多種多様な仕事がある自治体現場での人事異動は、しばしば「転職」と称されるほど。「これまでの経験が活かせず途方に暮れる」といった話を耳にすることも多い。
本企画、『自治体シゴトのテキスト』では、少しでも皆さんの支えとなるよう、多種多様な自治体業務について、その業務に精通している方にやりがいや魅力、仕事のポイントについてご紹介いただく。
【生活保護ケースワーカーを学ぶ 応用編】
第5弾のテーマは「生活保護ケースワーカー」。
基礎編、実践編、応用編に分けてご紹介するお話の中で、今回は「応用編」を紹介する。
今回は『福祉知識ゼロからわかる!生活保護ケースワーカーの仕事の基本』などの著者である大阪市職員の山中正則さんにご登場いただく。山中さんのテキストには、いったいどんな内容が書かれているのだろうか。
※著者の所属先及び役職等は2024年5月公開日時点のものです。
※各記事の掲載情報は公開日時点のものです。
生活保護ケースワーカーの仕事の負担を減らすためのコツとは?
具体的な課題への取り組み方
こんにちは、大阪市の山中正則です。
前回の「自治体シゴトのテキスト 生活保護ケースワーカーに学ぶ(実践編)」に続いて最終回の今回は、(応用編)として自身の仕事を身軽にして、ケースワークに集中するためのシゴトのコツをお伝えします。
基礎編、実践編でもお伝えしましたが、ケースワーカーの仕事は「最初からキャパシティーオーバー」で、仕事の取捨選択が求められます。
一方で、皆さんが担当する被保護者の支援に優先順位は付けづらく、相談を受けたり、何か問題が表面化してから場当たり的に対処しているようなケースもよく見られます。 そのようなその場しのぎの対応は、結果として自身の負担を重くするだけです。ぜひ自身の仕事の負担を減らすためのコツを覚えてほしいと思います。
「仕事をためない」があなたを救う
皆さんにまず真っ先に取り組んでほしいのは、「仕事をためない」ということです。
「いや、そもそも仕事量が多すぎるのが問題だから」と思う方もいるでしょうが、そうではなく、ここで取り組んでほしいのは「『事務』仕事をためない」です。
ケースワーカーの仕事はどんな仕事かと聞かれると、被保護者を支援することと答える方が多いと思われますが、そこに付随する事務仕事もひとまとめにはしていないでしょうか。 もちろん、被保護者の支援という目的としては同じものかもしれませんが、ここでは「どういう仕事をするか」という意味で別物として考えてほしいと思います。
特に大切なのは「生活保護費を確実に支給する」ことで、事務処理を忘れていたために支給不足や過支給になってしまった事例を報道で目にすることがあります。生活に困窮する被保護者に取っては、生活保護費が正しく支給されることが、ケースワーカーによる最大の支援です。生活保護費の支給にかかる事務処理はためずに処理するようにしましょう。
そのためには、仕事量の可視化が大切です。提出された書類などを机の上に積み重ねるのではなく、ブックスタンドやケースなどを用意して立てて常に見えるようにして、事務処理を忘れないように自ら促しましょう。
そして、書類がそのケースなどからはみ出るぐらい溜まってしまった時には、(基礎編)でもお伝えした「苦しさを吐き出すのが新人の仕事」です。上司や同僚に助けを求めてください。
被保護者の支援に優先順位を付けるのは本当にダメですか?
さて、次に考えたいのが被保護世帯の支援について「力の入れ方を考える」ということです。
被保護者の「指導・指示・助言」はタイミングや強さを考えずに行っても効果はありません。
また、被保護者への「指導・指示・助言」は、「被保護者の自由を尊重し、必要の最小限度に止めなければならない。」(生活保護法第27条の2)ものです。
(実践編)でケースワーカーは「沿道のサポーター」であって、コーチや先生ではないことをお伝えしましたが、もう一つ踏み込んで同じ力で全ての被保護者を支援する「公平」な考えを改めてみてはいかがでしょうか?
例えば、被保護世帯の定期の家庭訪問は年に2回以上行くことになっていますが、その回数をこなすことだけに終始して、家庭訪問とその記録を作成するだけで毎日が過ぎてしまう。標準的な80世帯以上を担当していたり、支援することが困難な事例を抱えていると残業を繰り返すことになってしまいます。
民間企業のサービスと比べて、私たち地方公務員はどうしても「公平」にとらわれて同じ内容を同じ強度・回数でするのが「公平」と思いがちです。また、それが求められる仕事もたくさんあります。
ですが、ケースワーカーが被保護者に向けて行う支援は、そういう「公平」ではありません。
個々に違った事情を持つ被保護者を支援する「公平」とは何かを考えて、「指導・指示・助言」や家庭訪問の優先順位を考えてほしいと思います。
とは言っても、ケースワーカーになったばかりの皆さんは、どの被保護者を優先して、どのくらい関わればいいのかと悩むかもしれません。
そこで、私がオススメしたいのが「推しケース」をまず支援するということです。
重点指導ケースや積極的な就労支援を行うような生活保護からの脱却が可能な世帯ではなく、自分自身が興味を持つ、支援してみたいと思える被保護者の支援について力を入れるというところから始めてください。
「推しケース」が抱える課題は、すぐに対応できるものもあれば、他者・他機関の助けが必要だったり、皆さんが調べたり学んだりして支援の方法を作り出していくものもあるかと思います。 その試行錯誤の過程がケースワーカーとしての知識や経験を得る機会になります。「推し」から始めて、そこで得た力をほかの被保護者にも伝えていけるように慌てず成長していきましょう。
生活保護通知・通達総索引を使ってください
この生活保護の「シゴトのテキスト」を締めくくるにあたって、私が制作している「生活保護通知・通達総索引」をご紹介したいと思います。
生活保護通知・通達総索引
「生活保護通知・通達総索引」は生活保護手帳、生活保護手帳別冊問答集や各自治体が作成した関連問答などの掲載場所を、平易なキーワードから探すためのものです。
例えば、「出産のお祝いに叔母からお祝い金をもらったけれども、収入申告しなきゃいけないのか?」というような相談があれば、まず「出産」「祝い金」など、思いつくキーワードから、質問に添った通知・通達を探すとすぐに生活保護手帳の何ページに掲載されているかを見つけることができます。
これまでこの「シゴトのテキスト」、主に「どう考えて仕事をすれば良いか」という所に重点を置いてきましたが、ケースワーカーの皆さんがそれぞれ抱えている被保護者の課題をまとめて解決する方策は私も持ち合わせていません。
しかし生活保護制度は70年以上続いている制度で、多くの課題は皆さんの先輩にあたるケースワーカーが直面して、そしてなんらかの形で対応しています。
そういった先例が皆さんが今、悩んでいる課題の解決のヒントになることでしょう。
「生活保護通知・通達総索引」は、ケースワーカーであれば誰にでも無償で提供していますので、配布を希望される方はこちらからぜひお申し込みください。
山中正則さんのホームページにリンクします
ケースワーカーの仕事は決してラクなものではありません。
被保護者が抱える課題が多岐にわたるということは、ケースワーカーが持たなけれ ばならない知識や経験も多岐にわたるということになります。
しんどいな、きついな、大変だなと思うのはあなただけではありません。ぜひ、ケースワーカーの仕事をまわりの先輩・後輩、他部署の協力者と協力して、慌てず緩やかに、今できることを丁寧に仕事としてこなしていただければと思います。
私自身はケースワーカー、査察指導員から離れてもう何年にもなりますが、一方で生活保護現場で学んだことはほかの部署で学んだことよりもはるかに幅が広く、今の仕事に役立っています。
ぜひ、皆さんのケースワーカーとしての経験が未来につながることを願っています。
プロフィール
山中 正則(やまなか まさのり)さん
大阪市生まれ、育ち、1993年に大阪市に入庁。
1999年に福祉知識ゼロで生活保護ケースワーカーになり、
生活保護関連の通達や通達を独自にデータベース化した『生活保護通知・通達総索引』を制作。「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2022」受賞。
著書に「福祉知識ゼロからわかる!生活保護ケースワーカーの仕事の基本」「生活保護ケースワーカーはじめての現場の実務」(学陽書房)