ジチタイワークス

宮崎県延岡市

医療崩壊危機を乗り越え市民との協働により地域医療を守りつづける。

行政・市民・医療機関それぞれの責務を記した条例を制定

医療崩壊の危機から、市民らとともに立ち上がった延岡市。安易な受診などで医療費や医療従事者への負担が増大する中、医療に対する市民意識を変えた同市の取り組みと、それを先導した全国初の条例とは。

※下記はジチタイワークスVol.29(2023年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。

“医療は当たり前ではない”という危機感をもった市民が自ら立ち上がる。

平成14年に県北地域の中核病院である宮崎県立延岡病院で、麻酔科医5人全員が退職した。さらに平成21年までに眼科や精神科、消化器内科が休診となり、追い打ちをかけるように医師6人も一斉に退職。「大々的に報道されたこともあり、当市には医療崩壊地域というイメージがついてしまいました」と鈴木さんは振り返る。

「医師の大量退職の一因には、当時全国的にも問題となっていたコンビニ受診やモンスターペイシェントがありました。実際に同院の夜間・休日の救急患者数は平成5年度に2,842人だったのが、平成15年度は7,128人に増加し、平成19年度のピーク時には9,237人と14年で3倍以上に。それらに対応する医師たちが疲弊してしまったのです」。

懇話会を設置するなど、市としても地域医療の危機に対策を講じていたところ、市民団体が声を上げたという。平成21年1月に「宮崎県北の地域医療を守る会」が立ち上がり、県に対し医師補充を求める署名活動を開始。しかし、この活動では単に医師の補充を求めるだけでなく、一般の市民に対して安易な時間外受診の自粛や、医師に感謝の気持ちを伝えることを呼びかけたのだという。

「約1カ月で15万人以上の署名が集まり、同院には医師6人が補充されました。これらの活動を通じて、市民が地域医療のあり方を自分事として捉える意識が徐々に浸透。市ではこれらを一過性のもので終わらせず、息の長い取り組みとして持続させるために、平成21年9月、全国に先駆けて『延岡市の地域医療を守る条例』を制定しました」。

条例を旗印にして市民と協働し、医療従事者へ感謝の気持ちを示す。

「条例には、地域医療を守ること、健康長寿を推進することを基本理念として、行政・市民・医療機関にそれぞれの責務を定めています」。市民の責務に記されたのは、①かかりつけ医をもつ②適正な受診③医療従事者に対する信頼と感謝④健診受診と日頃の健康管理の4つ。これらについては、現在でも同会が中心となって啓発活動を続けているという。

「医療資源は無限ではありません。今ある環境が当たり前ではないことが市民の意識に浸透するように、様々な取り組みを行っています。毎年子どもたちが手づくりし、医療従事者に感謝の気持ちを届ける“ありがとうカレンダー”もその一つ。また、転出・着任する医師には、市民から直筆の手紙を渡しています。この活動はコロナ禍でも形を変えて継続しており、同会ではSNSを用いて発信したり、一般から募ったメッセージを公開したりしました」。このような活動を通じて、市民は医療サービスの享受者であると同時に、守り手でもあるという意識が育まれているようだ。

併せて同市では、医療従事者の育成や医学生の実習受け入れに力を注ぎ、医療従事者が同市で働きたいと思う環境整備も進めている。「人材育成はすぐに効果が出るものではありませんが、将来の地域医療に向けた非常に重要な取り組みだと考えています。このほかにも医師を増やす施策として、平成21年に新規開業補助金を設けました。これにより、現在までに14件の開業につながっています」。

13年目を迎える、ありがとうカレンダーの取り組み。カレンダーを受け取った医師からも“ありがとう”の声が聞かれる。

情報を共有し連携しながら、一過性で終わらない活動に。

条例制定直後にとどまらず、近年ではこれらの取り組みが大学の講義で題材になるなど、10年以上を経ても変わらず関心を集めている。令和元年には「上手な医療のかかり方アワード」で厚生労働省医政局長賞、自治体部門優秀賞を受賞。アワード受賞後は地元紙でも紹介され、地域医療を守る活動が改めて周知されたことにより、市民の意識向上にもつながった。条例を制定して終わるのではなく、それぞれの責務を認識し取り組みを継続していることが意識付けのカギとなっているのだろう。

「市民のモチベーション維持がこれからの課題になると思います。医療崩壊から条例制定までは、危機感もあり意識高く活動できていました。新しい取り組みを始めるときはエネルギーが必要ですが、結果が分かりやすくあらわれます。一方で継続のフェーズにある現在は、活動の結果が見えにくい。関わる人も代替わりするなど状況が変化する中で、どう維持していくかが問われています。

置かれる立場が異なる関係者が、同じ方向を向いて推進するには、それぞれの立場を理解し合うことが大切です。現状の問題点や課題を共有して、どう改善していけばいいかを、自分事として捉えながら活動を継続していきたいですね」と鈴木さんは語る。

適正受診は医療費の削減だけでなく、医療従事者を守り、ひいては医療環境の維持・向上にもつながっていくようだ。

延岡市
健康福祉部 地域医療政策課
鈴木 伸宮(すずき のぶたか)さん

このページをシェアする
  1. TOP
  2. 医療崩壊危機を乗り越え市民との協働により地域医療を守りつづける。