組織や個人に変化が求められる時代。とはいえ自治体は、計画を着実に実行することが求められる組織であり、“何かを変える”ことのハードルが高い。現状にちょっとした不満があっても、そういうものだから仕方がない、とあきらめている人も多いと聞きます。しかし、そんな中でも職場や業務の改善を実践している公務員に焦点を当て、その心構えやマインド形成の経緯をインタビュー。
迷いやあきらめをどう吹き飛ばしてきたのか、どう取り組んできたのか。何かを変えたいけれど踏み出せない人に、行動を起こす勇気やヒントをお届けします!
トップバッターとして登場するのは、豊田市の廣濱さん。前・後編の2回に分けてご紹介します。前編では、公務員になったきっかけや、入庁後に大きな転機となったトヨタ自動車への出向についての話を聞きました。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
豊田市 行政改革推進課 主査
廣濱 学(ひろはま がく)さん
2012年 豊田市役所入庁
2012~2015年 交通政策課(コミュニティバス運行管理)
2016〜2018年 障がい福祉課(障がい者給付事務)
2019年 トヨタ自動車へ出向
2020年 企画課(山村振興)
2021年 感染症予防課(ワクチン集団接種)
2022年〜 行政改革推進課(全庁ペーパーレス化、疫学調査改善など)
地方公務員アワード2022受賞
役所の常識は、実は非常識なのかもしれない。
ーー まずは、公務員になろうと思ったきっかけを教えてください。
最初は民間希望で就活していましたが、東日本大震災の後で採用が絞られている頃でした。そこで、地元が好きだったので市役所も受けてみようかと。豊田市は以前から公務員試験を廃止していて、SPI試験と面接で受けられたんです。公務員試験が必要だったら勉強や対策が相当必要なので、受かっていなかったでしょうね。
ーー 最初は交通政策課でコミュニティバスの運行管理などを担当したそうですが、実際に入庁してみてどうでしたか。
新人時代は、苦情対応に走りまわっていた感じですね。運転手の対応が悪いとか、バス停にゴミが捨ててあるとか。障がい福祉課ではゴミ屋敷といわれるような家の掃除に行ったこともあります。市民対応というのは、想像以上にきれい事ではうまくいかないんだな、と思った記憶があります。
ーー その頃から、現在のように積極的に行動するタイプでしたか。
基本的には変わっていないかもしれません。チャレンジすることは好きでしたし、自分のまわりの業務改善には当時から取り組んでいました。ただ、やはり大きかったのはトヨタ自動車に1年間出向したことですね。
それをきっかけに、今まで役所では常識だと思っていたことが、実はちょっと非常識なんじゃないかと思うようになって。そこから働き方を変えよう、自分だけではなく周囲も変えよう、組織を変えよう、という動きを始めました。
ーー トヨタといえばカイゼンで有名ですよね。どのような経緯で出向することになったのでしょうか?
公務員なら誰でも経験があると思うんですが、よく“お役所仕事”って揶揄されるじゃないですか。じゃあ、民間は何がそんなにすごいんだろうと、ずっとモヤモヤしていて。外の世界で自分がどのレベルにいるかも分からなかったので、自分の目で確かめたいと思っていました。
省庁などほかにも出向先はありましたが、お役所仕事ではない新しい視点を得たかったし、僕は効率化や改善に一番興味があったんです。父や兄がトヨタに勤めていた影響もあったと思います。
ーー 自分から「行きたい!」と手を挙げたんですね。
行くならトヨタがいいと思っていましたが、それまでは立候補制ではなく、人事からの指名制でした。“俺を指名してくれ……”と心で思いながら、人事異動申告書に希望を書きつづけていたら、ある年に立候補制に変わったんです。よしきた!みたいな感じで手を挙げたら選ばれて。うれしかったですね。
やはり立候補制がいいと思うんです。本当に自分で行きたいと思って手を挙げた人間じゃないと、たった1年間で何かを吸収してアウトプットまで実現するのは、難しいのではないでしょうか。その方が、成果も出るのではないかと思います。
トヨタ自動車への出向で、あまりの意識の違いに衝撃を受けた。
ーー 実際にトヨタに行ってみて、いかがでしたか。
いまだに覚えているのですが、「目的意識がない」って最初に叱られたんです。僕が、というより市役所全体のことなんですけど。「戻る先を決めないまま、1年間行ってこいなんてあり得ない」と言われました。例えば、1年後に戻ったらここで働くから、こういうことを勉強してこいっていうのが普通ではないかと。それによって1年間で何を学ぶかが変わるんじゃないですかと。私たちはあなたに何を与えてあげたらいいんですかって言われて。ガツンと衝撃を受けたのを覚えています。
ーー なんと。異動先は直前まで分からないのが普通ですよね。すごい洗礼を受けましたね。
トヨタは目的意識が本当に強くて、「何のためにあなたは来たんですか」と色々な場面で何度も聞かれました。「何か問題があるから来たんですよね。その問題とは何ですか」と。その通りなんですよね。それが、まさに公務員の弱いところ。何となく出向して、何となく勉強して、1年たったら帰って、という“目的意識のなさ”が、まさに問題なんだろうなと気づかされました。
ーー いい経験だと思ってとにかく頑張っておいで、と言ってくれる人もいますが、それではダメだということですね。
目的をもつことがすごく大事だと学びました。例えば、せっかくトヨタに行ったので工場を見学したいと僕のメンターにお願いしたら、そこでもまた怒られたんです。「工場見学の目的は何なんだ」と。コミュニケーションを学びたいとか、再発防止を学びたいとか、工場のこういうところを学びたいとか、それによって案内するところが変わると言われてしまって。なるほどなと。自分の甘さを痛感しました。
トヨタの企業文化を導入したい、トヨタに出向したいという仕入先企業の人たちは、たくさんいるんですよ。その中に市役所から行かせてもらっていたので、本気でやらないなら帰ってくれという、そんな厳しさを感じましたよね。
組織風土は、“本気・徹底・継続”によってつくられる。
ーー 1年間、どんな部署にいたのでしょうか。
「自工程完結」という全社方針を社内に広める部署にいました。安全な自動車の製造工程には、ネジの一つからちゃんと締めるという努力があるわけです。各自の仕事がきちんと完結できているから、その集合体として、車の品質が高い。逆に中途半端な状態で世に出してしまうとリコールが起き、莫大な費用がかかってしまう。だから一人ひとりの仕事をしっかり完結させ、無駄なやり直しをなくしましょう、という考え方です。これは事務仕事においても同じなので、市役所に戻ってからの考え方にも通じると思いました。
ーー それは学びが多そうです。具体的にはどんな業務を?
社内向けの研修などをやっていました。トヨタは内製にこだわっていて、研修の講師なども外注せずに社員がやるんですよ。自ら準備してやることで、成長になると。
民間企業では、創業者の考え方がDNAや社風になっているんですよね。私たちはこういう思いで、こんなサービスで世の中に貢献するんだ、という土台がある。だから社員も、その上でこう動きましょうという研修を、自分たちでできる。
市役所は逆で、研修とかも基本的には外注しちゃう。それがいいのか疑問がある一方で、ただ、市役所には創業者がいないんですよね。市長も選挙で変わってしまうから、そういった組織風土という概念をつくることの難しさはあるだろうなと感じます。
ーー 働き方や社内ルールなどで印象に残ってるものはありますか。
安全に関する意識が非常に高いのには驚きました。両手で物を持ってはいけないんです。パソコンとかも片手で持ちなさい、と。
ーー ……どういうことですか?
なぜなら、転んだときにけがをするから。両手でないと持てないものは、台車を使いなさい。階段を上り下りするときは必ず手すりを持ちなさい。横断歩道を渡るときは、指さし確認。斜め横断してはいけないし、歩きスマホやポケットに手を入れて歩くなんて論外。
なぜそこまで厳しいかというと、これぐらいはいいじゃないか、という安全意識のほころびが雪だるま式に大きくなり、最終的には死亡事故につながるという認識があるからなんです。
一度、動画を撮影していたことがありました。社員が通る構内の歩道で定点カメラをまわして、歩きスマホやポケットに手を入れて歩いている人がいたら顔にモザイクをかけて公開するという。そこまでやるか、と思いましたが、それほど本気で徹底してやるんですよね。
ーー そこまで!厳しさの想像をはるかに超えています。
でも、組織風土って、そこまでしないとできないということなんですよね。あれだけ巨大な組織において風土をつくり上げるのは、相当の時間と苦労があったんだろうなと。簡単にはできないし、本気でやりつづけることが大事なんだと認識しました。
改善のための気づきは現場にあふれている。
ーー 直接指導してくれたメンターはどんな人だったんですか。
僕が勝手にメンターと思っているだけなんですけど(笑)。現場上がりの百戦錬磨の人で、基本的にはその人にくっついて行動していました。その人が、世の中の格言を毎朝みんなに紹介したり、メルマガのようなものを配信していたりして。今、僕もそれをまねして、市役所で「KAIZEN通信」という発信を続けています。
ーー 現場上がりの人と、そうじゃない人とで、何か違いが?
社内でも、いわゆるトヨタのすごさは全て現場にあるといわれていました。先ほどの自工程完結の話もそうですし、コミュニケーションにしても「めんどう見」という言葉があって。顔色が悪いんじゃないかとか、体は痛くないかとか、現場のリーダーが部下をしっかり気遣ってめんどうを見るという、ずっと大事にしてきた文化がある。ただ、事務職にまではそれが浸透しきれていない。だから、現場上がりの人が多くいた僕の部署では、そのよさを会社全体に広げていこうとしていました。
ーー 現場の方は気づきのアンテナや意識が高いんでしょうね。
デスクに小さな鏡を置いている人がいて。理由を聞いたら、「怖い顔をしていると部下が話しかけづらいから、自分の働いているときの顔をチェックしてるんだ」と言うんです。これも問題意識と改善ですよね。トヨタらしいなと思いました。
現場上がりの人がいない部署では、また違う雰囲気だったかもしれません。メンターには本当に感謝していて、現場の温かみのようなものも、すごく感じましたね。
ーー そんな環境から1年後には市役所に戻ることになるわけです。どう考えて行動していましたか?
出向当初に「目的は何だ」と聞かれてから、個人のいい経験で終わらせては意味がない、僕の学びをいかに市役所という組織に還元するかが、自分のミッションだと改めて認識しました。
そこで市役所に戻る前から、トヨタでの僕の働き方や、効率的な働き方などをレポートのような形で、月1で市役所の職員向けに発信を始めたんです。そうすると逆に、「こんなときトヨタではどうしているんですか」といった質問がくるので、社内で聞いてみて回答して。「豊田市役所という組織を変えよう」と本気で考え、行動するようになりました。
過去の廣濱さんインタビュー記事:
【廣濱 学さん】前例や常識を疑い、 目的意識と問題意識をもって踏み出すことが大事だと思います。