行政圏ではなく住民の生活圏に合わせた移動手段を提供
彦根市を中心とした湖東圏域の自治体同士が連携し、乗合タクシーの運行を始めて15年以上が過ぎた。これまで大きなトラブルもなく、住民の移動を支えているという。自治体を越えた課題解消の取り組みとは。
※下記はジチタイワークスVol.35(2024年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
都市政策部 交通政策課
副主査(湖東圏域公共交通活性化協議会事務局)
藤居 千紗(ふじい ちさ)さん
生活圏が共通する自治体同士で地域交通活性化に向けた協議を開始。
「湖東圏域は琵琶湖の東部に位置する1市4町(彦根市・愛荘町・豊郷町・甲良町・多賀町)で構成されています。基幹交通であるJRの駅が全て当市にあるため、他町からの移動が多く、生活圏が共通しているのが特徴です。通勤通学や買い物など、市町をまたいだ移動は日常的に行われています」と話すのは、交通政策課の藤居さんだ。このような背景から圏域の市町が抱える地域課題にも共通点が多い。中でも公共交通機関については、どこも負のスパイラルに頭を悩ませていたという。路線バスの利用者が減ると路線が減便や廃止に。そうすると利便性が低くなり、さらに利用者が減ってしまう。それに伴う赤字は行政が穴埋めするため、財政負担が増えることになる。「状況が悪化しつづける中でも、持続可能な公共交通を守らなければなりません。利用者の利便性確保と行政負担額の低減を図ることは、圏域共通の課題でした」。
平成21年、同市は各町と「湖東定住自立圏形成協定」を締結。定住に必要な生活機能を確保しつつ、様々な分野において広域的に連携することで地域活性化を目指したという。「この協定にもとづき、公共交通分野では1市4町の職員や運輸支局、県の交通担当部署、警察署、公共交通の運行事業者、各市町の住民代表、学識経験者などで構成する『湖東圏域公共交通活性化協議会』が設立されました。以降は協議会を中心に、路線バスの実証運行やデマンド型乗合タクシーの運行、公共交通の利用促進に向けた情報提供やアンケート調査など、湖東圏域全体をより便利にするための事業や協議を行っています」。
▲各市町から出席する委員の数は同人数となるよう設定している。
財政負担を案分するなど協力しながら単独では困難な交通路線を維持する。
この地域で路線バスとともに公共交通として定着しているのが、デマンド型乗合タクシー「愛のりタクシー」だ。これは平成20年に同市が路線バスのない交通空白地で運行を開始したものだが、平成21年に同協議会の事業として運行範囲を圏域全体まで拡大することを決定。現在は湖東圏域で15路線が運行している。料金は移動する区間に応じて400円・800円と設定し、住民は乗車する1時間前までに予約して利用する。予約があった便のみ運行することで、効率化を図っている。
「立ち上げ当初は11路線で利用者数は年間2,000人程度でした。その後路線の増便や路線バスからの一部移管などがあり、徐々に利用者数が増えています。令和5年度は年間約5万2,000人が利用するまでに成長しました。利用者の年齢層も10歳未満の子どもから80代までと幅広く、買い物や通院など住民の日常を支える足になっています」。
運行に関しては同市が協議会事務局を担当し、各市町から集まった課題や要望を集約している。総会での進行や運行事業者などとの調整役も事務局の仕事だ。同タクシーの運営費は、昨年度の利用実績をもとに事務局が案分額を算出して各市町から徴収し、運行実績に応じて年度末に精算する。そのほかの協議会運営費やバス停設置、メンテナンスにかかる費用は、協議会の立ち上げ当初に決めた配分率で算出し、徴収しているという。「総会のほか、幹事会や担当者会議をそれぞれ年3回実施するなど、定期的な話し合いを重ねながら進めています。費用面・事務量などを考えると、単独で同様のサービスを提供するのは難しいですが、連携することで圏域住民に統一水準のサービスを届けられています」。
自治体間で問題意識を共有し持続可能な移動手段の確保へ。
同タクシーの運行開始から15年以上経過したが、これまで大きなトラブルもなく運営できているという。その秘けつは「公共交通の維持確保に共通の課題意識があるからです」と藤居さんはいう。「会議を定期的に開催し、それぞれが抱える課題について解決策を検討しています。困り事があるたびに、担当者同士が気軽に相談し合える関係も築けています。丁寧なコミュニケーションの積み重ねにより目指す方向も一致し、ここまで円滑に連携できているのではないでしょうか。広域で施策に取り組む際には共通課題の解決だけでなく、各地域の課題に関しても意見の交換ができる関係性が必要だと感じています」。
今後は人口減少や物価高騰、高齢化など社会情勢の変化とともに、利用者の利便性と財政負担額のバランスをとるのは難しくなっていくだろう。同協議会ではこの変化に対応すべく、新たな取り組みを始めている。「各市町の担当者を集め、日々進化する技術をいかに活用するかを考えるワークショップを行いました。具体的な施策にまでは至っていませんが、新たなモビリティや公共交通関連の技術について情報を共有し、知見を広めるきっかけになったと思います。今後も情報収集と検討は継続し、最適な策を探っていきたいです」。