観光を通じた地域活性化が注目されている昨今。中でも、平均旅行消費額が日本人国内旅行者の約 5 倍と高く、昨年 1 年間に 3000 万人を超えてなお増加が予想される訪日外国人に向けた施策は大きな可能性を秘めていると言えます。
そこで、国内主要都市の DMO としては最多の会員を擁する京都市観光協会のデータ分析専門家・堀江 卓矢氏と、国内最大級のインバウンド情報サイト「訪日ラボ」を運営する渡邊 誠氏の対談から、観光インバウンド対策のヒントとアイデアを探ります。
※下記はジチタイワークス観光・インバウンド号(2019年5月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
まずは情報収集から
Q.インバウンド施策に取り組む際、どのような順序で取り組めばよいでしょうか?
渡邊:「情報収集」をして、「戦略」を立てて、「実行」する。この3ステップに大別できると思います。自治体の公募案件を見ていると、エリアとターゲットのミスマッチが散見されますが、これは事前の情報収集が不十分なのが原因。現状よく来てくれている国籍は?性別は?年齢層は?何を楽しみにしている?といった情報は、ある程度は自分で見つけられるはずです。それらの情報とエリアの強みを組み合わせることで、ターゲットが明確になり戦略の土台となります。情報収集の重要性を改めて意識する必要があると思いますね。
堀江:そのためにも、まずはコストを掛けずに情報を集める事からですね。「訪日ラボ」さんは、情報収集手段として代表的なメディアだと思います。
渡邊:ありがとうございます(笑)。「訪日ラボ」で配信している情報は、主要市場(国)のトレンドや、自治体・交通・宿泊・小売・メーカー・飲食と様々な業界の事例など多岐に亘るので、インバウンド業界全体を俯瞰してウォッチすることができると思います。大手マスコミの情報も勿論必要なので、情報収集手段の一つとして考えてもらえたら幸いです。
堀江:他方、メディアでは得られないデータを提供してくれる民間事業者とのネットワーク構築も大切です。京都市観光協会では「京都市観光協会データ月報」という名前で外国人旅行者のホテル利用率や客室単価などを発表していますが、これは一軒一軒地道に調査協力のお願いをして、提供いただいたデータを元に集計しているものです。調査開始当初の平成26(2014)年は対象施設数が30施設程度でしたが、現在は50施設以上にまで増えました。
市内全体の動向を発表することで、ご協力いただいているホテルさん自施設と全体との比較ができますし、他業界にとっては今後の投資判断の基準としてご利用いただけます。こうした情報網を構築することが、自治体やDMOが率先して取り組むべきことです。
勇気を持って狙いを絞る
Q.次に、収集した情報を元に戦略を立てる場合のポイントを教えて下さい。
堀江:マーケティングの基本であるSTP分析が使えると思います。S:セグメンテーション(市場の細分化)、T: ターゲティング(訴求する層の抽出)、P: ポジショニング(競争優位性の設定)ですね。セグメンテーションについては、地域や年代で区分することが多いと思いますが、情報技術の発達に伴って、消費者の価値観や嗜好に基づいて設定できるようになってきてきました。たとえば京都市の場合、これまでは首都圏のシニア層という区分の仕方でしたが、これらの方々すべてが京都の売りである伝統文化に関心があるわけではありません。
逆に言うと、伝統文化に関心のある旅行者は若年層やファミリー層にも存在するはずということです。自治体の観光サイトをこうした趣味嗜好ごとに分けて設計し(京都なら、禅・ラーメン・パワースポットなど)アクセス解析をすれば、それぞれの傾向が分かると思います。最近は、このような趣味嗜好に基づいて広告の配信先を指定できるようなデジタル技術も普及してきています。
渡邊:とはいえ、そういった個人的なデータを集めることは難しいかもしれません。その場合は、観光案内所で丸一日インタビュー調査をしてみるだけでも、有益な情報が得られると思います。
堀江:次にターゲティングですが、「こういう人を呼びたい」と決めると、「それ以外の人を相手にしている事業者に対して不公平が生じるのでは…」という突っ込みが自治体ではありがちだと思います。こうした意見に配慮を重ねていると、どうしても総花的な戦略に陥ってしまいます。勇気を持ってターゲットを限定して欲しいです。何をやるかよりも、何をやらないかです。
渡邊:「ターゲット層を呼び込むことができれば、将来的に彼らがその周りの人を連れて来てくれる」といった説明ですよね。
堀江:最後のポジショニングは、設定したターゲットに対してであれば、「絶対にこれならば勝てる」というコンテンツに注力することです。できるだけ多くの人にウケるものをと考えがちですが、それだと誰にも届きません。「100 %街に呼べる」というコンテンツで最初の1人を呼び込み、その1人が次の2人・3人を連れてくるといった発想でないと、これからの情報化社会における集客では成功できません。
渡邊:同感です。以前シリコンバレーで働いていたのですが、向こうではビジネスをしていく上で必ず「マーケットイン」思考をします。何を創るかの前に、まず市場のニーズがある。だから観光面でも、自治体が発信したいものではなく「訪れる人が何を求めているのか」を把握した上での差別化が必要になると思います。
堀江:留意すべきは、競合相手は他の観光地とは限らないということです。京都の競合は、もしかすると大阪でも香港でもパリでもなく、実は地元の図書館や茶道教室かもしれませんし、もっと言えばスマホゲームかもしれません。「余暇の時間の使い方」という物凄く広いマーケットの中で競合している事を忘れてはいけないですね。「どうしてこの街に来たいと思ったのか」「もしこの旅行が無かったらどう過ごしていたか」。その答えが、その観光地にとっての競合相手なんですよ。そして、その観光地がライバルに勝っている部分を聞き出すことができれば、差別化のポイントが見えてくるでしょう。
渡邊:それには対面でインタビューを行うのが有効ですね。地域に住んでいる外国人の方に、街に住んでいる理由や母国での評判などを聞くのも良いと思います。地元の方なので、旅行者と比べると時間も自由に確保できるでしょうし。
堀江:インタビュー調査だけだと「それって一部の意見でしょ」という人もいますが、戦略策定において大切なのは数よりも深さです。得られた意見をベースにまずは取り組んでみて、「間違っていたら修正すればいい」というくらいの割り切りが必要だと思いますね。
PDCAの速さが勝負の分かれ目
Q.立案した戦略を実行する際に気を付ける点はありますか?
渡邊:数字を記録し、後で検証可能にすること。それに尽きますね。堀江:検証のスピードも大事です。自治体では「情報収集」「戦略立案」「実行」を各 1 年ずつ、3 年で 1 セットとなりがちですが、これを 1 年に圧縮して3セット回すという考え方に切り替え、PDCAをできるだけ速く回してほしいですね。
渡邊:観光・インバウンドの流れは、たった半年でも目まぐるしく変化していっています。特に現状インバウンドでメイン市場の中国はトレンド変化が際立って激しい。半年前の最新情報でさえ「今は昔」になっているケースも多々あります。だからこそ、いかにPDCAを速く回せるかが勝敗を分けます。
堀江:あと、戦略に基づいて作られた事業が、自治体だからこそできる事になっているかどうかにも注意が必要です。たとえ自治体がイベントを開催して集客に成功したとしても、それが民間でもできる内容ならば民間のビジネス機会を奪っているだけなので、結果的には地域の事業者の競争力を削いでしまうことになります。それよりもむしろ民間事業者単独では取り組むことが難しく、地域全体で強調しなければ実現できない事業にこそ自治体の力が活きるはず。
京都市観光協会では、さきほどのデータ月報のような取組をはじめ、「グーグルマイビジネス」の普及活動、渡邊さんのようなデジタルの専門家を呼んだ旅館事業者向けのデジタルリテラシー向上を目的としたセミナーなどに注力しています。とくに、訪日旅行者にとっては、手取り足取りのおもてなしの感動に出会う以前に、まずはネットで欲しい情報がすぐに見つかるかどうかのほうが重要なので、事業者の情報発信のデジタル化は喫緊の課題です。
渡邊:日本で訪れるエリアを決める時に閲覧する可能性の高いメディア、例えばグーグルやトリップアドバイザーなどにエリアの魅力や写真、情報がきちんと載せてあるか。ここがマズイと、旅行先の比較対象にすら入れないという現実がありますからね。また、その情報も先程触れた「マーケットイン」つまり外国人目線での魅力的な情報になっているかは非常に重要です。
おわりに
Q.最後にお二人が活用している有益なサービスがあれば、教えて下さい。
堀江:自治体の職員さんの役に立ちそうなのは、「グーグルアラート」ですね。「京都観光」といったキーワードを設定するだけで、関連するニュースが自動的にメールで通知されます。無料で登録できますし、1次情報に直接アクセスできるので、時には新聞よりも貴重な情報源になります。似たようなサービスとして「Feedly」もおすすめです。
「訪日ラボ」「トラベルボイス」など、 好きな WEB マガジンを登録しておけば、それぞれのサイトを確認することなく、最新記事をチェックすることができます。アプリもあるので、空き時間の情報収集におすすめです。マーケティングの基本は、まずは自分の普段の情報収集からです。
渡邊:最近はニュースサイトやアプリも普及してきましたが、サイト側の編集意図が反映された後の情報だったり、自分で選んだわけでは無い情報が流れてきたりします。例えば一時期「爆買いが終わった」と連日メディアが報道し続けた時期がありましたよね。でも、実際は高額商品が売れなくなっただけで、日用品、消耗品は根強く売れています。
だから、個人の情報収集としては受身になりすぎず、足で稼いだアナログな情報と我々「訪日ラボ」や観光庁、JNTO が発信する数値データなどのデジタルな情報の双方を有効に活用してもらえると良いと思います。
プロフィール
渡邊 誠 ● わたなべ まこと
198 4年、千葉県生まれ。株式会社mov代表取締役社長。専門のデジタルマーケティングに加え、国内のインバウンド動向を配信するニュースサイト「訪日ラボ」・インバウンド対策の資料請求・比較サイト「訪日コム」を運営。
堀江 卓矢 ● ほりえ たくや
1988年、京都市生まれ。株式会社三菱総合研究所にて、東京都における観光戦略策定及びグローバルマーケティング調査をはじめ、観光分野を中心に政策評価や調査業務に従事。2016年7月より公益社団法人京都市観光協会企画推進部DMO担当主幹。