住民の健康増進は地域の元気の源。各自治体も、生活習慣病の予防や健康寿命の延伸などに向けた様々な取り組みを行っています。そうした中、「課題を抱えた人たちがなかなか動いてくれない」と悩む場面も多いのではないでしょうか。
今回のセミナーでは、行動分析学の専門家が行動変容を促す際の基本的な考え方をレクチャー。また、そうした発想のもとで生まれたヘルスケアサービスと、それを活用した取り組みを進めている那覇市の事例を紹介しました。
概要
□タイトル:ライフスタイルに定着できる行動変容の促し方~働き盛り世代の健康づくりのアプローチ~
□実施日:2023年12月22日(金)
□参加対象:自治体職員
□開催形式:オンライン(Zoom)
□申込者数:132人
□プログラム:
第1部:ムリしない行動変容のコツ
第2部:働き盛り世代の健康改善に向けた取組~メンタルヘルス対策について~
第3部:日常生活に溶け込むヘルスケア
ムリしない行動変容のコツ
第1部は、心理学の一分野である行動分析学の視点から、行動変容における「個人と環境との相互作用」について解説。“心”の捉え方を見直すことで人の行動はどのように変わっていくのか、分かりやすく身近な例もまじえてヒントを共有してくれた。
<講師>
大月 友 氏
早稲田大学 人間科学学術院
人間科学部 准教授
プロフィール
早稲田大学人間科学学術院助教、専任講師を経て、2014年より准教授。専門は心理学。公認心理師・臨床心理士として、医療分野、教育分野、産業分野にて、人の行動変容に関する実践と研究を展開している。
行動変容は“心”を変えればいい?誤解をもたらす“素朴な心理学”。
私の専門は心理学で、公認心理士や臨床心理士の資格を持ち仕事をしています。医療領域では、不安症やうつ病など、メンタル疾患を抱えた方への心理療法をはじめ、企業や自治体などを対象にしたセルフケアにも関わっています。そうした立場から、行動変容について分かりやすく説明します。
誰かに対して行動変容を促す際には、多くの人が、対象者の“心を変える”ということを意識するでしょう。確かに、何かを始めるときにはモチベーションや、やる気が必要です。しかしそれが続くかというと、現実的には難しいのが人間。それなのに、なぜ我々が“心”を考えるのかというと、自分自身の中にも心があり、生きている中で“素朴な心理学”を身につけているからです。これにより、行動は心に支配されていると考えて、「強い心で」といった精神論になってしまいます。この素朴な心理学に注意しなければなりません。
心理学は心という概念を使って色々な説明をしますし、我々も心という概念で様々なことを考えます。しかし、行動変容を心で説明しすぎると、(1)循環論に陥る、(2)個人攻撃のわなにはまる、(3)直接操作できない、という結果になりがちです。
例えば、毎回禁煙に失敗する人がいるとします。こうしたケースで出てくる「意志が弱い」という言葉。では、なぜ意志が弱いと言うのか。それは禁煙できないから。なぜ禁煙できないのか、それは意志が弱いから……と無限ループにはまってしまいます。我々は“心が行動を支配する”と考えますが、心は概念で実体がないため、根拠なしに行動と結び付けられて循環論になる。すると、次の一手が打てなくなってしまうのです。
また、心に行動の原因を求めすぎると、その人の内面に問題がある、だから誤った行動をしている、と結論してしまいます。これは個人への攻撃につながり、さらに「結局意志が弱いからだ」と思考停止してしまう。行動変容を目指しているはずなのに、自己批判や他者批判が続くだけで何も起きません。
そもそも行動を説明・予測することと、行動の制御・変化とは別物。「意志が弱い」という言葉で行動の説明・予測ができたとしても、それを制御し変化させることにはつながりません。ではどうやって行動を変化させられるのか、という着眼点で研究を進めてきている心理学の一分野が、行動分析学です。
行動分析学のロジックにもとづき「個と環境」で行動を読み解く。
行動分析学は“こうするとああなる”という関数関係を解明する学問です。このような環境設定にすると人はこう変わる、といったロジックで環境と個人との相互作用の中、行動が変化する法則を見出します。ここでは時間軸が重要なポイントです。
我々は生きていく中で何らかの行動をします。この行動に影響を与えているのは、行動する前と後です。過去の環境が行動を引き起こしているのかもしれないし、行動の結果として何か変化が起きたら将来の行動にも影響を与えるかもしれない。このように考えて、行動分析学では行動の法則を積み上げてきました。
こうした研究の結果、人間には一定の法則があることが分かってきました。行動した結果、メリットがあるとその行動は継続します。逆にメリットがない、あるいはデメリットがあればしなくなる。原因は心にある、という考えをいったん消して、どんなときにその行動をしてその結果どうなったのかというフレームで見ると、行動前後のメリットとデメリットが深く関係している。当たり前ですが、非常に大事なことです。
きっかけと結果を明確にして、ストレスの少ない行動変容を!
ここで1つ留意点があります。例えばタバコを吸うと将来健康を損なう。そのデメリットが分かっているのに禁煙できないのはなぜか、という点です。実は、行動変容のきっかけを生むのは、行動の直後に生じる変化なのです。メリット・デメリットは時間軸で手前にあるものが優先されます。例えば筋トレ。将来的に腹筋が割れるのならやりたい。でもその前に筋肉痛があり、疲れがあり、面倒だという感覚もある。嫌なことが直後に起きるのでその行動は選択しない、となるのです。
こうした法則から考えると、努力も我慢も難しいのが当たり前。しかし変容させないといけない対象には、大抵努力や我慢が求められます。ここでマネジメントすべきなのは、きっかけと結果です。ある環境を、対象となる人でも続けられるよう工夫する、というのが行動変容を促すポイントになります。努力が必要な行動はきっかけを増やして結果を増やす。我慢が必要な行動はきっかけも結果も取り去る、という工夫をしてみましょう。そして本人もまわりも個人攻撃をしない。これらを心がけると色々なアイデアが出てきます。
時間の都合で凝縮した内容をお伝えしましたが、YouTubeでも行動変容のための動画を配信しています。ぜひご覧ください。
働き盛り世代の健康改善に向けた取組
~メンタルヘルス対策について~
那覇市では、健康増進計画の中間評価で市民の健康課題が浮き彫りになった。特に働き盛り世代に向けたアプローチが必要と判断し、同市がとった方策とは。担当職員が県の施策も含めた振り返りと、今後の展望を語る。
<講師>
玉木 宏尚 氏
那覇市保健所 健康増進課 主査
プロフィール
平成24年、那覇市役所採用、健康部健康推進課、地域保健課へ配属され、母子保健、成人保健、精神保健など地域保健業務を担当。
令和2年4月、健康増進計画や地域職域連携推進を含む健康づくり業務を担う健康増進課へ配属される。
全国1位からランクダウンした原因は?
データから読み解く健康課題。
このパートでは、行動変容に関係した那覇市の取り組みを紹介します。
当市の人口は約31万人。高齢化率は増加傾向で、自然動態も令和3年度から死亡数が出生数を上まわっており、令和4年も同様。少子化も進行しているという状況です。
沖縄県は、過去、平均寿命が男女とも全国1位だったのですが、現在は男女とも順位を下げ、特に男性の健康改善が課題となっています。
上のグラフは、平成27年度のデータにもとづいて死亡率を都道府県別順位で示したものですが、ある世代から大きく順位が開いていることが分かります。こうなった背景は、米軍統治下だったために食文化の欧米化が進み、カロリーや脂肪分などを摂りすぎる傾向になったからだという指摘もあり、戦後に生まれた働き盛り世代については、他県と比べて早く亡くなる方の率が高くなっています。
また、50人以上の事業所が労働基準監督署へ報告する健診結果をまとめた資料によると、当県は有所見率が12年連続ワーストという結果。令和2~4年は全国的に横ばい傾向であるのに対し、当県だけ増加傾向にあるというのも危惧される点です。
働き盛りの世代へ届けるために、那覇市が選択した官民連携事業。
次に、那覇市がどのような課題感を持っているのかを説明します。
当市では「健康なは21」という健康増進計画を策定しており、肥満対策、多量飲酒の習慣化予防、喫煙の防止、生活習慣病の重症化予防という4点を重点項目として推進中です。
こうした目標に対し、令和元年度に中間評価を実施しました。その結果、達成・ほぼ達成・改善傾向を合わせて4割強である一方、悪化傾向も約4割という状況です。悪化傾向にあるのはメタボ該当者の割合、それを支える生活習慣の状況が改善しないといった点で、そうした方々に向けて、SNSやイベントの開催など様々な手法で周知啓発をしています。
中でも、働き盛り世代の健康課題を何とかしないといけないのですが、この世代は子育てや介護をはじめ、労働人口が減っているので会社のために仕事をするなど、社会から様々なタスクを課せられています。そのため、個の力で行動変容をするにも限界がある。こうしたことから当市では、働き盛り世代に向けた個へのアプローチだけでなく、環境へのアプローチも重要だと考えています。
ここで有効な施策を打つには民間の知見が必要だと考え、令和5年度はissinとの検証事業を行いました。これまでは、健康講座や教室などを周知してもなかなか人が集まらず苦慮していましたが、同社との協同事業では申し込み開始から1時間程度で満席になったのです。こうした面は官民連携の魅力の1つだと思います。
同時に、継続性を生むには環境を変えていく必要があります。例えば、会社での健診は6~7割が受診している一方、個人事業主等が多い国民健康保険(国保)加入者の健診受診率は3~4割止まり。やはり組織が健診を受けようという発信や環境づくりをする意義がある。そうした環境づくりに向けて実施した事業を2つ紹介します。
2つの事業を通し、健康サポートを必要としている人へ発信を続ける。
1つ目は「国保外20代・30代健診」です。これは、健診を受ける機会がない20~39歳の市民へ、特定健診と同様の健診を提供するというもの。なぜこの世代かというと、学校を卒業した後、色々な制度のはざまで検診を受ける機会がない層が発生しやすいからです。主な対象は社保の被扶養者と生活保護受給者で、平成25年度から事業を実施しています。これは健康づくりに向けた行動の一歩手前ですが、早い時期からの早期発見・早期予防のため、全ての市民が健診にもアクセスしやすい環境づくりとして取り組んでいるところです。
2つ目が職域を対象としたメンタルヘルスに関する取り組みです。当市では、50人未満の事業所が98%あります。50人を切ると労働安全衛生法上、体制が整えづらく、人でも少ない中で「健康のために会社を変えませんか」と提案しても、反応はいま1つです。そこで経産省(又は国)も推進している“健康経営”の「従業員の健康管理は、事業所にとってもプラスになる」という視点から、考え方を落とし込むのです。労働人口が減り、少子高齢化も進んでいるので、従業員一人ひとりを大切にしなければ企業のパフォーマンスも下がる、ということを焦点にして進めています。
取組をすすめるにあたっては、市内事業所へアンケート調査を行い、その結果“メンタルヘルス対策”のニーズが高いということが分かったので、メンタルヘルス対策を入口として、健康経営につながる機会提供として取組を進めています。進め方としては、当課のみではなく、職域の関係者とも連携しつつ、様々な業種の方が職場に実践しやすいヒントを得られるよう、座学形式ではなく、ワークショップ形式(年4回)で取り組みを進めています。また、沖縄県は、働き盛り世代の健康改善に向け、県内一体となり、健康経営を推進していこうという空気感も、当市が取組を進めるにあたり、大きなプラスの要因となっています。
以上が当市の取り組みです。様々なところで負荷がかかっている要因を取り除きながら、個と環境の両方でサポートしていくことがこの世代に必要だと考えています。
※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
日常生活に溶け込むヘルスケア
第3部は、ヘルスケアに寄与するプロダクトを提供しているissin株式会社の取締役CFOである寺田氏が登壇。日常生活の中で自然に行動変容を起こすためのアイデアと、自治体との連携事業で得られた成果について共有してくれた。
<講師>
寺田 博視 氏
issin株式会社 取締役
プロフィール
大学院在学中、現代表の程氏を支援する形でpopInを創業(初代社長)。その後、外資系コンサル会社や政府系ファンドにて、M&Aアドバイザーやスタートアップ投資に従事。令和3年に程氏と共にissinを創業。
健康習慣の阻害要因をなくし、日常生活に組み込んで継続させる。
当社は2021年設立で、日常生活に溶け込んだインターフェースに関する様々な研究を行っています。そうした視点で見た際、ヘルスケアの分野でも「多くの方が継続できずに挫折してきたのではないか」という課題を感じます。そこで、生活者に無理をさせるのではなく、日常生活に溶け込ませることで健康管理ができるのではないか、という考え方にもとづき、ハード・アプリ・サービスを一気通貫で提供する事業を行っています。
今回取り上げるのは、体重管理機器の「スマートバスマット」と、特定保健指導にも適用できるプログラム「スマートデイリー」です。
体重は健康管理における重要な指標ですが、誰もが定期的に測定できている訳ではありません。その理由についてアンケートをとった結果、女性は「現実逃避」、男性は「面倒」という回答が多数でした。そこで、環境を変えることで解決できるのではないかと考え、誕生したのがスマートバスマットです。
体重測定を日常生活の動線に置くことで、その行動は習慣化されます。では裸の状態で毎日通る場所はどこかというと風呂上りなので、バスマットに乗ったタイミングで測定できたらいい。こうした発想の結果、自動的に体重が測定され、クラウドにデータが上がる仕組みが完成しました。2023年1~6月の測定継続率は90%で、非常に高いといえます。
専門家によるサポートとIT活用が、行動に“続ける理由”を生み出す。
このスマートバスマットを活用したサービスがスマートデイリーです。プログラムの特徴は大きく3つあります。
1つ目は「専門家チームによる専属コーチ」という点です。当社には管理栄養士、保健師などが在籍しており、利用者には専属コーチが付きます。時には対象者のニーズに合わせて、運動したいという方がいれば理学療法士や健康運動士なども追加して対応します。
2つ目は「効果的で実行可能な改善提案」。行動変容モデルは数多く存在しますが、“絶対に成功する”というものは見つかっていません。従って、手法をうまく応用しながら適用していくことが重要で、ポイントは“きっかけ・やる気・やりやすさ”です。
きっかけについては、対象者がどんなライフスタイルなのかをヒアリングして、習慣化されているものに対して「この後にやってみましょう」といった提案をします。そして、やる気を上げましょうとアプローチするのではなく、“やる気を把握する”ということが重要。例えば定期的に体重を測っているのか、アクションに取り組んでいるか、などといった部分からやる気をリアルタイムで分析します。そして、そのやる気に応じてやりやすさをコントロールするのです。
ポイントの3つ目は「スマートバスマットによる体重管理」です。体重データはリアルタイムでコーチにも共有されるため、対象者は軽い緊張感を持って取り組むことができます。さらに“自己申告ではない”ということも重要です。測定された数字は常にリアルなので、そうした面も含めて評価を得ています。
もう1つ、当社ではLINEを使っており、これもメリットになります。モチベーションが高いとはいえない人に対して「アプリをダウンロードして明日から使ってください」と伝えてもうまくいかない。そこで、日常的に使っているアプリを活用してハードルを取り去るためにLINEを採用しています。
実証実験で96%が減量に成功!独自アプローチで地域の健康に貢献する。
ここからは、沖縄県読谷村との取り組みについて紹介します。沖縄県ではデータヘルス計画の目標を掲げていましたが、同村では達成が道半ばでした。特に特定健診の受診率が伸び悩んでいることと、メタボ予備軍が減らないことに悩みを抱えており、当社に声をかけていただきました。まずは小規模で実証実験を行い、本年度から正式契約をいただいています。
実証実験では、経年対象者に対して我々のプログラムを3カ月間受けてもらいました。その結果、参加者の96%が減量に成功。プログラムの継続率についても、1人も離脱せずに継続しており、その9割近い方が週3回実施という結果です。
こうした成果もあり、多くの企業や自治体から相談を受けるのですが、やはり「健康意識の低い人にどうアプローチしたらいいのか」という悩みが多い。当社からは様々なアプローチを提案します。その1つが「ストーリーを使う」というもの。対象者がどのような願望を持っていて、減量することでどんないいことが起きるのか、ということを明確にした上で、そのストーリーの実現に向けてプログラムに取り組んでいくのです。
また、人は「健康になる」という目標のためにはあまり行動しないので、健康のためではなく、その人が健康を維持したときに何を実現したいのかを探り、それを達成するために健康になる、という文脈で考えてもらう必要があります。
以上、代表的なアドバイスを紹介しましたが、ほかにも当社は様々なノウハウを持っているので、いつでも気軽にご相談ください。
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