「データに基づくよりよい政策立案を」。それが平成29(2017)年に策定された「統計改革推進会議 最終取りまとめ」のもとに推進される「EBPM」の主旨である。なぜ、データやエビデンスが重視されているのか。その背景には行政にとって重要な役割の一つ「政策立案」の改革を起こす狙いがある。
現在、国をあげて推進している「EBPM」について内閣官房・行政改革推進本部事務局(以下、行革事務局)参事官補佐八木雅彦さん、室 徳圭さんに話を聞いた。
※下記はジチタイワークス内閣官房推進 EBPM特集号(2019年6月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
前提が変わり思考が変わる改革は手段の見直しから
「EBPM」とは「エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング」の頭文字を取った略称である。証拠(データなどのエビデンス)に基づく政策立案を指し、根拠があいまいな勘や経験といったエピソードに頼ることなく、統計データを分析したうえで合理的に政策を考えていくのが目的だ。平成28(2016)年に、行革担当大臣に就任した山本幸三氏が提言した「GDPの見直し」を発端に「統計改革推進会議」で議論が進められてきた。現在は「EBPM推進委員会」によってさまざまな取り組みが展開されている。
行革事務局・八木雅彦さんはEBPMの目的を「達成したい目的から遡って手段を考え、統計データなどのエビデンスで補強することで、成果が生まれやすい政策を打ち出すこと」だと語る。もちろん、従来の方法でもデータは使用はされていました。しかし、そのデータなどのエビデンスの活用自体を、一度見直してみようというのがこれからの動きです」(八木さん)。
これまでの行政においては、データ活用が不足し、たまたま見聞きした事例や限られた経験から導き出されるエピソードのみを参考に政策立案を進めている傾向があった。エピソードも大切な要素ではあるが、統計的に考えると固有のエピソードに頼った政策推進の成果は低い。仮に、ある年代のある市町村に当てはまったとしても、数年後には状況が変わっていることだってあり得る。資金や労力、時間といった住民の血税により実施される行政サービスである以上、また少子高齢化に伴い職員数や歳入も減少していくこれからの時代においては、より信頼度が高く、成果が生まれやすい方法を選択することが求められている。100%成功するという裏付けはできないが、可能な限りその確度を高めるための根拠を求めていきたい。
内閣官房・行政改革推進本部事務局 参事官補佐 八木雅彦さん
行革事務局・室 徳圭さんは、従来のやり方の懸念点をこう解説する。「手段が目的になっていないかというのが注意すべきところです。たまたま見聞きした事例や限られた経験に依存したり、目の前のデータありきで思考するなど『手段ありき』で政策立案を進めてはいないだろうか、という疑問を持つことが大切だと思います」(室さん)。政策手段は予算事業に限られるものではなく、たとえば「規制」などもある。それらについて、データや手段を起点に立案するのではなく、そもそもの解決すべき課題やあるべき姿といったゴールから思考をスタートするというのがEBPMのファーストステップである。
官民どちらにも恩恵があるEBPMで得られるメリット
EBPMを進めることで各自治体にとっていくつかのメリットがある。一つ目は「業務の推進力向上」だ。データの根拠に基づいて判断ができるので、担当者の意思決定や判断スピードが向上し、ロジカルに考えることで必然的に成果が出やすい政策が生まれる。有用性が不確定なものよりも、確実に成果が出ると分かっている政策のほうが自治体職員も進めやすく、住民からの理解も得やすい。
二つ目は「費用対効果に期待ができる」こと。人的資源も予算もコストカットが求められるなか、全方向を対象にした政策ではロスが多い。成果の出やすいポイントに絞って人的・資金的リソースを投じられるのは自治体にとって大きなメリットである。
三つ目は「説明責任を果たせる」こと。住民の税金を預かる行政にとっては、政策の執行には説明責任がつきものだ。数字の裏付けがはっきりとしている政策であれば、住民や議会に対して根拠を持った説明ができる。また財政課や国、県の納得度も高まり、予算や補助金の獲得に近づく。
四つ目は、「政策を打ち出した後でなく立案の段階からPDCAをまわせる」こと。データから導かれる示唆に基づいて質の高い計画を立て(P)、実行(D) するために仮説検証(C) をすれば、改善(A)も効果的に進められるのだ。施行した後でも、データに基づいて定点観測ができるため、一度きりの政策で終わることなく中長期的な改善を図れる。
エピソード・ベース/エビデンス・ベース
政策立案に至るまでには「エピソード・ベース」だけでなく、「エビデンス・ベース」の考え方や分析が必要となる。
EBPMの思考プロセス
EBPMの基本的な考え方はA「現状把握・課題設定」からスタートし、B「政策オプションの洗い出し」、C「ロジックを詰める」へと進んでいく。行き詰まったときには前のプロセスへと戻って考え直すことができる。行きつ戻りつを繰り返すことで政策が精緻化していく。
EBPMの導入において留意しておきたいポイント
現段階でEBPMを推進する体制づくりとして、各省庁にはEBPMの責任者である「政策立案総括審議官」が設置されている。また、「EBPM推進委員会」ではEBPMに必要な人材育成の方針やデータ提供に関するルールを整備するほか、行革事務局では各省庁の推進部局の職員を招集し、EBPMの思考プロセスを根付かせるために有識者を招いてグループワークなども行っている。EBPMの定着は行政にとって急務のテーマだ。なぜなら、従来の手段で政策立案を続けることで失われるものが多い。やり方を変えれば時間も資金もコストカットできるにも関わらず、従来の方法に固執し効率の悪い方法を続けていれば必然的に人的・資金的リソースを無駄にしかねない。
とはいえ、「いいこと」だと理解してもそれを実務に落とし込むためには準備が必要だ。室さん曰く「考慮すべきなのは、データ取得や調査にかけるコストとそれに対する成果のバランス」である。より良い政策を立案するためにデータなどのエビデンスが重要であることは間違いないが、その取得・分析のために時間・金銭コストをかけすぎるわけにもいかない。エビデンス取得に係るコストが政策本来のコストや成果を上回るようなことがあっては本末転倒である。課題の規模や性質などに応じてどこまでのレベルのエビデンスを取るのかといった点も踏まえた総合的な判断が求められる。
内閣官房・行政改革推進本部事務局 参事官補佐 室徳圭さん
新規事業が成功のカギうまく取り入れるノウハウ
EBPMをスムーズに取り入れる秘訣を、八木さんは「新規事業やモデル事業など新しい試みをスタートするときが取り組みやすいのでは」と推測する。新規事業の場合であれば既存の枠組みにとらわれることなく、まったく白紙の状態から「この課題を解決するためには何をしようか」「どんな手段があるだろうか」と考える機会が多いからだ。また、モデル事業であれば最初からデータ取得に莫大なコストを投じることなく、試験的に取り入れられる。
EBPMの推進はスタートして2年。政府の取組もまだ緒に就いたばかりではあるが、今後各自治体においても取組が浸透・拡大していくだろう。ビッグデータの活用が議論される今、市町村にとって見逃せないテーマなのだ。行政は政策を立案し、その政策を通して住民の暮らしや環境をよりよいものへと昇華させていく機関である。データを取得することがゴールではない。まずはよりよい政策を打ち出すことをゴールだと捉え、そのうえで必要なデータがあれば取得する。そして、データを活用して確実に成果を上げていく。それがEBPMを通して実現しようとしている行政の在り方なのだ。
How To
01手段が目的化しないよう注意する
データに基づく政策立案をするとき、データの取得が目的となってはいけない。あくまでも「よりよい政策をつくること」がゴールで、データの取得と分析は手段だと認識しておく。
02最大限、論理的に考える
各自治体が自分たちの現状や成果を的確に捉えるためにはデータとエビデンスが欠かせない。まずは最大限、論理的に考えたうえで必要なデータやあるべき政策を導くことが欠かせない。
03前提を理解し、共有する
EBPMの目的とメリットをチーム内で共有し、理解を深めておくとゴールを見失うことがない。担当者が頭の中で考えたことを素直に紙に落とし込み、チーム内で共通認識を持つことが大事。
04前提を共有できたら体制を整備する
ゴールは「よりよい政策の立案」という前提を理解したら、まずは「やってみる」ことが大切だ。その際には事前に体制づくりをしておくことで、スムーズな改革が進められる。
05かけるコストのバランスに注意する
データやエビデンスの取得・分析にかけるコストとそれに対する成果のバランスに留意する。より質の高いエビデンスをそろえようと思えばきりがないため、求める成果を見越して設定する。
Results
〇EBPMとはデータやエビデンスに基づく政策立案
〇これから行政ではこの考え方がスタンダードになる
EBPMを政策立案を良くするための一つの手段として学んで、実践してほしいですね。今後も各自治体で取り組んでもらうために何をすべきかを考えていきたいと思います。
内閣官房・行政改革推進本部事務局 参事官補佐 八木雅彦さん、室 徳圭さん