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スマート漁業とは?自治体が押さえたいメリットや国内事例・導入のポイントを解説

日本の水産業は、後継者不足や燃油価格の高騰、気候変動による漁獲量の不安定化といった課題に直面している。こうした中、AIやIoTなどの先端技術を活用する「スマート漁業」が、一つの取り組みとして注目されている。
本記事では、自治体職員向けにスマート漁業の基本から導入事例、支援制度までを整理する。
※掲載情報は公開日時点のものです。
スマート漁業とは?

スマート漁業とは、AIやIoTなどのデジタル技術を活用し、漁獲や操業、資源管理に関するデータを可視化・活用することで、水産業の生産性向上と持続可能性の確保を目指す取り組みである。
水産庁では、これを「スマート水産業」と位置づけ、「ICT、IoT等の先端技術の活用により、水産資源の持続的利用と水産業の持続的成長の両立を目指す次世代の水産業」と定義している。
スマート漁業が今、注目される背景

スマート漁業が注目されている背景には、日本の水産業が直面する人手不足や高齢化の問題がある。令和2年の調査では、漁業就業者数は約13.6万人まで減少しており、担い手の確保や技術継承が大きな課題となっている。
さらに、燃油価格の高騰によるコスト増、気候変動に伴う海洋環境の変化、水産資源の減少など、漁業経営を取り巻く環境は年々厳しさを増している。こうした中、スマート漁業は、省人化やコスト抑制、資源管理の高度化を通じて、複合的な課題に対応する手段として期待が集まっている。
こうした状況を受け、水産庁はスマート水産業の今後の展開として、2027年を目標に、水産資源の持続的利用と水産業の成長産業化を両立する次世代の水産業の実現を掲げている。
スマート漁業を導入することで期待される5つのメリット
スマート漁業の導入により、生産性の向上や経営の安定化、省人化など、様々な効果が期待されている。ここでは、スマート漁業によって期待される主なメリットを整理する。
漁獲量の向上と経営の安定化
スマート漁業の導入により、海洋データや過去の漁獲実績などをもとに、データに基づいた操業判断が可能になる。AIによる漁場予測を活用することで、経験や勘だけに依存せず、効率的な操業計画を立てやすくなる点は大きな特徴といえる。
また養殖分野では、水温や溶存酸素量などの生育環境を継続的に把握・調整することで、斃死リスクの低減や生産量の見通しを立てやすくなるとされている。
漁獲データの蓄積や可視化は、将来的に需要予測や流通との情報共有にも活用できる可能性があり、販売面を含めた経営判断の高度化につながると期待されている。
労働負担の軽減と省人化
スマート漁業で活用される各種デジタル技術は、過酷な肉体労働が多い漁業の現場において、 作業負担の軽減に寄与する。自動給餌機や網の自動監視システム、ドローンを活用した点検などにより、人が現場で対応してきた作業時間を削減し、省人化を図ることが可能になる。
その結果、少人数での操業を維持しやすくなるだけでなく、高齢者や女性も関わりやすい作業環境の整備につながる。人手不足が深刻化する中で、こうした省力化の取り組みは、漁業を継続していくための重要な要素の一つといえる。
熟練漁業者の技術・ノウハウの可視化と継承
これまで個人の経験や勘として蓄積されてきた熟練漁師の暗黙知は、後継者不足が進む中で失われつつある貴重な財産である。スマート漁業では、航行ルートや漁獲ポイント、その時々の海洋状況といった操業データを収集・分析し、いわゆる「匠の技」をデータとして可視化する。
こうして蓄積されたノウハウは、若手漁業者への技術継承を支える基盤となり、人材育成を効率化する手段の一つとなる。
燃油費などの操業コストの削減
スマート漁業の導入により、AIによる漁場予測を活用した効率的な操業が可能となり、漁場を探して航行する時間の短縮が期待されている。これにより、漁業経営を圧迫しがちな燃油費の削減につながる点は、大きなメリットの一つといえる。
また養殖分野では、給餌量やタイミングをデータにもとづいて最適化することで、餌代のムダを抑える効果が期待されている。こうした取り組みは、収益面の改善にとどまらず、操業コスト全体の見直しを通じて、漁業経営の安定性を高める手段の一つとして位置づけられている。
操業の安全性向上と事故防止
漁業は自然環境の影響を受けやすく、常に一定のリスクを伴う産業である。スマート漁業で活用される各種デジタル技術は、こうした現場において操業の安全性向上を支える役割を果たす。
例えば、GPSセンサーを活用して漁船の位置情報をリアルタイムで共有することで、万が一の海難事故が発生した際にも、迅速な状況把握や救助対応につなげやすくなる。また、ドローンによる設備点検は、危険な高所や水中での作業を代替し、労働災害のリスク低減に寄与する。
【分野別】スマート漁業の国内導入事例
日本国内でも、スマート漁業の導入は各地で進められている。ここでは、養殖業など分野ごとに、技術活用のポイントが整理しやすい事例を紹介する。
福井県小浜市|IoTで給餌を最適化し、養殖コストを削減
小浜市では、減少するサバ資源や後継者不足といった課題に向き合う中で、サバ養殖の高度化に取り組んできた。養殖コストの中でも餌代が経営支出の約6割を占めていたことから、コスト構造の見直しが大きなテーマとなっていた。
同市はKDDIや漁業関係者、大学などと連携し、養殖いけすにIoTセンサーを設置。水温や溶存酸素量、塩分などの海洋データを自動で収集するとともに、給餌記録をタブレットで管理する仕組みを構築。蓄積されたデータをもとに給餌量やタイミングを見直すことで、餌の過剰供給を抑え、コスト削減と生産性向上の両立につなげている。
また、データの共有を通じて、養殖ノウハウの継承や持続可能な体制づくりにも寄与している。
出典:KDDI株式会社「福井県小浜市 IoTで日本遺産『鯖街道』復活へ」
宮城県東松島市|AI活用による漁獲量予測で「空振り」を減らす定置網漁
宮城県東松島市の定置網漁では、事前に漁獲量を把握することが難しく、出漁しても十分な漁獲が得られない「空振り」による燃料コストのロスが課題となっていた。
そこで同市は、KDDIと連携し、定置網内にスマートセンサーブイやカメラを設置。水温などの海洋データや水中画像、過去の漁獲実績を収集し、AIで解析することで、漁獲量を予測するモデルの構築に取り組んだ。
こうした取り組みにより、操業判断の材料が増え、計画的な操業を検討しやすくなった結果、燃料コストの抑制や操業の効率化につながっている。
出典:総務省「海洋ビッグデータを活用したスマート漁業モデル事業(東松島みらいとし機構 福嶋)」
長崎県五島市|水中映像×AIで漁場を可視化し、省力化と資源管理を両立
五島市では、水中映像を活用した洋上IoT/AIプラットフォームの構築により、漁業の持続性向上を目指す実証事業が行われた。水中カメラ映像をAIで解析し、「海の見える化」を進めたことで、作業効率の向上やコスト削減、資源管理の高度化といった効果が報告されている。
例えば、磯焼け対策として実施したガンガゼ駆除では、AIによる検知と分布の可視化により、単位面積当たりの確認工数を約30%削減できる見込みが示された。あわせて、定置網漁業では網内の魚種や量を遠隔で把握する仕組みを導入し、燃料費・人件費の約5%削減につながる可能性も示されている。
こうした取り組みは、資源管理や環境施策と両立した、持続可能な漁業モデルの検討に寄与している。
出典:総務省「水中映像を軸とした洋上IoT/AIプラットフォーム構築による持続可能な漁業の実現成果報告書(株式会社MizLinx)」
三重県|ICTでクロノリ養殖の生産管理を高度化する環境モニタリング
三重県では、ICTやAIを活用したスマート養殖の一環として、クロノリ養殖における生産管理の高度化に取り組んでいる。三重県水産研究所や鳥羽商船高等専門学校、地元企業などが連携し、漁場環境をリアルタイムで把握できるIoT海洋観測モニタリングシステム「うみログ」を開発した。
同システムでは、水温や潮位などの環境データを継続的に収集し、漁業者がスマートフォンアプリを通じて確認できる。養殖開始時期の判断や網の高さ調整、品質管理などに活用されており、作業の効率化や生産管理の精度向上を支える仕組みとして位置づけられている。
出典:三重県水産研究所 鈴鹿水産研究室「黒ノリ養殖業におけるIoT観測機器の活用マニュアル」
スマート漁業で活用される主な技術

スマート漁業を支えているのは、AIやIoTをはじめとする複数のデジタル技術である。これらは単独で導入されるというよりも、漁場や養殖現場のデータを収集・分析し、操業判断や作業を支援する仕組みとして組み合わされている点が特徴だ。
ここでは、スマート漁業の現場で実際に活用が進んでいる代表的な技術と、その活用イメージを整理する。
技術分類 | 具体的な活用方法 | 期待される効果 |
AI(人工知能) | 漁獲データや海洋環境データを分析し、漁場や魚群の動きを予測する。マグロの尾の断面から品質を判定する | 漁獲量の向上、操業の効率化、品質管理の標準化 |
IoT(モノのインターネット) | 船やブイ、養殖いけすに設置したセンサーで水温、塩分濃度、溶存酸素量などをリアルタイムに計測・監視する。 | 漁場環境の正確な把握、養殖魚の生育環境最適化 |
ドローン | 空撮による赤潮の早期発見や広範囲の漁場探索、水中ドローンによる養殖網の点検や魚群の様子を観察する。 | 災害被害の防止、調査・点検作業の効率化と安全性向上 |
ロボット・自動化機器 | 設定したスケジュールと量で餌を自動で与える「スマート給餌機」や、漁獲物を選別・箱詰めするロボット。 | 労働負担の軽減、省人化、給餌コストの最適化 |
AIによる漁場予測と資源管理の高度化
AIは、スマート漁業を支える中核的な技術の一つである。過去の漁獲データに加え、水温や塩分濃度、潮流、衛星データなどの海洋情報を組み合わせて分析することで、「どの海域で、どの時期に漁獲が見込めるか」といった操業判断を支援する。
これにより、漁場探索に伴うムダな航行を減らし、効率的な操業計画を立てやすくなる。また、操業日誌のデジタル化や漁獲情報の集約を通じて、水産資源の状況を客観的に把握し、持続的な資源管理に活かす取り組みも進められている。
IoTセンサーによる海洋環境のリアルタイム把握
IoTセンサーは、これまで把握が難しかった海中の状況を継続的に「見える化」する技術である。漁船やブイ、養殖いけすなどに設置されたセンサーが、水温や塩分濃度、溶存酸素量といった海洋データを自動で収集し、遠隔からリアルタイムに確認できるようになる。
こうした仕組みにより、赤潮の兆候や急激な水温変化といったリスクを早期に察知し、事前の対応を検討しやすくなる。とくに養殖分野では、斃死リスクの低減や生産の安定化につながる技術として活用が進んでいる。
ドローン・水中ドローンによる調査・点検の効率化
ドローン技術も、スマート漁業を支える重要な要素の一つである。空撮用ドローンは、広範囲の海域を短時間で確認できるため、赤潮の発生状況や魚群の動き、漁場周辺の変化を把握する際に活用されている。
一方、水中ドローンは、養殖場のいけすや網の状態、魚の様子を水中から確認する手段として利用されている。人が潜水して行っていた点検作業を代替できることから、安全性の向上に加え、作業負担の軽減や点検の効率化にもつながっている。
自動給餌機やロボットによる省力化の取り組み
養殖分野では、給餌や選別など人手に頼ってきた作業の省力化が重要なテーマとなっている。AIと連動した自動給餌機は、水温や魚の生育状況に応じて給餌量やタイミングを調整することで、餌のムダを抑え、効率的な養殖管理を支援する。
また、水揚げ後の選別や箱詰めといった工程についても、ロボット導入に向けた研究や実証が進められている。こうした技術は、人手不足への対応や作業負担の軽減に加え、作業の標準化や継続的な操業体制の構築にもつながるものとして注目されている。
スマート漁業のデメリットと乗り越えるべき課題
スマート漁業には多くのメリットが期待される一方で、導入や普及にあたっては、コストや運用面を中心とした課題も存在する。こうした論点を事前に整理しておくことは、実証事業や本格導入を検討する自治体にとって重要な判断材料となる。
ここでは、スマート漁業を進める上で押さえておきたい主な課題を整理する。
高額な初期導入コストと費用対効果の見極め
スマート漁業の導入には、センサーやドローン、AIによる分析システムなどの先端技術が必要となり、一定の初期投資を伴う。とくに経営規模の小さい個人漁業者や漁協にとっては、この初期コストが導入のハードルとなるケースも少なくない。
そのため、導入を検討する際には、補助金や実証事業の活用可能性を踏まえつつ、自らの課題に対して「どの技術が、どこまで効果を発揮するのか」を整理することが重要となる。費用対効果を見極めながら、段階的な導入を含めて判断していく姿勢が求められている。
現場に求められるITリテラシーと人材育成
スマート漁業の機器やシステムを活用するには、一定のITリテラシーが前提となる。一方で、高齢化が進む漁業の現場では、新しい技術に対する抵抗感や操作への不安が、導入や定着の壁になるケースも少なくない。
そのため、導入時には操作内容を丁寧に共有する研修の実施や、現場で扱いやすいシステムの選定、導入後のサポート体制までを含めた検討が重要となる。また、地域のIT企業や関係機関と連携しながら、デジタルに対応できる人材を段階的に育てていく視点も、継続的な活用を進めるうえで欠かせない。
海上での通信環境の整備とデータ連携
スマート漁業では、沖合の漁船や養殖いけすから取得したデータを活用することが前提となるが、海上では陸上と同様の安定した通信環境を確保しにくいエリアも多い。こうした通信環境の制約は、データのリアルタイム活用におけるボトルネックとなる場合がある。
また、異なるメーカーの機器を組み合わせて使用する場合、データ形式や仕様が統一されておらず、情報を横断的に活用しにくいという課題も指摘されている。今後は、海上通信網の整備状況を踏まえつつ、データ連携をしやすくする仕組みや共通基盤のあり方を検討していくことが重要な論点となる。
スマート漁業の導入に活用できる補助金・支援制度
スマート漁業の導入には一定のコストが伴うが、国や自治体では、技術開発や実証、現場への導入を後押しするための補助金・支援制度が整備されている。こうした制度を活用することで、初期負担を抑えながら段階的に取り組みを進めることも可能となる。
水産庁の「スマート水産業普及推進事業」

水産庁では、スマート水産業に関する技術開発や実証、現場への実装を支援するため、「スマート水産業普及推進事業」などの予算事業を実施している。実証実験や、複数の関係者が共同で利用するスマート機器の導入などが主な支援対象だ。
スマート漁業の導入を検討する際には、自地域の課題と公募テーマがどの程度合致しているかを確認し、活用の可否を判断することが重要となる。
自治体・県レベルの独自支援の例
自治体独自の補助制度は、国の大型事業に比べて規模は小さいものの、地域の実情に即したテーマ設定や、比較的取り組みやすい補助額・要件が特徴だ。実証段階の取り組みや、特定の漁業種類・地域課題に特化した支援が用意されているケースも多い。
例えば和歌山県では、「スマート水産業推進事業補助金」を通じて、漁業者や漁業関係団体によるICT・IoT機器の導入や、省力化・高度化に向けた取り組みを支援している。スマート漁業の普及に向けては、自治体自らが導入主体となるだけでなく、地域の漁業者や事業者が新たな技術に取り組みやすい環境を整える役割も重要となる。
まとめ
スマート漁業は、AIやIoTといった先端技術を活用することで、人手不足やコスト増、水産資源の管理など、日本の水産業が抱える課題に対応する可能性を持っている。生産性の向上や労働負担の軽減、技術・ノウハウの継承など、様々な効果が期待されている。
一方で、初期導入コストやITリテラシーの確保といった課題も存在する。ただし、国や自治体による支援制度を活用することで、現場の負担を抑えながら取り組みを進めることも可能だ。
自治体にとっては、自らが導入主体となる場合に限らず、地域の漁業者や事業者が新たな技術に取り組みやすい環境を整える視点が重要となる。本記事で紹介した技術や事例を参考に、地域の課題に応じたスマート漁業の活用のあり方を検討していきたい。













