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島根県邑南町

【まちづくり特集】“人口1万人維持”を目標に掲げ、 成功してきた施策をブラッシュアップ

令和6年4月に公表された「地方自治体持続可能性分析レポート」。消滅可能性自治体に分類された地域の多くは“財政のひっ迫や専門人材の不足”“住民の意識や協力不足”“地域経済・産業の停滞”などの課題を抱えているのが実情のようだ。それらの課題をいかに解決・打破するかが、消滅可能性からの脱却を図るうえでのカギとなるだろう。

「日本一の子育て村」を目指すという目標を掲げ、平成23年から取り組みを開始した島根県邑南町の場合、政策が奏功して平成25~27年まで連続で社会増を記録。さらに「地区別戦略」で、地域の主体性と活力を引き出すことに成功している。施策の内容やねらいについて聞いた。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

まちの特徴  
人口:9,530人
世帯数:4,623世帯
※令和6年8月1日現在

邑南町は、古くから「たたら製鉄」が盛んな地域であり、高原地帯に位置することと水質の良さから、
豊かな食材と食文化が育まれている。特に、石見和牛や醤油、地酒、ハーブなどが有名である。

 

邑南町地域みらい課課長の田村さん

 

 

Interviewee

島根県邑南町
地域みらい課 課長 田村 哲(たむら さとる)さん

 

 

邑南町「消滅可能性」脱却の要因

全国に先駆けた独自の施策で社会増を実現。

10年前の増田レポートを機に、改めて子育て支援策に力を入れはじめた自治体は少なくない。ただ平成26~27年頃は、すでに各地の中核市などが未就学児の医療費無料化に踏み切っていたため、医療費助成だけで他自治体との差別化を図るのは難しかったのが実情のようだ。

県内でも高齢者比率が高く、高齢者福祉策を中心に進めていた邑南町だが、平成22年の段階で、新たに子育て世代支援にも取り組む方針を決定。同年、「日本一の子育て村基本構想」を打ち出し、翌年から“中学校卒業までの医療費無料”“第二子以降の保育料完全無料”という特色ある施策をスタートさせた。

「その時期、私は福祉・保育の担当だったのですが、2人目を産むかどうかで悩む子育て世代が多い状況を目にしていました。子育て支援施策をスタートさせれば、かなりハードルが下がるのではないかと、私なりに自信がありました」と田村さん。県内はもちろん、全国的にも珍しい取り組みだけに、幾度となくメディアに取り上げられ、町内外の人たちの注目を浴びたという。

邑南町では第2子以降の保育園での給食費を無料化。子育て世代のUターン、Iターンにつなげた。

▲ 邑南町では第2子以降の保育料を無料化。子育て世代のUターン、Iターンにつなげた。

この時期はちょうど、総務省が過疎債の使途を、ソフト面まで広げる方針を打ち出した頃だ。

「当町の場合、およそ1億8,000万円の財源が確保できる見通しが立ったので、副町長が旗振りして“何でもいいからアイデアを出せ”と、庁内全体に通達。そして、『日本一の子育て村』実現につながりそうな政策案を一覧表にして配布。全職員が同じ方向を向いて取り組めるよう、周知を徹底しました」。

その後、町長を筆頭に各課の職員や外部実務者なども含めた「日本一の子育て村推進本部」を設置し、施策の内容と進め方などについて練りに練ったという。

「実務者レベルで議論し、そこでの結論を幹事会、本部会議へと上げていく仕組みです。そこで承認を受ければ予算も付けやすくなるので、できるだけ早く施策構想を実現させるうえで、いいやり方だったと思います」。

そして平成23年、施策をスタート。2年後には町村合併(平成16年)後、初めて人口増加を記録し、以後3年間、連続して社会増が続いた。20~30代の子育て世代が、小学校入学前の子どもを連れてUターン、あるいはIターンする件数が多かったという。前述の施策の効果が高かったのはもちろんだが、保育園の待機児童がゼロという、共働き家庭にとって恵まれた状況も大きな要因となったようだ。

「町長の方針で、人口が減っても保育所や小・中学校を統廃合しないと決めていました。まちとしても人口政策を頑張るので、地域の皆さんも地元での子育てを頑張り、2人目、3人目の出産を前向きに検討してください、という方向です。そのため、町内9カ所の保育園はいつでも入園できる。子育て世代がUターン・Iターンを検討する際の判断材料として大きかったと思います」。

そうした中で発表された増田レポート。

「消滅可能性という言葉のインパクトに、それなりの衝撃を受けたのは事実です。ただこのレポートは、子育て支援策実施前からの数値を引っ張ってきて算出されているので、これまで通りに取り組みを進めていけば、いずれ違う結果が出るという期待感がありましたね」。

 

「消滅可能性」脱却を支えた2つの柱

12公民館区ごとの「地区別戦略」でまちづくりを推進。

人口減少に歯止めをかけるためには、行政と地域住民との協働も不可欠だ。同町は、国の地方創生策「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の骨子を踏まえ、平成27年に「邑南町まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定。「みんなの『ふるさと』となるまち」、「『家族と暮らしたい』と思えるまち」、「たくさんの『出会い』があるまち」との基本目標を掲げ、人口増や出生率の引き上げ、観光事業の活性化などに向けた取り組みを開始している。

その中でも、特にユニークな取り組みが、地域ごとの事情を踏まえた人口減少対策を12公民館区ごとに策定・実施する「地区別戦略(以下、ちくせん)」だ。

「この事業について地域の皆さんに説明する際には、樹木をたとえに出していました。まちが実施する取り組みが根幹の部分で、そこから延びている12本の枝が、公民館区ごとの『ちくせん』。その全体で、邑南町の総合戦略という1本の木が完成するという意味です」。

これ以前にも同町は、12公民館区を対象にした補助金事業を実施したことがあった。ただ、準備が整った地区から着手する形式だったため、地区ごとの取り組み状況にばらつきが生じたという。

そこで、平成27年策定の総合戦略に伴う“ちくせん”は、平成28年から4年間の第一期に1地区当たり300万円、合計3,600万円の予算を計上。さらに、空き家改修などハード整備を伴う計画には、コンペ形式で1枠500万円の2枠まで補助するやり方を採用した。

「現在は第二期の最終年度に入っており、一期で実施した内容の発展的事業という位置づけで取り組んでもらっています」。二期分の補助金は、一期より各地区20万円減額して280万円からスタートし、2年目以降も毎年20万円ずつ減額して4年間継続する仕組みを設定した。完全な補助金頼みではなく、持続可能な地域活動を策定してもらうため“ハードル”を若干上げたのだという。

結果的に、12公民館区全てがちくせんに参加した。それぞれの熱量の差はあり、年度末ぎりぎりまで具体的な策が出ない地区もあったが、「行政が無理強いしては自発的な活動は期待できなくなります。やると決めたことに対して、しっかり寄り添いながら伴走支援する気持ちで静観しました」。

平成28年以前の取り組みで息切れし、一時は「もうやらない」との声が出た地区に対しては、その地区出身の役場職員がアイデアを提供するなど、行政側からの後押しもしっかりと行った。

ちくせんでは、各地区の有志に実行委員会的なグループをつくってもらい、地域内のしがらみや上下関係などに邪魔されずに活動できるよう配慮した。その結果、従来は中心だった高齢者グループに代わって、青年グループが花火大会を企画。地域の夏祭りを復活させるなどの取り組み例があった。高齢者グループも若者たちの実行力を認め、地域における若者の発言権が高まったという。

「ちくせん」事業で復活した日和地区の夏祭り「騒祭」。まちに活気をもたらした。

▲ 「ちくせん」事業で復活した日和地区の夏祭り「騒祭(そうづきんさい)」。まちに活気をもたらした。

また、地域の“買い物難民”支援策として移動販売車を購入し、自分たちの地区以外のエリアまで販路を拡大した地区もあった。二期目に入ってからは交流人口拡大の観点から、青年グループが小学校の遠足などで慣れ親しんでいた二ツ山城を、気軽に登れる登山スポットとしてアピールする動きも出てきた。

「こうした活動が新聞や地域メディアで取り上げられ、邑南町は活気がある、世代間の風通しが良く住みやすそうだ、などの印象を町内外の人たちに与えたと思います。UターンであれIターンであれ、まちの雰囲気は重要な判断基準ですから、人口減少を止めることはできないまでも、現在の人口維持につながっていくと考えています」。

二期合計で3億3,400万円を投じたちくせんは、同町の今後の持続可能性維持に大きく貢献することになりそうだ。

これまでの成功事例を今後の施策の“核”に。

町内や近隣に大学や専門学校などがなく、通学圏からも外れている同町では、毎年100人前後の高校卒業生が進学のために町外転出するという。「だから、いったん外に出てもスキルを身につけてUターンする、あるいは、当町に魅力を感じてIターンするといった人たちをターゲットに、子育てしやすさや住みやすさを訴求しないと、人口減少は食い止められません」。

そうした条件下、同町が掲げている人口ビジョンは“1万人キープ”だ。

「人口減は避けようのない現象で、大幅に増やすことは困難です。ただ、減るにしても緩やかに減っていくようにする。そのためには、移住者が定住してくれるような施策に力を入れなければ」。

日本一の子育て村構想や、地域の人たちと進めてきたまちづくり戦略など成果が見られた取り組みを、今後も施策の“核”として推進するということだ。

「子育て支援に関しては、新たに『子ども条例』を策定しました。子育てではなく『子育ち』、つまり、子どもたち自身が持っている成長する能力を、まちが応援するという条例です」。医療費無料化など親に対するサポートばかりでなく、子どもに対するサポートも必要ではないのか、という反省をもとに策定した条例だという。

「具体例として、令和5年度から『おおなんみらいファクトリー』という事業を開始しました。18歳未満までの子どもチームに、地域の環境を良くするためにやってみたいことを提案してもらい、そのための具体的な活動を考案・実践してもらう内容です」。

一例として、町内の特別支援学校の生徒が、地元の高校硬式野球部を応援するため、廃棄前のボールをビニールテープで補修。トスバッティング練習などで使えるよう、届ける活動を始めた。昨年はボールを届けるまでだったが、今年は夏の甲子園の予選大会を応援に出かけたという。

子どもたちの主体性や自主性を伸ばし、地域の担い手としての自覚を芽生えさせる取り組みといえそうだ。

ビニールテープで補修したボールを高校の硬式野球部に手渡す特別支援学校の生徒ら。

 ビニールテープで補修したボールを高校の硬式野球部に手渡す特別支援学校の生徒ら。「おおなんみらいファクトリー」事業の成果だ。

親向けの支援も新しいやり方を取り入れている。その1つが、子育てで忙しい母親の時間的負担を軽減するため、令和6年度からスタートさせた「おむつの宅配便」。おむつを届けるのは保健師などで、育児での困り事や母親の健康状態に関して、親身に相談に乗ったり、家事のサポート事業を紹介したりする。これらは、日本一の子育て村施策を開始した当時の推進本部を発展させた、「ワーキング会議」という担当者グループで意見を出し合った成果だという。

地域の主体的な動きを組織化し、未来へつなげる。

ちくせんに関しては、令和6年度末の2期目終了と同時に補助金交付は終わるが、現在、各地区での地域運営組織の立ち上げに向け支援を始めているという。

「全国的な傾向ですが、当町でも自治会・町内会の加入者減少が少しずつ表面化しています。地域コミュニティをよりしっかりしたものにするためには、困り事の解決や新事業への取り組みを集約的に扱う、大きな枠組みが必要なのです」。

その一環として目指しているのが“一人一票制”だ。従来、地縁組織で発言権を持つのは各戸の家長になりがちで、若者や女性の意見が地域活動に活かされにくかった。

女性も若者も子どもも、全て発言権があって一票を投じられるような仕組みをつくることで、自分たちで地域をまわしていこうという意識が高まるはず。そういった仕組みを、これまで取り組んできた地区別戦略を引き継ぐ地域運営組織の構築につなげていければいいと考えています」。

成功した施策を、さらにブラッシュアップしようというわけだ。

「まちづくりは、やはり地域の住民に委ねることが重要。ちくせんがまさにそうですが、地域の皆さんに考えてもらい、主体的に動いてもらってきたからこそ、今のまちの姿があります。そのためには、行政側にも相応の財政支援が求められますが、それでも、地域で考え実行する仕組みを、まちの制度として活かし続けたいと思っています」。

「行政が主導して進める施策は、どうしても失敗が許されません。しかし、地域に委ねて動いてもらえば、ダメだった場合も諦めがつく。これまでもそうしてきましたし、今後も財源が確保できる限り、この姿勢を貫きます」。

行政の旗振りやけん引は、もちろん重要だ。しかし、ここまで振り切った形でまちづくりを地域住民に委ねてきた姿勢こそ、同町が消滅可能性都市から脱却できた大きな要因といえるだろう。

 

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