近年、社会の様々な場面で“ナッジ”という言葉が聞かれるようになった。主に行動変容が必要なシーンで使われているが、「漠然としていてよく分からない」という人も多いのではないだろうか。
ナッジとは具体的にどのようなもので、どんな効果があるのか。そして取り入れるためには何をすればいいのか。行政でのナッジ活用を応援しているNPO「Policy Garage」に聞いた。
お話を聞いた方々
NPO法人Policy Garage事務局長、横浜市行動デザインチーム(YBiT)副代表
横浜市役所勤務
長澤 美波(ながさわ みなみ)さん
NPO法人Policy Garage
宮城県庁勤務
伊豆 勇紀(いず ゆうき)さん
NPO法人Policy Garage副代表理事、横浜市行動デザインチーム(YBiT)代表
横浜市役所勤務
髙橋 勇太(たかはし ゆうた)さん
■「Policy Garage」(以下、ポリシーガレージ)とは
横浜市行動デザインチーム(YBiT)のメンバーを中心に、令和3年1月に設立されたNPO法人。人を中心とする効果的な政策を創り、よりよい社会づくりに貢献するため、ナッジなどの行動科学、デザイン思考、EBPMの普及を行う。自治体・官庁職員、公共意識の高い民間や大学の専門家、学生などが参加。
そもそもナッジの定義とは?自治体業務と相性がいいって本当?
まず、ナッジの定義とはどのようなものなのか。長澤さんは「簡潔に言うと、行動科学や社会科学の知見を活用して、市民が望ましい行動をとれるようにサポートする手法です」と説明する。「今までの情報的手法、予算的手法、規制的手法を補完する立場のものであると我々は捉えています」。
例えば“学食で健康的な食事をとってもらう”という場面を仮に設定してみる。「健康的な食事をしよう」と張り紙をするのは“情報的手法”で、ジャンクフードの値段を高くするのは“予算的手法”、ジャンクフードの販売を禁止するのは“規制的手法”となる。ここでナッジを活用するなら、ジャンクフードを取りづらい場所に置き、健康的な食事は目線と同じ高さに設置する、といった方法が考えられるということだ。「この場合、学生には選択の自由が残されていますが、自然に手に取りやすい食事へ誘導される人が多くなります。こうした行動の促し方がナッジと呼ばれるものです」。
ナッジはここ数年で急速に普及しているが、その動きの中で、自治体業務との相性が良いともいわれている。「確かにそうした面はあります。自治体は、住民により良い暮らしをしていただくための施策を提供していますが、同時に住民の行動も変えていかないと施策の効果を最大限発揮することが難しい。そこにナッジを取り入れると、行動変容の効果が見込まれるものが多いのです」。
ほかにも、EBPMと親和性が高い、コストパフォーマンスが良いなど、自治体がナッジを取り入れるメリットは多いが、うまく活用するにはいくつかのポイントがあるという。その1つが、“3つのステップ”だ。
ナッジ活用を始めるための3ステップと、取り組みを成功させるための“EAST”とは?
ナッジ活用の3ステップは、1:行動の特定、2:原因の分析、3:ナッジの設計と進んでいく。ここでは「税金の期日内納付」という課題を例として、順を追って解説してもらった。
横浜市戸塚区が、三菱UFJリサーチ&コンサルティングとの連携により、 口座振替納税勧奨のチラシや封筒などの改善を検討した事例で解説
「まずは行動の特定。課題に対し、どんな行動をしてもらえば解決につながるのかを考え、絞り込みます。期日内納付を促す取組はいくつかありますが、“口座振替にする”という具体的な1つの行動に特定をします。ここで行動を絞りきれないと、解決手法が複数に分岐してしまいます。行動を絞った方が後のプロセスマップも書きやすくなるのです」。
次は原因の分析だ。ここでは、前ステップで特定した行動に至るまでの、細かいプロセスを書き出していく。「“口座振替にする”という行動をとるまでに、住民は勧奨通知を開封する、それを読む、申込書に記入する、といった細かい行動をしているので、“開封していない人が多いのではないか”、“通知書を読むのが面倒なのでは”と仮説を立て、どこに阻害要因があるのかをあぶり出していきます」。
この作業が終わったら、いよいよナッジの設計に入っていく。「阻害要因に対し、それを取り除くアプローチを考えていきます。“興味をひくような封筒に変える”とか、“通知書の文字数を減らして見やすいデザインにする”といったものです。また、人は損することを嫌うので“延滞金のリスクを減らしましょう”といった呼びかけができるかもしれません」。
出所:(上)戸塚区作成(下)横浜市戸塚区と三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の共同実証事業により作成
このように、ナッジを入れていくのだが、そこでヒントになるのが、“EAST®”だ。
EAST®は、イギリスの行動デザインチームが「シンプルで記憶に残るものの方が使われる可能性が高い」という視点で4つの要素まで単純化したフレームワーク。以下のような内容になっている。
「例えば“Easy”の視点では、書面に長文で説明していた内容を図説で視覚的に表記する、といった工夫が考えられます。このようにE・A・S・Tに当てはめて知恵を絞っていくのです。ちなみにYBiTでは、このEAST®を体系化してチェックリストにしており、リストに当てはめながらナッジを設計します」。
ここでもいくつかのポイントがある。まず多様な視点を入れるということだ。そのため、行政目線に偏らないよう住民にインタビューする、あるいは複数の担当者でディスカッションする、といったことをポリシーガレージでは推奨しているという。「ほかにも、EAST®の要素を盛り込みすぎて逆に情報過多になるとか、阻害要因の見極めがずれていて課題の核心に迫れていないといったことが起こらないようにしなくてはなりません」。
このような注意点はあるが、「まずはやってみよう」という気持ちが大切だと長澤さんは付け加える。「ナッジはやってみないと分からないことが多い。その前提でチャレンジして、効果検証も実施し、トライアンドエラーを繰り返して精度を高めていくことがオススメです」。
ナッジについてもっと詳しく知りたい方はこちら:
PolicyGarageホームページ
自治体ナッジシェア
自治体ナッジユニット図鑑
横浜市行動デザインチームホームページ(EAST🄬(YBiT邦訳版)掲載)