ハザードマップで住民を守ろう!洪水・地震・津波に備えた作成・活用方法を考える
日本各地で発生する自然災害から命を守るためには、住民一人ひとりが自分の住む地域にどのような災害リスクがあるのかを知り、いざという時に適切な避難行動をとれるようにしておく必要がある。そのための重要なツールとなるのがハザードマップだが、住民の認知度は高いとはいえず、ユニバーサルデザイン化できていないなどの課題もある。
本記事ではハザードマップの基本的な役割と課題、自治体の取り組み事例を紹介する。より効果的なハザードマップの整備と活用に向けて、ぜひ本記事の内容を参考にしてほしい。
【目次】
• ハザードマップとは
• ハザードマップは8種類
• ハザードマップの課題とは
• ハザードマップの課題にはどんな対策がある?
• ハザードマップをめぐる各地の取り組み
• 全ての住民に役立つハザードマップを
※掲載情報は公開日時点のものです。
ハザードマップとは
ハザードマップとは、災害による被害が想定されるエリアや避難場所などを示した地図のこと。
区市町村ごとに作成され、防災マップと呼ばれることもある。どのような目的で作られ、どのように活用されているのか、まずは基本的な役割を確認しておこう。
ハザードマップの目的
ハザードマップの主な目的は、自然災害による被害を最小限に抑え、人々の安全を確保することである。具体的には以下の目的がある。
・災害リスクの可視化
自然災害が発生した際に想定される危険な場所を地図上に示し、住民が地域の災害リスクを事前に把握できるようにする。
・避難情報の提供
避難場所、避難経路、防災施設の位置などの重要な情報を地図上に表示し、災害時の適切な避難行動を促す。
・防災意識の向上
地域の災害リスクを示すことで、住民の防災意識を高め、事前の備えを促進する。
・人的被害の防止
災害発生時に住民が慌てずに安全な避難をすることができ、被害を最小限に抑える。
・情報の一元化
災害種類ごとの危険箇所、避難場所、防災施設の位置など、防災に関する重要情報を一つの地図上にまとめて提供する。
防災には、自分たちが暮らしている地域にどのような災害リスクがあるのかを一人ひとりが認識しておくことが何より大切となる。その理解を深め、適切な避難行動につなげるための重要なツールとなるのがハザードマップである。
ハザードマップの構成
ハザードマップの構成は一般的に「地図面」と「情報・学習編」の2つの要素で作られている。
「地図面」とは、想定される被害の範囲や避難施設の場所などを地図上に示したものだ。浸水の深さや土砂災害の危険度などを色分けして表示し、一目で危険区域が分かるように工夫されている。また、避難所や避難場所、避難経路なども併せて表示される。
「情報・学習編」とは、災害に関する基礎知識や避難時の心得、非常持ち出し品のチェックリストなど、防災に必要な情報がまとめられている。災害時の緊急連絡先や、避難情報の入手方法なども記載されている。
この2つの構成要素を十分に活用するため、以下のような使い方が推奨される。
1.基礎知識を得る
まず情報・学習編で、地域で起こりやすい災害の種類や特徴、避難の基本的な考え方などを学ぶ。
2.自宅周辺の危険度を確認する
地図面で自宅やよく行く場所の周辺にどのような災害リスクがあるかを確認する。
3.避難行動を確認する
災害の種類や規模に応じて、どの避難所に、どのルートで避難するのかを事前に確認する。
このように、ハザードマップは単なる地図ではなく、災害への備えを実践的に学ぶための総合的な防災ツールとして機能するよう設計されている。
ハザードマップポータルサイトとは
国土交通省が提供する「ハザードマップポータルサイト」は、全国の災害リスク情報を誰でも簡単に確認できるWEBサイトだ。
災害時に自分や家族の命を守るために必要な情報として、危険箇所や避難場所、避難経路などが分かりやすくまとめられている。
ハザードマップポータルサイトは「重ねるハザードマップ」と「わがまちハザードマップ」という2つの機能で構成されており、知りたい情報に応じて使い分けることができる。
「重ねるハザードマップ」とは
様々な災害リスク情報を1つの地図上に重ねて表示できるシステム。洪水や土砂災害、地震による揺れやすさなど、複数の災害リスク情報を一つの地図上で確認でき、総合的なリスク評価が可能だ。
「わがまちハザードマップ」とは
全国の市町村が作成した各種ハザードマップを検索・閲覧できるシステム。災害の種類や市区町村名などから該当地域のハザードマップを簡単に検索できる。
ハザードマップは8種類
災害の種類によって危険区域や必要な避難行動は大きく異なるため、ハザードマップも災害の種類ごとに作成されている。現在、日本で主に作成されているハザードマップは以下の8種類である。
1.津波ハザードマップ
地震に伴う津波により予測される浸水の範囲や深さを示したマップ。避難場所や避難経路も併せて示されている。
2.洪水ハザードマップ
大雨により河川が氾濫した場合に予測される浸水の範囲や深さを示したマップ。各地域の河川管理者が作成した浸水想定区域図をもとに、市町村が避難場所などの情報を加えて作成する。
3.内水(ないすい)ハザードマップ
下水道や小規模な河川があふれた場合に想定される浸水区域を示したマップ。
4.高潮ハザードマップ
台風などによる高潮で予測される浸水区域を示したマップ。
5.地震ハザードマップ
地震による揺れやすさや液状化の危険度を示したマップ。地域の地盤特性による震度の違いや、建物被害の可能性を確認できる。
6.土砂災害ハザードマップ
がけ崩れ、土石流、地すべりなどの土砂災害が発生する危険性が高い区域を示したマップ。
7.火山ハザードマップ
火山噴火に伴う溶岩流、火砕流、降灰などの影響が及ぶ範囲を示したマップ。噴火警戒レベルに応じた避難計画の策定にも活用される。
8.ため池ハザードマップ
農業用ため池が決壊した場合の浸水想定区域を示したマップ。近年の豪雨災害を受けて、防災重点ため池を中心に作成が進められている。
なお、このうち「洪水」「内水」「高潮」「津波」の4種類は水害ハザードマップと総称され、特に重点的な整備が進められている。
令和5年時点では、洪水ハザードマップについては全国の市区町村の98%で作成が完了している(※1)。
ハザードマップの課題とは
ハザードマップは防災における重要なツールとして整備が進められているが、いくつかの課題も指摘されている。
防災意識の低い住民の認知度が低い
国土交通省の調査によると、水害ハザードマップを見たことがある人は約7割にのぼる(※2)。つまり、3割の人が「見たことがない」ということになり、防災意識の低い層への周知が課題となっている。各自治体では様々な広報活動を通じてハザードマップの存在を周知しているが、まだ十分とはいえない状況だ。
実際の避難行動に結びついていない
ハザードマップの情報は住民の避難に役立つと評価されている一方で、地図を見ただけでは具体的にどう行動すればよいのか分からないという声も多い。
例えば「自宅が浸水想定区域に入っていることは分かったが、どのタイミングでどの避難所に逃げればよいのかが判断できない」といった意見がある。ハザードマップの情報を実際の避難行動に確実につなげていくことが大きな課題となっている。
ユニバーサルデザイン化が進んでいない
現状、障害者向けのハザードマップは視覚障害者向けの音声案内が中心となっており、そのほかの障害特性に配慮した情報伝達方法の整備が不十分だ。例えば、知的障害のある方向けのやさしい日本語版や、聴覚障害のある方向けの視覚的な情報提供など、多様なニーズに対応したハザードマップの整備が求められている。
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ハザードマップの課題にはどんな対策がある?
防災意識の低さ、避難行動への活用の難しさ、ユニバーサルデザイン化の遅れ。これらのハザードマップが抱える課題に対して、どのような対策が考えられるのか。主な取り組みの方向性を見ていこう。
マイ・タイムラインの作成と周知
マイ・タイムラインとは、住民一人ひとりの防災行動計画のことだ。特に台風の接近や大雨による河川の水位上昇時に、自分がとるべき行動を時系列で整理し、適切な避難行動につなげるためのものである。
作成の手順は3つのステップで進む。
1. 洪水ハザードマップで自分の住む地域の水害リスクを「知る」
2. 避難時の課題に「気づく」
3. 具体的な避難行動を「考える」
各自治体では、住民がマイ・タイムラインを作成しやすいよう、専門職員による助言やワークショップの開催など、様々な支援を行っている。家族で一緒に考えることで、日常的な防災意識の向上にもつながるだろう。
「わかる・伝える」ハザードマップの実現
現状のハザードマップは、障害者に向けた対策といえば視覚障害者向けの音声案内が中心であり、様々な障害特性に対応した情報提供が不十分という課題がある。
この課題を解決するため、全国の自治体では「わかる・伝える」をキーワードに、全ての住民が利用しやすいハザードマップづくりを進めている。
ハザードマップに関するイベントやワークショップを開催する
ハザードマップの存在を知ってもらい、その活用方法を理解してもらうため、様々な啓発活動が行われている。
実際にハザードマップを持って町を歩き、危険箇所や避難経路を確認する「防災まち歩き」や、地域住民が集まってハザードマップを使った避難計画の検討やマイ・タイムラインの作成を行う防災ワークショップなどが効果的だ。
ハザードマップをめぐる各地の取り組み
各地の自治体では、実践的なハザードマップの作成と活用を目指して、様々な独自の取り組みを展開している。以下に、3つの自治体の事例を紹介する。
【高知県須崎市】住民参加のハザードマップの作成
須崎市では、ハザードマップの作成過程に地域住民の声を積極的に取り入れる取り組みを行っている。
ワークショップでは浸水の深さや建物の高さを示した浸水予想図を使用し、これに住民たちが地域の危険な場所や気づきを書き込んでいく方法を取り入れた。
この取り組みにより、行政だけでは分からなかった危険箇所が見つかり、新しい避難場所や避難経路が加えられた。また、ハザードマップ作成に参加することで、住民の防災意識を高めることにもつながっている。
【広島県広島市】スマートフォンを利用したハザードマップの活用
広島市では、スマートフォンアプリを活用して避難情報を効果的に伝える取り組みを進めている。
このアプリは主に「避難情報発令区域の地図表示」と「開設避難所へのルート案内機能」の2つの機能を備えている。
避難情報の発令時には、該当する小学校区内の住民にプッシュ通知で知らせ、発令地域を地図上で色分け表示する。これにより、住民は自分の地域の避難情報をすぐに確認できる。
アプリには避難所へのルート案内機能も搭載されている。アプリ上でハザードマップを確認しながら、浸水想定区域などの危険箇所を自動的に避けて最寄りの開設避難所まで案内する。案内されたルートから外れた場合は自動的に再検索を行い、その時点で最適な避難経路を示してくれる。
このように、デジタル技術を活用することで、住民一人ひとりの状況に応じた避難支援を実現している。
【広島県立広島中央特別支援学校】触地図形式の防災マップを作成
広島県立広島中央特別支援学校の中学部では、視覚障害のある生徒たちが、誰もが分かる防災マップとして、触地図形式の防災マップを作成した。
このマップは、視覚障害のある生徒たち自身の視点で作られ、小学部の児童も含めた校内全体で活用されている。
生徒たちは、防災マップの情報を自ら読み取りながら最適な避難場所を考え、実際に現地を歩いて確認し、その妥当性を検証した。このような実践的な取り組みを通じて、水害のリスクや避難場所についての情報をあらゆる生徒に分かりやすく伝えることに成功している。
全ての住民に役立つハザードマップを
ハザードマップは、作成して配布するだけではその役割を十分に果たすことはできない。
ここまで見てきたように、全国の自治体ではより実践的で使いやすいハザードマップを目指して、様々な工夫や取り組みが進められている。
今後も災害は決してなくならないことが予想される中、全ての住民が必要な時に必要な情報を得られ、確実な避難行動につながるハザードマップの整備が求められている。地域の特性や課題を踏まえ、各自治体による継続的な改善が期待される。