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誰にとっても失敗は怖いもの。「できることなら挑戦せず、現状維持でいきたい‥…」と考える人は、決して珍しくないだろう。本特集では、現役の自治体職員が経験した“しくじり”と、そこから得た気づきをご紹介。
今回は“職員研修”がテーマ。情報分野の知見をもとにつくった研修動画が思わぬ反発を受けてしまった。その理由は何か、そして反省をもとに担当者がとった行動とは……。当事者の坂本さんが自らの経験を教訓として、どのように乗り越えていったのかを語る。
※掲載情報は公開日時点のものです
■所持資格(一部抜粋)
高度情報処理技術者(ST·PM・AU)
情報処理安全確保支援士(第001072号)
eLC e-Learning Professional
全国通訳案内士 (英語: EN00422)
広島県地域通訳案内士 (ENO0034号)
頼まれて研修動画をつくったら悲惨な結果に。
――坂本さんは民間から自治体に入ったそうですね。
以前は派遣型のSEをしていました。いわゆる“野良SE”です。ただ、この仕事を続けるのも年齢的にキツいと考えて、民間採用枠で入庁しました。デジタル人材採用ではなく、一般行政職での採用ですが、情報政策課に配属され、ずっとこの仕事に従事しています。
――元SEで情報政策ならピッタリですが、なぜかそこでしくじってしまった?
はい……。私が入庁した平成28年頃から、情報セキュリティとICTの利活用に関する研修を集合型研修で実施していたのですが、コロナ禍でそれができなくなりました。でも研修を中断してはならないということで、緊急避難的な措置で私が担当することになったんです。
とりあえず動画を使って、集合型研修の代替をせよということだったので、我流でつくって研修メニューとして公開したのですが、結果はもう散々でした。受講者が途中でどんどん離脱していくし、事後のアンケートは「時間のムダだった」「何を言っているのか分からない」などマイナス評価の嵐だったんです。
失敗を経て一念発起、大学院で学び直す。
――時間のムダ……もはや炎上レベルですね。
まず自分の中に“やらされ感”があったのが失敗だったと思います。それに、SE経験者からすると当たり前に知っている言葉、例えばIPAとかAI-OCRとかFMCとかを説明なしに使うので、受講者のひんしゅくを買ったのかもしれません。
その際に寄せられた意見の中に、「DXなど流行語にすぎない」というものがあったんです。それを見て、「本当に伝えたいことが伝わっていない」と猛省。そこで、eラーニングについて学ぼうと、令和2年に熊本大学の大学院に入学しました。
――いきなり大学院に!? 行動力がすごいですね。
きちんと勉強したかったんです。今のやり方ではダメ。行政の内部にも参考になるようなものはない。だったら外で学ぶしかありません。職員も、忙しい中で時間を絞り出して研修を受けている。ならば最小の時間で最大の効果をねらわないといけません。そんな思いもありました。
大学院では、収穫が非常に多かった。特に、教育の設計に関する「インストラクショナルデザイン※」は大いに参考になりました。そうした学びをもとに、受講者のニーズを探り、それを教材に活かしていきました。
例えば、20分ある動画の中で、受講者はどこでログアウトするのかといったことを探ると適正な時間が判明します。専門用語が出てくる辺りで離脱していることも分かる。そうした結果をeラーニングのプラットフォーム「Moodle(ムードル)」に乗せて、改善を積み重ねていきました。
※効果の高い魅力的で効率的な教育内容を設計し、学習者に提供するための手法を体系的にまとめた理論やモデル
職員の反応で得た「伝わった」という感動。
――学びと改善の効果はあったんですか?
はい。手応えは十分でした。そもそも、送り手の“伝えたいこと”と、受け手の“知りたいこと”が一致していなかったんです。そこをミスっていた上に、話し方もまずかった。なので伝え方を変え、動画の時間は10分程度に短縮して、視聴後に小テストを行って次のステップに進むという仕かけを用意しました。
ほかにも色々な工夫を落とし込んだ結果、受講率も伸び、アンケートのリアクションも好転していったんです。
- 小テストのイメージ -
参照:2024年 情報処理学会コンピュータと教育研究会 第176回資料
――具体的には、どんな声が寄せられましたか?
印象に残っているのは、「DXって、AI-OCRを入れようとかではなく、業務改善の考え方なんですね」というもの。伝わった!という手応えがありました。ほかにも「うちの業務ではここがDXできるのではないかと思った」といったものもあり、「もっと具体的に教えてください」という相談件数は3倍に増えました。
- 受講した職員の声 第3期実施アンケート結果 -
画像拡大
参照:2024年 情報処理学会コンピュータと教育研究会 第176回資料
そもそも研修には、知識を身に付けるためのものと、行動変容のためのものがある。DX研修は行動変容のためのもので、デジタルツールの機能を知るものではない。
私もそれを認識させられ、伝え方が大きく変わりました。当市のDX推進件数も増え、以前より勢いがついている。そこにどれくらい貢献できたのかは分かりませんが、やってよかったと思っています。
きちんと学び、それを共有することが大切!
――その失敗とチャレンジは、坂本さんの仕事にどう影響しましたか?
勉強をすることが改善につながる、ということを改めて学べました。あとは、きちんとした資格を得た方がいい、ということです。
情報産業領域では“資格vs経験”という論争が継続的になされています。一部のビジネスノウハウが必要な領域ではともかく、住民の“安心・安全”の観点を求められる行政分野においては資格が重要。誰にも分からない“経験という謎のものさし”で、行政に関する業務に従事してはいけないと思うのです。
こうした考え方は民間では広まっていますが、自治体はまだ追いついていないと感じています。
――資格といえば、坂本さんは英語力を活かした活動もされているそうですね。
「広島県地域通訳案内士」の資格を取得後、さらに学習を進めて「全国通訳案内士」の資格を取得し、各国大使等の世界遺産ガイドといった自治体の通訳業務に携わっています。
ちなみに、広島市では、平和記念式典の時に100を越える国際機関の代表や各国の大使等が集まります。広島市の平和への取り組みとして掲げている「迎える平和」という観点から職員がアテンドを務めます。その仕事には入庁2年目から参加しています。各国大使の英語レベルも様々で、宗教によって禁忌事項がある場合も多いので、色々と気を遣います。
そうした中での学びや知見、体験談を、この業務に携わる職員同士で共有できるよう「英語学習兼情報共有サイト」を立ち上げました。アテンド職員の半分くらいは使ってくれているようです。
1日5分の積み重ねが、未来を変える。
――「失敗したくない」という職員に向けてメッセージを!
分からないことがあると、誰でもうろたえてしまいます。でも大抵のことは、勉強すれば解決する。特に自治体の仕事はそういう仕組みになっています。ただ、勉強するにしても体系的に学ぶことが大切です。
情報系でも英語でも、あるいは、ほかの分野でも勉強してテストで振り返って、反省点を見つけて改善するというセルフPDCAをまわしていけば必ず進歩します。勉強はつらい、と思っている人がいるかもしれませんが、1日5分でもいい。「このくらいなら続けられる」という方法を見つけて、継続するのがコツです。
たった5分でも、1カ月では2時間半になる。この積み重ねは、きっと成果につながりますよ。