※下記はジチタイワークス災害対策特別号 March2022(2022年3月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供]NTTビジネスソリューションズ株式会社
なかむら ひろお/八代市北原町出身。1998年より八代市議会議員を2期務める。2002年、熊本県議会議員に当選、4期を務め副議長などの要職に就いた後、2013年9月に八代市長に初当選。現在は3期目にあたる。好きな言葉は「平常心是道(へいじょうしんこれどう)」。
令和4年2月、八代市とNTT西日本は「デジタル技術を活用した“スマートシティやつしろ”の推進」に関する連携協定を締結。防災・行政・教育分野における地域課題解決、DX化の推進により、未来へつなぐウェルビーイングライフの実現を目指す。
豪雨災害で痛感した、途切れない通信手段と自助・共助の重要性
災害発生時、自治体のトップには“住民の命を守る”という極めて重い使命のもと、限られた時間での判断が求められる。そのとき、首長はどう行動するのか。ここでは、2度にわたる大規模災害を経験した八代市の中村市長に発災時の対応をたどってもらいながら、“災害に強い自治体”とは何かをともに考えていく。
地域に相次いだ大規模災害は首長の目にどう映ったのか。
ー 平成28年の熊本地震では八代市も被害を受けました。市長として、どのような行動を取りましたか。
熊本地震での当市の震度は、4月14日の前震で震度5弱、16日の本震で震度6弱を観測しました。前震が起きたとき、私は市内での会合に出席中でしたが、すぐに市役所へ駆けつけました。すでに市民の皆さまが避難されていたのですが、職員の点検で壁や柱に亀裂が入っていることが判明。危険なので近隣の避難施設への移動を案内したところ、「市役所が一番安全なはずじゃないのか」と言われました。その言葉が今でも耳に残っています。その後、本震があり本庁舎は使用不能になりました。
しかし、業務を継続する体制も整えなくてはなりません。余震が続く中、ヘルメットを着用した上で本庁舎から書類やパソコンなどを持ち出すよう指示。職員の頑張りにより、早期に業務を再開できました。本庁業務は、仮設庁舎や支所、民間のビルなど14カ所に分散し継続しましたが、当時はWEB会議システムなどのICT活用が十分に進んでいなかったため、部署間の連絡調整に大変苦労しました。市内の避難者数は、ピーク時で約1万5,000人。避難所は段階的に縮小したものの、開設期間は3カ月間に及び、その間、被災者への心身のケアに取り組むよう指示しました。
ー 4年後の令和2年7月には豪雨に見舞われました。球磨川の氾濫という状況の中、どのような判断を迫られましたか。
発災当日は、球磨川河口付近の状況を確認した後、市役所へ向かいました。河口が見たこともないほど増水していたのを記憶しています。被災直後の災害対策本部会議終了後に、救助された方々を受け入れた避難所を視察。その足で被害の大きかった坂本地区へ向かったものの、国道219号が寸断されて上流側に行けず、大変厳しい状況でした。
球磨川流域で線状降水帯が発生したのは深夜でしたが、夜間の避難は非常に危険であり、避難情報の発令のタイミングが非常に難しかった。また、一刻も早く救助や安否確認を進めたいと思う一方で、通信の途絶や道路の寸断により情報が得られず、とても歯がゆい思いをしました。特に孤立の続いていた坂本地区については、自衛隊や消防、警察、地元消防団に協力を要請。職員も現地に入り被災状況を確認しました。
水害対策として、行政や防災関係機関、市民がとるべき防災行動をまとめた「球磨川水害タイムライン」を作成し、平成30年から運用していましたが、この中では市街地に近い“下流の水位”を判断基準としていました。しかし今回は水位上昇のスピードが想定をはるかに超える速さであったため、上流の水位から下流の水位上昇を予測する対応を迫られました。現在は“上流の水位”を判断基準に変更しています。
3つの課題への対策と自助・共助の強化で備える。
ー事前の備えについて特に力を入れている取り組みはありますか。
令和2年7月豪雨では、通信網の途絶や道路の寸断で情報収集に大変苦労し、平時から通信回線の冗長化を図っておくことや、情報収集力の強化が非常に重要だと痛感しました。被災以降は、以下3つの課題への対策について特に注力しています。
❶ 避難情報などの伝達
以前は防災無線やメールで避難情報を伝えていましたが、豪雨により防災無線は聞き取りにくく、最終的には坂本地区の無線親局の水没や電力喪失により、機能停止に。令和3年度からはNTTグループと連携し、IP通信網を使った防災情報配信サービス「@InfoCanal®(アットインフォカナル)」の運用を開始しました(詳細はこちら)。これにより伝達手段の幅が広がり、庁舎の通信が途絶した場合でも、職員の端末から情報発信することが可能になりました。
❷ 安否確認のための仕組みづくり
まずは“自分で逃げる”ための個別避難計画「マイタイムライン」や「避難スイッチカード」の作成を推進。逃げ遅れが発生した際の安否確認を目的に、孤立が想定される地区へ衛星携帯電話を配備し、訓練も実施しています。
❸ 避難所運営の効率化
避難所の環境向上と運営要員の削減を目的に、避難所運営のスマート化を目指した取り組みも進行中です。
これからの社会においては、防災に限らずデジタルの力は重要です。そのためには情報通信基盤の強化が必須として、市内全域での光ブロードバンド整備を進めています。また、「八代市デジタル化推進基本計画」にもとづく自治体DXも推進していく予定です。
ー 被災経験のない地域では、現状の災害対策に不安があるかもしれません。経験からのアドバイスをお願いします。
どの自治体も、災害時には初動対応の遅れや、判断ミスが命取りになることは、十分ご承知のことと思います。しかし、いくら万全に準備しているつもりでも、想定をはるかに超える事態となる危険性があるということも、頭の片隅に置いておく必要があると思います。
令和2年7月豪雨がまさしくそうで、初動対応が極めて困難な状況となり、公助の限界を痛感しました。そうした中、現地では自主防災組織や区長、消防団員などによる避難の呼び掛けや、救助活動が行われていました。これは、地域住民が日頃から自助・共助力を培ってきた結果だといえるでしょう。こうした地域における防災力の強化は、さらに必要だと強く感じています。
そのためにも自治体は“自助・共助への導き方”をしっかり学び、訓練の実施や避難計画の作成などを通して、災害を自分事として考えてもらう環境をつくっていくことが大事だと考えています。
ー 熊本地震から6年の歳月を経て、今年2月に新庁舎が開庁しました。新たなスタートへの思いをお聞かせください。
新たな防災の拠点として、今後大きな災害が発生したら、市民が再び庁舎に駆けつけてくると思います。6年前の、熊本地震の際に聞いた「市役所が一番安全なはずじゃないのか」という言葉を忘れずに、庁舎だけでなく、今後は各地区の避難所の整備なども進めて、期待に応えていきたいと思っています。
また、幾度の災害を乗り超えてくれた職員には、心から感謝しています。一人ひとりが意識をもって、即行動してくれるのは本当に頼りになる。積み重ねてきた経験も、八代市の大きな財産です。
備えのポイント
■強く多様な情報配信システムの構築
■自助・共助の支援と安否確認手段の確保
■ICT活用による避難所運営のスマート化