"母子が笑顔で幸せに暮らせるまち"を目指す岩見沢市。北海道大学COI※と連携し、子育て世代と地域をつなぐコミュニティサービス「家族健康手帳アプリ」をリリースした。これは同市の“新しい公共”プロジェクトの第一弾でもある。産学官が連携して、オンラインとオフラインが融合した子育て支援のDXを推進する取り組みについて話を聞いた。
※北海道大学を中心に30社以上の企業が参加する健康づくりプロジェクト
※下記はジチタイワークスVol.19(2022年4月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
少子化の課題解決に向けて安心して生み育てられる環境を。
出生率は1.27と全国ワースト3位の道平均と並び、高齢化率は35.6%と全国的にも高い水準にあった同市(平成26年時点)。人口減少やそれに伴う医療費増は、深刻な課題になっていた。そこで平成27年度から“家族が健康で安心して暮らせる社会”の実現を目指す北海道大学COIの活動に参加。母子の健康調査などを通じ、低出生体重児(2,500g未満)の出生率を大きく改善するなど、その実績が高く評価されている。
「この活動から生まれたのが『家族健康手帳アプリ』です。産みたいと思ったときに産めるまちであろうと考える中で、出産・育児に対する不安を軽減するツール開発に行き着きました。出産・育児の不安は母親が一人で抱えがち。保健師との相談のためにも会場へ行く必要があり、そのたびに事情を説明するなど母親に負担がかかる状態でした。気軽に相談できて記録も残せるアプリなら、専属の保健師がいる感覚で相談できるのではと考えました」と情報政策部の黄瀬さんは振り返る。
同アプリは平成28年の開始から令和3年12月末までの間で約900件がダウンロードされている。これは同市で1年間に生まれる子どもの2人に1人が利用していることになるという。
ビジョンの共有・共感が産学官連携事業を成功へ導く。
「新しい試みがすんなりと受け入れられたわけではありません。現場の保健師とも話し合いを重ね理解を得ていきました。当初はテキストでのやりとりに不安もあったようです。今では履歴が残るため、より細やかな対応ができるとメリットを強く感じているようです」。アプリでのやりとりをきっかけに、直接面談に進んだケースもあったという。
「アプリの導入は現場の負担を増やすことになったかもしれません。それでも“安心して産めるまち”という目的を共有していれば、その過程で起こる問題は解決できます。“ビジョンを共有すること”、これは様々な立場の人が関わる産学官連携事業での成功ポイントだと思います。予算があるから、リソースがあるからで始めてはいけません。まずはプロジェクトの意義や目指す社会、コンセプトなどを共有・共感し、話し合いを重ねて実現する方法を探っていけば良いのです」と黄瀬さんは話す。
市民が一緒に取り組む“新しい公共”の創出。
現在、同市では同アプリのリニューアルに取り組んでいる。令和3年6月には森永乳業の研究員が講師となり、子育てに関する知識を提供する講座を配信した。講座には北海道大学COIの研究結果も盛り込んだという。全17講座のうち無料講座は1つ、ほかは有料で提供する。「これからは利用する市民が有用性を感じて、行政サービスに投資するのが当たり前になっていきます。それこそが当市が目指す“新しい公共”のスタイルで、産学官連携事業の基本でもあります」と黄瀬さんは語る。
今後は、同アプリにサブスクリプションサービスを追加し、粉ミルクや紙おむつの定期販売など子育てを応援する機能を充実させていく予定だ。「将来的にはあらゆる世代が活用できるアプリにしたいと考え、母子ではなく『家族健康手帳』と名付けました。例えば、シニア世代の健康増進のため、大学や企業のエビデンスにもとづいた運動や食事に関する学びの場の提供や、市民向けリカレント教育なども考えています。地方創生を具体化するための“コミュニティ・プラットフォーム”として社会実装を進めていきたいです」。
令和3年度で終了となる北海道大学COIの取り組みは、「COI-NEXT」として札幌市や小樽市、道とも連携するなど規模を拡大し新たな展開を見せる。これからは先駆者としての役割も担う同市の取り組みに注目したい。
岩見沢市が目指す“新しい公共”
市民参加が当たり前のまちづくり
岩見沢市
情報政策部 部長
黄瀬 信之(きせ のぶゆき)さん
大学や企業の知見や技術に触れることで、自分たちの知識もブラッシュアップされ、新しい行政のあり方や考え方を見つけられるようになります。これもまた産学官連携の恩恵の1つだと考えています。
課題解決のヒントとアイデア
1.プロジェクトの意義やコンセプト、実現したい社会を共有・共感する
産学官では立場の違いなどから、一丸になっての取り組みが難しいことも。目指すビジョンを共有し話し合いを重ねることで、お互いにとっても最良の選択ができるようになっていく。
2.所属や役職を超えて事業に関わり“自分事”で行動する人を増やす
会議に現場の保健師にも参加してもらうなど、所属部署や役職などによらず、事業に関わる人を増やすことが大切。“自分事”として関心をもつようになり、積極的な参加を促す。
3.利用する市民を置き去りにしない全員参加の仕組みづくりが重要
地域の抱える課題がテーマだったとしても、行政のみが仕組みを考えるのではなく、市民も“自分事”として意識できるように、市民参加による実証や普及に向けた体制づくりが大切。