ジチタイワークス

長崎県波佐見町

行き場を失った“石膏型”から新たな価値を生み出す。

全国各地で、それぞれのこころをよせる地域「ふるさと」をより良くしようと頑張る団体、個人を表彰する総務省の「ふるさとづくり大賞」の令和6年度受賞者がまもなく発表される。これに先立ち、令和5年度に自治体として受賞した事例をまとめて紹介する。

この中で長崎県波佐見町は、やきものの生産過程で発生する使用済み石膏型を再利用する地域内循環の取り組みが評価され、自治体としては唯一の優秀賞(総務大臣表彰)に輝いた。町の担当者に成功の理由を聞いた。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

ふるさとづくり大賞を受賞した長崎県波佐見町商工観光課の太田誠也さんと今里奎介さん

 

 

Interviewee

長崎県波佐見町 商工観光課
左:太田 誠也 (おおた せいや)さん
右:今里 奎介 (いまざと けいすけ)さん

やきもの生産の過程で出る副産物が課題に。

波佐見町の陶磁器づくりは、16世紀末の発祥以来400年の歴史をもつ。長く「伊万里焼」や「有田焼」の名称で売られてきたが、2000年代に入って「波佐見焼」のブランドを確立。特に若い世代の人気を集め、現在は全国の日用食器のおおよそ17%に及ぶシェアを誇るという。

同町の人口の2割から3割がやきものに関係する仕事に携わっているともいわれる。農業と並ぶ基幹産業だ。

この波佐見焼の生産過程で排出される石膏型の処分が、これまで地域の課題となってきた。

石膏型とは、やきものの生地を入れ込んで焼き上げる際に使う型だが、100回程度使うと使えなくなる。現在は町全体で年間約700トン程度が排出されているという。

かつては町が運営する最終処分場で埋め立てていたが、平成11年頃に満杯となった。その後は長崎県の最終処分場に搬出していたが、環境上の懸念から平成29年にこちらも停止。行き場を失った使用済み石膏型が、町内に滞留する事態となった。

やきものの生産過程で排出される使用済み石膏型。一時は町内に滞留して景観上も課題となっていたという。

「環境面の課題に加え、色々な場所に使用済み石膏型が積みあがって景観的にも問題があり、放置できない状況になりました」と太田さんは振り返る。

様々な研究会などでの検討を経て、令和元年にふるさと財団の「地域再生マネージャー事業」に採択され、外部から専門家を招いての協議がスタートした。この中で、農業用の肥料や建築材として再利用する地域内循環のアイデアが具体化していったという。

地域内でリサイクル。陶箱クッキーが大ヒット。

その最初の成果が、令和2年に販売を開始した「波佐見陶箱クッキー」だ。

石膏型を粉末化し、土壌改良剤として散布した農地で米粉専用米を栽培。そうして生まれた米粉でクッキーを焼き、波佐見焼の陶箱に詰めて発売した。

使用済み石膏型の再活用で開発された「波佐見陶箱クッキー」。地域内循環のストーリーも手伝って大ヒット商品となった。

「そもそも波佐見町では、やきもの以外にも何か土産品を開発したいという機運があり、その中でうまくマッチングできたのがこの商品でした」と今里さんは説明する。

町内で生産された米粉は、同じく町内の鬼木加工センターでクッキーとして焼かれる。外装は波佐見町観光協会が担当。流通経路は、観光協会の窓口とWEBショップでの直売、ふるさと納税の返礼品に限定し、全て地域内で完結する仕組みだ。

「見た目が可愛いこともありますが、地元のお米を、地元のお母さんたちがクッキーに焼き、地元の波佐見焼による外装まで、まち全体でつくりあげる。この物語性、ストーリーに共感いただいて購入されているお客様もいらっしゃいます」と今里さん。

地域内循環を象徴するこの商品は「グッドデザイン賞2021」や「サステナアワード2021」などを次々と受賞。累計販売数はまもなく1万個を突破するという。

農業用肥料、建築資材としても販売へ。

このリサイクルで課題となっていた石膏型処理の経費負担については、石炭火力発電所から排出されるフライアッシュ(微粉炭の燃焼で発生する灰)の納入と組み合わせることで、収益性が大幅に改善。令和4年には、埋め立てよりもリサイクル費用が安価となり、経済的な自立へと大きく前進した。

令和5年にはリサイクル石膏が普通肥料として農水省の認可を受け、一部販売を開始した。町内のほか、長崎県南部でジャガイモ用の肥料として利用の見込みが立ちつつあるという。

「石膏の成分に含まれるカルシウム分が作用して根の張りが良くなる、また細胞壁が強くなって病気を防止する、といった効果が期待されています」と今里さん。令和6年は7、8月の2カ月で、計5トンを販売したそうだ。

肥料として散布されるリサイクル石膏。県外でもジャガイモなどの肥料として使われ始めているという。

建築資材としては、令和5年にJIS規格に沿った建築基準の試験を通過。リサイクル石膏を建物の内外装に使用することが可能になった。

今里さんによると「特に、空気中の水蒸気を収着したり放出したりする吸放湿性に着目して現在、町内の建設事業者とともに実証実験を行っています」。新しく建設された波佐見町役場の新庁舎にも使用されているという。

まち一丸。「負の遺産」が「富の遺産」に。

ふるさとづくり大賞の受賞について太田さんは「長く手をつけられなかった使用済み石膏型の課題を、多くの方々の協力によって、負の遺産から富の遺産へと切り替えることができた。その経過を評価していただいたことが非常に嬉しく、関係団体にも好意的に受け止めていただいています」と話す。

リサイクルの実現にあたっては、石膏型の収集・運搬を誰がどうやって担うのかが大きな課題だったが「若い町民の方が、波佐見町の未来のためにやっていいよと手を挙げてくれました。そういった若者の参画、未来への危機意識も非常に重要なファクターでした」と、まち一体での取り組みを強調する。

今里さんは「窯業関係の方にとっては、これまで捨てていた石膏に意味をもたせるということで意識が変わられた方も多いと思います。ふるさとづくり大賞について取材を受ける中でも、前向きな言葉が増えたなと感じています」。

廃棄していた石膏型を肥料とすることについては、当初は農業者から“神聖な農地にゴミを捨てるのか”といった反応もあったという。しかし今では「苦労もあったが、ちゃんとした商品になって嬉しいよといった言葉が聞かれ、好意的に捉えてくださっています」と歓迎する。

令和6年5月には陶箱クッキーに続いて「波佐見陶箱ポン菓子ショコラ」を新たに発売した。石膏肥料で育てた米をポン菓子に加工し、チョコレートをかけて波佐見焼に収めた商品で、クッキーと同様、地元限定で販売している。

令和6年5月に発売された「波佐見陶箱ポン菓子ショコラ」。陶箱クッキーに続くヒット商品としての成長が期待されている。

この米自体も「八三三米(はさみまい)」と名付けてブランド化を探っており、ふるさと納税の返礼品としてPRしている。ふるさと納税では「陶箱クッキー」「ポン菓子ショコラ」の限定カラーも扱い、好評を得ているそうだ。

官民が一体となって成果を挙げた地域内循環の取り組み。太田さんは「行政としては今後、波佐見焼の振興を図るとともに、地域内循環の取り組みを通じて他産地との差別化を進めていきたい。リサイクルは社会的要請でもあり、この試みを更に根づかせて、まちの魅力アップに貢献したいですね」と力を込めた。

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