平成26年、消滅可能性都市の1つに挙げられた北本市。令和元年度にシティプロモーション担当を新設し、「&green(アンドグリーン)」のコンセプトのもと、市民に愛されるまちづくりを進めている。令和3年にはシティプロモーションアワード金賞を受賞した、同市の取り組みとその成果を聞いた。
※下記はジチタイワークスVol.21(2022年8月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
“今いる市民”をターゲットに定め、市民とともに魅力を再発見する。
令和元年当時、転入よりも転出が5%ほど多く、特に20~40代女性の転出が目立っていた同市。この流出をいかに抑えるかが課題とされていたが、「当時、自治体のシティプロモーションというと、移住者への補助金や、大手広告代理店を活用した打ち上げ花火的なプロモーションが主流だったかと思います。こういった一時的に知名度を上げる手法が、本当に地域のためになるのだろうか、という違和感をもっていました」と、荒井さんは振り返る。
そこで、“今いる市民にまちへの愛着をもってもらい、住み続けてもらうこと”と、“まちの活動に参加してもらうことで、まちの活力を維持すること”、この2つを事業の核に設定し、取り組みを開始したという。
「当市は都心から電車で50分ほどのベッドタウンでありながら、自然の環境が多く残るまち。雑木林や里山、荒川などの自然を活用したイベントも行われていました。まずはその主催者の方々や市民のみなさんと一緒に、北本の暮らしの魅力を探ることから始めました」。
令和元年8月から、観光協会の職員や、広報紙などで募集した市民、市役所の若手職員とともに、ワークショップやフィールドワークを開始。緑被率の高い環境を“いろんなグラデーションの緑がある”と捉え直し、たどりついたのが「&green―豊かな緑に囲まれた、ゆったりとした街の中で、あなたらしい暮らしを。―」というコンセプトだった。
北本産農産物のブランド名を「&green food」、新設された公設のカフェ名を「&green CAFE」にするなど、一貫したブランディングを行う。
“まちへの愛着”を測るため、全国で初めてmGAPを正式導入。
事業方針の策定と並行して同市は、“愛着”という曖昧な気持ちを、客観的に評価する方法を探していた。「今やっていることが正しいのかどうか、それを判断するための基準が欲しかったのです」と荒井さん。そうして出合ったのが、東海大学教授の河井さんが提唱する成果指標「mGAP(エムギャップ・修正地域参画総量指標)」だったという。
mGAPは、まちへの推奨・参加・感謝といった“意欲”を測るのが特徴だ。河井さんにアドバイスをもらいつつ、庁内研修などを経て、全国で初めてmGAPをシティプロモーションの成果指標として正式に導入。
令和元年のまちづくり市民アンケートで測った初回のmGAPは、「-1,019ポイントという結果でした。特に、北本を知人友人に“推奨”する気持ちが低いということが分かったのです。取り組みを通して、これらの数値をいかに上げていくかが、私たちの目標になりました」。
“地域(まち)に真剣(マジ)になる力”mGAPとは
地域に関わるという行動は、何らかの“ 意欲”が前提にあるという考えから、まちへの推奨・参加・感謝といった関与意欲を定量化する成果指標。この数値の上昇により、地域の“稼ぐ力”の向上や“協働による福祉”が期待される。
mGAPの算出方法
アンケートや聞き取りで“意欲の度合い”を質問。算出された指数に、人口をかけ合わせることで導き出される。
資源を持ち寄り、つながる、屋外マーケットの価値とは。
コンセプトの策定後、シティプロモーション冊子「&green」やWEBサイト、動画などを制作。冊子はプロモーションのメインターゲットである20~44歳の市民5,000人に郵送し、mGAPを測るアンケートを同封したところ、読む前と後で、ポイントの上昇が見られたという。
「市民ワークショップでは、当市の暮らしの魅力として、以前から開催されていた、自然の環境を活用したマーケットイベントが挙げられました。開催時のアンケートを見ると、“北本の新しい魅力を知れた” “まちへの親しみが湧いた”といった声が多くあったのです。地域の資源や取り組みを知り、参加するきっかけになるのではと、マーケットがもつコンテンツとしての可能性を感じました」。
そして令和2年度から始まったのが、新たな市民参加型ワークショップ「マーケットの学校」だ。「屋外マーケットに興味がある人、出店してみたい人など、誰でも参加可能です。当市でのマーケットの在り方から、北本での暮らしについて一緒に考えていきます」。
マーケットの学校の様子。
徐々に市外からも注目され、人口は17年ぶりの社会増へ。
令和3年5月からは、市役所芝生広場でマーケットの学校の実践を兼ねた月1回の「&green market」を開始。「マーケットはまちの入口。北本の人・モノ・コトに出会い、まちでの暮らしをイメージしたり、活動したい気持ちが育まれるきっかけとなります。市民の方に身近な市役所芝生広場で開催することで、誰でも気軽に参加できるマーケットを目指しました」。
ちょうどその頃から、市役所に移住の相談が増え始めたという。人口の推移を見ると、令和2年に同市17年ぶりの社会増となり、翌年には、ターゲット世代である20~44歳の人口が社会増に転じた。「&greenの取り組みは主に市内向けに行っていましたが、一体的なプロモーションが市内に浸透し、さらに市外にも発信できているように感じています」。
この成果について荒井さんは、「もちろん、コロナ禍でリモートワークが増え、都心を離れやすくなったという背景もあるでしょう。ただ、当市への移住者には、“マーケットに関わってみたい”“シェアキッチンに出店してみたい”など、意欲をもった方が多い傾向にあります」と分析する。
北本市のmGAP推移
年に1度、まちづくり市民アンケートで事業全体の評価を行うほか、各個別事業の実施時にもmGAPを測定。設問を簡素化するなど、細かな施策ごとに効果を測ることができる。
シティプロモーション事業全体
各個別事業
持続可能な地域をつくるには、行政も“弱み”を見せる勇気を。
シティプロモーションの開始から3年が経過し、当初-1,019ポイントだったmGAPは、令和3年度には-618と、401ポイント上昇。現在は「第2期北本市シティプロモーション推進方針」を策定中だという。
ここまでのプロモーションは順調だったといえるが、その秘訣を聞くと、「行政・市民・事業者の境界をぼかしていくことでしょうか。誰かに負担が偏る方法では、いつか取り組みが止まってしまいます。互いに目線を合わせ、できることを擦り合わせること。まずは行政から勇気を出して、課題や弱みを見せてほしいと思います」と語ってくれた。今後さらに少子高齢化が進む多くの自治体にとって、持続可能な地域づくりのヒントが詰まった同市の取り組み。この先も注目していきたい。
北本市 市長公室
シティプロモーション・広報担当
荒井 菜彩季(あらい なつき)さん
冊子や動画をはじめとするシティプロモーションの表現で大切にしているのは、誰もが気構えることなく、参加しやすい雰囲気づくりです。例えば、イベントには職員も私服で参加する、集合写真は撮らないなど、日常のひとコマとしての空間になるよう心がけています。マーケットは、移住者がまちを知る機会にもなっているようです。
課題解決のヒント&アイデア
1.地域で活動しているプレイヤーに会いに行く
地域のために何かをしたいと自主的に活動しているプレイヤーは、どの地域にも必ず存在する。まずは行政から声をかけ、課題を共有することで、取り組みが動き始める。
2.成果指標の存在が、市民にも庁内にも効く
アンケート調査は、市民がまちへの愛着について考え始めるきっかけにもなる。目に見えづらいプロモーションの成果を可視化することで、庁内の合意形成もしやすくなる。
3.予算に左右されない、継続できる土台をつくる
今後さらなる財政難と、プロモーション予算の削減が想定される。地域の魅力を見直し、担い手を増やす場や仕組みづくりが、持続可能な取り組みの土台となる。
「市民提案型ふるさと納税クラウドファンディング」
“まちのために何かがしたい”という、意欲ある市民や事業者を金銭面で支援するため、令和元年度より開始した制度。ふるさと納税の仕組みを使ったクラウドファンディングで、集まった寄附金は、市からプロジェクトの提案者に補助金として交付する。
市民からの提案型とし、公益性や、地域活性化につながるかなどを庁内審査会で検討、認定されたプロジェクトが対象となる。現在までに、この制度を使って8つの事業を実施した。
寄附募集事業:計8事業
寄附総額:8,496,310円
寄附件数:551件
※令和4年5月時点
商店街のにぎわいを取り戻すために、シェアアトリエ&ギャラリーをつくるプロジェクト。
関係人口の“意欲”を活かすことがシティプロモーションのカギとなる。
シティプロモーションでよく聞く“関係人口”という言葉。しかしその範囲は広く、関連する取り組みも様々。どう捉えるべきか迷っている人も多いのではないだろうか。各地でアドバイザーを務める河井教授に、考え方のヒントを聞いた。
東海大学 教授
河井 孝仁さん
かわい たかよし:元静岡県職員で、現在は東海大学文化社会学部広報メディア学科教授。シティプロモーションを軸に、自治体広報、ソーシャルメディア活用、地域マーケティングなどを研究。著書に『「関係人口」創出で地域経済をうるおすシティプロモーション2.0』(第一法規)など。
まちに必要な関係人口を定義することから始める。
関係人口については総務省が定義を示していますが、あれはあくまでも大枠で、自治体ごとに“関与してほしいのはどんな人か”を定義してよいのです。例えば定住人口の中にも、積極的にまちに関わる人と、そうでない人がいるはず。前者を増やしたいのであれば、総務省の定義を超えて、定住人口を含めても構いません。
そしてまだ接点のない人々を“潜在的関係人口”と定義し、その上で、段階的に考えていくことがポイントです。
シティプロモーションでは、まずはこの人々の、まちへの関与意欲向上を試みることから始めます。私の研究では、“地域を語れるようになると、意欲が高まる”ということが明らかです。
「あなたが住んでいるのはどんなまちですか」の問いかけに、「どこにでもある特徴のないまちです」ではなく、「こういう人がこんなふうに暮らせる面白いまちです」と答えられる人を増やすことも、意欲を高める方法の1つです。
部局を越えた取り組みで、地域の担い手を増やす。
同時に、人々が参加するきっかけとなる場所や状況をつくる、意欲を実際の行動として顕在化させる取り組みが必要です。私はこれを“関与の窓”と呼んでいますが、関与意欲の向上も、関与の窓の設置も、それほど難しく考える必要はありません。
例えば、住民に発送する書類があれば、単に“ハンコを押して返送してください”ではなく、“こんな取り組み・活動に参加しませんか”といった案内を添える。それだけでも、ずいぶん違ってくると思いませんか。シティプロモーションは、部局を越えた取り組みなのです。
これらを同時多発的に行っていると、次第に地域で実際に活動を始める、“顕在的関係人口”が増えてくる。そしてあるときから、自治体の想定を超えて地域と多様な関わり方をする、“創発的関係人口”があらわれ始めます。
ここであらためて自治体は取り組みを再編集・再定義し、新たなステージをつくっていくのです。このような、地域に関わる人々の持続的な幸せをつくり出すスパイラルが、住民との協働によるまちづくりや福祉を実現していくのではないでしょうか。