近年、人材育成の領域で“越境学習”という学びの形が少しずつ広まっている。そうした中、竹田市はこの手法をいち早く取り入れ、まちづくりや職員のスキルアップに活かしているという。同市が導入したプログラム「越境リーダーズキャンプ」は具体的にどのようなものなのか、そして自治体や地域に何をもたらすのか。取り組みに直接関わってきた、竹田市副市長の藤田さんに聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
[提供]みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社
interviewee
竹田市 副市長
まちづくりたけた株式会社 代表取締役
藤田 和徳(ふじた かずのり)さん
プロフィール▶1983年~2021年までの38年間大分県庁に勤務。初任地であった竹田県税での4年を皮切りに、大野川上流開発、竹田土木と計3度、通算8年間竹田市内で勤務。竹田市は社会人としての自分を育ててくれた「第二の故郷」で、公私ともに大変思い出深いまち。2021年6月 縁あって副市長に就任し現在に至る。
まちづくりの中で直面した“地域の力では限界がある”という課題。
大分県の南西部に位置する竹田市。主要産業は農林畜産業で、高冷地という土地柄を活かした土地利用型農業が盛んにおこなわれている。また、阿蘇くじゅう国立公園や直入地区の炭酸泉など観光資源も多く、こうした農業・観光を主体とした経済を市内の商業が支える形になっている。
平成の大合併で一市三町が合併した当時は人口が約2万8,000人だったが、その後減少傾向が続き、令和4年の時点では2万人を割り込んだ。高齢化も進み、廃業する店が出てくる中で、市内には空き店舗や空き地が目立つように。こうした状況が以前から課題だったと藤田さんは語る。
「市の中心部でも同じような状況が進んでいたため危機感をもち、平成26年から『竹田市中心市街地活性化基本計画』の策定に着手しました。平成27年には本計画が国の認定を受け、同年にはまちづくり会社の『まちづくりたけた』も設立。本格的な対策に乗り出したのです」。
同市は「まちづくりたけた」と連携し、公共施設の新設や無電柱化、シティプロモーション、人材育成事業など様々な施策に取り組んだが、そうした中で限界を感じることも多々あったという。「地域の課題を地域の人材や技術だけで解決しようとしても、どうしても難しい部分がある。もっと外部の視点や新しいアイデアを積極的に取り入れなければ……という強い思いがありました」。
そうした中、内閣府の地方創生インターンシップ推進事業を通して縁ができた「みずほリサーチ&テクノロジーズ(以下、みずほRT)」から、令和2年に“越境学習”をテーマにした、人材育成プログラムの共同開催の提案を受けた同市。「みずほRTからの提案を受け、これはチャンスだと感じました。早速、このプログラムを実証という形で取り入れることに決めたのです」。
自治体、民間事業者、地域が一丸となって走りだした地域創生プロジェクト。
越境学習は、個人が所属する組織(ホーム)から離れ、組織外の環境(アウェー)での協働を経験することで、新たな気づきを得る人材育成の手法。
経済産業省の「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」では越境学習の重要性が明示されており、ガイドラインも公開されている。同社はこの考え方を取り入れ、独自の人材育成プログラム「越境リーダーズキャンプ(以下、越境キャンプ)」を開発。
次世代リーダー候補である大企業のミドル層を“地域課題の解決”という未経験のテーマに直面させることにより、内省を深め、仕事・自己の再定義とリーダーシップの醸成を図ることを目的としている。
また、各地域はこうした人材を受け入れることにより、地域課題に対する客観的な示唆を得ることができ、職員の気づきや成長を促しつつ、そこで生まれたアイデアも施策に活かせるという内容だ。
図1 企業および地域の課題意識
この越境キャンプに対し、「考え方に共感を覚えた」と藤田さんは話す。「単に地域課題の解決を手伝うだけでなく、企業人や自治体職員の自己研鑽を目指すという点が魅力的です。双方が協力して育ち合うという目的に共鳴しました」。
越境キャンプでは、同社が研修プログラムの提供と企画運営などを担い、「まちづくりたけた」が地域課題の掘り起こしと、地域とのコーディネート役を担当。市は越境キャンプに参加する人材を派遣する。こうした役割分担をもとに、令和3年、実証事業として越境キャンプはスタートした。
図2 実施体制
初回のテーマは「地域の空き地を活用し、域外から城下町に人を呼び込み地域ににぎわいを創出する事業」というものだった。「初年度は企業から16人、自治体職員と地域企業からの受講生4人の総勢20人に加え、『まちづくりたけた』や地元事業者も受け入れ、地域側のメンバーとして参加。未経験の取り組みに向けて、全員一丸となって走りだしたのです」。
次世代リーダーたちのアイデアが地域の中で次々に具現化していく。
越境キャンプは約2カ月間にわたって行われる。まずオンラインでの事前レクチャーに始まり、竹田市現地での座学研修、市内でのフィールドスタディー、大企業のアルムナイ(退職者)サポーターとの1on1、グループワーク、そして中間・最終発表というメニューで構成。初回から活発な議論が交わされ、その結果で手応えをつかんだ同市と「まちづくりたけた」、そして同社は、事業の継続に向けて進んだ。
図3 プログラム内容
令和4年は、同市の正式な事業として越境キャンプを実施。「2回目は『商店街における域外客の誘客を通した城下町の維持・再生』をテーマに掲げ、商店街の方たちも巻き込んで進めました」。企業からは7人が集まり、市からも職員が合流して、新たなメンバーでスタートした。「研修メニューは初回と同様ですが、フィールドスタディー、グループワークなどを進めていく中で、新しいアイデアが続々と登場したのです。前回の提案も含め、いくつかのプランはすでに実行されています」。この“実行されているプラン”は、例えば以下のようなものだ。
越境リーダーズキャンプから生まれたアイデア
1. CHALLENGE SQUARE MANNAKA
(チャレンジスクエア マンナカ)
令和4年4月、市の中心地にオープンした多目的スペース。
イベントでの活用や、キッチンカーの出店、起業したい人、
事業を拡大したい人などの活用など、様々な用途を想定している。
2. 城下町まちめぐり手形
市内29店舗で利用できる5枚つづりのチケット。
手形利用限定のメニューや割引などのサービスを受けることができる。
週末の集客をねらって発行され、第1弾は令和5年1月~5月に実施。
3. Googleマップを活用した情報発信
地元商店街や観光施設に向けて実施した、Googleマップの活用術講座。
観光客や域外からの訪問客に対して地域の魅力をより有効に発信することを目的とし、20人以上が参加した。
上記のほかにも様々なアイデアが提案されており、現在は実効性を検証しつつ実施に向けて検討が進められている段階だという。
外部知見の積極的な吸収で、今後も地域課題の解決と職員の資質向上を目指す。
続く令和5年度は、第3期として「街の真ん中の空き店舗・空きスペースを活用した町まち中周遊を促す商店街ツーリズムの提案」をテーマに実施。11人の受講生で2つのチームを結成し、今回も様々な意見やアイデアが出た。
「参加者からも大変好評でした」と藤田さんは笑顔を浮かべる。「地方の自治体職員は、ビジネスの世界で頑張っている方々と接する機会が少ない。越境キャンプを通して共通の時間を過ごし、同じ課題について議論し合うということが良い刺激になっているようです」。実際、越境キャンプを受講した職員からは以下のような声が寄せられている。
<受講者からの声>
・自分より若い世代に、こんなに優秀な人たちがいるという事実がうれしく、一緒に研修を受けることができたのが幸せでした。彼らに負けないよう、研修を通じて見つけた自分の強みを磨きぬいて、竹田市の発展につなげたいと思います。
・同年代の方々との協働は、コミュニケーションもスムーズで価値観や発想、考え方も近いのでとても楽しい。表現方法やプロジェクトの進め方など大変学びの多い時間でした。
このように、職員にも大きな気づきをもたらした越境キャンプ。その背景には「まちづくりたけた」がコーディネート機関として立ちまわった効果もある。「事前の準備はもちろんですが、プログラム開始後も企業の参加者と地域とをつなぐ工夫をしました。地元商店街の方々も意欲的で、色々な面で助けられました」。
また、同キャンプで生まれた取り組みに対する住民満足度も高いようだ。「先日、大学生などを対象に『城下町まちめぐり手形に関するモニターアンケート』を実施したところ、“満足”“やや満足”が80%以上という結果が。その理由も、『今まで行ったことのない店舗を知れた』『歴史と文化について学べたから』といったもので、多くの方に喜んでいただけました」。
3年目を終えて、様々な変化を生んだ越境キャンプ。藤田さんは「アイデアを出して終わりではなく、事後研修も充実しています。報告会では職員の自己研鑽に向けた様々なアドバイスをいただき、職員の資質向上に大きく寄与していると感じています」と評価する。
さらに、今後の展望について次のように締めくくってくれた。
「地域課題の解決は行政の力だけでは困難なので、住民と一緒に汗を流し、知恵を出し合うことが必要です。今後も住民や事業者とフラットでフレンドリーな関係性をつくっていきたいと思っています。その活動の中で、越境キャンプで得た成果をつなげていきたい。課題は多いですが、一つひとつ成果を出しながら歩んでいきたいですね」。
みずほリサーチ&テクノロジーズの今後の展望
今後の新たな展開として、ミドルシニア層の民間企業人を集めた「越境キャリアジャーニー」を実施予定。キャリアを積んだ人材の視点で地域課題を見つめ直すことで、ミドルシニア世代が改めてスキルアップすると同時に、越境リーダーズキャンプとはまた違った気づきやアイデアが地域にもたらされることを目指す。
まちづくりたけた株式会社
平成27年1月に設立。「竹田を愛する全ての人と共に豊かな暮らしと、竹田の未来を創造する」を経営理念に、まちを元気にするタウンマネジメント事業と、人と企業が一緒に成長するコンサルティング事業を展開している。
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