急速に進化を遂げている生成AI。業務効率化の切り札として期待されているものの、導入に二の足を踏む自治体も少なくない。令和5年12月時点で、都道府県の51.1%、政令指定都市の40.0%がすでに導入を開始している一方で、そのほかの市区町村における導入率は9.4%にとどまっている(※1)。本記事では、自治体における生成AI活用の現状と課題、そして対策について解説する。
※1出典:総務省「自治体における生成AI導入状況」
【目次】
• 生成AIとは何か?
• 自治体の規模によって異なる生成AIの導入状況
• 自治体にAI導入が求められる背景とは
• 生成AIの活用で自治体業務にどんなメリットがある?
• 生成AIの課題と対策とは
• 実証実験を積み重ね、生成AIの活用を進めていこう
※掲載情報は公開日時点のものです。
生成AIとは何か?
生成AIとは、人工知能(AI)の一種で、テキスト、画像、音声、プログラムコードなど、新しいコンテンツを自律的に生成できる技術のことを指す。従来型のAIが与えられたデータを分類や予測するのに対し、生成AIは新しい内容を創造的に生み出せる点が特徴である。
AIの歴史は昭和25年代から始まり、現在まで発展を続けてきた。その歴史を振り返ってみよう。
昭和から始まったAIの歴史
第1次AIブーム(昭和25年代後半~昭和35年代)
この時期のAIは、コンピューターによる基本的な推論や探索が可能となった。例えばチェスのような単純なルールにもとづくゲームや、簡単な数学の問題を解けるようになった。
しかし、現実世界の複雑な問題への対応は困難であり、想定外の状況への適応もできなかった。当時のコンピューターの処理能力による制約も大きく、実用的な応用には限界があった。
第2次AIブーム(昭和55年代~平成2年代)
エキスパートシステムと呼ばれる、専門家の知識をルール化したシステムが登場した時期である。例えば医療診断や製造工程の管理など、特定分野での活用が進み、人間の専門家の知識をプログラム化することで、一定の成果を上げた。しかし、ルールの追加や更新には多大な労力が必要であり、想定外の事態への対応も困難であった。また、システムを適用できる領域が限定的であるという課題も存在した。
第3次AIブーム(平成12年代~現在)
機械学習、特にディープラーニング(深層学習)の登場により、AIの能力は飛躍的に向上した。
機械学習の発展により、AIは大量のデータから自律的に学習し、パターンの認識と予測が可能となった。さらに、人間の脳の仕組みを模倣した多層ニューラルネットワークであるディープラーニングの革新により、複雑なパターンの認識が可能となり、画像認識や自然言語処理で高い性能を発揮するようになった。
令和4年に入り、ChatGPTに代表される生成AI(ジェネレーティブAI)が登場した。今後もAIの能力と応用範囲はさらに拡大していくと予想されている。
国内の民間企業でも生成AIの導入が急速に進む中、自治体における導入状況はどうなっているのか。次章では、自治体における生成AIの現状を詳しく見ていくこととする。
自治体の規模によって異なる生成AIの導入状況
令和5年12月末時点での総務省の調査によると、生成AIの導入は自治体の規模によって大きな差が生じている。都道府県では半数以上にあたる51.1%がすでに導入を完了し、政令指定都市でも40.0%が導入を進めている。一方で、そのほかの市区町村における導入率は9.4%にとどまっており、自治体の規模による導入状況の二極化が浮き彫りとなっている。
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画像出典:総務省「自治体における生成AI導入状況」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000956953.pdf)
導入に成功した自治体では、組織的な取り組みとして生成AI活用の体制づくりを進めている。今後は、導入済みの自治体の知見を活かしながら、より多くの自治体での活用が期待されている。
自治体にAI導入が求められる背景とは
職員が減る中で今までと同様のサービスが求められる
日本の自治体は今、深刻な岐路に立たされている。「自治体戦略2040構想研究会」が発表した予測によると、2040年ごろまでに自治体職員の数は相当数の減少が見込まれる(※2)。特に地方では、若手職員の採用難やベテラン職員の大量退職により、人材の確保と技能の継承が喫緊の課題となっている。
一方で、住民からは従来と同様、あるいはそれ以上の行政サービスの質が求められているため、減少した職員数でこれを担わなければならない。AI導入は、限られた人員で質の高い行政サービスを維持するための切り札として期待されている。
※2出典:自治体戦略2040構想研究会「第一次・第二次報告の概要」
AIの技術の発展からのスマート自治体への転換の流れ
令和4年11月、米国OpenAIによるChatGPTの一般公開は、AIの可能性を一気に広げる転換点となった。
ChatGPTの登場以降、生成AIの開発と活用は驚異的なスピードで進展している。企業や組織におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の流れは、もはや後戻りできない潮流となっている。この技術革新の波は、行政分野にも確実に押し寄せている。
「スマート自治体」への転換、すなわち、AIやデジタル技術を活用して行政サービスを効率化・高度化することは、もはや選択肢ではなく必須の課題だ。生成AIはその中核を担う技術として期待されている。
行政DXは民間と比べて後れをとりがちであったが、コロナ禍を契機として行政DXの重要性が広く認識されるようになった。生成AIの導入は、DXをさらに加速させる可能性を秘めている。
生成AIの活用で自治体業務にどんなメリットがある?
生成AIの活用は様々な業務領域で成果を上げ始めている。総務省の調査によると、具体的な活用事例として最も多いのが「あいさつ文案の作成」であり、続いて「議事録の要約」「企画書案の作成」「ローコードの作成(マクロ、VBAなど)」となっている(※3)。これらは従来、職員が多くの時間を費やしてきた作業であり、生成AIの導入により大幅な効率化が実現している。
※3出典:総務省「自治体における生成AI導入状況」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000956953.pdf)
その成功事例として、神奈川県横須賀市の取り組みが注目を集めている。同市では令和5年4月からChatGPTの全庁利用を開始し、毎月2,000万トークン(単語数)前後の文章が生成された。さらに、8割以上の職員が「仕事の効率が向上した」と回答しており、生成AIの実務における有効性が明確に示されている。
住民・顧客などの外部向けサービス
外部向けサービスの代表例は、AIチャットボットの導入だ。従来の行政サービスは窓口での対面や電話による対応が中心であったが、AIチャットボットにより、住民は24時間365日、いつでもどこでも必要な情報やサービスにアクセスできるようになった。これにより、住民サービスの質の向上と職員の業務負担軽減を同時に実現している。
職員・内部向けサービス
内部向けサービスでは、議事録の自動作成や要約、翻訳機能による多言語対応など、業務効率化が進んでいる。特に文書作成業務における効率化が顕著であり、企画書や報告書の作成支援により、職員はより創造的で付加価値の高い業務に注力することが可能となる。これは、限られた人的資源を有効活用する上で、極めて重要な意味を持っている。
生成AIの課題と対策とは
生成AIは自治体業務において多くの可能性を秘めているが、その導入にはいくつかの課題が存在する。総務省の調査によれば、「生成AIを試用したが活用範囲が限定的であり、業務効率化にまでは至らなかった」とする自治体も少なくない。以下に、生成AIの導入における具体的な課題と対策について詳述する。
AI生成物の正確性への懸念
生成AIには「ハルシネーション」と呼ばれる事実に基づかない誤情報を生成する現象が存在する。この現象は完全には制御できず、自治体業務における正確性の要求を満たすうえで大きな障壁となる。
しかし、生成AIの活用方法を適切に制限することで、ハルシネーションの影響を最小限に抑えることは可能だ。例えば、既存の文書を基にした文章作成や翻訳、要約といった用途に限定すれば、誤情報のリスクを軽減できる。
また、生成AIの運用マニュアルを作成し、利用ガイドラインを整備することも重要だ。生成された情報は必ずファクトチェックを実施し、AIが出力した情報をそのまま利用しない仕組みを構築する必要がある。
業務への導入効果の懸念
生成AIは大規模言語モデルに基づいているため、一般的な知識に基づいた回答を提示する。しかし、自治体業務においては庁内規則や地域特有のデータを踏まえた回答が求められる。そのため「汎用AIモデルだけでは十分な効果を発揮できない」との懸念がある。
この課題への対策として、RAG(Retrieval-Augmented Generation)技術が注目されている。RAGは特定のデータセットを参照して情報を生成する技術であり、自治体の独自情報を反映した精度の高い回答を可能にする。また、自治体が持つ庁内情報や過去の事例データを生成AIに組み込むことで、より的確な出力が期待できる。
AI導入に取り組むための人材が足りない
生成AIの導入には専門的な知識が必要とされるが、多くの自治体ではこうした知識を持つ人材が不足している。この課題に対する対策として、以下の取り組みが挙げられる。
・他自治体との共同利用
複数の自治体が連携し、AIツールの導入や運用を共有することでコストを分散し、人材不足を補う。
・企業との協力
民間企業と連携することで、専門知識や技術支援を受けながらAI導入を進める。
・サポート体制の整ったAIツールの採用
専門知識が不要で簡単に利用できるツールを選定し、導入のハードルを下げる。特に、導入後のサポート体制が整備されているツールは、人材不足の課題を補完する有効な手段となる。
実証実験を積み重ね、生成AIの活用を進めていこう
生成AIの導入には多くの課題があるものの、適切な対策を講じることで課題を克服し、業務効率化や住民サービス向上といった効果を享受できる。
生成AIの導入は、短期的に全ての課題を解決する万能策ではない。しかし、地道な実証実験を重ねることで、少しずつ自治体業務における生成AIの適用範囲が広がり、スマート自治体への道が開ける。特に、自治体が直面する人材不足や業務の効率化という課題に対して、生成AIは有力な解決策となるだろう。自治体はこれらの課題を一つずつ解決しながら、生成AIの活用を推進していってほしい。