ジチタイワークス

東京都

課題もニーズも多様化・複雑化する現代社会で自治体は「AI」をどう活用するべきか?

「AIは、地域住民一人ひとりの幸福を実現するためのツール」

国の後押しもあって、IoTやビッグデータ、AI (人工知能)などICTの利活用が自治体でも拡大している。しかし、そういった先進技術の活用を“自分ごと”として受け取れていない自治体も少なくないだろう。

時代の変化とともにニーズが多様化する社会において、AI技術はどう活用されるべきか?また、そのような技術を用いながら産学官が“協創”し取り組むべきことは何か?AI研究の第一人者である、矢野 和男さんにインタビューした。

※下記はジチタイワークス特別号 May 2020(2020年5月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。

――まずは、AIがビジネスで積極的に活用されるようになった背景を教えてください。

矢野さん:日立製作所では、15年ほど前からAIによるデータ解析を社会に役立てることを考え、様々な試行錯誤を重ねてきました。しかし、本格的にAIが企業に導入され、実用的に使われるようになったのは5年ほど前からです。20世紀まではモノを大量生産するために業務を標準化し、定型化した業務プロセスをつくる時代でした。ITやコンピューターは、定型化した業務プロセスの効率化や生産性向上を実現するための道具でしかなかったのです。

当時は、決められた組織のルールや業務マニュアルに従うことが“良い働き方”とされていた時代でした。しかし今は、消費者の価値観やニーズが多様化し、“今日求めているものは、明日は要らなくなる”と日々変化するようになってきたのです。このように目まぐるしく変化する社会情勢や多様化した人々のニーズに応える手段として、世界中の企業がAIでデータ解析を行い、ビジネスに活用するようになったのです。

――AIが有効活用される一方で、“人間の仕事を奪う可能性があるもの”とネガティブに語られることがありますが、その点についてはどうでしょう?

矢野さん:確かに、様々な業界で、既存業務の効率化にAIが活用されています。例えば、物流業では倉庫の集品作業の効率化、小売店では顧客の購入履歴から売上予測、発注分析などにAIが導入されています。自治体でも、文書検索業務や問い合わせ対応の自動化などに活用され、業務の時間削減や負担軽減をサポートしています。

しかし、現在の技術では、AIは人間のように自律的に行動できるわけではありません。代表的なAIに、問い合わせチャットボットで使われる「自然言語処理」や、製造業・医療分野などで活用される「画像認識」、コールセンターなどで使われる「音声認識」がありますが、これらはディープラーニング(深層学習)と呼ばれる機械学習の機能の発達によって、認識精度や予測精度が劇的に向上しました。とはいえ、これはコンピューターの性能が上がり、解析できるデータ量と処理速度が向上したものに過ぎません。AIの学習方法そのものは、意外なほど以前からあるアイデアが使われています。

AIでデータを解析するには、人間が範囲を決めて、大量の学習用データを用意しなければなりません。決められた範囲で、用意された大量のデータを繰り返し学習することで、データ解析の精度は上がっていきます。要するに、AIの活用は“人間ありき”なのですから、“人間の仕事を奪う”という考え方には誤解があります。まずは、“AIが万能な魔法のツールではない”ことを理解する必要があるでしょう。

――AIをどう活用すべきか分からない自治体もあると思います。AIをどのように捉え、何から取り組んでいけばよいのでしょうか。

矢野さん:窓口やFAQ対応にはチャットボット、紙の帳票整理にはAI-OCRなどは、分かりやすい導入方法の一つだといえます。民間企業でも既存業務の一部をAIで効率化させることから始めています。しかし、それは既存業務の一部を効率化しただけに過ぎず、業務全体から見ると大きな変化をもたらしてはいません。

例えば、ひと昔前は、夫婦に子供2人の4人家族をモデルケースとして、自治体は行政サービスを住民に提供していました。しかし、現在の家族構成は実に様々です。それに伴い、地域社会の実態や住民が自治体に求めるサービスも変化しています。常に変化する時代の流れや地域の実態、住民のニーズを正確に把握するためには、データの活用が欠かせません。人間では到底処理しきれない膨大なデータを解析するツールとして、AIは非常に有効な仕事
をするからです。

自治体がAIを活用する最大のメリットは、地域や住民のデータを解析することにより、これまで定型化できなかった地域社会の変化や多様性を把握し、それに対応する新たな行政サービスを提供することだと思います。ニーズに合った行政サービスの提供により地域経済が発展すれば、住民一人ひとりの“幸福度”が上がります。その幸福度の向上が、地域全体の活性化や生産性の向上につながるといえるでしょう。

――矢野さんがおっしゃる「幸福度」とはどのようなものでしょうか?

矢野さん:私たちの開発したサービスに「ハピネスプラネット」というスマートフォンアプリがあります。AI技術を活用して人間の幸福度を計測するものなのですが、これは人間の無意識的な身体運動パターンの中に、幸福度と強くかかわる特徴があることを見出したことにより開発されました。スマートフォン内蔵の加速度センサーを使って計測した身体運動データから、人間の幸福度を数値化することができます。

83の企業と自治体を含め約4,000人以上が参加した「働き方フェス」において4回の公開実証実験を行ったところ、このスマートフォンアプリを使って持続的な幸福度を表す“心の資本”を高めることができ、この心の資本は健康状態や、仕事の生産性にも直結することが知られているのです。

ハピネスプラネットは、組織の活性化や社員の意欲向上など、企業における「働き方改革支援」としても活用できるのに加え、住民の幸福度を上げる取り組みとして、自治体とも一緒に実証実験を行っています。自治体では、AIを導入する前に「住民一人ひとりのニーズに合った行政とは何か」を考えることが大事です。そのような目的を決めずに、AIの導入が目的になってしまって、ITベンダーから高額なAIツールを導入しても、費用対効果はほとんど得られないと思います。

――近年、自治体では、社会課題を一緒に解決するパートナーとして民間企業と連携する“協創”を重視するようになりました。日立でも積極的に“協創”のプロジェクトを進めていますよね。

矢野さん:そうですね。日立の研究開発部門には、 オープンな協創による新たなイノベーション創生を加速するための「協創の森」(P5参照)という拠点があります。ここでは、産学官が連携してアイデアを出し合い、AIなどの技術を活用しながら地域経済を活性化する様々な実証実験なども行っています。また、「日立京大ラボ」というところでも地域や自治体に関わる面白い研究をしています。

このラボは、京都大学と日立の協創によって未来の社会課題を洞察し、その課題解決と経済発展の両立に向けた新たなイノベーション創出に挑戦するため、日立製作所と京都大学が京都大学内に設立した共同研究部門です。人間だけで知恵を絞って、日本の未来を思い描くには限界があります。そこで、AIのシミュレーションを活用して2052年までの約2万通りの未来シナリオ予測と分類を行いました。これらの結果をもとに、有識者が持続可能な未
来に向けて重要な社会要因とその時期を特定しました。そして、「AIの活用による持続可能な日本の未来に向けた政策の提言」を発表したのです。

この提言には、人々が地方に分散して生活することで、経済格差の縮小や出生率の持ち直しによる人口増加、個人の健康水準や幸福度の向上など、持続可能な社会の実現に向けた未来シナリオが描かれています。反対に、大都市に人口が集中したケースでは、人口減少や経済格差が加速し、個人の健康水準や幸福度が下がるという未来シナリオが提示されました。

これが大きな反響を呼び、全国の自治体などから約60件もの問い合わせをいただきました。現在は、日立京大ラボと各自治体で、このAIによるシミュレーションを応用した様々な実証実験を行っており、その一つが長野県です。

――長野県と一緒に行った実証実験の内容を教えてください。

矢野さん:長野県が設定した二つのテーマから、未来シナリオを描く実証実験を行いました。一つめは「持続可能な社会を実現するため何ができるか」、もう一つは「リニア中央新幹線の開業効果を高めるために何ができるか」です。それぞれのテーマにおいて、①長野県の現在と未来において重要なキーワードの抽出(情報収集)②キーワード間にある因果関係の洗い出し③因果関係ごとの係数設定などを行います。それらを元にAIのシミュレーションによって2万通りもの未来シナリオを列挙し、さらにその中から類似したものを分類してまとめ、少数まで絞り込まれたシナリオについて、人間が評価や意味づけを行います。このようなフローを経て、最も望ましいと判断された未来シナリオ(社会像)と、その実現のために必要な政策を「政策提言」としてまとめたのです。

――AIを活用して、自治体職員の皆さんが地域の発展や幸福度向上をめざす取り組みといえそうですね。

そうですね。AIが解析材料とする人口や観光客数、県内総生産などのデータは県職員の皆さんが用意しました。また、最終的なシナリオの評価・判断を行うのも人間です。私たちが未来に向かって推し進める協創の取り組みには、AIと人間の共同作業が不可欠であることが分かるでしょう。

私たちは今後も、大学や自治体、企業など様々なステークホルダーとともに知恵を出し合い、AIをはじめとする先進技術を活用して、少子高齢化や過疎化など様々な社会課題の解決とともに、より良い未来づくりに取り組んでいきます。

PROFILE

矢野 和男さん
株式会社 日立製作所
フェロー、理事
未来投資本部
ハピネスプロジェクトリーダー

1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。さらに2004年から先行してビッグデータ収集・活用で世界を牽引。ハピネスの定量化や多目的人工知能の開発で先導的な役割を果たす。企業経営、心理学、人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。2014年7月に上梓した著書「データの見えざる手」がBook Vinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。

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