兵庫県尼崎市

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外付け開発なしで約3,800時間削減へ!手入力増加を抑える尼崎市の生活保護DX。

福祉・医療
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外付け開発なしで約3,800時間削減へ!手入力増加を抑える尼崎市の生活保護DX。

自治体の基幹業務システム標準準拠化が全国で進み、各自治体では標準準拠システムの運用フェーズに入った。国が定めた標準仕様では自治体独自のカスタマイズは原則認められず、各自治体の政策などに合わせて実装してきた機能が使えなくなる可能性も指摘されている。

こうした変化は、自治体業務の進め方そのものを見直す契機となっている。尼崎市では生活保護担当の職員自らが外付けシステムに頼らず、「RPA(Robotic Process Automationの略。パソコン上の定型業務をソフトウェアロボットで自動化する技術)」を活用した業務自動化に取り組んできた。基幹業務が標準仕様に構築された標準準拠システムへの移行という大きな制度変更の中で、現場はどのような課題に直面し、どのように解決を模索してきたのか。いち早く実証を進めてきた尼崎市の取り組みを紹介する。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

システム標準化でなくなる“一括処理”。迫る業務負担にどう対応する?

基幹業務システムの標準化によって、自治体業務の進め方は大きく変わろうとしている。
その象徴が、複数の案件をまとめて処理できる「一括処理機能」の一部が使えなくなる問題だ。標準仕様では独自のカスタマイズが原則制限されるため、これまでシステム上で一気に実行できていた処理が、今後は1件ずつの手作業に変わるケースも想定されている。

その影響を受けやすい業務の一つが、生活保護業務だろう。公営住宅の家賃改定や介護保険料のマスター登録など、対象世帯をまとめて処理する業務が多いためだ。このようなシステム移行で、同様の課題に直面する自治体は少なくない。
これらの業務が手入力に置き換われば、作業量の増加だけでなく認定誤りのリスクも高まる。いち早く標準準拠システムでの実証を進め、現在すでに本格稼働を迎えている尼崎市でも、この手入力の増加は大きな課題の一つとして認識されていたという。

では、実際に現場ではどのような課題が想定されていたのだろうか。尼崎市で生活保護を担当する池田さんに具体的な話を聞いた。

代替システムは高額で納期も不安……。作業増が招く“認定誤り”への危機感。

ー 標準準拠システム移行によって、生活保護業務にはどのような影響があると考えられていますか?

尼崎市の生活保護対象世帯は、約1万3,000世帯あります。公営住宅の家賃改定など、これまで一斉処理できていたものが全て手入力になると、膨大な作業時間がかかる上に、入力ミスのリスクも高まります。生活保護業務では、ミスがそのまま“認定誤り”につながる可能性もあり、現場としては強い危機感がありました。

代替策として外付けのシステムを開発するという方法もありますが、それには高額な費用がかかります。さらに、どこのベンダーも標準化対応で忙しく、納期にも課題がありました。

そこで業務自動化の可能性を検討し、尼崎市では令和6年度からRPAツール「WinActor」の導入を進めてきました。同ツールは、ITの専門知識がなくても、現場の職員が自分たちで自動化の手順を構築しやすいという特徴があります。標準化で手入力に変わる業務への対策はもちろんですが、従来から手入力で行っていた年金改定などの膨大な処理についても併せてRPA化を進めることで、現場の抜本的な業務改善を目指しました。

洗い出した業務は20種類以上!制度理解が必要だからこそ自ら構築へ。

ー 業務自動化の検討を始めたきっかけは、何だったのでしょうか?

標準準拠システムへの移行を見据えて業務を整理していく中で、高額な予算をかけずとも「自動化できる作業が多くあるのではないか」と思ったことがきっかけです。実際に洗い出してみると、20種類以上の業務で自動化できる可能性が見えてきました。

最初は小さな業務から試験的に運用し、安全に動くことを確認しながら、段階的に対象業務を広げていきました。

ー 今回の取り組みでは、現場主導で自動化を進めたそうですね。なぜ情報システム部門などに任せず、現場での構築を選ばれたのでしょう。

一番の理由は、生活保護の業務は制度が非常に複雑であるため、制度や実務を深く理解している人間でないと、実際に使える自動化の手順(シナリオ)をつくるのが難しいからです。単純に画面上の作業を自動化するだけではなく、制度や運用を踏まえて処理を設計する必要があります。実務を熟知した現場だからこそ、そうした複雑な判断も的確にシナリオへ落とし込めます。

私はITの専門職ではありませんが、プログラミング知識が不要なWinActorであれば、業務の実態に合った形で自動化を進めることができると感じたため、情報システム部門に全てを任せるのではなく、制度を理解している現場職員が主体となって活用することにしました。RPAツールも様々あるので、各自治体のシステムや方針に合ったものを選ぶとよいかと思います。

数千回のテストでエラーに対応!新たなシステム環境の壁を越える。

ー 実際の構築では、どのような苦労がありましたか?

特に苦労したのは、新たな標準準拠システム環境での制約です。私たちが検証した環境では、夜10時から朝7時までシステムが稼働できない仕様でした。自動処理は夜間に動かすことで効率化できるケースが多いので、これは想定外でしたね。

また、処理中に表示されるポップアップは150種類以上あり、それぞれに対応する手順をつくる必要がありました。エラーが出るたび処理の流れを見直し、手順を追加する作業を繰り返しました。

加えて、RPA経由だとショートカットでのコピー(Ctrl+C)などの操作が反応しないなど、システムの見えない裏側の構造に起因するエラーもありましたが、AIツールなども活用しながら代替案を見つけ、解決していきました。テスト環境では数千回に及ぶ検証をまわし、エラーで止まるたびにルートを追加し続けるという泥くさい作業を繰り返し、ようやく安定して動く仕組みをつくることができました。

年間約3,800時間削減と認定誤り防止を両立!属人化の解消と現場DXの定着へ。

ー 単なる作業削減にとどまらず、認定誤り防止にも効果が出ているそうですね。

稼働時間という意味では、年間でおよそ3,800時間の削減効果を見込んでいます。これは実際の作業時間だけでなく、係長や課長の決裁確認などの時間も含めた概算です。

また、単なる効率化だけでなく、認定誤りの防止にもつながっていると感じています。生活保護の認定では複雑な条件が多いため、人間の目だけで確認するとどうしても見落としの可能性があります。

例えば、「AかつBかつCの条件を満たすならDの加算をつける」といった複雑な制度運用も、その条件を表にして自動チェックする仕組みを構築しました。 さらに、マイナンバー連携などで取得した年金データと、生活保護システム上の認定額を自動で突き合わせる仕組みを構築し、業務の正確性や管理体制を強化しています。

すでに年金改定などでベースのシナリオができているため、訴訟関連の一時扶助などにおいても短時間で応用シナリオを作成し、数万件規模の突発的な一時扶助などにおいても柔軟・迅速かつ正確に対応できる体制や環境が整いつつあります。

ー 今後の取り組みについて、教えてください。

今回の取り組みをきっかけに、課内でデジタル業務を担う体制を新設する予定です。これまでの成果をもとに上層部に説明を重ね、ライセンスの追加や人員体制の整備について理解を得ることができました。

現場では日々、本来のケースワーク業務などに忙殺されています。そうした中で、担当者がRPA運用などのデジタル業務を兼務し続けることは現実的ではありません。そこで、実務を直接把握できる同じ課内に新体制を設置し、専任でシステム運用ができるようにしました。

生活保護の実務ではRPA以外にも、既存生活保護システム関係業務、各種データ集計・連携、対外的な照会対応(他自治体・県・国・議会対応など)といった、デジタル系業務が一定量発生します。これらを一体的に担う体制を整えることで、実務に寄り添った対応が可能になるはずです。

さらに、RPAなどを“特別な業務”ではなく“通常業務”として位置づけ、システムに専念して人を育てる環境をつくることで、属人化を防ぎ継続的な運用が可能になると思います。 現場自らが最適なツールやシステムを探し、検証するという“アンテナ機能(主体性)”をもつことが、これからの自治体DXにおいて大きな強みになると考えています。