東松山市は「コークッキング」「東武鉄道」「JA埼玉中央」「大東文化大学」と連携し、フードロス解消を目指す取り組みを始めた。JA埼玉中央管内にある5カ所の直売所の売れ残り野菜を、東武東上線で輸送。池袋駅に「TABETEレスキュー直売所」を開設し販売している。事業に関わる産学官全てにメリットがあるという革新的な取り組みについて話を聞いた。
※下記はジチタイワークスVol.19(2022年4月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
ベンチャー企業の発案に市が協力し地域の課題への取り組みが始まる。
この取り組みは、フードロス削減アプリ「TABETE」を運営するコークッキングが、市の課題解決につながる事業をしたいと相談を持ち掛けたことから始まった。「JAの直売所で売れ残った野菜は農家が引き取り、多くは廃棄されるのが通例でした。農政課で課題になっていたのを思い出し、担当者に相談しました」と商工観光課の小島さんは振り返る。当初はアプリへの商品提供を検討したが、野菜を届けるのに時間とコストがかかり、その間にも鮮度が落ちるなど問題があった。
「“売れ残ってしまった野菜をコンテナに入れ電車で運び、池袋駅で販売する”というアイデアは話し合いの中から生まれました。商工観光課は東武鉄道に、農政課はJAに協力を依頼。4者で協議を重ね、令和3年3月には直売所での第1回実証実験を実施しました」。その結果を受けて、事業継続に欠かせないマンパワー確保のため、同市にもキャンパスをもつ大東文化大学に協力を依頼。「アルバイトとして学生を募集するのではなく、フードロス削減やSDGsに関心があり、本取り組みに賛同する積極的な学生の協力を依頼しました」。学びの場としての役割も追加し、産学官連携事業として第2回実証実験を実施。8月には5者で協定を締結し、本格的な運用が開始された。
“やらない理由はない”のだから“どうすればできる?”を考える。
「この取り組みによるフードロス削減量は1万6,133kgと試算※しています。協力農家も初めは5・6人でしたが、現在は約160人と増えました。“捨てずに済んでありがたい”と好評です」と語るのは農政課の熊澤さん。多くのメディアにも取り上げられ、市のイメージアップにもつながった。「全てが順調だったわけではありません。“やらない理由はない”と産学官が連携し、“どうすればできるか”と互いに知恵を出し合うことで実現しました」。これを機に、東武鉄道が「有料手回り品料金制度」を導入したのは代表的な例だろう。野菜の輸送に車や専用貨物を用いるのではなく“客車”を利用するのは、効率も良く、環境にも配慮したアイデアだ。
しかし鉄道会社の運賃は法律で規定されるため自由にはならない。「これまでは客車で一定以上のサイズの荷物を運ぶための制度がなく、持ち込みは禁止とされていました。そこで東武鉄道は社会貢献や地域活性化につながる特定の企業・団体等に限り、荷物を運べるよう制度を改正したのです」と小島さん。「野菜を買い取り別の場所で再販するというシンプルな仕組みですが、市単独でもコークッキング単独でも実現しませんでした。市は各関係機関との連携調整を担うなど役割を決めていますが、それにとらわれず互いの垣根を越えて課題を解決していくことが、事業を継続するためのポイントになると思います」。
※第1回実証実験から令和4年2月21日までの農産物買取キロ数(買取1点あたり300gで概算)
画期的な事業を持続可能な事業へと導く。
この取り組みは1年間の継続実施が予定されており、その後に再び、収支や課題の検証を行い事業継続の判断をする。季節により同じ野菜が偏ってしまうため、どのように収益を確保するのか、鉄道の大幅な遅延が起こった際にはどのような対応をするのかなど課題は残る。「これまでと同じく5者で効果検証を繰り返し改善を図りながら、今後も継続してフードロス削減に取り組んでいく予定です」と熊澤さん。
この取り組みに関連して、新たな産学官連携も始まった。「JAによる農産物情報や、学生がレポートする地元ガイドなども掲載する観光パンフレットを作成し、直売所で配布をしています。旬の情報を発信し市のPRにも役立てたいです」と小島さんは話す。フードロスの解消だけでなく、広がりを見せている活動の今後が期待される。
東松山市フードロス削減への取り組み
東松山市
左:商工観光課 副課長
小島 孝彦(こじま たかひこ)さん
右:農政課 生産振興室 室長
熊澤 篤司(くまざわ あつし)さん
話し合いを重ねる中で、市にとって当たり前のことが民間ではそうでなかったり、その逆もあったりしました。産学官の連携は新たな発想や発見もあり、互いの良いところを取り入れ成長できる良い機会になりました。
課題解決のヒントとアイデア
1.スムーズな連携のため黒子に徹し自治体は産学官の潤滑油となる
事業の“初動”時には細やかな調整が求められる。話し合いの前には課題をメールで提出。やり取りに齟齬が生じた場合はすぐに電話でフォローするなど心掛けた。
2.共通の課題解決に向けてお互いが“自分事”と思える関係性を築く
各関係機関の得意分野でも任せっきりにせず、お互いが“自分事”として捉えて取り組むのが大切。垣根を越えて課題解決できる関係づくりを自治体が促す。
3.自治体の看板である“信頼性”を裏切らない対応を心掛ける
自治体が関係しているならという“信頼性”から、企業や大学、市民からも取り組みに対する賛同や協力が得られる。信頼を損ねない対応や言動が求められる。