「農業+X」の働き方を推奨し産地消滅の危機に挑む
山椒の産地として日本一を誇る和歌山県。しかし、農家にとっては専業で生計を立てるのが難しい作物で、後継者不足から産地の存続が危ぶまれている。
新たな価値を付加し、山椒農家の後継者を育てる有田川町の取り組みとは。
※下記はジチタイワークスVol.31(2024年4月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
生産縮小に歯止めをかけるべく行政主導で産地を守る活動へ。
面積の約76%が森林で、温暖な紀伊半島の傾斜地を利用し、古くから山椒栽培が行われてきた同町。中でも特産の「ぶどう山椒」は、ぶどうの房のように大粒の実が連なり、香り高いのが特徴だ。歴史のある農産物だが、山椒が栽培される山間地区は人口が流出し、高齢化も進んでいる。担い手不足は深刻で、近い将来、生産者がいなくなることが懸念されていたという。
商工観光課の上野山さんは「行政が旗振り役になり、生産者を増やす取り組みを推進するのは難しく、付け焼き刃の対応しかできていませんでした。平成29年に地方創生推進交付金が採択されたことを機に、生産者も巻き込んで産地の将来について真剣に考えはじめましたが、打つ手は見つけられませんでした」と話す。その最大の要因は山椒の市場価格と生産体制にあった。漢方薬の原料としての需要が大半で取引価格が低く、専業で生計を立てるには難しい作物なのだそう。生産者の多くは定年を迎えた年金生活者で、生活の足しに栽培しているのが実情だった。
しかし、その状況が近年になって変わってきたという。「平成30年に大きな台風の被害を受け、生産量が半減しました。それに加えて、食の世界で山椒の需要が高まった背景もあり、約5年で取引価格が倍以上に上がったのです。インターネットでの直販など多様な販路がある今、農家の新たな可能性が少しずつ見えてくるようになりました」。
「ぶどう山椒+X」を打ち出して新たに“副業”の視点をプラス。
令和2年に獲得した農山漁村振興交付金で、移住者紹介のパンフレットやホームページを制作し、「ぶどう山椒+X」という、山椒栽培とほかの仕事を兼業する働き方を提案。「改めて言葉で打ち出しただけで、林業や米作、畑仕事の合間での栽培は昔の人が自然にやってきたこと。コロナ禍を経て、テレワークや副業など働き方が多様になり、地方での暮らしを選択肢に入れる流れも生まれました。農家とそれらとの相性はいいと感じています」と川口さんは話す。
そのほかにも、研究や苗木の補助など農家の支援に着手。龍谷大学と包括連携協定を締結し、「ぶどう山椒の発祥地を未来につなぐプロジェクト」を実施することで、山椒栽培のさらなる認知向上にも努めたという。
地道な努力のかいもあり、農家を取り巻く環境は少しずつ変化している。これまでは0人だった新規就農者が3人に増え、新たな販路も開拓。承継を拒んでいた農家の跡取りの中には、考え直す人もあらわれたそうだ。また、まちに住んで山椒栽培と庭師、桑の葉茶栽培の3つをかけもち、生計を安定させている人もいる。
「取り組みを始めた頃は、地域振興を行政主導で行うことの難しさを痛感しました。組合に働きかけて話し合いの場を設けても、どうしようかと問答を繰り返すだけ。行政主導の“一時的なイベント”のように捉えられることもありました」と当時を振り返る。今では、どこか他人事のようだった地域の人々の意識が変わってきているのを感じるという。
産地の自走フェーズへ移行し、役場の関わりも新たな段階へ。
山椒農家の承継を支援する活動は、新たなフェーズを迎えている。「これまで2度の交付金を活用して、行政主導で様々な取り組みを行ってきました。私たちとしては導火線に火を付けたかなという手応えを感じています。これからは、地域が自走できる環境をサポートするのが行政の役割ではないでしょうか」。具体的には、地場産品を使った商品開発やパッケージを見直すための補助金案内、新たな販路開拓の支援など。各種表彰を紹介してメディアへの露出機会をつくるなど、農家の新たな挑戦のきっかけづくりや後押しに専念しているという。
さらに、就農体験のフィールドや就農希望者のサポートにも力を入れている。1泊2日で山椒栽培と林業を体験するインターンシップを年1回実施し、それがきっかけで地域おこし協力隊として活動している人も。また、少しずつ増えている移住者の存在を広報紙で案内することで、高齢者に“家族以外に事業を引き継ぐ方法もある”という新たな考え方を知ってもらいたいという。
「覚悟をもって行動を起こした人が何もできずにやめてしまうのは、お互いにとって不幸なこと。そうならないためにも、行政が地域との仲介役になり、就農希望者を地元の農家とつなげるなど、地域になじめるようなサポートをしていきたいですね。新たに農業を始める人たちのフィールドを整えるのも行政の役割だと考えています」。
ニーズにもとづき副業を提案
就農希望者からの相談が多かった、収入への不安。そこからヒントを得て、幅広く副業事例を紹介することに。
有田川町
商工観光課
左:川口 雄大(かわぐち ゆうた)さん
右:上野山 友之(うえのやま ともゆき)さん