労働力人口が減少の一途をたどる中、社会で注目されている“人的資本経営”。人材を“資本”と捉え、その価値を最大限に引き出すことで企業価値を高める経営手法として、国も啓発に努めている。
今回のセミナーはこの人的資本経営をテーマに、取り組みを進める事業者、自治体、コンサル企業の三社が登壇。官民でどのような協力が必要なのかを議論しました。当日の様子をダイジェストで紹介します。
概要
□タイトル:『~人が“集まる”地域へ~』地域企業の価値や魅力を高める人的資本経営支援のポイント
□実施日:2024年7月23日(火)
□参加対象:自治体職員
□開催形式:オンライン(Zoom)
□申込者数:58人
□プログラム:
第1部:中堅・中小企業における人的資本経営支援のポイント
第2部:2025年問題と地域課題に取り組む企業の挑戦~人的資本経営の事例と今後について~
第3部:市職員と中小企業代表と企業支援専門家が対談!互いの立場・視点で語り合います
中堅・中小企業における人的資本経営支援のポイント
第1部では、全国で企業や自治体の経営支援を行うコンサルティング会社の担当者が登壇。人的資本経営の基本的な考え方について、今までに手がけた事例も交えて分かりやすく解説してくれた。
<講師>
澤田 ありさ氏
株式会社タナベコンサルティング 中四国支社 ゼネラルマネジャー
プロフィール
組織人事コンサルティング会社を経てタナベコンサルティングに入社。人事制度設計・人材育成・人材活躍などの戦略人事コンサルティングや中期ビジョン策定コンサルティングを専門としている。自治体からの受託で人的資本経営推進支援・リスキリング支援などの事業実績も豊富である。
2つのアプローチで経営の“背骨”を支え、採用難の時代をともに乗り切る。
人的資本経営といえば、大企業向けの話という印象があるかもしれませんが、中小・中堅企業においても重要です。今は日本の有効求人倍率がどんどん上がり、人材の代えがきかない時代になっているからです。だからこそ、今いる人材に対して投資をしていく。これが中小・中堅企業に求められる人的資本経営です。大切な人材に活躍してもらい、定着できる環境を整えて、会社も成長していく。このような流れをつくる必要があります。
自治体が支援する場合のポイントは、「個社の事業・経営戦略と連動した人材戦略を支援する」こと。ここがうまくいかないと、例えば人的資本情報の可視化ツールを導入しても具体的な活動に結びつかなかったり、ジョブ型人事制度やIT人材育成の研修受講補助金も十分に活かせなかったりします。そこで我々が提案するのが、事業戦略・経営戦略と連動した施策の提供です。
当社ではこうした施策を“経営のバックボーンシステム”と呼んでいます。上位概念には経営目的、つまり経営理念や経営者の会社に対する考え方があり、それを達成するための経営目標(ビジョン)があります。これが経営方針・経営戦略に落とし込まれ、徐々に現場へと降りていくイメージです。
この考え方は、人的資本経営にもあてはまります。自治体が中小・中堅企業を支援する場合も、これをベースにするのが理想的だというのが当社の考え方です。
実際に当社が自治体と一緒に事業者を支援した際の、アプローチ例を2つ紹介します。
1つ目は、セミナーでの普及啓発+個別コンサルティングによる個社支援です。人的資本経営といっても、具体的に何をやっていいのか分からないという地域企業は多い。そこで、セミナーで概要を説明し、コンサルティングを受けた方がいいと思われる会社があれば伴走支援する、こんなアプローチの仕方です。
2つ目は、個別コンサルティングをメインにして最初から個社支援で走る、というものです。人的資本戦略の全体を支援するというコンセプトのもと、企業の課題やビジョンに合わせた支援を展開します。従って、人事戦略全体をつくる場合もありますし、人事制度のブラッシュアップをするケースもあります。個々の企業に合わせた展開です。
経営理念、教育体系、社内アカデミー、社内人材を輝かせる3つの事例。
ここからは、実際の取り組み事例を紹介します。
1つ目は、人的資本推進戦略を策定した事例です。ある自治体から事業を受託し、個別コンサルティングで支援させていただいた。この会社は、ビジョンをトップから社員に展開されたことがなかった。そこで、まずは経営理念やビジョンの整理から着手しました。その上で求める人材像や組織体制、風土などを整理し、人事のコンセプトを定め、最終的に人材マネジメント施策を決めていったという流れです。ここは支援事業終了後も当社が支援を継続しています。
2つ目は、教育体系の構築支援です。自社に必要な教育体系をつくるというもので、ある自治体と一緒に10社ほど個別支援をしました。我々からは、階層別に期待する役割を定義し、その役割を発揮してもらうため、社員にはどのようなスキルを高めてもらうか、という点を整理する必要があると提言しました。上図はそのイメージの一部です。
このアウトプットの後に、年間の教育を作成しました。現在も、この教育体系図に沿った取り組みを進めています。
3つ目は、福岡の「三松」という企業。同社ホームページでもオープンにされているが、社内アカデミーで戦略連動型人材育成を行うという、ユニークな取り組みです。
同社では、会社の中の教育カリキュラムを「三松大学」と名付け、階層別・部門別に専門スキルの育成プログラムを組んでいます。インプット内容は動画やOJT、集合型研修など、ハイブリッドでの運用です。
この仕組みの中で、特に高い専門性を身につけた社員を「三松マイスター」として選定。マイスターに認定されると、作業着の色が赤に変わります。この作業着を着ている人は社員に一目置かれ、教育の場で活躍します。さらにマイスターに選ばれた社員も自信が持てる。そうした相乗効果が生まれているそうです。
また、年に1回全社員が「三松統一試験」を受けます。これで上位に入賞できた一般社員がいれば会社から賞賛される。各部門の管理職には教授、准教授というポジションを設定して、実際に社員への指導にあたるという設計もされています。
以上、中小・中堅企業における人的資本経営支援のポイント、および個社の事業経営戦略と連動した人材戦略支援についてお話ししました。適切な支援があれば、企業の経営者も、自社の成長につなげていくことができるはず。当社では、自治体向けの支援も展開しています。事業の計画などに関する相談も受け付けているので、気軽にお問い合わせください。
2025年問題と地域課題に取り組む企業の挑戦~人的資本経営の事例と今後について~
人的資本経営の手法は様々で、企業の動きも自治体からは見えづらい。そこで第2部では事業者を迎え、様々な活動の積み重ねで地域からの信頼と採用応募数の増加を果たした取り組みの全体像を語ってもらった。
<講師>
鍋嶋 洋行氏
大橋運輸株式会社 代表取締役社長
プロフィール
大学卒業後、地元信用金庫での勤務を経て、1998年4月入社。同年11月、代表取締役に就任。債務超過企業を立て直し、ダイバーシティ経営や健康経営に長年取り組む。また、2025年問題を意識し、地域の課題は地域で支えるという考えのもと、地域活動にも積極的に参加。社会福祉法人の評議員や市民後見人としても活動中。
“地域への貢献”を企業理念に掲げ、様々な活動で住民との信頼関係を築く。
ここからは、中小企業の立場から、人的資本経営の事例紹介をさせていただく。
当社、大橋運輸は愛知県の瀬戸市に本社を置き、県内2拠点で営業しています。業務内容は自動車部品輸送を中心に、引越、生前整理、遺品整理など。社員約100名の会社です。
企業理念は「仕事を通じてお客様や地域に貢献する」。これにもとづき、地域で信頼される会社を目指して、環境・安全・福祉・健康などの分野で地域貢献活動をスタートしました。具体的な取り組み例を紹介します。
まずは、「オオサンショウウオ生息地の川清掃」です。瀬戸市には国の特別天然記念物オオサンショウウオが生息していますが、取り組みを始めた12年前は、川の上流で不法投棄された産廃が山積みとなっており、オオサンショウウオが痩せている状態でした。そこで、当社のチームが定期的な清掃活動を開始。地域の団体とも協力して情報発信に努め、参加者も年々増えていき、数年前からは川もきれいになって小魚も増えています。
次に「2月5日ニコニコ笑顔の日」。笑顔は免疫力を高め健康にも良く、コミュニケーションを高めるなどメリットは多数あります。2月5日は笑顔の日なので、この日をもっと広げたいという思いでイベントを立ち上げました。この笑顔イベントでは、防犯や交通のメッセージを書いたカードの裏に子どもたちが笑顔の絵を描き、それを配布。子どもたちには、お礼としてクラウンショーをプレゼントしています。
ほかにも、地元警察と連携した「子ども交通安全教室」や、高齢者を特殊詐欺から守る「特殊詐欺なくし隊」の活動、終活イベントとエンディングノートの配布、健康セミナーや運動教室の実施、単身高齢者に向けた交流の場の提供など、幅広い地域活動を行っています。
昨年8月には、瀬戸市役所、社会福祉協議会と三者協定を締結しました。これは地域の方の健康寿命の延伸に寄与する活動を広げるというものです。こうした活動は活動当初に私たちが抱いていた危機感から始まっています。
人材の多様化と健康経営の推進で、“選ばれる企業”へと成長する。
日本の社会は人口減少に転じ、今後はさらに減るので、我々事業者には今まで以上にサービスや付加価値の向上が求められます。そうした中、運輸業は平成2年の規制緩和で免許制から許可制へと変わり、国内の事業者数が急増しました。反面、輸送量は平成19年をピークに減少。価格競争が激しく、大変厳しい業界と言われています。
このような環境下で、当社は採用がこれからの経営課題になると考え、10年前から採用力の強化に向けた取り組みを開始しました。テーマは以下の4つです。
「ダイバーシティ経営」の取り組みは女性活躍からスタートしました。子育て期の女性も働きやすいよう、勤務は週3から、時間は1日4時間から可能。出社は午前・午後自由です。仕事内容も、以前の女性社員は事務職が中心でしたが、現在では幅広い分野で活躍しています。同時に、外国人の採用、チャレンジド雇用などを進め、現状は以下の通りとなっています。
次に「ES(社員満足度向上)」に関しては、健康経営を軸に進めています。近年の社会では健康起因事故が増えていることもあり、15年前から取り組みを開始。禁煙、食育、運動、睡眠、8020運動、働き方……と挑戦を増やし、管理栄養士による面談指導なども行っています。
「ビジネスモデルの強化」では、大手の下請け中心という状況からの脱却を目指しました。組織改革の効果もあり、以前は8割を超えていた下請け比率が、現在は3%以下です。個人の顧客についても、生前整理、遺品整理、デジタル整理とサービスの幅を拡大。多様な人材が増えたことでサービスの幅が広がったと実感しているところです。
そして、「地域活動」については冒頭でお伝えしました。こうした会社の変化は採用力強化にもつながっているのです。
以前の採用は、“いい人材を選ぶ”という視点でしたが、現在は“いい人材から選ばれる”ことを意識しています。社員に対するテーマも、以前の“仕事を楽しく”から“仕事と人生を楽しく”に変えました。
例えば年に3回、「趣味応援企画」として金銭的に趣味を応援する活動を実施。また、大型連休などには運動習慣のきっかけになるイベントも増やしています。こうしたことの積み重ねで、年々求人応募数が増加。ここ数年は他府県からの応募も増えています。
2025年は団塊の世代が後期高齢者となり、地域の課題も増えていくと思われます。そうした中、当社では「地域課題に挑戦する」をパーパスに掲げ、その実現のために日々邁進中です。私たち中小企業は絶えず新しい課題への挑戦をしないといけませんが、これが組織自体や採用の仕組みを変えるきっかけになる。そしてそのイノベーションが、新規事業のアイデアや働きがい、個人の成長にもつながると考えています。
【三者対談】市職員と中小企業代表・企業支援専門家が、互いの立場・視点で語り合う!
第3部は座談会形式。これまでの登壇者に自治体職員が加わり、三者それぞれの視点から“事業者から求められているのは何なのか”というテーマで、中小企業支援に関する議論を重ねた。
大森 大地氏プロフィール
2008年入庁。固定資産税の賦課徴収業務、せともの祭や市内の観光振興、道路・河川用地の買収、製造業の立地支援等を経験。2020年より、産業政策課に従事し、企業支援係長として、地域企業の成長と経済発展のサポートを務める。
ニーズを的確に把握し、マッチさせることでより実効性の高い企業支援へ。
司会:このパートでは、それぞれの視点でお話しいただければと思います。まず、中小企業支援に足りないものについて、どう感じていますか。
澤田:私からは、三つのポイントをお伝えします。
1つ目は、中小企業のニーズを的確に捉えるという点です。例えば、「補助金を使ったが結局運用できていない」といった声を企業から聞くことがあります。いい支援事業があっても、使えていないともったいない。まずはニーズ把握が重要です。
2つ目が、支援が各企業にマッチしているかという点。企業の規模や業種、ビジネスモデルは個々で異なるので、オーダーメード的な支援も必要になります。
3つ目は、企業側のリソース面です。企業で人手が少なくても、自治体と一緒に取り組んでいける仕組み。以上の3つが必要だと考えています。
大森:我々も、企業ニーズの把握には課題感を持っています。瀬戸市では地域産業振興会議という会議体でアイデアを出し合いながら施策を進めていますが、想定より申請が少なかったとか、「もっとこうしてほしい」という要望の声を聞くこともあるので、もっとニーズを捉えなければと実感しています。
最近は、月に何社と目標を定め、企業の方に政策の説明をしつつ、「どういった取り組みが必要ですか」と直接ヒアリングし、より良い形にしていこうと改善を進めています。
鍋嶋:企業側も、まずは動いてみるというのが大切ですね。また、企業にとっては、市役所や社協と協定を結んで継続的に活動するということも大きな価値だと思います。特にBtoC事業を行っている企業は、地域の方との交流や、会社の考え方を住民に伝えるというのが非常に有意義ですから。
官民連携の情報を積極的に発信することが、中小企業のブランディングにも貢献!
司会:そうしたニーズや官民のマッチングを踏まえ、自治体はどのように中小企業支援の取り組みを行っていくべきでしょうか。
澤田:今後は、中小企業も「自社の強み」を明確にして、そこを高めていくことが成長の糸口になります。そのためにも人材の成長は必須。この部分に自治体の支援が入り、強みを活かして企業が成長していくのが理想です。この人材成長も、自社の戦略とマッチしている必要があります。
また、自治体が支援した企業に関しては、どんどんPRしていくのがいい。例えば公式ホームページに掲載するなどして、地元の企業を知ってもらい、結果として人材獲得につながるといったことです。地元企業のブランディングを自治体が一緒にやっていくという形の官民連携は必要だと思います。
大森:同感です。好事例をセミナー形式でお知らせするとか、ホームページで公開するなどの取り組みも大事だと思います。当市にも魅力的な会社がたくさんあるのですが、自分から魅力を発信するのが苦手な企業もある。我々はそういったところを深掘りして、いい企業がいっぱいあるというPRをしていけたらと感じます。
鍋嶋:当社の場合、市役所や警察、社協などが活動に賛同してくれたのが非常に有り難かったですね。企業だけで地域活動をやるより、行政と連携する方が市民の安心感につながり、より活動が広がります。前例がないことに挑戦するということに関して、瀬戸市が一歩踏み出してくれたのも、私たちには運が良かった。今後も新しい地域課題はどんどん出てくるので、官民連携で挑戦し続けたいと考えています。
司会:官民連携について、中小企業が求めている情報が分かりにくいと感じている自治体も多いと思われます。その点について、鍋嶋さんいかがでしょうか。
鍋嶋:5年後、10年後の地域の状況予測など、ある程度のデータは自治体が持っていると思うので、可能な範囲でそうした情報を伝えてもらうことで、地域の課題に早くから準備ができると思います。たとえマイナスの情報だったとしても、早くキャッチすることで企業の意識も変わるでしょうし、地域にも変化が起きる可能性がある。2025年問題をはじめ、様々な課題にも地域独自の色があるかもしれないので、そういった情報は欲しいですね。
澤田:当社のお客さまからは、「事例が欲しい」という声もよく聞きます。「うまくいっている会社は、どんなことをやっているのか」とか、逆に「失敗した事例は何が原因だったのか」などです。私が講演でお伝えした“教育体系図”をつくった会社も、グループ会社の子会社なのですが、今ではグループ全体に活動が広がっています。この取り組みでも、自治体の支援がなければ横展開も難しかった。こうした部分で自治体と連携できれば、様々な取り組みもスピードアップできるのではと感じます。
大森:今の課題だけでなく、先を意識した支援が求められていることが理解できました。横連携についても、効果的なPRを行っていくことで、ほかの事業者の情報が共有できる仕組みができるはず。とても参考になりました。
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