令和6年4月に公表された「地方自治体持続可能性分析レポート」。消滅可能性自治体に分類された地域の多くは“財政のひっ迫や専門人材の不足”“住民の意識や協力不足”“地域経済・産業の停滞”などの課題を抱えているのが実情のようだ。それらの課題を、いかに解決・打破するかが、消滅可能性からの脱却を図るうえでのカギとなるだろう。
そこで、「賢く収縮するまちづくり」との方針のもと、公共施設の統廃合などを推進し、消滅可能性からの脱却に成功した岡山県美咲町の町長、青野 高陽さんに話を聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
世帯数:5,884世帯
※令和6年7月末現在
美咲町は、明治時代にジャーナリストとして活躍した同町出身の岸田 吟香(きしだ ぎんこう)が
「たまごかけごはん」を愛好し、日本全国に広めたことから、たまごかけごはんの聖地と呼ばれている。
Interviewee
岡山県美咲町
町長 青野 高陽(あおの たかはる)さん
子育て支援も、将来に負担を残さない範囲で推進。
10年前の増田レポートで、消滅の可能性ありとされた896自治体の中には、少子化対策や移住促進施策など人口を増やすことに政策のかじを切ったところも少なくない。その一方で、ジチタイワークスが独自に行ったアンケートでは、人口減少を前提としたまちづくり、コンパクトシティへの取り組みを知りたいとの意見も多数見られた。
その好例の一つが、令和2年の国勢調査で、人口減少率が県内ワーストであることが明らかになった美咲町だ。
「当町は平成17年に3町が合併して誕生したまちです。合併当初の人口は約1万6,500人でしたが、現在は1万3,000人を割っていますから、合併した1町分の人がいなくなったともいえる減少率です。私が町長に就任した平成30年の段階で、すでにそうした状況でしたから、まちの総合計画策定の段階で、人口が減る、歳入も減ることを前提にした計画を作成することにしました」と青野さんは話す。
自治体が市政・町政等の総合計画を立案する際、骨子作成を政策コンサルタントなどに依頼するケースも少なくないが、コンサルに頼むと、どうしても人口維持・歳入維持を目指した計画になりがちだ。
「当町の場合、そうした見栄えの良い計画を実現できる状況ではないことが明白だったので、職員だけでつくりました。コピー用紙をひもでくくっただけの計画書です。議会からは厳しい意見が出ましたが、行財政改革の新たな大綱をまとめました」。
そもそも同町の場合、3町合併後に交付税の優遇措置を受け、それを頼りに町政を進めてきた部分が多分にあったという。そのため、平成27年度で交付税の優遇措置が削減されはじめて以降も、行政改革に踏み切れていなかった。
「もちろん、結婚から出産前後、住宅取得支援などを中心とした子育て支援策は、以前から地道に進めていました。その結果、令和3年の合計特殊出生率が2.23人と、当時の全国平均を1人上まわりました」。
その成果をもとに、「こどもの笑顔は みんなの幸せ」を合言葉に掲げ、「賢く収縮するまちづくり」をサブテーマとするまちづくりが本格的にスタートした。
子育て支援策の一環として近年は、子ども医療費の無償化に加えて学校給食の無料化などに踏み込む自治体も増えている。しかし青野さんは、そういったサービス合戦の過熱ぶりに危うさも感じているという。
「自治体同士がサービス合戦をやりはじめたら、大きな自治体に勝てるわけがありません。むしろ、自治体間のサービス格差が大きくなることの方が危険です。何でもいいからお金をジャブジャブ使ってやる……という姿勢は、結果的に子どもの将来に負担を残すことになりますからね」。
だから同町は、町内で誕生した子どもを、住民全員で家族のように育てる姿勢を基本に、奇をてらわない取り組みを進めているという。「あくまでも、現実を直視した政策が重要だということです」。
壊すだけではなく、必要なものをこぢんまりとつくる。
老朽化した公共施設の更新費用が、自治体の財源を圧迫しているケースは少なくない。3町が合併した美咲町の場合も、旧町時代の公共施設が多数重複して建っていた。
「人口1人当たりの建築系公共施設の延べ床面積が、全国平均の2倍以上ありました。現在、すでに維持管理更新費に年平均6億円ほど費やしているのが、いずれ11億円ほどになる計算です」。
国が7割近くを負担する合併特例債の期限は令和6年度末までだった。これに間に合わせるため、町長就任から30年間で、公共施設の延べ床面積を財源ベースで46%減らす再編・集約を推し進めることとなった。
合併特例債をハコモノ建設などに使う自治体も多い。しかし同町は逆に、集約化等で役割を終えた老朽化施設の解体・撤去費用に充てた。現在も、その最終段階として調整を進めており、令和6年度は当初予算140億円のうち1割強を投じる。
「ただし、やみくもに壊す・撤去するのではありません。公民館や図書館、保健センターなど、地域にとって必要なものは、施設を3つ壊す代わりにこぢんまりとした施設を1つつくるようにしています」。
▲ 旭地域で進む多世代交流拠点施設の整備。閉校となった小学校を活用し、町役場総合支所、
こども第三の居場所、交流読書コーナー、体育館兼多目的ホール、診療所などを集約する。
特例債の期限切れは、刻々と迫っている。その中で職員たちは現在も、町内各地をまわりながら、住民の理解を得られるよう説明会を行っているという。
こうした取り組みが、消滅可能性からの脱却に直接結びついたのかどうかは分からない。「ただ、私の考えとしては、公共施設の維持管理にかけていた費用を浮かせ、その分を新しく生み出すヒト、モノ、カネなどに充てるべきではないかと。まちの課題解決や未来への投資のためのリソースをつくるべきだと考えているのです」。
小・中学校を統合した義務教育学校を地域づくりの核に。
町政の進め方にこれだけの大なたを振るうには、何よりも全職員の意識統一と目的の共有が重要なのはいうまでもない。
「公共施設を統廃合して複合施設を建設する案は、前町長の時代に議会で否決されていました。小学校と中学校を統合する義務教育学校も、完全に話が頓挫していた。ゼロからのスタートという表現がありますが、いわばマイナスからのスタートでしたね」。
それでも、庁内でのあいさつ運動や新聞閲覧の推奨など、職員の再教育から始め、同時に庁内の部署再編も進めた。
青野さんの町長就任は、ちょうど西日本における平成30年豪雨の後だったため、防災・消防など住民の安全確保を専門とする「くらし安全課」を新設。さらに、人口減少を少しでも緩やかにするための対策に取り組む「こども笑顔課」も設置した。民間団体と連携しながら、役場全体で出産・子育て支援策に取り組むための組織だ。
民間との連携強化を図るため「みさき共創室」をつくったり、税徴収対策室を税務課に統合したりと、職員のマンパワーを余すことなく活用できる体制を整えた。
「私自身がクビをかける思いでした。今までやっていなかったこと、やれなかったことを進めるわけですからね。幹部職員を集めて『議会で否決されたら私は辞めます』と宣言したこともあります」。
小・中学校を統合する義務教育学校は、県内でも前例がなかっただけに、特に反対意見が根強かった。それでも実際にやってみると、少子化時代のモデルケースの1つとして、全国的な注目を浴びることになった。
「児童・生徒数100人前後の小さな学校『旭学園』に、昨年だけでも約90件の視察団体が来られました。各地の自治体首長や議員、モンゴルやインドネシアの国立教育大学関係者なども来訪されたようです。今年は『全国へき地教育研究大会』の研修会場にもなりました。先進的なことをやったわけではなく、地域に学校を残すためには、こうするしかなかったのですけどね」。
「2校目の義務教育学校『柵原(やなはら)学園』は、校内に児童館や交流ホール、地元住民がボランティアで放課後学習をサポートする寺子屋的なスペースを併設。「これまでも、地域をあげて子どもを応援する仕組みづくりに力を入れてきましたが、今後は義務教育学校を『学校を核とした地域づくり』の拠点にしたいと考えています」。
▲ 2校目となった義務教育学校「柵原学園」。小学校2校と中学校1校を統合し、児童館や交流ホールなどを併設。地域づくりの拠点となっている。
「町長就任時、このまちのよさと資源は何だろうと改めて考えたとき、“田舎ならではの人と人とのつながり”だと気づきました。消防団の加入率が高かったり、交通安全運動のボランティアで街頭に立ってくれる人が多かったり。夏場になると、地域の草刈りや側溝掃除などに参加してくれる人も多数います。人と人とのつながりや奉仕的な精神が強いことが、このまちの良さであり資源なのです」。
人口減少に伴って職員数も減らさざるを得ない状況が、全国各地の自治体で深刻化している。その状況を克服するために美咲町は「小規模多機能自治」を推進し、地域力を高めていく道を選んだ。
「現在、町内13地域のおよそ半分が、中学生以上の住民全員アンケートを実施し、それをもとに地域みらい計画をつくっています」。
当初、アンケートの住民説明会に行った職員が、追い返されて帰ってきたこともあったという。「それが現在は、アンケートの回収率が90%を超え、“あの地区が100%ならうちもがんばるぞ”という機運も生まれています。“自治会のおじさんだけでは無理だ”となれば、高校生がパソコンへの打ち込みや結果集計を手伝ってくれている地域もあります」。
アンケートの回答も、当初は行政に対する不平不満が中心だったものが、“うちの地域ではこれをやりたい、やらせてほしい”といった内容に変化してきたという。
“逆転満塁ホームラン”のような施策は存在しない。
今回のレポートで消滅可能性都市からの脱却を果たした同町だが、「正直なところ、その実感は全くありません。人口減少率県内ワーストであることはいまだ変わりないわけで、高齢化率も人口減少率も、日本全体の20年先をいっています。この状態を一気にひっくり返す、逆転満塁ホームランのような施策は存在しないでしょう」。
現在の減少率のまま進めば、合併当初1万6,500人ほどだった人口が、20年後には8,000~9,000人と推計されている。
「そうなると、水道事業の維持も難しくなってくるので、夢のようなことは言ってはいられません。現状と将来を見据えたダウンサイジングを、今後も進めていかねばならないのです」。
▲ 市街地中心部の複合施設「みさキラリ」の完成予想図。町役場、公民館、図書館、保健センター、物産センターなどを集約し、“にぎわう交流拠点”とする。
そうした観点から、公共施設の統廃合ばかりでなく、各種団体の補助金を削減したり、高齢者に贈っていた敬老祝い金も減らしたりしている。
「財源の用途を“部分最適”から“全体最適”に切り替えるということです。一部の議員や後援会役員などから嫌われても、今、やらなければならない」。そのためには、行政幹部ばかりではなく職員全体、そして住民の意識も変えていかねばならない。
「これまでも、住民の皆さんのところへ出向いて対話することを重視してきました。これからも、われわれがやっている仕事の内容について、しっかり情報発信することが重要だと考えています」。
適切なダウンサイジング、部分最適から全体最適を進める一方で、人口減少をなるだけ緩やかにするための対策には注力する計画だ。その柱となるのが、前述の「学校を核とした地域づくり」など子育て支援施策だという。
「一発逆転満塁ホームランはないんです。子育てにしても移住促進にしても、お金で釣るようなことはできない。やはり、子どもが元気に学校に通える環境をつくること。Uターンを増やすためにも、この地域で生まれ育った子どもが夢をかなえ、“故郷はいいまちだった”という思いをもってもらうことが重要です」。
青野さん自身、小学校時代に近所の青年や大人たちが一緒に遊んでくれた思い出が原点となり、Uターンして町政に関わる決心をしたのだという。
「子どもが元気な地域は、やはり雰囲気も明るい。子どもを大切にする地域の気質が、高齢者にも障害がある人にも優しいまちをつくるのではないでしょうか」。
人と人とのつながりの強さや、地域でまとまって何かに取り組もうとする気質。そうした、“田舎ならでは”のよさと強みを活かした地域づくりが、消滅自治体から脱却した現状の維持につながると、青野さんは強調する。
▲ 美咲町は「たまごかけごはんの聖地」でもある。海外からも人気を集める「食堂かめっち。」の来場者は100万人を超えた。