過疎により廃校の危機にあった島根県立隠岐島前(おきどうぜん)高校では、平成19年度から高校魅力化プロジェクトに取り組み、今では離島にも関わらず全国から生徒が集まるようになった。その中心を担い、現在では、その事例を「地域みらい留学」として全国に広げる活動を行っている岩本さんに話を聞いた。
※下記はジチタイワークスVol.15(2021年8月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事
島根県 教育魅力化特命官
岩本 悠(いわもと ゆう)さん
Profile
学生時代に世界20カ国の地域開発現場を巡り、体験記「流学日記(文芸社/幻冬舎)」を出版、印税等でアフガニスタンに学校を建設。卒業後はソニーで人材育成や社会貢献事業等に従事する傍ら、開発教育・キャリア教育に取り組む。平成19年より海士町で隠岐島前高校を中心とする人づくりによるまちづくりを実践。平成27年から島根県教育庁と島根県地域振興部を兼務し、教育による地域創生に従事。平成28年に日本財団「日本を変える」特別ソーシャルイノベーター最優秀賞を受賞。
●地域・教育魅力化プラットフォーム
https://c-platform.or.jp/
Books
「未来を変えた島の学校-隠岐島前発ふるさと再興への挑戦」(共著、岩波書店、2015)
廃校寸前だった隠岐島前高校が、どうやって全国や海外から志願者が集まる学校へ生まれ変わったのか。成功の裏の苦悩や地道な努力まで正直に描かれた、リアルな現場の物語。
高校と地域が連携し約10年で生徒数が倍増した隠岐島前高校
島根県の北部に浮かぶ隠岐諸島で、島前エリア唯一の高校。高校の存続をかけて、平成18年に岩本さんが移住した後、島前エリア3町村の町村長、議長、教育長、中・高の校長、PTA会長などが役員となりプロジェクト推進の母体を設立。学習センターの立ち上げや、生徒が当事者意識を持って地域に関わる授業など、独自の施策を打ち続け、平成20年には89人だった生徒数が、平成29年には180人を超えるほどに増加した。
Q.なぜ離島に移住してまで高校の魅力化に着手を?
僕は企業で人材育成や組織開発の仕事をしながら、プライベートで日本や途上国の教育活動に携わっていました。そんな中、海士町の隠岐島前高校に呼ばれて出前授業を行った後、島の方々との懇談で、存続の危機に直面する高校をどうにかできないかと相談を受けたんです。
もともと、教育や人づくりを通して、社会貢献したいと考えていました。離島は人口減少・少子高齢化・財政難など日本の未来の縮図であり、課題の先進地だからこそ、課題解決の先進地にもなり得る。ここで持続可能なモデルをつくり、他の地域にも広げることで何か貢献できるのではと考えて、平成18年に移住しました。
Q.実際はどのように進めていったのでしょう?
1年目は、地域を知ることと関係性の構築から始めました。隠岐島前高校は海士町にあり、近隣の3町村から生徒が来るのですが、県立高校なので県の管轄です。まずは3町村と県、高校が連携し対話する体制をつくりました。2年目は連携したチームとして、これからの地域に必要な人材や教育について議論。地域と学校がどんな役割で高校の魅力化を実現していくか、などのビジョンを描きました。やっと3年目で、ビジョンをもとに具体的な施策を進めていったんです。
Q.島外からの移住ですが、協力は得られましたか?
もちろん大変ではありましたが、海士町の当時の企画財政の担当課長さんが重要性を理解し注力してくれて。当時の町長も、ボトムアップのチャレンジをすごく応援してくれる方でした。何が正解かわからない中でも、現場が何とかしたいと挑戦することはどんどん支援するというスタンスでしたので、体制としてはとてもやりやすかったと感謝していますね。
Q.島留学に来るのはどんな子どもたちなのですか?
東京のような都市部の子どもが多いですが、昔ながらの、偏差値が高い大学へ行くための通過点としての高校ではなく、今の時代に必要な生き方や力を得ようとしているというか……。海外経験のある家庭など、今の日本の教育制度が絶対的だと思わず、“多様な生き方や経験が人生を豊かにする”と考えている保護者や子どもが多い印象を受けます。
ただ、子どもたちの本音を聞くと、何だか面白いことがありそうだぞと、直感的に選んで来てくれているようにも思います。
Q.島外の子と地元の子、うまくなじむのでしょうか?
お互いにとって異文化で異質性との出会いなので、対立や葛藤みたいなものが、最初は顕著に起きますよね。ただ、それこそが気づきや活力を生み、成長の機会になるんです。これからの社会を生きていく上で、そういうことはいくらでもある。
子どもたちは3年間一緒に学校生活を送る中で、内か外かではなく、一人ひとりとどう関わり、つながっていくのかを考え、関係性が変わっていきます。一度そんな経験をくぐり抜けた子たちは、次に異文化や異質性に出会ったときに、ただ排除したり拒否するのではなく、いかに受け入れて生かしていくかというマインドが育っていると感じます。
それに、町長をはじめ海士町の職員さんたちもすごいと思っていて。異質なものを受け入れて面白がる感覚を持っている方が多かったので、僕みたいなよそ者でもチャレンジさせてもらえました。島留学はそういう力やセンスのようなものを、次の世代に育んでいけると思います。
Q.卒業して島を出た後戻ってきた子もいますか?
最近の調査によるとUターン率は上がっているようです。例えば、島出身の子が慶応大学に進学後、一次産業を変えたいと島に戻り農協で働いていたり、島留学で来た子が地域おこし協力隊となり、島に住み続けているケースもあります。関係人口として関わり続けている子も多いです。
Q.岩本さんは今、地域みらい留学の取り組みを全国に広げていますね。
留学の概要や全国各地の学校を案内するため、合同説明会を開催しているのですが、一昨年は2,000人ほどだった参加者が、コロナ禍で約3,500人に増えました。オンライン開催で、裾野が広がってきた気がします。地域みらい留学や高校魅力化は、学校と地域が一緒に取り組むものですが、実際のところ市町村と県立高校の間には結構な壁もあるため、コーディネーターの役割がとても大事です。今はコーディネートする人材の採用や育成、取り組みの伴走支援もしています。
Q.人口減少に危機感を持つ自治体の方々に何かヒントをお願いします。
高校で人づくりや魅力化に取り組まなければ、卒業後、若者たちは地域に戻ってきてはくれません。しかし“県立高校の生徒数減少”という課題に関して、実は一般的な市町村には担当部署がなく、担当者もいないのが現実です。県立高校の問題は、市町村の既存の業務範囲にはないんですよね。だから誰もボールを持たない。
今、僕らが関わる市町村の方々は、既存の枠から外れたことを引き受ける“何でも課”みたいな部署が多くて、決まった課ではなくバラバラです。県立高校の課題が重要だと気づいた人が、自分の業務範囲をオーバーしていても、地域の将来を自分ごととして動けるかどうか。それが一番大事だし、スタートだと思います。
地域のために本気で高校の魅力化に取り組もうとする方がいて、もし悩むことがあれば、私たち「地域・教育魅力化プラットフォーム」に相談してください。きっと力になれることがあると思います。
平成21年度には全て生徒が企画運営する「ヒトツナギの旅」で第1回観光甲子園グランプリを受賞。
高校連携の学習センターを設立し、進学だけではない個々の希望する進路実現を支援している。
岩本さんから学ぶ!自治体が高校魅力化に取り組む意義
1.若い世代の移住定住により地域が存続する
魅力的な教育環境は、若い世代が“住み続けたい・移住したい”と思うために重要な要素。地域の学校が存続していくことは、地域の持続可能性に直結する。
2.次世代の人づくりと関係人口増加につながる
地元の子どもは、外から来る子に刺激を受け、地域の魅力を再発見し意欲が高まる。卒業生は町とつながり関係人口になり、地域の次の担い手になっていく。
3.高校を軸として地域全体が活性化する
高校生が、先生や住民、いろいろな機関とともに活動することで、地域の人にも新たな交流が生まれ、生きがいを感じることも。地域の土壌が豊かになる。