過疎化に伴い、地方では投票所の統廃合が進んでいる。しかし、最寄りの投票所がなくなれば、交通手段をもたない有権者の中には投票を諦める人も出てくるだろう。そんな状況を避けるため、“投票所に行く”のではなく“投票所が来る”と発想を逆転させたのが、移動期日前投票所だ。全国に先駆けて取り組んだ、浜田市の事例について紹介する。
※下記はジチタイワークスVol.23(2022年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
有権者の投票機会を守りつつ、投票所設営の住民負担をなくす。
平成28年に、それまで78カ所あった投票所のうち8カ所を統廃合し、70カ所とすることを決めた同市。廃止される投票所の多くは山間部の過疎地にあり、1カ所の有権者数が20人にも満たない状況だったという。
「過疎化や高齢化が進んだ地域では、立会人2人の選出が難しく、投票所の設置が地域住民の負担になっていました」と木原さん。住民の要望による統廃合だったが、投票所が遠くなることは避けられない。「公共交通機関では往来が不便なため、このままでは投票率が低下してしまう懸念があり、対策を検討することになりました」。
投票所までの送迎バスも考えたが、山間部の狭い道路に大型バスが乗り入れることは難しい。機材を積んだ車で複数の施設を巡回し、投票所をその都度設営・撤去する“巡回式期日前投票所”も検討したが、対象となる同市の投票所では非効率と結論づけた。住民の声や地域の特性を考慮して、最終的にたどり着いたのが“車自体を投票所にする”アイデアであり、これが当時は全国初となる移動期日前投票所へとつながった。
車を投票所として機能させるため、二重投票の防止や秘密保持対策を実施。
普通の車を投票所として機能させるため、同市は法的根拠、設備、二重投票の防止、風雨への対策という、4つの課題をクリアする必要があった。「法的根拠については、国の見解を確認しながら進めました。管理者や立会人の監視下で投票できることや、秘密を保持できることなどが評価されたようです」。設備面では、市の公用車であるワンボックスカーを利用し、車内に記載台やプライバシー保護パネルなどを設置。
また、二重投票については、受付時に有権者が持参した入場整理券で本人確認を行い、その場で本庁職員に架電。投票履歴の有無をシステム上で確認することで回避した。さらに風雨対策として、簡易テントやブルーシートを用意。約6カ月間の調整・準備期間を経て、移動期日前投票所の開設に至ったという。
当日は、管理者と立会人を務める選挙管理委員3人と、職員2人が乗車して巡回する。巡回地である三隅支所と弥栄支所の職員も補助に入るが、投票所を開設するより人手はかからないという。「設備を購入する必要があったため、初回は32万円ほどかかりましたが、その後はガソリン代や人件費を含めて毎回12万円程度。人手だけでなく、経費も削減できています」。
前例のない投票スタイルで投票率の低下を防ぐ。
同市では移動期日前投票所の導入後、8回の選挙を実施している。「巡回地では車の到着を待っている方がほとんどです。場所や日時の周知には気を配りますが、投票スタイルとしては住民に浸透していると思います」と、住民の反応も上々のようだ。
対象地域の投票率はもともと80%ほどあったというが、導入直後に実施された平成28年参議院議員通常選挙の投票率は約78%。投票所がなくなっても高い投票率を維持できたのは、移動期日前投票所の成果といえるだろう。最近では、投票率自体は下がっているものの、移動期日前投票所の利用率は上昇傾向にあるという。有権者数は10人に満たないが、巡回地の一つである程原上集会所では、平成31年の県知事・県議会議員選挙から令和4年の参議院議員通常選挙まで5回の選挙で、移動期日前投票所の利用率が100%を達成した。
「さらなる投票所の統廃合などにより住民の希望があれば、新たなルートも考えたい」と木原さん。選挙に行きやすい仕組みづくりに余念がない。実際、この取り組みと同時に、若者のため大学にも期日前投票所を設置したという。有権者の1票を守る同市の姿勢が、投票に対する住民の意識向上に貢献しているといえるだろう。
浜田市
選挙管理委員会事務局 事務局長
木原 圭司(きはら けいし)さん
今後、高齢化が進めば、立会人の選出が難しい自治体はますます増えてくるでしょう。浜田市にはこの方法がベストでしたが、他自治体でもベストとは限りません。地域の声を聞き、地域に合った投票方法を見つけることが大切です。
課題解決のヒントとアイデア
1.住民の意見を反映し、高い投票率を維持
投票所で1日中拘束される立会人は、高齢化が進む地域ほど、なり手が見つかりにくい。住民の声で投票所の統廃合を検討し、さらに巡回地や滞在時間にも住民の意見を反映することで、投票へ行く意欲を喚起した。
2.厳格な体制を整えて選挙の公正性を担保
不正選挙防止のためにも、公正性の担保は必須。入場整理券による受付時の本人確認や、投票所と本庁の連携による二重投票の防止、管理者と立会人による監視など、通常の投票所に劣らない厳格な体制を整えている。
3.巡回地や日時など、住民への周知を徹底
住民への周知を図るため、移動期日前投票所の対象者には通常の入場整理券とともに、時間と場所を記載した日程表を封書で郵送。また、入場整理券は家族全員分をまとめるなど、家族単位で投票所に来てもらえるよう工夫した。