ジチタイワークス

神奈川県横須賀市

既設のカメラ×AIで視覚的に情報を伝達し、水害からの迅速な避難を促す。

災害時に住民の安全を確保するためには、リアルタイムな情報伝達が重要。そこで活躍するのがカメラの映像だ。横須賀市では、カメラがもつポテンシャルに着目し、官民連携で災害対策レベルの向上に挑み続けている。

※下記はジチタイワークスVol.26(2023年6月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供]東京海上日動火災保険株式会社

地域課題に向き合うために、官民連携のチャンスをつかむ。

三方を海に囲まれた同市は、台風時の越波や高潮の被害を受けることが多く、近年では護岸の決壊という苦い経験をしたこともある。また、市街地でも冠水リスクの高い地域があり、危機管理課の土肥さんは「住民の安全確保が急務でした」と話す。対策として、令和3年12月に災害監視カメラを新しく配置することが決定した。「その映像は24時間オンラインで配信します。住民や職員が危険な場所に接近することなく映像で状況を確認し、迅速な判断や避難情報の提供に役立てることが目的です」。

災害監視カメラ設置に向けた作業は急ピッチで進んだが、その事業の最中に、企画調整課の加藤さんは「カメラをもっと活かせないか」と思い立ったという。「設置の目的は危険箇所の監視ですが、24時間撮影している映像を何かの役に立てられないか、と考えたのです」。

同市は“オープン・チャレンジ・フレンドリー”を合言葉に官民連携を推進していることもあり、加藤さんは民間との協働で災害監視カメラの活用を実現する方法を模索。調査を進める中で、経済産業省の官民マッチングプログラムを見つけたという。「この制度を活かせば民間事業者とともに新しいことができると考え、すぐに応募しました」。

この事業で実施テーマに選ばれ、民間とのマッチングがスタート。数社からの提案を受け、最終的に採択したのが、「東京海上日動火災保険」が立ち上げた防災コンソーシアムによる「リアルタイムハザード(以下、RTH)」だった。

既存のカメラを活用して、浸水リスクをAIが早期に解析。

RTHは、カメラの映像から静止画を生成し、それをAIが解析して浸水深を測定。地域のマップに浸水状況を可視化しつつ、職員へのアラート送信や、住民に視覚的な情報伝達を行うというものだ。このソリューションの実証実験は、令和4年11月からスタート。ちょうどカメラ全27台の設置が完了したタイミングだった。同市と開発メンバーらは毎週の打ち合わせを重ねつつ、浸水深の測定精度やシステム連携の検証を実施したという。

RTHについて土肥さんは「リスクを可視化できる点に魅力を感じた」と評価する。「災害時に情報を発信しても、緊迫度が伝わりづらい。しかし、地図上で近隣が赤く染まり始めるのを見たら、より危機感をもってもらえるはずです」。

また、住民への情報の提供については、検討材料としてアンケートやワークショップを実施し、住民のリアルな声を集めたという。加藤さんは「過去の護岸決壊で危険な思いをした住民からのヒアリングも実施しました。どのような方法であれば行動変容が可能になるかという点で、非常に参考になりました」と語る。

実証実験の手応えをもとに、災害ポータルの構築を目指す。

同市での実証実験は令和5年3月の成果報告会を経て、検証の後に次のステップが決められる。これまでの動きを振り返りつつ、土肥さんは「こうした仕組みを活用して、一秒でも早い避難を住民に促し、災害対応にあたる職員の負担を少しでも軽くすることが目標。災害監視カメラだけでなく市内の企業や個人が所有するカメラの活用や、出水期での検証なども踏まえて庁内で協議していきたいです」と今後を見据える。

災害監視カメラの役割を現状にとどめることなく、民間のアイデアを活かしてポテンシャルを最大限発揮しようとする同市の取り組み。住民の安全・安心を高めることはもちろん、既存のインフラを使うという面でも、コストの抑制や開発スピードの迅速化が期待できる内容だ。

加藤さんは「当市が目指すのは“誰も一人にさせないまち”の実現です。そのためにも、今回のような取り組みを進化させたい。そして、いざというときに住民が自分たちで情報を取りにいける、地域災害ポータルのようなものを構築することが理想です」と展望を語ってくれた。

横須賀市
左:経営企画部 企画調整課/民官連携推進担当課 主査
加藤 洋(かとう よう)さん
右:市長室 危機管理課 係長
土肥 毅(どい たけし)さん

身近に迫る災害リスクをリアルタイムで可視化!

リアルタイムハザードの仕組み

❶カメラ映像から画像を収集

一定周期で画像をサーバーに集約。自治体や民間が所有する既存のカメラを活用できる。

❷AIが画像から浸水深を解析

画像内の自動車や標識などをAIが識別し、現時点の浸水深を解析してそのデータを戻す。

❸マップ表示やアラート配信

の情報やセンサー検知情報などを集約、マップへの色彩表示やアラート配信を行う。

RTHの仕組みを動画で詳しく

 

開発4社の担当者が語る、防災事業にかけた“思い”。

横須賀市の実証実験で採用されたリアルタイムハザード。開発には「防災コンソーシアムCORE(コア)」(詳細は次ページ)に参画している4社が携わり、企業の命である技術やデータなどの知的財産を共有した。公的事業に本気でコミットするこの取り組みの本質に迫る。

応用地質株式会社
執行役員 情報システム事業部
堀越 満(ほりこし みつる)さん
建設コンサルティングを中心に、計測機器の開発を行う。その解析技術を活かし、災害時の被害想定データをもとにした防災計画の策定なども支援する。
 

セコム株式会社
経営企画部
藤墳 聡史(ふじつか さとし)さん
セキュリティ事業に加え、自動火災報知設備や消火設備を提供する防災事業なども手がける。RTH開発では防犯カメラやセンサーの技術・知見を提供。
 

株式会社パスコ
経営戦略本部 企画部企画課
奥野 守(おくの まもる)さん
人工衛星や航空機などで地表を計測・解析し、その情報を活用する事業を行う。災害時には被災状況や分析結果を行政に提供、復旧活動を支援する。
 

東京海上日動火災保険株式会社
dX推進部 ビジネスデザイン室
小室 善寛(こむろ よしひろ)さん
損害保険事業を軸に、国内外でサービスを展開。防災の取り組みにも注力しており、小学校での防災授業や大学と連携した防災事業なども実施中。
 

年々激甚化する災害に、4社の強みをもち寄り向き合う。

― リアルタイムハザード(以下、RTH)が誕生した背景を教えてください。

堀越:近年は気候変動により毎年のように大きな水害が発生しており、今後も被害は拡大していくという予測もあります。この社会課題に対し、様々なアプローチがある中で、まずは減災に取り組もうと考えたのが出発点です。そのために、個々の強みをもつ4社が集まりました。これまでは、各社とも防災・減災に向けてそれぞれ独自の取り組みを進めていましたが、このRTHで志をともにして足並みを揃えた、という流れです。

― 開発にあたり、各社はどのように強みを活かしたのでしょうか。

藤墳:当社は、セキュリティ用の防犯カメラだけでなく様々なセンサーも設置しており、それらから得られる膨大なデータをもっと役立てられないかと考えていました。防災に着目すると、防犯カメラやセンサーは貴重な情報源になります。昨今は犯罪の増加に伴って防犯カメラの設置数も増えており、こうした背景も今回の取り組みにつながっています。

奥野:われわれの強みはAI技術です。今回の取り組みでは、カメラで撮影した画像から対象物を識別し、浸水深をAIで解析する部分を担いました。開発時には、AIの精度を検証するための実証機会が必要です。そこで東京海上日動さんの紹介で、防災科学技術研究所の大型降雨実験施設で実証実験を行いました。これまで当社ではこの施設の利用実績はなかったのですが、各社がもつネットワークを活用できることも、協業のメリットです。実験はスムーズに進み、十分に実用可能な精度であると判明しました。

小室:当社は損害保険事業を行う会社なので、保険金の支払い実績データや、支払い時に取得する被災地状況などの情報を保有しています。また、自治体や企業とのネットワークも強みです。一方、製品や技術は3社が優れたものをもっているので、それぞれが強みを活かして補完し合い、RTHを開発してきました。

4カ月の取り組みで得た知見は、今後の防災事業に向けた財産。

― 横須賀市での実証実験では、どんな手応えがありましたか。

小室:12月から3月までという期間でしたが、自治体・住民の方々と直接意見を交わし、色々なことができた印象です。同市の対応スピードや実行力の高さには驚かされました。このプログラムで目指していたのは、27台の災害監視カメラの連携や、住民の行動変容に関する検証が中心でした。その大部分は達成したので満足できる結果だと考えています。

― 4社での協業で、苦労した点などは?

藤墳:各社それぞれが、これまでの経験から問題解決の方法をもっており、開発の中で困難に直面した場面でも、各社がアイデアを出し合い、解決につなげることができました。

奥野:この事業は社会実装を目的に据えているので、社会に普及させるためにコスト意識を重視する、という軸も備えています。そうした覚悟をもちつつ、打ち込むことができました。

堀越:1社単独での開発も可能ではありますが、4社で取り組むことで、スピード感が全く違いました。これから本格的にサービス提供していくフェーズに移ると様々なことが起こると思いますが、この挑戦と取り組みは社内でも注目されており、当社全体での期待も高い状態です。

― 取り組みの基盤である防災コンソーシアムCOREの印象を教えてください。

堀越:当社だけで実現できることは限られていますし、協業といってもこれまでは2~3社が限界だった中で、コンソーシアム設立に関する話を聞きました。創立メンバーも国内有名企業が名を連ねていて、これは日本が変わるのではないか、と率直に思いました。

藤墳:従来の企業間連携とはスケールが違い、ギアが一段上がった取り組みができると、大きな期待感を抱きました。

奥野:これまで防災における協業は、どちらかというと内閣府や国土交通省など、官がリードしてきた面があったと思います。このコンソーシアムは民間主導で防災ソリューションを生み出していく、という決意を感じました。

災害時の実効性に焦点を合わせ、官民ともに有用なサービスへ。

― RTHに関する今後の展望と、自治体へのメッセージをお願いします。

堀越:直近の展望としては、早ければ令和5年度中にサービス提供を開始しようという議論を進めています。また中長期的には、様々な自治体から身近な自然災害の発生を“予測”できる技術がないかという声も寄せられているので、これに応えたいと考えています。

防災に特化したツールやサービスは、自治体にとってコストやオペレーションの負担が大きいものです。だからこそ、日常から利用しているツールを災害時にも活用できるような取り組みを進めています。最終的には自治体の課題解決に直結するサービスを目指していますので、ぜひご期待ください。

藤墳:各自治体の抱える課題は、共通する部分も異なる部分もあると思います。そうした細かい点も拾って、解消に向けて進めていくことが、われわれに求められるサービスだと感じています。今後はそうした自治体の声を実証実験で収集し、サービス提供が実現した後も、改善を継続していきたいと考えています。

奥野:RTHでは、地域住民に対してより実効性のある避難行動を促せるよう、的確な情報提供をすることが大切。今後も4社の協業によって、自治体および地域住民へ、災害時に本当に役立つ技術や情報を提供していきたいですね。

小室:私の考えも皆さんと同様です。RTHの情報を届ける先は住民、そして住民を守る自治体であり、そうしたエンドポイントにいる方の声に応えることが第一。今後も自治体や住民の皆さんと率直に意見を交わしながら、より良いサービスをつくっていきたいと考えています。

防災科学技術研究所での実証実験の様子

同研究所の大型降雨実験施設内で15~300mm/時の降雨を発生させ、浸水状況をセコムの防犯カメラで撮影。その映像から、パスコのAI技術で浸水深を解析した。

応用地質のセンサーで計測した実際の浸水深と比較した結果、誤差は数cm以内で、十分に活用可能な技術であることが確認できた。

 

リアルタイムハザードを生んだ「防災コンソーシアムCORE」とは?

前述のように、リアルタイムハザードは複数の企業で開発されたが、彼らが属する防災コンソーシアムとはどういった組織なのか。ここでは立ち上げ役を務めた「東京海上日動火災保険」の事務局メンバーに話を聞き、その目的や活用法を紹介する。

東京海上日動火災保険
dX推進部 ビジネスデザイン室
左:課長 大島 典子(おおしま のりこ)さん
右:課長代理 細貝 啓(ほそかい けい)さん

防災は単独では実現できない、その思いに共感した14の企業。

CORE(コア)は令和3年に発足した、防災・減災を目的とするコンソーシアム(共同事業体)。災害に負けない強靭な社会の実現を目標に据え、数多くの企業が参画して活動を展開している。なぜこのような組織が実現できたのか。発足に携わった大島さんは「私たちの力だけでは限界がある、ということが出発点だからです」と語る。

「当社は、社会に貢献すべき目標として“被災を半分に、安心を2倍に”というビジョンを掲げています。しかし、当社の本業は保険業ですので、被災後の生活再建への支援がメインです。“被災を半分に”を実現するには、現状把握・対策実行・避難といった、防災・減災の全領域を一気通貫でカバーしていく必要があります。こうした背景から、ほかの企業と手を取り合っていくことが、ビジョン実現への道だと考えたのです」。

この発想をきっかけに、コンソーシアムの構想が浮上したのが令和3年9月。大島さんを中心としたメンバーは各企業への働きかけを進め、2カ月後の11月には14社が事業に賛同してコンソーシアムが成立した。「自然災害はいつやってくるか分からないので、とにかくスピード感をもって進めました」と振り返るが、大手を含む民間企業の連携事業としては驚くべき早さだ。こうして始動し、令和5年5月時点では96の企業が参画するまでに拡大している。

「防災コンソーシアムCORE」発足の目的

防災ソリューションの開発において、1社単独での取り組みには限界がある。各社がもつ多種多様な強みをかけ合わせることで持続的に防災・減災に寄与する、という目的のもと、多くの企業が参画できる場として、コンソーシアムが創設された。

同じ志をもった企業が集まり、課題に向かう“分科会”の役割。

参画する企業の業態は、同社の保険業をはじめ、IT、通信、建設、運輸などと幅広い。そしてそれぞれの企業が、技術やノウハウ、産学官とのネットワークなど、独自の強みをもっている。「それを足していくのではなく、かけ算にしていくのがCOREです」と、運営担当の細貝さんは力を込める。「企業のもつ強みをかけ合わせ、化学反応を起こすことで取り組みを加速させます。そこにはもちろん、行政の力も必要です」。

参画するにあたって、特別な条件などは必要ないが、毛色の異なる96社の足並みを揃えるのは容易ではない。そこで、より小まわりの利く“分科会”をつくる仕組みが採用されている。参画企業が特定の課題解決に向けて取り組みを始めたいと手を挙げてリード企業となり、仲間を募る。メンバーが集まった時点で分科会が発足し、活動を進めていくという流れ。横須賀市でリアルタイムハザードの実証実験を行ったのも、そんな分科会の一つだ。また、年2回開催される全体会では、各分科会の活動内容が共有される。「全体会には省庁からの出席もあります。我々としても行政に活動内容を伝え、互いを知る機会になっています」。

“被災を半減”の目標に向けて、自治体からも課題の共有を。

特にこだわっているのは、開発したソリューションの“サービス展開”を目指すという点だ。「やはり民間企業は営利団体である以上、無償で技術やデータ、人材を提供し続けるには限界があります。しかし、COREをきっかけに新しいサービスがスピード感をもって誕生する可能性があるとなれば、企業もより参画しやすくなるのです」と大島さん。

新しいサービスが収益を生めば、企業はさらに支援を広げることができるだろう。それが結果として、日本の防災ソリューションの機能を高めるといった好循環をつくることになる。国内で開発したサービスは、将来的に海外へ展開することも視野に入れているという。また、競合となる企業の参画も歓迎しているそうだ。「ライバルがいれば、良い意味での競争が生まれます。その結果が社会貢献に活かされるのは望ましいことです」。

こうした活動を支える、同社の事務局メンバー。その意識は常に前向きだ。「“被災を半分に、安心を2倍に”を実現するために、自治体が抱える課題をどんどん投げかけてほしい」とメッセージを送る。「自治体の皆さんと同様、住民や地域の役に立ちたいという思いが私たちにもあります。そのミッションに向かって、ともに歩んでいきましょう」。

活動内容

防災の4要素(現状把握・対策実行・避難・生活再建)における課題を抽出し、対策を研究・開発。全領域を一気通貫でカバーすることを目指す。

 

参画企業が“解決したい課題”についてテーマを設定。数社が集まり、分科会として研究・実証実験・社会実装を行う。全体会では、その成果発表や有識者の講演会などを実施。行政も交えて産学官民の連携を推進する。


 

課題をもち寄り官民連携で防災・減災へ

分科会のテーマは今後も随時増えていく予定。リアルタイムハザードやその他テーマについて、問い合わせは下記連絡先へ。

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お問い合わせ

サービス提供元企業:東京海上日動火災保険株式会社

TEL:070-4124-7738
E-mail:YOSHIHIRO.KOMURO@tmnf.jp
住所:東京都千代田区大手町2-6-4 常盤橋タワー33F

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