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【公務員のメンタルヘルス最前線―データと現場から考える #03】国や自治体で進む対策とその限界―「プレゼンティーズム」への注目

近年、増加傾向にある公務員のメンタルヘルス不調。いまや地方自治体の持続可能性にも関わる重要なテーマです。この連載では、現役の地方公務員で自身も不調を経験し、現在は情報発信や支援活動に当たっている「県庁メンタル応援課」さんにお話を聞き、公務員のメンタルヘルスの現状についてデータと現場感覚の両面から分析。職場環境や働き方を見つめ直し、無理なく働き続けるためのヒントを探ります。第3回は国や自治体で進む対策とその限界について解説します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医療行為や診断を目的としたものではありません。体調や心身の不調については、医療機関等の専門家へご相談ください。記事の掲載情報は公開日時点のものです。
ほぼ全ての自治体部局でメンタルヘルス対策を実施。

- 今回はまず各自治体で進むメンタルヘルス不調対策について伺います。
これまで、公務員のメンタルヘルス不調が増加傾向にあること、そして民間企業と比較して高い水準にあることをみてきました。また、公務員は業務量や業務の質よりも「人間関係」でメンタル不調になっている傾向を確認してきました。
こうした状況を踏まえ、国や自治体においてもメンタルヘルス対策の必要性が広く認識され、様々な取り組みが進められています。
総務省が実施した「令和6年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査」によれば、都道府県および指定都市では全ての部局で、市区町村においてもほぼ全ての部局で、何らかのメンタルヘルス対策が実施されています。
主な取り組み内容としては、セルフケアを目的とした教育研修や情報提供、事業場内での相談体制の整備などが挙げられます。

一方で、団体規模によって対策の実施状況には差が見られます。都道府県や指定都市では、メンタルヘルス対策に関する計画の策定や、実務を担う担当者の選任、ラインケアや産業保健スタッフによるケアを実施するための教育研修など、体制整備に関する取り組みが比較的進んでいる傾向にあります。これに対し、市区町村、特に町村においては、計画策定率や担当者の配置率が低く、人的・組織的資源の制約により十分な体制構築が難しい状況もうかがえます。

制度整備は進んでも長期病休者数は増え続けている。
- 国はどのような対策を進めているのでしょうか。
一般財団法人地方公務員安全衛生推進協会、地方公務員災害補償基金、総務省は、メンタル不調者の増加を背景に、令和3年度に「総合的なメンタルヘルス対策に関する研究会」を立ち上げ(令和5年度に名称を「地方公務員のメンタルヘルス対策の推進に関する研究会」に変更)、組織としてどのようにメンタルヘルス対策を進めるべきかについて検討を重ねてきています。
研究会報告書では、メンタルヘルス不調の予防から再発防止までの各段階において、人事担当部局、管理監督者、産業医や保健スタッフなどが連携し、首長のリーダーシップのもとで全庁的な取り組み体制を構築する必要性が強調されており、関係者の役割や連携を明確に整理した「メンタルヘルス対策に関する計画」の自主的な策定を地方公共団体に呼びかけています。
また、「メンタルヘルス対策に関する計画」の策定を支援するため、各団体が参考とすることができる標準的な「メンタルヘルス対策に関する計画」モデルも提示しています。

出典:地方公務員災害補償基金、一般財団法人 地方公務員安全衛生推進協会、総務省「令和 6 年度地方公務員のメンタルヘルス対策の推進に関する研究会報告書」
このように、制度面や体制面における整備は着実に進みつつあります。しかし、これまでみてきたように地方公務員の長期病休率は10年でおよそ2倍になるなど増加傾向にあり、対策の効果が十分にあらわれているとは言い難い状況です。もちろん、計画の整備から現場への浸透、そして成果の発現までには一定の時間を要するため、短期的な数値の変化のみで評価することは適切ではありません。より多くの団体が職員のメンタルを守るために組織としての計画を策定し、全庁的にコミットすることが望まれます。
出勤しても不調を抱える「プレゼンティーズム」。損失は約7兆3,000億円
- 休職者だけが問題なのでしょうか。
これまで、いかに公務員はメンタルヘルス不調による休職者が増え続けているかという観点で述べてきました。しかし、休職者数という見える数字だけを追っていては、実態を捉えきれない可能性があります。
2025年5月、横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科と産業医科大学産業生態科学研究所は、「気分が沈む」「眠れない」などのメンタルヘルス不調による生産性損失額は国内で年7兆6,000億円にのぼるとする研究結果をまとめています。これは日本の国内総生産(GDP)の約1%に相当します。

出典:横浜市立大学「メンタル不調の影響、年間7.6兆円の生産性損失に」
全国の労働者約2万7,500人を対象に実施した調査データから試算したもので、病気やメンタル不調により仕事を欠勤する「アブセンティーズム」による損失額は約3,000億円、出勤しているものの心身の不調により通常のパフォーマンスが発揮できない「プレゼンティーズム」による損失額は年約7兆3,000億円になるとしています。
この結果は、メンタル不調を抱えながらも出勤する労働者が多く存在し、その影響が社会全体の生産性に甚大な損失をもたらしている可能性を、全国レベルで金額換算という形で可視化したものといえます。
不調を抱えたまま働き続ける「負の構造」の解消を。
- 公務員をめぐる状況はいかがでしょうか。
公務員においても、かつての私のように医療機関での治療を受けながら勤務を継続している職員や、明確な休職には至らないものの心身の不調を抱えながら業務に従事している職員が一定数存在すると考えられます。休職や欠勤といった目に見える形にはなっていないものの、思うように働けないという形で、組織全体のパフォーマンスに少なからぬ影響を及ぼしている可能性があるのです。
また、メンタルヘルス不調が周囲に知られることへの不安や評価への懸念から、相談や支援につながらないまま勤務を継続しているケースも想定されます。生産性を落とすことで行政サービスが低下し、職員個人も不調を抱えたまま働き続けるということは、負の構造といえます。
したがって、メンタルヘルス対策を休職者の発生防止という観点だけで見るのではなく、現在勤務を継続している職員の生産性への影響にも目を向けることが重要となります。職員一人ひとりが安定して職務を遂行できる状態を維持することは、個人の健康保持のみならず、行政サービスの質や組織の持続可能性にも関わる課題といえるでしょう。
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次回の最終回では、職員個人によるセルフケアの重要性を踏まえつつ、心身の健康と組織の生産性を両立させる「健康経営」の視点や、職場における心理的な安心感の確保といった組織的な取り組みについて整理していきます。
職員が「程よく安定したメンタル」で働き続けられる環境をいかに整えるか。個人と組織の双方の視点から考えていきたいと思います。











