暮らし・産業における取り組み分野を拡大し、さらに“県民目線”でのDXを推し進める新潟県。県内のデジタル化事例を幅広く紹介する「新潟の未来図鑑withデジタル」を制作した背景と、その成果について担当者に話を聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
interviewee
新潟県知事政策局ICT推進課企画調査班
政策企画員
市橋 弘信(いちはし ひろのぶ)さん
「暮らし」「産業」「行政」の3分野から、県民生活の向上に資するデジタル改革を積極的に推進する。
新潟県では、令和3年に設置した「新潟県デジタル改革実行本部」の下、改革に取り組んできた。県ではデジタル改革を“県民目線”で進め、経済の持続的な発展と県民の幸福な生活の実現を目指し、「暮らし」「産業」「行政」の3つの領域に分け、取り組んでいる。
令和6年2月には、デジタル改革をさらに推し進めるため「デジタル改革の実行方針」を改定し、暮らし・産業における取り組み分野を拡充したところだ。
【新潟県のデジタル改革における取り組み分野】
暮らしにおけるDX |
交通・教育・医療福祉・防災 |
産業におけるDX | 企業・建設・農林水産・電子契約・観光 |
行政におけるDX | 手続オンライン化・働き方改革・人材育成 |
※太字は令和6年2月「デジタル改革の実行方針」により拡充された分野
「デジタル改革の実行方針」では、「デジタル化はあくまでも手段であり、その目的は変革を通じた同県経済の持続的な発展と県民の幸福な生活の実現である」とうたう。
また、デジタル化によって業務全体の効率化や利便性の向上が図れる取り組みを、できるものから積極的に推進すると宣言している。
県民目線でのデジタル化を進める同県では、市町村や民間企業と幅広く連携しながら、デジタル化のPDCAサイクルをまわしている。
「新潟の未来図鑑withデジタル」で新潟県のリアルなデジタル化を伝える。
「新潟の未来図鑑withデジタル」の目的は、同県におけるデジタル改革を主に県民に広く知らせることを目指し、各自治体や企業などのデジタル化の事例を紹介すること。
本事業の担当である市橋さんは、「新潟の未来図鑑withデジタル」を始めた経緯について、「県内でも“書かない窓口”やスマート農業、遠隔医療など、様々な暮らしの場面でデジタル化を進めてきました。そうした取り組みを県民に知っていただき、少しでも興味をもってもらえればと思い、スタートしました」と話す。
同図鑑では、スマホやパソコンの困りごとを相談できる「本町ICT支援ルーム」や総合建設コンサルタントのAI活用術についてなど、各市や企業のデジタル化に関する多様な取り組みを見ることができる。
わざわざ現場に赴いて取材を行っている理由について、「一般的なヒアリングのような形だと、実際に苦労したエピソードなどはなかなか聞き出せません。なぜこういった取り組みを進めたのか、この先どうしていくのか、そういった担当者の思いを聞き出すことで、より内容的にも興味をもってもらえると感じています」と語ってくれた。
柏崎市の乗合交通「あいくる」では、AIが381カ所の乗降ポイントから最適な乗り合いルートを設定する。
図鑑で紹介されている事例として、柏崎市の乗合交通がある。同市の乗合交通「あいくる」は、市内の都市計画区域を運行エリアとし、その中の医療機関やスーパーマーケットなど、合計381カ所の乗降ポイントを設置。
おおむね半径200mに1カ所は乗降ポイントがあるため、利用者は、乗車場所から降車場所まで乗り継ぎなしで快適に移動することができる。
「あいくる」は10人乗りワゴン車6台(うち、1台は車いす仕様車両)で運行され、地元のバス・タクシーなど3社が運行に携わっている。多くの乗降ポイントがある中、AIは、最適な運行ルートの構築や送迎時刻の計算や、効率的に運行するための乗合設定で活用されている。
予約方法は電話、LINEとアプリの3つで、電話での予約がもっとも多いが、高齢者へのLINEの普及も進んでおり、スマートフォンでの予約に意欲的な高齢者も多いという。LINE予約は柏崎市公式LINEから行うが、友だち登録は16,000人を超える。
市では年々路線バスの運行本数が減少しており、平日1日当たり約200本だった5年前に比べて現在は約150本まで減少。路線バスの運行本数が減って利便性が低下することで、利用者数がまた減るという負のスパイラルに陥っていた。
運行開始前には50回以上の利用説明会を行ったといい、住民の反応は良好で、利用者数の目標を1日当たり50人と設定していたが、令和6年3月においては、100人ほどに達しているそうだ。
「あいくる」の運行区域は、面積では2割程度だが、人口カバー率は約8割に達する。災害避難時の要支援者を把握するGISを活用したことで、適切な乗降ポイントが設定でき、住民への説明にも役立ったと、市ではデジタル化の効果を実感している。
市内には、中心市街地を運行する循環バスもあるが、同市は「あいくる」を、タクシーやバスにとって代わるものではなく、補完する交通手段として考えている。
今後は運行エリア外である郊外地域における展開やスクールバスなど様々な輸送資源との一体的活用、将来的にはMaaSの導入も視野に入れているという。
AIの力で総延長2,400kmの水道管を漏れなく効率よく守る長岡市での漏水調査。
ほか事例として、長岡市では、令和5年度からAIを活用した水道管の漏水調査を行っている。
人工衛星から電磁波を照射し、その反射波をAIで解析することで地下の水を水道水か、それ以外の水かを判別する。
この情報から、水道管の漏水の可能性がある区域を絞り込み、実地調査の効率化を図るという。この方法では、天候や昼夜に左右されず、一度に広範囲を調査できることや、漏水の可能性のある区域を半径100mの範囲に絞り込むことができるという特徴がある。
同市では、これまで水道管の総延長2,400kmを歩いて人の耳で聞き分けて調査していた。見えにくい仕事だが、市橋さんは「調査時間と、漏水でムダになる水道水の両方が削減されることで、市民の皆さんに恩恵があることを知ってほしい」と説明する。
新たな方法の効果は現在調査中だが、AIにより漏水の可能性のある区域と判断された区域のうち、4分の1程度で漏水箇所が特定できているとのこと。(国際標準での精度は約3割)
従来の方法では全体を調査するのに10年かかっていたが、AIを用いることで調査期間が3年ほどに短縮できる予定といい、加えて、約2億円かかっていた委託経費も約6割節減される見込みだ。
また、タブレットで情報が共有できる管路情報即時共有システムも導入しており、AIの調査結果を取り込むことでさらなる効率化に成功しているという。
同市の担当者は、「AIで一度に広範囲を調査できるという利点を活かして、大きな漏水箇所を優先的に対応し、漏水でムダになる水をなくしたい」と語る。
市では今後、AIを活用して水道管路の材質や過去の漏水履歴と、土壌や地形といった環境ビッグデータを組み合わせた劣化診断も検討している。
これにより、布設年度によらず劣化が進んでいる管路を的確に抽出し適切な時期に更新できるため、業務の効率化をはかることができるという。
現場の取り組みを県が発信する目的は、“デジタル化の事例で正しい知識をもち、変化に気づいてもらうこと”。
県内では、このほかにも自動運転やドローンの活用など、実験ベースで進んでいるデジタル化の事例も多いという。
「新潟の未来図鑑withデジタル」は、これから月1ほどのペースで記事を増やしていくことを計画している。
市橋さんは、「県内のデジタル化の事例を紹介することで、デジタル化に関して正しい知識をもってもらい、その結果、デジタル化の取り組みや、変化に気づく人が増えてくれたら」と語り、長岡市が他自治体の事例を取り入れて漏水調査に取り組んだように、同図鑑が全国各地の力にもなることを願っている。
「新潟の未来図鑑withデジタル」の果たす役割は広報だけではない。取材やコンテンツを介して、各市町村やデジタル化に取り組む民間企業とも、連携が強化されることだろう。
市橋さんは、「最終的に若年層の就職などにもつながっていくと一番良いと思います」と結んでくれた。