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保育所跡地に産院を誘致し、産み育てられるまちを守る

官民連携による地域の課題解決支援
地域から"子どもを産める場所"が消える。そんな危機を、官民連携で乗り切った有田市。民間企業と協働して医療法人を誘致し、旧保育所施設を改修するなどした民営の産婦人科クリニックをオープンさせた。そこに至る過程とは。
※下記はジチタイワークスVol.46(2026年10月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
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有田市
経営管理部
部長 山本 芳規(やまもと よしき)さん
産科医不足と働き方改革によって地域から分娩が消える可能性が。
令和元年末、同市の市立病院産婦人科が、産科医の退職により分娩の取り扱いを休止した。その後、同市を含む4市町の有田医療圏で唯一分娩を継続していた民間クリニックが、令和3年12月で分娩の受け入れを終えることを決定。このままでは圏内で分娩できる場がなくなる状況となった。同市は産科医探しに奔走し、1人を招くことに成功。しかし、令和6年春に医師の働き方改革の本格施行を控えており、この体制での分娩継続は事実上不可能になることが分かっていたという。
「制度を否定するわけではありませんが、継続に必要な産科医数を試算すると5人。1人を採用するのでさえ大変だったことを考えると、同院での分娩体制維持は難しいと考えました」と山本さん。ただ、分娩継続を望む地域の声は、市に届きつづけていた。「どれだけ定住対策、子育て支援策を打っても、分娩施設がなければ、“住む場所”として選んでもらえないのではないかという危機感がありました」。そこで、同市は民間の産婦人科クリニックを誘致する方針を固めた。


官民連携のプロジェクトによって保育所跡地に民間産院を開院。
同市がタッグを組んだのが「積水ハウス」だ。関わりは、山本さんが同社公式サイトに送った1件の問い合わせがきっかけだったという。当時、移住・定住促進を担当する中で、「住まいのことなら、住宅メーカーに相談すればいいのでは」と考え、複数社に連絡。最初に返事がきたのが同社だった。打ち合わせを重ねるうちに、別のミッションとして抱えていた産婦人科クリニック誘致についても相談してみようと考えたという。「レスポンスの速さやフットワークの軽さ、数々の提案から、信頼が積み重なっていました。困っていることを口にしたら、何か応えてくれるのではという期待がありましたね」。
その後、同社は全国ネットワークを活かして、千葉県を拠点とする医療法人を同市に紹介。法人、市、同社で検討を重ねる中で、閉所となる保育所建物を利活用する方針も定まったという。令和4年11月、同社とグループ企業、医療法人の3者で構成するコンソーシアムが、同市の民間提案制度を使って、閉所した保育所を通院棟に改修し、入院棟を増築する産婦人科クリニック整備計画を提案。同社が産院全体の基本設計を担当し、グループ企業と実施設計や施工も分担して請け負った。そして令和6年4月1日、市立病院での分娩取り扱いが終わった次の日に「ファミール産院ありだ」が開院した。

学生、妊婦、子育て世代も集い新たな交流拠点になりつつある。
さらに開院の翌日には、同院第1号となる新しい命が誕生した。山本さんのもとには、近隣住民から“赤ちゃんが生まれたらしいね”という声が届いたという。「保育所の閉所という寂しいニュースから間を置かずに産婦人科クリニックの開院、地域でのお産継続という明るいニュースを届けられ、安堵の気持ちがありました。地域の皆さんが、開院と赤ちゃんの誕生を心待ちにしてくれていたことも、うれしかったですね」。
クリニックは、地域のコミュニティの核にもなりつつある。隣接する公民館で妊産婦・地域住民向けのバレエ教室などを開催。さらにクリニック、同社の企画・協力のもと、市も後援し、大学生らが子育て世代や妊婦向けのイベントを開くなど、産官学が連携した地域交流が続いているという。「クリニックができたら終わりではありません。産み、育て、暮らしつづけられるまちであるために、将来を見据え、雇用対策にも一層力を入れていく必要性を感じています」。1件の問い合わせから始まった地域の課題解決。「当時はここまで想定していませんでしたが、既成の枠にとらわれず相談したことは、いい選択だったと感じています」。





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