ヒトからの指令により、様々な文章を生成するAI「ChatGPT」。業務効率化に寄与することから利用を望む声があっても、安全性を危惧し、導入には“及び腰”の自治体も多いのではないでしょうか。しかし、ChatGPTがDX推進にも影響することからも、避けられないツールとなる可能性は高いとされます。これから初めて利用しようとする自治体は、一体どのように導入を進めていけばいいのでしょうか。本記事では、導入自治体における、独自の取り組みをご紹介します。
【ChatGPT連載】
Case.1:~神戸市編~ ←今回はココ
Case.2:~戸田市編~
Case:3:~志木市編~
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
Interview
神戸市 企画調整局デジタル戦略部
左:課長 箱丸 智史(はこまる さとし)さん
右:係長 元村 優介(もとむら ゆうすけ)さん
“業務効率化に有益”と早い段階で久元 喜造神戸市長が判断しました。
Q.なぜChatGPTを利用することに?
箱丸さん:ChatGPTが話題になりはじめた令和5年の3月頃には、“何らかの取り組みをしていくだろう”という意識ではありました。というのも、神戸市ではかねてよりDXを推進すべく、ITツールを積極的に導入しており、文書作成をサポートするChatGPTもいずれ利用することになるだろうと。
しかし、個人情報を扱うことが多い中で利用するためには、“安全性を確保した上で利用していることを市民に知ってもらい、安心してもらうこと”“職員も安心して利用できる環境を構築すること”が重要です。例えば、“ChatGPTに個人情報を入力しない”などのルールを制定・周知することで、市民の不安感を軽減できます。
当市では、久元市長が早い段階で「導入にあたって、まずはChatGPTを職員が理解し、市民の権利を守りながら安心して利用できるルール制定が必要」と、問題提起されました。これにより、法整備を待たずして迅速な条例制定に向けて、まさに“オール神戸市”となって動き出しました。これが令和5年5月初旬のことです。
元村さん:システム関連のルールを策定する上で、条例以外にも内規やセキュリティポリシーが考えられます。しかし、生成AIの利用リスクは、市民の権利や個人情報にも関わるものです。市民に広く“神戸市はきちんと安全に利用するルールを設けている”ということを伝えるためには、条例が良いと判断しました。
適切なルールと環境の構築で、安全性を確保することが重要です。
Q.“情報漏えいが怖い”という意見もありますが、いかがでしょうか?
箱丸さん:ChatGPTが世間に認知されはじめた頃、多くの職員がChatGPTについて“何となく不安”と感じていたようです。そこで、まずはChatGPTがどういうもので、どのようなリスクがあるのかを理解するために「庁内デモンストレーション」を行いました。
元村さん:誰も触ったことがない状態では、ルールについて議論することもできませんから。実際にどのようなツールかをみんなで確かめてみようというのが、庁内デモンストレーション実施の理由でした。
市長も含めて実際に使用してみると、ごく短時間で多くの文章を生成してくれるツールではあるものの、必ずしも正しい答えを出すわけではない、場合によっては存在しないものをあたかも存在するものかのような文章を生成するなど、少なからずリスクを有するツールであることが分かりました。
自治体が利用するにあたり、特に重要視すべきが個人情報の漏えいです。当市では「日本ディープラーニング協会」などの外部専門家を交え、自治体がChatGPTを利用する上で、考えられるリスクを洗い出しました。
そうして、「神戸市情報通信技術を活用した行政の推進等に関する条例」に、安全性が確認されていない生成AIに機密性の高い情報を職員が入力するのを制限する条項を追加する形で、令和5年5月24日に条例が可決されました。本件はデジタル戦略部が担当ですが、前もって法務支援課にある程度条文を整えてもらうなど、まさに全庁で取り組んでいます。条例検討から制定までわずか3週間程度という、異例のスピードでしたね。
箱丸さん:そうですね。また、安全な利用環境を構築するために、「マイクロソフト」が提供する「Azure OpenAI service」を通じて利用するようにしました。この場合、入力した情報が保存されないようになりますし、「日本マイクロソフト」と市が契約を結んだ上で利用することになるため、日本国内法が適用されることになります。
加えて、個人情報の入力は禁止するなど、利用時の留意事項をまとめた独自のガイドラインを作成することで、情報漏えいや情報のねつ造、情報拡散のリスクを大幅に低減しています。
133名による試行利用で、想定外のおもしろい発見も!
Q.具体的にどのようにして庁内利用を進められたのでしょうか?
箱丸さん:庁内デモンストレーションを行い、条例制定後は同年6月より、本格利用の前に、ChatGPTないしは、デジタルに関心のある職員133名による試行利用を実施しました。試行利用の前には、条例に沿った使い方に関する研修を行いました。
試行利用のメンバーは、副市長から一般職員まで幅広く、利用方法も多岐にわたっていました。例えば、広報では“担当者が変わっても、文章のテイストを変えずにSNSへ投稿する”を目標に利用を開始。結果、複数の担当者が別々で投稿するときも、人事異動による担当者の変更があっても、同じようなテイストの文章で投稿を継続できそうだ、と報告がありました。
(参照:「神戸市におけるChatGPT 試行利用検証報告書」P18 https://www.city.kobe.lg.jp/documents/63928/hokokusho.pdf)
また、駐車場の利用目的を調査する市民アンケートを作成する職員が、アンケート実施の背景などをプロンプト(指令文)に含めることで、出力された文章からアンケート項目のアイデアを得られたという報告もあります。
ほかにも、健康局ワクチン接種対策室に所属していた職員が、広報紙に掲載するワクチン接種関連の記事を作成する際、ChatGPTに具体的な市民像を入れ込み“仮想ペルソナ”として活用。作成した文章に対しての疑問の有無を尋ねることで、世代を問わず、より多く市民に伝わる文章づくりのアイデアを得られそうです。
試行利用で“業務×ChatGPT”の可能性が広がりました。
Q.研究成果としてはいかがでしょうか?
箱丸さん:これまで、ChatGPTは業務に必要な何らかの文書づくりをサポートするものをイメージしていました。ところが、試行利用によって、われわれが想定していたよりも、さらに発展した形で利用できることが分かりました。
ある職員は、建築や消防に関する届け出を受けたときの立ち入り検査の際、届け出の情報や事例をプロントに加えてChatGPTに“どこから立ち入り検査すべきか”の優先順位の案を提案してもらう、といった使い方を実験していました。
(参照:「神戸市におけるChatGPT 試行利用検証報告書」P26 https://www.city.kobe.lg.jp/documents/63928/hokokusho.pdf)
これは、文章生成から一歩踏み込んだAIらしい使い方だと感心しました。使う側の工夫によって、ChatGPTの活用可能性は広がります。令和6年以降の本格導入を前に、試行利用で集まったこれら様々なプロンプトを、今後は「プロンプト集」としてまとめる予定です。
元村さん:とはいえ、全ての職員が、デジタルに関心のある、試行利用に参加した職員と同様に利用することは難しいでしょう。コストをかけて活用する以上、全職員が業務効率化を実現できる環境を構築する必要があると考えています。各個人のITリテラシーの差を解消してどのように活用するのか、が今後の課題でもあります。
箱丸さん:それらの課題が解消され、全職員が利用するようになれば、試行利用時よりも多くの活用アイデアが出てくるでしょう。今からそれが楽しみでもあります。
96%が業務効率の向上に期待!満足度の高い結果となりました。
Q.庁内からの反響はいかがでしたか?
箱丸さん:試行利用した職員に対するアンケートでは、96%が“業務効率の向上に寄与する”と回答しています。懸念や不安よりも、業務効率化を促進するツールとして、高い満足度を得ていることが分かりました。
特に文章の生成や要約など基本的な機能については、8割以上が“使えるツール”として認識しています。一方で、当市が構築した利用環境とChatGPTの特性から、何かを調査して答えを出すことはまだ難しいようです。
総括すると、神戸市では“ChatGPTがどのようなものなのかがようやく理解できてきた”という段階だと思います。全職員が本格利用する体制構築は、これから検討しなければならない事項です。
ChatGPTによる業務効率化の実現には、試行利用で得た知見をまとめて公表するとともに、試行利用した職員の力を借りて利用の浸透を図る必要があると考えています。
参照:「神戸市におけるChatGPT 試行利用検証報告書」P14 https://www.city.kobe.lg.jp/documents/63928/hokokusho.pdf)
安全利用の土台をつくり、その中で自由な発想で利用してもらいたいです。
Q.今後ChatGPTをどのように利用していきたいと思いますか?
箱丸さん:“ChatGPTをどのように使うか”は、職員それぞれが見出していくでしょう。デジタル戦略部は安全に利用できる環境を構築し、利用する職員が自由に使う。すると、われわれの中だけでは思いつかない、新たな使い方が発見され、浸透していくと考えています。
前述した、建築や消防の立ち入り検査の優先順づけの参考にChatGPTを用いる方法は、到底思いつきませんでしたから……。ChatGPTを“文章を生成するツール”と決めつけずに、柔軟性をもって利用することが大切だと思います。
また、当市では、令和6年から本格利用を開始する予定です。試行利用によって、利用前には想定していなかった利用に関する新たなアイデアや、良質なプロンプトにつながるヒントが数多く出てきました。今後は、職員からの活用の声をまとめて、全庁職員だけでなく他自治体などでも使えるツールとして公開したいと考えています。
さらに、自治体業務にAIを活用する際の、リスクアセスメントの実施などを定めた「(仮称)神戸市におけるAIの活用等に関する条例」の制定を予定しています。この条例を通じて、AIを安全かつ効果的に活用する社会の実現を目指していきます。
当市が策定した「神戸市生成AIの利用ガイドライン」は、一般向けにも公開しています。ガイドラインには利用ルールに加え、プロンプトの具体的な入力例も掲載しています。これから生成AIの導入・活用を考えている職員の皆さまは、ぜひご活用ください。