【仕事のヒントは海外から vol.4】海外事例を自治体の政策立案・業務改善に活かす
前回は自治体職員が海外事例を調査する際の方法についてお伝えしました。今回は、デスクリサーチやヒアリング調査から得られた海外事例の情報をどのように解釈し、自治体で政策立案や業務改善に活用していくべきかご説明します。
作成にあたり、今回もヘルマン(冨永)真実子さんにご協力いただいています。
【連載】
vol.1 自治体のあらゆる部署で“国際化”が重要なワケ
vol.2 海外の取り組みからヒントを得る
vol.3 海外事例を調べてみる
vol.4 海外事例を自治体の政策立案・業務改善に活かす ←今回はココ
調査結果を読み解く
海外事例調査で得た情報を自治体で活用するには、その情報がどのような性質のものかを正確に理解することが重要です。特に、デスクリサーチで対象とする文献などでは海外の取り組みが優良事例として挙げられていることも多く、その事例を日本でも取り入れるべきものと、疑いなく受け入れがちです。
しかし、海外の事例から学ぶにあたっては次のような点に注意する必要があります。
◆取り組みと成果の関係性
まず、取り組みと成果の関係性を注意深く見る必要があります。
例えば、観光振興に資する事例を探していて、A市の特徴ある取り組みBが注目されているとします。この場合、「A市で観光客が増加した背景には、Bがあった」と考えてよいでしょうか。観光客が増える要因には様々なものがあり、実際の寄与率は地道な取り組みC、Dの方が高いにも関わらず、Bの方がキャッチーなので注目されている可能性があります。
また、取り組みBが成功するためには特定の条件が必要で、その条件が満たされない場合には再現性がないかもしれません。例えば、国際線の新規就航にあわせてBを行ったことで、観光客が大幅に増加した場合です。あるいは、A市を舞台にしたドラマがヒットして観光客が増えたという場合のように、成果の背景は外部要因が大きく、実際にはBの効果は限定的なこともあります。
※成果の背景にある要因の例。実際には、多数の要因が複雑に関係しています。
日本の政策を分析する際にも同様に、ほかの要因を見落とすことがありますが、特に海外だと取り組みの背景や周辺情報などに気づきにくいため、より注意が必要です。
◆数値の解釈
前述の問題を考慮した上で、具体的な数値の現状や変化を根拠に海外の取り組みが成功しているという判断ができそうだとします。しかし、定量的(数値・数量で表せること)なエビデンスの解釈にも注意が必要です。
まず、国や地域によって制度に差があり、データの対象が異なる可能性があります。同じ国の中の比較であっても、特に連邦制国家では州によって制度が大きく異なることがあります。
例えば、A市では他都市と比較して犯罪発生率が低いという数値があるとします。一見、治安が良い自治体であるように判断できますが、ほかの州の刑法では犯罪であることが、その州では犯罪ではなく、データに計上されないということもあります。
また、集計方法の問題もあります。同一自治体内での数値の増減を見て効果を分析する場合でも、途中でデータの集計方法が変わっていれば、正確な効果を測れません。
例えば、ある取り組みの後に観光客が増えていたとします。しかし、もともと宿泊施設の利用数で数えていたデータを、携帯電話の位置情報による移動データに変え、日帰りの観光客も集計できるようになったため、データ上の観光客数が増加したということも想定されます。計測方法の変更など、大きな変更を行った場合には、通常、そのことが記載されているため、確認することが重要です。
このため、数値が出ていてもうのみにしないように注意する必要があります。
◆コンテクストの理解
加えて、政策がどのような社会的・政治的な文脈(コンテクスト)で実施されているのかを考慮する必要があります。
例えば、ある国の自治体で出生率向上に向けた取り組みが効果を挙げているとします。しかし、その政策が女性の権利(就労との両立等)を考慮していない場合、出生率向上だけをもって参考にできるかは疑問があります。
また、コロナの感染拡大防止策として、私権を制限して迅速に効果を挙げたとされる海外の施策もありますが、日本では同様の施策を採用することはできません。海外事例の場合、特に結果だけに注目しすぎないことが重要です。
以上が解釈における注意点です。自治体の調査の目的は、詳細な政策分析ではなく、海外事例を自治体の政策立案や業務改善に活かすことです。これらの注意点に留意しながらも、海外事例を参照する本来の目的を忘れず、海外事例からどのような情報を得たいのかを明確にして、効率的に分析をすることが重要です。
政策立案・業務改善への活用
最後に、調査で得られた知見を自治体の政策立案や業務改善に活用する上での注意点です。
留意が必要なのは、政策立案で求められるのが、「地域が抱える問題をいかに解決するか」という点であることです。地域の問題を無視して海外の取り組みを単に輸入しても十分な成果は期待できません。
海外事例はあくまでヒントであり、これまで気がつかなかったアイデアを得るための材料でしかありません。政策のパッケージとして全てをまねできるものではなく、良いところは取り入れ、失敗例から教訓を得ることで、既存の政策を改善するというスタンスで海外事例から学んでいくことが重要です。
こう述べると、海外事例から得られるものは少なく、自治体職員が労力を割いて行う必要はないと思う方もいるかもしれません。もし、海外事例がどこでも展開できる政策のパッケージであるならば、国が主導で海外事例調査を行い、全国の自治体で同じものを実施すれば良いだけです。しかし、政策はあくまで地域の問題解決に特化したものであり、地域ごとに異なるものです。地域の実態に合った政策をつくる上で海外事例がヒントになるからこそ、地域を一番理解している自治体職員が、自ら海外にまで視野を広げることが重要なのです。
終わりに
以上でこの連載は終わります。情報化社会が進展したことで、日本にいながらも様々な海外の情報を入手できるようになり、また、海外の人とのコミュニケーションも容易になりました。Web上には政策立案や業務改善のヒントがあふれており、これを積極的に探しにいかない手はありません。
海外と聞くと、つい「関係のないもの」「ハードルが高い」と考えてしまいがちですが、最初から難しい調査をする必要はありません。一番重要なのは海外への好奇心を持ち、一歩踏み出すことです。まずは、気軽に日本語だけで調査をしてみるだけでも得られるものがあります。
地域の問題解決のヒントを得るために、この連載記事が少しでもお役に立てば幸いです。
※なお、本記事の記述は筆者の私見であり、所属する組織を代表するものではありません。
小松 俊也(こまつ としや)さん
東京都職員として都市外交や長期戦略の所管部署等に加え、自治体国際化協会シドニー事務所および日本政策投資銀行への派遣を経験し、海外との調整や海外事例調査の実務に携わる。現在、ジョージタウン大学公共政策大学院に在学。行政x国際デザインラボ代表。元・オンライン市役所国際課長。著書に『これ一冊でよくわかる 自治体の国際業務マニュアル』(イマジン出版/共著)がある。
ヘルマン(冨永)真実子(とみなが まみこ)さん
東京都庁、(株)電通パブリックリレーションズ(現(株)電通PR コンサルティング)勤務を経て2018年7月よりドイツ・ベルリン在住。東京都ではインバウンド観光や都市外交、その後は対外発信を中心に国外調査・調整の実績多数。現在スウェーデン・ヨーテボリ大学にて政治コミュニケーションを研究中。独ロバート・ボッシュ財団主催Global Governance Futures 2035フェロー、行政×国際デザインラボ・フェロー。