インバウンドの増加に伴い、各地域で観光客の呼び込みが盛んに行われている。新規の観光客だけでなく、リピーターも増やしていくためには官民の連携や協力が必要だ。そこで注目されているのが、観光地域づくり法人「DMO」だ。
本稿では、今後ますます役割が大きくなるであろうDMOの必要性や取り組みについて解説する。今まで以上に観光客を増やしたい自治体はもちろん、これから観光客誘致に力を入れたい自治体もぜひ参考にしてほしい。
【目次】
• DMOとは「観光地域づくり法人」のこと
• 世界から日本へ DMOの歴史をたどってみよう
• なぜ今DMOが日本の観光に必要なのか?
• DMOが地域にもたらすメリットとは
• DMOの先進事例を見てみよう
• DMOと自治体で地域のブランディングを進めよう
※掲載情報は公開日時点のものです。
DMOとは「観光地域づくり法人」のこと
DMO(Destination Management/Marketing Organization)という言葉が近年注目を浴びている。官民が連携して観光地域づくりを行う法人のことだ。
日本語では「観光地域づくり法人」と呼ばれることもある。
観光庁は「地域の多様な関係者を巻き込みつつ、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりの司令塔となる法人」と定義している。
自治体のみ、もしくは一企業のみで観光マーケティングや商品開発を行おうとすると、労力だけでなくコストもかかってしまう。そこで、自治体と複数の企業が協力し、観光によって地域の稼ぐ力を引き出すことを目的として、DMOが必要とされるようになった。
観光庁ではDMOの形成・確立を目的としてDMO登録制度を設けているが、登録の際は以下の5つの要件を満たす必要がある 。(※1)
1.観光地域づくり法人を中心として観光地域づくりを行うことについての多様な関係者の合意形成
2.各種データなどの継続的な収集・分析、データなどにもとづく明確なコンセプトによる戦略(ブランディング)の策定、KPIの設定・PDCAサイクルの確立
3.関係者が実施する観光関連事業と戦略の整合性に関する調整・仕組みづくり、プロモーションの実施
4.観光地域づくり法人の組織
5.安定的な運営資金の確保
※1出典 観光庁「観光地域づくり法人の登録」
地方創生のためのDMOの具体的な取り組みとは
さて、そんなDMOは具体的にはどのような取り組みをしているのだろうか。大きく分けると、以下のようなことが挙げられる。
・地域観光に関するデータの収集と分析、分析結果にもとづいた企画の立案
・地域の観光関係者に対しての働きかけや合意形成
・施策に必要な資金の調達、スケジュール管理
・取り組みを実施した結果の分析、およびPDCAサイクルの構築
つまり、地域の観光業を活性化させるという目的のため、関係者を連携させ、マーケティングの要素を取り入れたデータ分析・戦略形成を行うことがDMOに求められる役割といえる。
DMOと観光協会の違い
地域の観光に関する取り組みを行う、といえば「観光協会」が思い浮かぶという人も多いだろう。DMOと観光協会の違いについても把握しておこう。
DMO
一つの自治体だけでなく、複数の自治体、企業が連携して顧客目線で事業を行う。自治体の財源だけに頼らず、事業利益で運営するケースも多い。
観光協会
自治体単位で事業を行う。自治体の補助金などを財源としており、事業者目線で事業が進められることが多い。
大きな違いは、DMOが顧客目線であるのに対し、観光協会は事業者目線で事業を行っているという点だ。例えば、観光スポットを紹介する場合、DMOは人気が出そうな場所やニーズが高い場所を紹介するが、観光協会は地域内のスポットをまんべんなく紹介することが多い。
DMOとDMCの違い
DMOの類似用語に「DMC」がある。DMCとは「Destination Management Company(観光地経営会社)」の略だ。DMOが観光地づくりや地域のアピールを事業の主体にしているのに対し、DMCは、旅行商品の開発・販売といった事業を行う。DMOよりもさらに利益追求を目的とするのがDMCと理解しておこう。
DMOの3つの種類とは
DMOの種類は以下の3つであり、それぞれが活動する区域によって分けられている。
1.広域連携DMO
複数の都道府県にまたがる区域で活動するDMOのこと。
2.地域連携DMO
複数の地方公共団体にまたがる区域で活動するDMOのこと。
3.地域DMO
単独市町村の区域で活動するDMOのこと。
なお、広域連携DMO、地域連携DMOは、地域間で共通の基本理念があれば、隣り合った地域である必要はない。
令和6年4月26日現在、日本で登録されているDMOの件数は以下の通りとなっている(※2)。
広域連携DMO 10件
地域連携DMO 114件
地域DMO 177件
合計 301件
世界から日本へ DMOの歴史をたどってみよう
ここで、DMOが生まれた経緯や日本で発展してきた歴史を確認しておこう。
平成19年 世界観光機構「UNWTO」によって定義され各国に広がる
DMOの概念は以前より欧米の観光先進国に存在していたが、平成19(2007)年、世界観光機構「UNWTO」によって大枠が定義されたことをきっかけに各国に知られるようになった。
平成26年 地方創生戦略の主体の1つにDMOが登場
平成26年5月に「日本創生会議」が「2040年までに全国約1,800の市町村のうち約半数が消滅する可能性がある」と発表し、全国的に地域の持続可能性についての危機感が高まった。それを受けて同年9月、持続可能な地域づくりを支援するため、内閣官房に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置された。
地方創生の柱として注目されたのが「観光」である。同年12月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で日本で初めてDMOの考え方が登場。この時点では、DMOという用語と、概念についての簡単な説明がされ「効率的な事業を継続的に推進する主体が必要」とその必要性が強調された。
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平成27年 「日本版DMO候補法人登録制度」が創設
DMOが広く知られるようになったきっかけは、平成27年の「日本版DMO候補法人登録制度」創設である。
日本版DMOに登録されると「情報」「人材」「財政」の面で国からの支援が受けられる。特に財政支援では、地方創生推進交付金のほかに、取り組みや人材登用に対しても支援金が受けられることもあって注目を集めた。
平成28年 「令和2年までに全国でDMOを100形成」という目標が示される
政府主導で「観光による地方創生」が推進され、日本でもDMOの必要性がさらに重視されるようになった。また、「日本再興戦略2016」や「観光立国推進基本計画2017」によって、令和2年までに世界水準のDMOを全国で100組織形成するという目標も掲げられた。
なぜ今DMOが日本の観光に必要なのか?
DMOが必要とされる理由は以下の通りである。
外国人観光客の受け入れ態勢の整備
日本では少子高齢化が進行していることもあり、国内の観光客だけでは先細りすることが懸念されている。今後の観光業界を考えると、コロナ禍の収束以降、増加が著しい外国人観光客に焦点を当て、文化の違う人々が日本で楽しめるよう受け入れ態勢を整えることに力を入れる必要が出てきている。
マーケティング、プロモーションの見直しとデジタル化
観光業界ではパンフレットなど紙の媒体を使ったプロモーションが主流となっており、他業界と比較するとDXが非常に遅れている。世界中の観光客がターゲットになる現代で、ニーズに合わせたマーケティング・プロモーションを行うためには、従来のアナログな方法を見直し、官民一体で組織的に観光地域づくりを推し進めていく必要がある。
行政主導の観光振興の限界
行政が主導で観光振興を行う場合、公平性を追求するあまり、思い切ったプロモーションができないという問題がある。
多くの人が来たくなる魅力的な観光地域づくりのためには、行政とDMOが協力、そして役割分担しながら魅力的な観光スポットづくりや効果的なプロモーションに取り組むべきだろう。
DMOが地域にもたらすメリットとは
DMOがあることで、地域にどんなメリットがあるのだろうか。具体的に見ていこう。
地方創生の切り札
これまでの観光推進事業は各産業が個別で行ってきたが、それらをDMOが一元化して担うことで、国内外の観光客を地域に誘導する流れを一段と強めることができるだろう。また、観光客が増加すると、地域全体の稼ぐ力の強化も期待できる。
官民や各産業間・地域間との持続可能な連携
DMOにより、行政がほかの自治体、飲食業界・宿泊業界などの観光関連事業者と連携することで、地域全体での観光戦略を練ることができるだろう。正しく観光戦略を行うと、観光地のブランディングや観光客のリピーター化が期待できる。
観光に関連するデータの収集と分析
DMOには、宿泊施設の宿泊客データや観光客のニーズについてのデータ収集や分析を行うという役割もある。分析結果を今後の施策に活かすことで、PDCAサイクルを回すことにつながり、効率的に観光活性化が図れるだろう。
DMOの先進事例を見てみよう
効果的にDMO導入を進めるために、すでにDMO登録をしている自治体の事例を確認してみよう。
【埼玉県川越市】DMO川越
埼玉県川越市の「DMO川越」は、川越市、川越商工会議所、まちづくり川越、公益社団法人小江戸川越観光協会で構成される地域DMOだ。
DMO川越では、地域住民と来訪者の思いの共有と共存を目指し、各種データの収集・分析を行っている。その結果に基づき、文化体験ツアーの実施、電子クーポンの導入、新規コンテンツの作成、イベント開催支援などが実施された。
なお、観光客数のカウント調査は令和2年までは人の手でカウントを行っていたが、DMO川越に業務委託後はスマートフォンの位置情報データを使用しての情報解析へと変化し、大幅に手間と時間が削減された。
【広島県尾道市、愛媛県今治市、同県上島町】しまなみJAPAN
広島県尾道市、愛媛県今治市と上島町を中心に構成されたDMO「しまなみジャパン」は、世界に向けてしまなみ海道の魅力を発信している。具体的には、観光情報の発信、サイクリングPRなどだ。
特にサイクリングについては、これまでアナログ管理されていたレンタサイクル事業のデジタル化に成功している。自治体、「株式会社ナビタイムジャパン」、「NTTコミュニケーションズ株式会社」がタッグを組むことで、自転車専用ナビゲーションアプリの開発・運営、そしてオンライン予約やキャッシュレス化が実現した。結果、国内からだけでなく海外からも多くの観光客が訪れ、レンタサイクルの貸出台数も大幅に増加している。
【北海道旭川市、同道鷹栖町など】大雪カムイミンタラDMO
大雪山を中心とした自治体(旭川市、鷹栖町、東神楽町、当麻町、比布町、愛別町、上川町、東川町)は、夏季と比較すると冬季の観光客が少ないという課題があった。そこで、1市7町の観光促進を目的として設立されたのが「大雪カムイミンタラDMO」だ。
現在、各自治体からの出向者が中心の大雪カムイミンタラDMOだが、これまで行政が培ってきた人脈等を上手く活かし、都市型のスノーリゾート形成を目指している。また、主に出向者が担ってきた業務をDMOで正規採用した職員に移行する動きも進められている。
DMOと自治体で地域のブランディングを進めよう
DMOは自治体や観光協会ができなかった「顧客視点での観光推進」ができる組織である。観光客のニーズを分析し、それに合った体験を提供することで、訪問者の増加やリピーター化が期待できる。
今後、観光分野のみならず地域経済の活性化、強化を図りたいのであれば、DMOの設立も検討してみるとよいだろう。