近年、社会の様々な場面で“ナッジ”という言葉が聞かれるようになった。主に行動変容が必要なシーンで使われているが、「漠然としていてよく分からない」という人も多いのではないだろうか。
ナッジとは具体的にどのようなもので、どんな効果があるのか。そして取り入れるためには何をすればいいのか。後編となる今回は、具体的な事例を元にナッジの取り入れ方を紹介。引き続きNPO法人「Policy Garage」に話を聞いていく。
お話を聞いた方々
NPO法人Policy Garage事務局長、横浜市行動デザインチーム(YBiT)副代表
横浜市役所勤務
長澤 美波(ながさわ みなみ)さん
NPO法人Policy Garage
宮城県庁勤務
伊豆 勇紀(いず ゆうき)さん
NPO法人Policy Garage副代表理事、横浜市行動デザインチーム(YBiT)代表
横浜市役所勤務
髙橋 勇太(たかはし ゆうた)さん
■「Policy Garage」(以下、ポリシーガレージ)とは
横浜市行動デザインチーム(YBiT)のメンバーを中心に、令和3年1月に設立されたNPO法人。人を中心とする効果的な政策を創り、よりよい社会づくりに貢献するため、ナッジなどの行動科学、デザイン思考、EBPMの普及を行う。自治体・官庁職員、公共意識の高い民間や大学の専門家、学生などが参加。
独自のチャレンジで変化を生んだ好事例と、その取り組みで生まれた効果
実際にどのようなナッジが社会で取り入れられているのか。2つの事例をピックアップして紹介する。いずれも環境省と行動経済学会の「ベストナッジ賞」を受賞した取り組みだ。
【事例1:タクシー駐停車マナー改善ナッジ】
□課題
京都市内の繁華街で、一部のタクシーによる交差点・横断歩道付近での客待ち駐停車が頻発しており、バス発着の妨げや交通渋滞の要因となっていた。
□対策
タクシーの違法駐停車を解消するためにナッジを活用した看板を製作した。看板は、「みんな見てますよ」というメッセージや、歩行者の視線が感じられる“窓”、目のイラストなどが施されたもので、これを当該箇所に設置した。
看板の表裏を使い、1つのナッジで2つの対象(タクシー乗務員、利用者)へ働きかける設計に
□効果
設置後は、以前と比べて1日当たりの合計違法停車時間が約9割減少した。また、8カ月後の測定でも約7割減少を保つなど、一定の効果が持続していることが確認できた。
出典:「自治体ナッジシェア【ベストナッジ賞】タクシー駐停車マナー改善ナッジ」より
【事例2:オプトアウト方式による休暇取得】
□課題
警察情報通信職員は、通常の勤務時間に加えて夜勤や休日出勤などもある状況だが、休暇の取得を促されてもそれを遠慮する傾向があった。
□対策
宿直明けは休暇の取得をデフォルトとし、オプトアウト(勤務)する職員だけが報告様式にチェックを入れるよう変更。
「休暇の取得」をデフォルトとし、取得しない場合のみチェックを入れる方式に変更
□効果
宿直明け、年末年始、大型連休のいずれも休暇取得数が増え、年間の休暇取得率は2割増加。職員からも「休暇取得のハードルが下がった」「明けの日はミスが多かったが改善に貢献している」といった反応が多く見られた。
出典:「自治体ナッジシェア【ベストナッジ賞】オプトアウト方式による休暇取得」より
自治体の取り組みを応援するために全国の事例とヒントを届け続ける
前述のような事例のほか、ほかにも様々な取り組みが日々生まれ、成果を出しつづけている。「ナッジを活用できる自治体業務はほかにも多くあるはずです」と長澤さんは期待を寄せる。「日本では、納税や健康・福祉、環境といった分野でのナッジ活用が多く見られますが、庁内でのペーパーレスや業務改善においてもナッジが活かせますし、窓口業務も同様です。各現場での取り組みを積み重ねることで効果も大きくなると考えています」。
こうした動きの拡大に向けて、現場を応援するためにポリシーガレージが、大阪大学社会経済研究所と行動経済学会と運営しているWebサイトが“自治体ナッジシェア”だ。「初めてナッジに着手する際には、不安や迷いがあるかもしれません。そうした際に、自治体ナッジシェアを見れば、進め方のヒントや参考事例が載っているので参考になるはずです」。
また、令和5年12月には全国でナッジに挑戦しているチームを横軸でつなぐ「自治体ナッジユニット図鑑」も作成したという。「現在、22チームの取り組みを紹介しています。これを見れば、ナッジのアイデアだけでなく、デザインやデータ統計など職員の得意分野を活かして活躍できることが分かると思います」。
これらから得た情報をもとに、前例のコピーから着手するのも近道だと長澤さんはアドバイスする。そして、将来的には全国の自治体で事例が生まれ、その情報が共有できるようになるのが理想だと語ってくれた。「自治体業務は基本部分が同じなので、ナッジの知見もシェアできればより良い行政サービスの提供が可能になり、職員も充実した仕事ができるようになるはず。私たちもそうした未来に向けて、皆さんの挑戦を応援していきたいと思っています」。
ポリシーガレージからのメッセージ
長澤さん:私たちは、自治体職員もワクワクして仕事をしていかなければと強く思っています。ナッジはこの“ワクワク”を感じやすいツールです。
ディスカッションしながら賑やかに取り組めるし、効果検証では結果が見えます。国の施策に自分の工夫を加えて効果を上げることも可能です。ナッジの浸透でこうした動きを一緒に加速させ、より大きなワクワクをつくっていきましょう。
伊豆さん:私は令和4年から参加しており、ポリシーガレージの活動に共鳴して、地元の宮城県では「MyBiT」というナッジユニットも立ち上げました。ナッジ自体は大きな事業ではありませんが、工夫次第でいい政策を生むことにつながるものです。すぐに行動に移せるのもナッジの良さだと思います。
市民に対し、人間性を大事にして政策を提供するように、私たち自治体職員も人間らしく働きたい。そんな世界へつないでくれるのがこうした取り組みだと考えているので、ぜひ一緒にチャレンジしていきましょう。
髙橋さん:「何から始めたらいいのか」と迷う方がいるかもしれませんが、そうした人たちのために、ポリシーガレージでは月1回の定例研究会を実施しています。参加者は毎回50~100人ほど。オンラインで、顔出ししなくてもOKで、公務員は特にウェルカムです。
ポリシーガレージのホームページ、「お問い合わせ」メニューから「月例研究会の登録」で登録できるので、ぜひ気軽にご参加ください。
ナッジについてもっと詳しく知りたい方はこちら:
PolicyGarageホームページ
自治体ナッジシェア
自治体ナッジユニット図鑑
横浜市行動デザインチームホームページ(EAST🄬(YBiT邦訳版)掲載)