【仕事のヒントは海外から vol.3】海外事例を調べてみる
vol.1では自治体職員が海外に目を向けることの重要性について、vol.2では海外の参考事例について書いてきました。今回は、実際に自治体職員が海外事例調査を行うときの基本的な調査方法を取り上げます。
より実践的な方法をお示しするため、自治体と民間企業の双方で海外事例調査を経験されたヘルマン(冨永)真実子さんにもご協力いただきながらまとめます。
【連載】
vol.1 自治体のあらゆる部署で“国際化”が重要なワケ
vol.2 海外の取り組みからヒントを得る
vol.3 海外事例を調べてみる ←今回はココ
vol.4 海外事例を自治体の政策立案・業務改善に活かす
調査目的を定める
調査を成功させるための第一歩は、調査の目的と背景を明確化することです。なんとなく調査をするだけでは簡単に焦点がぼやけてしまい、情報を単に集めただけで結果として役に立たないということにも陥りかねません。
例えば、首長の海外出張や観光・物産品のPRを行う事前準備として相手方のニーズや関心を把握するための調査を行う場合と、政策立案や業務改善のためのヒントを探す場合では、異なる視点・情報が必要です。
ここでは、政策立案や業務改善を目的とした場合の調査方法を説明していきます。
この場合、自治体が抱える多くの問題の中で特に重要なものや、所属する部署で特に重要な問題を解決することが調査目的になります。調査目的をより具体的にするため、「何が問題なのか」を理解し、「現在の取り組みには何が足りないのか」、「何を知りたいのか」などを事前に明らかにします。
これらを事前に整理しておくことで調査の対象が限定され、より効率的かつ効果的に調査を行えるようになります。
調査対象先を探す
調査目的を決めたら、目的に最も合致する調査対象先を探します。制度的に近しい国、または人口動態や社会構造が近しい自治体を探すと参考になる事例が見つけやすいでしょう。ただし、類似性にとらわれすぎる必要はありません。例えば、よくデジタル化の先進事例として扱われるエストニアの人口は日本の約100分の1であり、日本とエストニアのサービス設計を単純に比較するのは無理がありますが、そのコンセプトなどを参考にすることはできます。
調査の開始前に対象先を絞り込むのは必ずしも容易ではなく、また、あらかじめ対象を絞りすぎると本来調べるべき事例を見逃してしまうことにもなりかねません。このため、調査の初期の段階では、次で述べるデスクリサーチを行いながら調査対象となる事例を見つけ、調査先の自治体などを選んでいく必要があります。
また、ChatGPTなどの生成AIに「高齢者向けの居場所づくりに積極的に取り組んでいる海外の自治体はどこですか。また、その内容も教えてください」などと入力し、ヒントを得ることもできます(ただし、結果はうのみにせず、検証する必要があります)。
なお、海外では自治制度や法律の仕組み・運用が異なることに注意する必要があります。日本では自治体が所管している業務が、海外では民営化されている場合や、中央政府や州政府によって行われている場合もあるため、調査対象が単純に自治体に限られないこともあります。
調査方法を決める
調査の種類には、主に次のものがあります。定番なのは公開資料や文献にもとづいて調査を行う「デスクリサーチ」です。ヒアリング調査や現地調査には費用や時間がかかるので、費用対効果を考慮しながら調査方法を決定します。
【デスクリサーチ(日本語)】
デスクリサーチの第一ステップは、日本語での文献調査です。この場合、主に次のものが参考になります。
①国・国の所管法人などの調査資料
参議院調査室、衆議院調査局などが政策課題に関連して公開している調査資料は質が高く、業務で活用できます。国の審議会用の資料や各省庁の資料でも海外事例調査の結果が掲載されていることがあり、日本の実情に合わせて事例を知ることができます。
国の所管法人では特定の領域について専門的な情報を公開しており、代表的な機関として日本貿易振興機構(ジェトロ)や労働政策研究・研修機構(JILPT)、国立環境研究所が挙げられます。国立国会図書館のリサーチ・ナビでは分野別に調査のポイントや参考になる資料、便利なデータベース、使えるWebサイト、関係する機関などを紹介していますので、調査の入口として活用できます。もっとも、国の資料は国レベルの取り組みの調査を中心としているため、自治体レベルでは直接的には参考にならないものもあります。
②自治体関連機関の調査資料
(一財)自治体国際化協会(CLAIR)は自治体向けに海外調査の結果をまとめた刊行物等を発行しており、参考にできます。また、全国市町村国際文化研究所(JIAM)が発行する機関誌「国際文化研修」でも自治体向けの海外事例が紹介されています。
③書籍
特定分野の政策について書かれた書籍の中には、海外と日本の比較や海外事例の紹介を行っているものがあり、その分野の取り組みを総合的に理解するのに役立ちます。
④学術文献
研究論文や研究ノートなど、学術的な資料からも海外事例の情報を得ることができます。「CiNii」などの文献データベースで当該のテーマを検索し、研究者に有識者ヒアリングをお願いするのも良いでしょう。
⑤民間団体の調査資料
シンクタンクやコンサルティング会社では、公共分野でも海外調査の結果にもとづいた提案書や報告書をWeb上で公開しています。これらの文書では、日本の行政が海外に学ぶべき点などがまとまっていることがあり、参考にできます。
⑥メディアの記事
情報量は少ないですが、最新の動きを知るには新聞記事やウェブメディアの記事などが活用できます。例えば、新型コロナ対応など世界中で刻一刻と対応が変わるものでは、効果的な情報収集の手段になります。
【デスクリサーチ(外国語)】
続いて外国語でのデスクリサーチです。外国語の書籍や記事、報告書、学術文献などに加えて、次のものが調査対象になります。
なお、外国語で書かれているため、読み解くには語学力が求められますが、DeepLなどの機械翻訳を補助的に使うことで語学力に自信がなくても大筋を理解することができます(ただし、誤訳や訳漏れが含まれる場合があるので注意が必要です)。
①自治体の公式資料
調査対象とする自治体の公式Webサイトには政策の資料や情報が掲載されています。必ずしも全ての情報が手に入るわけではありませんが、公式情報は調査における重要な情報源になります。
②国際機関の作成資料
国連などの国際機関が作成する資料の中でも自治体の取り組みが紹介されていることがあります。例えば、国連経済社会局(DESA)が作成したSDG Actions Platformには世界中のSDGsに関する膨大な数の取り組みが紹介されており、その中で自治体の取り組みに絞った検索を行うことができます。
このほか、都市問題を専門に扱う国連ハビタットなどの作成資料でも自治体の事例が扱われています。EUであれば欧州委員会が社会統合や観光、交通など分野別にプロジェクトを紹介しており、社会課題に対する実践的なアプローチを知ることができます。
③多都市間ネットワークの作成資料
多都市間ネットワークは複数の自治体が参加し、情報共有や意見交換などを行うプラットフォームです。情報共有を目的としているので、イベントや作成資料で優良事例が紹介されることが多くあります。
例えば、気候変動対策をテーマとしたネットワークであるC40では、先進自治体の取り組みをまとめたThe C40 Knowledge Hubというウェブサイトを公開しています。様々なテーマのネットワークがあるため、対象分野のものを探すことで、情報を得られます。
【ヒアリング調査・現地調査】
デスクリサーチだけでは得られない情報や現場の生の声などは、海外の自治体職員と直接コンタクトすることで得ることができます。対象の自治体の部署や職員に直接連絡し、ヒアリングの機会(オンライン、オフラインの対面あるいは書面)を依頼します。
外国語に自信がない場合でも、機械翻訳の助けを借りながら連絡することができます。なお、機械翻訳を使う場合は、英訳したものを日本語に翻訳し直して、違和感がないかを確認することで誤訳の発見につながります。
相手側に貴重な時間を割いてもらいますので、「○○について教えてほしい」と伝えるのではなく、「〇〇について資料が欲しいのだが、Webサイトで公開されていないようなので送ってもらえないか」「〇〇という課題については××という対策を取っていると理解しているが、もう少し詳しく教えてもらえないか」など、Webサイトに掲載されている情報をあらかじめ調べた上で、聞きたいことをより具体的に示す必要があります。
また、一方的な依頼ではなく相手側の利益にもなるよう、こちら側の資料を提供して意見交換をすることで、受け入れてもらえる可能性が高まります。
加えて、インフラや施設などの調査では、現地を実際に訪問する現地調査を行うことが一般的です。近年、物体や建築物などの3Dデータを取得し、表示する技術が発展してきているため、今後、これらの調査でもコストを抑えた調査が可能になると考えられます。
まずは手軽な調査から
以上の方法は、全てを行う必要はなく、最初から手を広げすぎる必要はありません。海外の事例から学ぶには、海外に関心を持って一歩ずつでも調べてみることが肝心です。
まずは、インターネット検索や文章生成AIなどで先進事例を探して、気にかかった取り組みをもう少し深く調査してみるなど、取り組みやすい形で始めてみることで、事例の理解や調査力の向上につながります。
次回は、調査で得られた情報を解釈し、政策立案や業務改善に活用する方法についてご説明します。
※なお、本記事の記述は筆者の私見であり、所属する組織を代表するものではありません。
小松 俊也(こまつ としや)さん
東京都職員として都市外交や長期戦略の所管部署等に加え、自治体国際化協会シドニー事務所および日本政策投資銀行への派遣を経験し、海外との調整や海外事例調査の実務に携わる。現在、ジョージタウン大学公共政策大学院に在学。行政x国際デザインラボ代表。元・オンライン市役所国際課長。著書に『これ一冊でよくわかる 自治体の国際業務マニュアル』(イマジン出版/共著)がある。
ヘルマン(冨永)真実子(とみなが まみこ)さん
東京都庁、(株)電通パブリックリレーションズ(現(株)電通PR コンサルティング)勤務を経て2018年7月よりドイツ・ベルリン在住。東京都ではインバウンド観光や都市外交、その後は対外発信を中心に国外調査・調整の実績多数。現在スウェーデン・ヨーテボリ大学にて政治コミュニケーションを研究中。独ロバート・ボッシュ財団主催Global Governance Futures 2035フェロー、行政×国際デザインラボ・フェロー。