を提供。特定保健指導では、同社が提供するこの商品を活用し、無理なく体重計測をライフスタイルに定着することから取り組むことができる。満足度95%、減量者率96%の実績について寺田さんが紹介する。

日常生活に溶け込む3つのプロダクト

弊社の前身は東京大学からも出資を受けるスタートアップで、その時期に「popIn Aladdin」というホームプロジェクターと、子どもたちの間でブームになった「スイカゲーム」を世に出しました。その時期から、「日常生活に溶け込ませる」をテーマに、プロダクトやゲームを生み出してきました。

自分で決めたことを継続できずに挫折した方が、たくさんいると思います。しかし、日常生活に溶け込ませるというアプローチで、生活者みんなが自分自身で管理できる世界が実現できるのではないかというビジネスに取り組んでいるところです。自然に無理なく続ける健康習慣をするために、弊社では下記の3プロダクトを提供しています。

一番左は「Smart Bath Mat(スマートバスマット)という体重計。真ん中が「Smart Daily(スマートデイリー)」というサービス、右は運動習慣を身につけるためのサービスで「Smart 5min.(スマートファイブミニッツ)」です。

健康施策に取り組む現場で様々な相談を受けていますが、自治の悩みをまとめると、大きく2つが上げられます。

(1)成果が出ない(経年対象者が減らない)
・成果を手にする人が少ない
・言ったことを聞いてくれない
・成果を出しても、維持・継続できていない

(2)続かない(完了率が低い)
・最後まで継続してくれない
・途中で連絡が途絶えてしまう
・スタートしたが、なかなか盛り上がらない

対象者のモチベーションだけに依存した結果、そういった事象が起きているんじゃないかと考えています。その元となっている、考え方の行動変容のアプローチがこちらです。モチベーションと能力ときっかけの3つが揃うことで、行動が起きます。我々のアプローチは図の右下に位置し、日常生活に溶け込み、絶対にできるものを目指しています。

モチベーションに依存しないSmart Daily(スマートデイリー)

無関心層のモチベーションを上げるのは難しいことですが、モチベーションに依存せずに、上図の右下部分で勝負しようというのが、弊社の「Smart Daily(スマートデイリー)」というサービスです。(1)日常生活に溶け込ませる(無意識のうちに健康管理できる体重計)、(2)タイニーハビット(小さな習慣/モチベーションが低くても続けられるアクション)の2点が大きな特徴です。

ある自治体との、実証実験の成果を紹介します。特定保健指導の経年対象者に、このプログラムを3カ月間受けてもらったところ、62%の方が-2㎏の体重減を達成しました。事後アンケートでは、95%が「満足している」と回答しています。成果・実績をまとめたものが下記になります。

無意識だから続けられるSmart Bath Mat(スマートバスマット)

体重管理は健康管理の基本です。下記は体重を定期的に測る人とそうでない人の、1年後の体重変化を比較したものです。

その差は-6.1㎏という結果から、まずは体重管理を促そうと、スマートバスマットをリリースしました。体重計の所有者率は86%、定期的に計測している人が25%です。持っているのに使わない約60%の理由が、女性は「現実逃避」、男性は「面倒くさい」。では、どうやれば無意識のうちに体重を測る環境を作れるか考えた結果、行き着いたのがお風呂上がりの裸の状態です。バスマットで足を拭いている状態のときに体重を測ってしまうのが、このスマートバスマットです。

Smart Daily(スマートデイリー)の3つの特徴

Smart Daily(スマートデイリー)の特徴は、下記の3つです。

①スマートバスマットはインターネットにつながっており、計測した瞬間にデータを自治体と共有できます。リアルタイムに対象者の体重を管理できますので、体重変化に応じた介入ができるようになります。

②「小さな習慣」というのは、頻度であって規模ではないということです。いきなり難しいことを習慣にするのではなく、こんなに簡単なことで良いという習慣を身に付けるアプローチになっています。

③継続できる仕組みのために、我々は様々なモデルを構築をしています。東京大学におけるヘルスコミュニケーション分野の第一人者と共同研究をしています。無理せず継続できる仕組みを採用しており、AIと専門家による効果的なフォローアップを実施。取得した様々なデータを分析し、レコメンドやフォローアップに活かしています。

LINE活用も大きな特徴です。特定保健指導は無関心層が多く、そういった方がハードルなくシンプルなインターフェースで実行できるのか突き詰めた結果、LINEに行き着きました。設定した実行時間帯に通知される仕組みで、計測忘れ防止になっています。計測したら、タップするだけで記録が残ります。リアルタイムに記録を把握できますので、それに応じたリアクションやフォローアップが可能です。

弊社が提供する特定保健指導の内容はこちらです。基本的にはLINEで面談をする形になっています。

特定保健指導以外でも、悩みやニーズに沿った提案を行っていますので、お気軽にお問い合わせください。

[参加者とのQ&A(※一部抜粋)]

Q:スマートバスマットは洗えますか。
A:
2層構造になっており、体重計の上はソフト珪藻土マットなので丸洗いできます。吸収性と速乾性がありますので、毎日洗っても乾かせばすぐに使えます。

Q:アプリを見ない限り、本人が体重を把握することはできないのでしょうか。また、体重を自治体が共有することに対し、どのように本人同意を得るのでしょうか。
A:
マットにメーターは付いていませんので、アプリ上で確認いただく仕様になっています。スマートバスマット単体で購入いただいた場合はアプリのみで確認、特定保健指導に加入いただいた方は、アプリを開かなくてもLINEに体重が通知される仕組みになっています。本人の同意ですが、特定保健指導をお申し込みいただく際に、本人の情報に加えプライバシーポリシーの同意や第三者への情報提供について、事前に同意をいただくフォームを用意しています。そこを確認いただいて、お申し込みいただくようになっています。

熊本県荒尾市にみる住民の行動変容を促すスマートヘルスケアサービス導入事例

<講師>

 

 

NECソリューションイノベータ株式会社
スマートシティソリューション事業部
地域社会ソリューショングループ
プロフェッショナル 野元 美穂さん


 

プロフィール

2005年入社。先端技術を軸としたシステム開発の経験をもとに、地域の課題を解決するスマートシティ事業の開発を行う。自治体と共に「誰もが健康な未来、自分らしく生きられる社会」を目指すスマートヘルスケアサービスを推進中。


住民の健康寿命を延伸し、医療・介護費を適正化するためには、生活習慣病の発症と重症化を抑えることが重要であり、不健康な生活習慣を変える「行動変容」がポイントとなる。セミナーでは、同社と荒尾市が取り組んでいる先進技術とデジタル技術を使った行動変容の事例を紹介し、導入された疾病リスク予測検査「フォーネスビジュアス」を起点にしたスマートヘルスケアサービスについて、野元さんが説明する。

人々が長く元気に幸せに暮らすために、自治体が抱える課題と解決のポイント

健康で元気に幸せに暮らすというのは、誰もが持っている願いだと思います。しかし、高齢化や人口減少の影響により、様々な問題が発生しています。特に大きな課題が3つあります。

①疾病構造の変化
認知症は2025年には高齢者の5人に1人に発症するという推計があり、2040年には65歳以上の入院患者の9割以上が脳梗塞という予測も出ています。(平成29年版高齢者白書、厚生労働省・第7回第8次医療計画等に関する検討会資料)

②社会保障費の負担
2025年には1人当たり14.6万円の負担があり、2040年に向けてさらに増加の一途をたどるとの予測があります。(当社独自の試算)

③労働力不足
2040年には医療・福祉の従事者が96万人不足するという推計とともに、従来の半分の職員数で現在の業務やサービスを提供し続けなければならなくなります。(令和4年版厚生労働白書、総務省・自治体戦略2040構想研究会資料)

そうした状況の中で、従来のやり方だけで住民の健康意識を高めていくのは難しいでしょう。自治体が抱えている課題を、下記の様に整理しました。

課題解決に向けて、弊社は以下の3つのサービスを提供しています。

①フォーネスビジュアス検査
少量の採血で「疾病のリスク予測」と「現在の体の状態」をご提供します。(フォーネスビジュアス検査は医療機関から利用者に提供されるサービスとなります。)

②NEC 健診結果予測シミュレーション
健康診断データをもとに、将来の疾病や状態のリスクをAIが予測し、どのような改善策を行うべきかのアドバイスを提供するサービスです。

③デジタル健康手帳
住民の医療および健康情報を、デジタル管理するお手伝いをするサービスです。

スマートヘルスケアサービスご紹介

3つのサービスについて、もう少し詳しく説明します。

●フォーネスビジュアス検査
「早期発見よりも、もっと早く」を目指します。発症前に疾病リスクに気づくことで、発症前の生活習慣の見直しをサポートします。約5㏄の採血で疾病リスクを予測します。

●NEC 健診結果予測シミュレーション
健康診断のデータをもとにAIが分析し、将来の発症リスクや検査・生活習慣改善のアドバイスを提供します。将来像を提示することで、受診者の行動変容を促進し、保健指導やセルフケアとして活用することで、健診受診率・保健指導受診率の向上・生活習慣病早期介入に貢献します。

●デジタル健康手帳
住民が自ら医療情報やお薬情報、日常の健康データを一元的に管理。ご自身の情報活用に使っていただくサービスです。記録データを保健師や医療機関と共有する機能も搭載しています。

この3つのサービスにより、健康に関する意識を高め、自らの生活習慣を見直し、健康維持・増進に向けた日々の健康改善活動をサポートします。

取り組みによる効果と事例紹介

「エビデンスベースドヘルスケアソリューション」は、自治体職員に使っていただくサービスです。市町村で保有しているデータと公的データ・外部データを集約させ、情報の見える化とデータ分析環境を提供します。エビデンスにもとづくヘルスケア事業の策定が可能になり、データ抽出や可視化をスムーズにすることで業務効率化にも寄与します。

●疾病予防・重症化予防の効果
フォーネスビジュアス検査による発症リスク低減効果が見られます。特に心筋梗塞、脳梗塞に関しては、生活習慣病リスクの改善率が61.6%です。肺がんは44.1%、認知症は51%の改善効果が見えてきました。また、NEC 健診結果予測シミュレーションによる特定健診の受診勧奨で使った際、受診率が6%上がる効果が算出された自治体もありました(人口5万人の自治体における当社独自の試算)。

●保健事業の効率化の効果
本ソリューションを活用することで、データヘルス計画に関わる業務で成果指標の抽出や、報告作業を想定した削減試算を出しています。年間約180時間の事務的効率化が見込まれると試算しています(当社独自の試算)。

これらのサービスは、自治体職員のKPIとなる保険者努力支援制度関連指標や、データヘルス計画の様々な指標に対し、支援できる機能を搭載していると考えています。詳細は下記を参照ください。

令和4年度に健康アプリを導入した荒尾市の事例を紹介します。健康アプリ導入だけでは、住民の意識向上や行動変容につながらないという課題を感じていた同市は、3つのサービスを組み合わせ、気づき、検査、そして行動変容というステップをトータルサポートする設計でサービス提供を進めています。

昨年度、約200名の市民にフォーネスビジュアス検査を行ったところ、200名枠に対して5日間で予約枠が一杯になり、市民の関心の高さがうかがえたとのことです。本年度からは成果を見ながら、サービスを続ける部分、不要な部分を判断しながら、医療費適正化や健康増進のKPIを上げるサイクルをまわす段階に入っています。

なお、同市は医師会や医療機関と住民フォローに関する連携を行い、デジタル健康手帳を通して住民の健康情報を共有できる体制を整えています。また、取り組みの成果に対し評価を熊本大学に依頼し、活動に対する観察研究をするなど、色々な形で地域の健康増進を進める機運を高めています。

[参加者とのQ&A(※一部抜粋)]

Q:スマートフォンを用いた施策もありましたが、スマホを使えない高齢者の場合、サポート体制があったら紹介してください。
A:
例えば、NEC 健診結果予測シミュレーションに関してはデジタルだけでなく、紙媒体を使った提供も行っています。また、地域のデジタルセミナーや教育の機会も活用しながら、地域でのデジタル講座の中で自社のアプリケーションの説明や使い方のサポートも進めているところです。

 

Q:疾病リスク予測検査について、地域の医療機関とのどのような連携をしていますか。具体例な事例などあれば、紹介してください。
A:
疾病リスク予測検査は採血を伴う医行為となるため、医療機関の医師を通して検査を受けていただく形になります。採血後、その検体をもとに弊社の子会社にて疾病リスク予測を行い、その予測結果は医療機関の医師を通して利用者に提供するという形となっており、このような運用で医療機関との連携を図っています。

お問い合わせ

ジチタイワークス セミナー運営事務局
TEL:092-716-1480
E-mail:seminar@jichitai.works

このページをシェアする
  1. TOP
  2. 【セミナーレポート】無関心層に行動変容を促すには?~成果につなげる健康増進施策のヒント~