公務員は法律によって身分が保障されており、民間企業と比較して倒産や解雇のリスクが低いため、雇用保険(失業保険)の対象外とされている。また、公務員の福利厚生は、安定性、一貫性において民間企業を上まわる傾向があり、特に、退職金や年金制度、各種手当、休暇制度が充実している点が特徴といえる。
しかし、この安定性ゆえに陥りやすい“公務員のわな”も存在するという。今回は、ファイナンシャルプランナーの山下 幸子さんに、具体的な事例を交えてその内容を解説いただいた。
※本記事は、資産形成に対する理解を深めるための情報提供を目的としており、いかなる投資の推奨・勧誘を行うものではありません。
解説するのはこの方
山下 幸子(やました ゆきこ)さん
山下FP企画 代表
ファイナンシャルプランナー CFP®
約20年間にわたり、2,000世帯以上のお金の相談に向き合い、お客さまのライフプランをもとに、マネープランのアドバイスと実行支援(家計・保険・投資・不動産・相続)をワンストップでトータルサポートしている。
公務員の住宅ローン審査は通りやすいが、落とし穴も。
公務員は、雇用が安定しており年収や賞与、退職金なども予測できますので、マイホームを購入する際の住宅ローンの借り入れ審査は、民間のサラリーマンと比較して圧倒的に通りやすく、中には公務員対象の「金利優遇」もあります。
過剰債務やクレジットカードの未払いがなければ、住宅ローン審査でつまずくことなくあっさり“融資OK”となるため、住宅ローン返済を甘く考える場合があります。
- ケーススタディ -
Aさんは公務員夫婦共働き(夫38歳、妻32歳、子ども3歳と7歳)。
3年前、2人目のお子さんが誕生したのを機にマイホームの購入を検討し始めました。当初は中古の戸建てを探していましたが、なかなか気に入る物件が見つからず、住宅展示場を訪れるうちに住宅業者から「公務員で共働きならローン審査も問題なく通りますし、返済も大丈夫ではないですか」と勧められ、新築一戸建てを購入することに決めました。
貯蓄は住宅購入に伴う諸費用や家具、カーテン、電化製品の買い替えに使い果たし、住宅ローンは6,000万円の借入金。返済計画は35年で、毎月15万円を支払い、賞与などまとまったお金で繰り上げ返済を行い、65歳までには完済できる見込みでした。
しかし、上のお子さんが小学校に通いはじめたころ、妻が体調を崩し休職を余儀なくされ、家計はたちまち赤字に転落しました。夫の収入だけでは住宅ローンの返済に加え、子どもの教育費や老後の積立投資を続けるのは困難となり、学資保険を解約し、積み立てしていた投資信託も中断せざるを得ませんでした。しばらく様子を見ましたが、妻が復職する見込みが立たず、最終的にはマイホームを手放して賃貸住宅に引っ越す決断をしました。
マイホームはフルローンで購入していたため、売却代金から不動産仲介手数料や引っ越し代を差し引くと赤字となり、家計はさらに厳しい状況に。泣く泣く親に資金援助を申し入れることになりました。
Aさん夫婦のように、公務員で共働きの場合、金融機関の住宅ローン審査で落とされることはほとんどありません。
金融機関は、ローン申込者の年齢、職業、世帯年収、生涯賃金などを考慮して融資の可否を判断しますが、支出の内訳やライフプラン、さらには働けなくなった場合のリスクまでは考慮しません。
また、公務員共働きの安定性を背景に、民間企業よりも多額の借り入れが可能になる場合もあります。Aさん夫婦も、ローン審査を容易に通過したことで、「借入金額」=「返済可能額」と誤解してしまい、妻の休職によって返済が困難になる事態は想定していませんでした。
借入金額はライフプランを考慮した“無理のない返済額”を。
借入金額は、“無理なく返済できる”金額。家庭のライフプランに影響を与えない範囲の返済額に設定するべきです。
日本銀行は令和6年3月にマイナス金利政策を解除し、同年8月には政策金利を0.25%引き上げました。これは17年ぶりの引き上げであり、経済は徐々に「金利のない世界」から「金利のある世界」へと移行しています。
金利上昇の影響を最も受けやすいのが住宅ローンです。特に、変動金利で借りている方は全体の8割に達するといわれています※。
今後さらに金利が上昇すれば、変動金利も上がり、返済額が増加します。借入金額が多ければ多いほどこの影響は大きくなるため、多額の融資を受けやすい公務員こそ慎重な対応が求められます。
※2024年6月28日「住宅金融支援機構」住宅ローン利用者の実態調査【住宅ローン利用者調査(2024年4月調査)】より
金融機関が評価する公務員の“属性のよさ”の影響とは。
多くの公務員は自営業や中小企業に勤める会社員に比べ、2,000万円ぐらいの退職金を見込めるため、老後の不安が比較的少ないのではないでしょうか。
ですが、この「退職金は必ずもらえる」といった、“退職金依存”が今の家計を甘くする原因になっているようです。
公務員は金融機関からは“属性がよい”と判断されるため、借り入れがしやすい環境にあります。
車のローン、教育ローン、住宅ローン、リフォームローン、家電ローンなど、「もしも返済できない場合は、退職金で完済すればいい」と安易に考え複数のローンを抱え込むなど、多重債務に陥るリスクも高いです。賞与や退職金をあてにした安易な借り入れは絶対に避けるべきです。
たとえ、退職金2,000万円を手にできたとしても、物価の上昇が続けば、退職金だけでは十分な老後資金を確保できない可能性があり、計画的な資産形成が必要となっています。
公務員こそマネーリテラシーが必要。
公務員は、財形貯蓄や共済積立貯金制度を利用している人も多いのですが、リスクを取りたくない“安定”を求めるあまり、資産構成が円に集中しており、円安やインフレに対してぜい弱な状態が散見されます。
一方、公務員は副業禁止のため、将来不安からリスクの高い仮想通貨やレバレッジを効かせたFX、個別株の短期売買など、投資でなく、投機で資産を固めている人もいるようです。
現在は人生100年時代といわれる中、退職後の期間が長くなるほど、インフレや日本を取り巻く経済環境の変化に直面するリスクが高まります。公務員であっても、最後まで安泰でいられるとは限りません。
そのためには、日々の家計支出を見直し、賞与や退職金に頼らない堅実な家計運営を目指すことが重要です。
「収入-貯蓄=生活費」という考え方を基本とし、特に収入が必ずしも高くない若い世代の公務員は、早い段階からマネーリテラシーを身につけ、資産形成や老後資金づくりに取り組むことが求められます。安定した収入があるからこそ、その強みを最大限に活かすことが重要といえます。
次回は、具体的な家計管理の方法についてお話ししたいと思います。