高度な製造ノウハウや機械・工具類の特殊な使用法などが、熟練技術者に属人化しやすい製造業。社員の高齢化や後継者不足によってそれらの知見が失われるのは、当該企業にとって大きな損失となるばかりでなく、材料の仕入れ先や製品納入先にまで悪影響を及ぼすおそれがある。
そうした事態を解消するために大東市は、デジタル化をキーワードにした複合的な地元製造業支援策に取り組んでいる。さらに令和5年度からは、デジタル田園都市国家構想(以下「デジ田」)交付金を活用し、「DAITOものづくりDX事業」に着手した。事業開始までの経緯と今後の展望について、同市の嵯峨根さんと中川さんに聞いた。
Interview
大東市
左:産業経済室 主査 / 嵯峨根 正紘(さがね まさひろ)さん
右:行政サービス向上室 上席主査 / 中川 亮太(なかがわ りょうた)さん
企業連携を促進する施策によって地元企業の課題解決力を高める。
市内における全事業所の19%、全就業人口の約36%を製造業が占める、「ものづくりのまち」大東市。※1 高い専門性や技術力を有する企業が多数ある一方で、ベテラン従業員の高齢化や若手人材不足などが影響し、事業継承の先行きが危ぶまれる企業も徐々に増えているという。
そうした事態を重く見て、同市は平成28年度から「大東市手作りIoT講座」を実施。自社用IoT機器を内製している市内の企業を見学し、同業者が学べる場を設けた。コロナ禍により講座は終了せざるを得なくなったものの、令和3年度からは企業向けのDXに関するお悩みをなんでも受け付ける相談窓口である「DXなんでも相談所」を開設した。
そうした取り組みと並行して、令和3年度から同市が構築に着手したのが、「大東市版ブロックチェーン構想」だ。「市内の複数企業が有するノウハウや人材、設備機能などを持ち寄り、相互の強みを活かしながら結束する仕組みをつくろうという構想です。企業間連携を深めることで、単独の企業では対応できなかったような課題の克服を目指します」と、嵯峨根さんは事業の概要を説明する。
「取り組みの一環として同年度から、『DAITO DOUKI CAMPUS』という施策を始めました。市内企業の入社式や新人研修を合同で行うことで、同期意識を高めたり相談相手をつくったりするのがねらいです」。実際に同市内の中小企業では、同年代の同僚がいないことで仕事上の相談がしづらく、それが原因で若手社員が離職するケースが見られていたという。「新人の段階から“社外同期”たちと横のつながりをつくっておくことで、何か課題が発生したときに、他企業との協業や連携を検討しやすくなるはずです」。
さらに令和4年度からは、中堅・管理職を対象に、他企業と合同で研修を受けて専門知識を身につける「DAITO BUSINESS CAMPUS」を開始。新人とベテランの二段構えで、「ブロック(複数企業)チェーン(結束)」を構築する体制を整えた。
※1:大東市 資料参照(https://www.city.daito.lg.jp/uploaded/attachment/12453.pdf)
ブロックチェーンの本格構築に向けてデジ田交付金の申請方針を決定。
ブロックチェーン構築に向けて二段構えの施策を開始したものの、引き続き課題は残った。「多くの企業が施策に参加し、グループワークの機会や人的交流が生まれるものの、研修期間が終わると、引き続き連絡を取り合う機会がなかなか発生しません。“その場限り”の形になってしまうのが、市としても悩みのタネでした」。
DOUKI CAMPUSとBUSINESS CAMPUSを定期的に実施し、情報交換や交流を盛んにする仕組みが必要なのではないか、2種類の施策を包括するような、新しいDX支援が必要ではないか……といった議論の末、令和5年度から開始したのが、「ものづくりコネクト」のシステム活用による「ものづくりプラットフォームサービス」だ。
同システムは、OCRによる紙書類のデジタルデータ化によって、工程管理や設計図面、仕様書などの検索を簡単に行えるようにするクラウドサービス。「文書管理の機能と、AIやSNSを活用した情報発信の機能があり、DX観点での支援と企業連携の場の提供という、2つの課題解決に向けた取り組みになると判断しました」。
すでに利用開始している企業からは、「これまでは、年間1万枚近く発生する紙の指示書を5年間ほど保存しておかなければならなかった。紙をデジタルデータに変換したことで、一気に省スペース化できた」、「過去に行った作業の指示書が必要になった際、探すのにかなりの時間を要していた。文書管理システムに全データを取り込んだことで、件名や日付で簡単に検索できるようになった」など、デジタル化の効果を実感する声が出ているという。
この事業を本格的に推進し、様々な支援策の根幹でもある大東市版ブロックチェーンを、より強固なものにするため、同市はデジ田交付金を活用して「DAITOものづくりDX事業」を推進する方針を決定。行政サービス向上室が中心となって、申請準備を進めることになった。
デジタル実装タイプへの採択目指し、新事業の実施計画を1から組み立て。
「本来なら年度当初から、交付金申請の採択を前提にした事業設計を行い、原課との調整などを進めるのが正しいやり方なのでしょう。しかし当市の場合、交付金申請に向け動き出したタイミングが翌年度の予算編成と同時期だったため、すでに予算要求が出されている各課の事業から、対象となりうる事業をピックアップせざるを得ませんでした」と語る中川さん。「そもそも、当市が取り組もうとしている『ものづくりDX』のようなスキームの事業で、デジ田交付金を活用した類似事例が見当たりませんでした。そこで、まずは事務局に事前相談させてもらい、“対象になり得る”という回答があったことで、トライすることになったのです」。
同種の採択事例があれば、その自治体の取り組みを参考にすることもできるが、それが見当たらなかったため、実施計画を1から策定しなければならなかった。「国としては、KPIをどのように設定するかを重視しているようですが、当市としても初めて取り組む事業なので、『何をゴールにするか』という指標がない状態でした。KPIを具体的に設定することが難しかったですね」。
同市が着手した新事業の場合、当然ながら導入企業数が1つのアウトプット指標となる。「ブロックチェーン構築が大きなテーマですから、クラウドサービスの情報発信機能を活用し、何らかのフィードバックを得られた企業数、それによって新規契約につながった件数も、アウトプットとして設定しました」。その後、事務局側から何度かのフィードバックを受け、3~4回の修正を行ったことで、同市が申請した新事業はデジタル実装タイプ(TYPE1)に採択されることとなった。
新事業の意義を理解してもらうため手厚いサポートを実施予定。
新事業の中核システムとも言える「ものづくりコネクト」の活用には、安価ではあるものの定額利用料が必要だ。しかし同市は、業務デジタル化を検討中の企業の初期ハードルを下げるため、令和5年度分に限って無料で使えるよう配慮した。また、情報発信機能を活用するためには自社アピール記事を作成しなければならないが、「導入当初は、何を書いて情報を発信すべきか分からない企業も多いでしょう。そこで、企業インタビューを通じて会社の魅力や特徴などを引き出し、記事化するサポートも行うことにしました」。
しかし、事業開始直後は導入する企業数に伸び悩んだそう。そこで、初回訪問時には必ず市職員が同行し、市の事業であるということから理解をしてもらったという。「民間企業任せにせず、大東市版ブロックチェーンの意義と、DX支援に対する市の“本気度”を理解してもらうこと、そして、市内企業の成功事例をできるだけ早めに蓄積し、プラットフォームの中で発信していくこと。この2つが、本事業のポイントだと考えています」と嵯峨根さん。今後は、新事業の進捗や成功事例などを市のホームページと公式SNSだけではなく、商工会議所の月例会報にも掲載するよう依頼し、一層の周知を図る方針だ。
さらに、同市は今後『大東市版ブロックチェーン構築』というゴールに向け、より多くの市内企業に事業参画を促すと同時に、大学や研究機関などとの連携関係も築きながら、新たなネットワーク作りについて模索する構えだ。「さらに、当市と同じクラウドサービスを利用している自治体があれば、その自治体とも連携を図ることで、新たなイノベーションを生み出せるのではないかと期待しています」。