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【仕事のヒントは海外から vol.2】海外の取り組みからヒントを得る

前回お伝えしたように、海外の自治体の制度や政策まで視野に入れると、仕事を進める上で新たなヒントを得られることがあります。デジタル技術の発展により、費用をかけずに容易に情報を収集できるようになったことは自治体のあらゆる部署にとって、海外にまで目を向けるチャンスと言えます。海外調査は中央省庁などでも行っていますが、その多くは全国的に問題となっている事項に関するものです。全国に先んじて深刻な課題に直面している自治体では、独自に海外からも学ぶことで、いち早く新たな取り組みにつなげられるでしょう。

今回の記事では、海外の自治体で行われている具体的な取り組みをご紹介します。テーマが分散しすぎないように、「心ゆたかな暮らし」(ウェルビーイング)と「持続可能な環境・社会・経済」(サステナビリティ)の実現に向けた取り組みに焦点を当てました。岸田内閣で打ち出されたデジタル田園都市国家構想で重視される、ウェルビーイングとサステナビリティは、世界の多くの地域でも注目されており、これらの実現に向けたさまざまな取り組みが進められています。

なお、「海外が進んでいるから日本の自治体は見習うべき」と言いたいわけではなく、比較する際の参考事例としてご紹介するものです。

※ご紹介する取り組みには、すでに日本の一部の自治体で取り入れられているものや、民間で進められているものもあります。

【連載】
vol.1 自治体のあらゆる部署で“国際化”が重要なワケ
vol.2 海外の取り組みからヒントを得る ←今回はココ
vol.3 海外事例を調べてみる
vol.4 海外事例を自治体の政策立案・業務改善に活かす

道路は誰が使うのか

欧米の一部の都市などでは、これまで主に自動車が利用していた道路を自転車や歩行者向けのものに転換し、道路を車から人の手に取り戻す動きが進んでいます。日本の自治体でも「ウォーカブルなまちづくり」の取り組みが出てきていますが、市内広域で自動車の速度制限を時速30kmに引き下げたパリ市や、マイカー禁止のエリア開発を行うクルドサックテンペ(米国アリゾナ州)など、海外の先進事例から得られる教訓は多いと考えられます。

こうした道路空間を活用する取り組みの背景には、複数の街区をまとめた「スーパーブロック」を形成し、その内部を歩行者空間にするバルセロナ市(スペイン)のプロジェクトや、徒歩・自転車・公共交通機関で15分や20分で行ける範囲に仕事・買い物・教育・医療・娯楽などに必要な施設をまとめる構想(ポートランド市(米国)、メルボルン(オーストラリア)、パリ市など)のような、広域で都市の生活スタイルを変えるビジョンがつくられていることなどがあります。

道路を車から取り戻すことの目的には、温室効果ガスの排出量削減だけでなく、道路を「人中心」の空間にすることによるウェルビーイングの向上があります。2000年代後半から道路を歩行者向け転用する取り組みを続けてきたニューヨーク市は、コロナ禍の中の2021年、道路を公共空間として活用する「オープンストリート」事業を開始しました。自動車の走行などを禁止する時間を設け、その間、道路は子どもの遊び場や市民の交流の場として活用されています。


図:オープンストリート事業のイメージ図(New York City Department of Transportation)
 

牡蠣で海面上昇に適応する

気候変動関連では温室効果ガスの排出量削減や吸収などの緩和策が目立ちますが、排出量をゼロにすることは困難なため、深刻化する気候変動に「適応」する取り組みも求められます。海面上昇がもたらす浸水リスクへの対応は、沿岸部にある世界中の都市にとって大きな課題です。海面上昇と地盤沈下の影響が危険視されるニューヨークでは、高潮対策の一つとしてNPOがレストランで消費された牡蠣の殻を基盤に使って牡蠣を繁殖させ、牡蠣礁を防波堤とする取り組みを行っています。波の被害の軽減だけでなく、海洋生態系の維持につながる取り組みとして期待されています。
 

複雑な計画文書はまとめられるか

日本の自治体では一般的に、最上位計画である総合計画が政策企画系の部署、都市空間の計画であるマスタープラン(基本計画)が都市計画系の部署で策定されています。そして、その他多くの分野でも計画が策定されていますが、サステナビリティやウェルビーイングの実現には、多分野の取り組みを統合的に管理して戦略的に実施してくことが有効だと考えられます。欧米の自治体では、総合計画と都市計画が一体となり、その中に多分野の計画がまとまっていることも多いため、計画制度の枠組みを考える上で参考にすることができます。
 

課金による渋滞・大気汚染対策

これまで、シンガポールやロンドン、ストックホルム(スウェーデン)などでは渋滞の緩和策として、中心市街地に入る車に課金をするロードプライシング制度を導入してきました。昨年、ニューヨーク州では米国で初めてとなるロードプライシングの導入が発表されており、マンハッタン南部の指定地域を通行する車に一定の料金(交通需要の少ない夜間・早朝などには減額される)を徴収する制度が今年から開始する予定です。

また、近年、欧州では大気汚染対策としてディーゼル車の制限地域を設ける取り組みが広まっています。特にロンドンでは基準を満たさない古い車に対し、ガソリン車であってもロードプライシングと別で料金を徴収する「超低排出ゾーン」制度があり、昨年にはその対象地域が拡大されました。気候変動対策の加速が求められる中、こうした制度はさらにほかの地域でも導入される可能性があります。


図:ロンドンの超低排出ゾーンの標識(Transport for London)


図:超低排出ゾーンの導入による二酸化窒素排出量削減の効果(Greater London Authority)※

※2017年を起点として、都心部(central)とインナーロンドン(inner)で、それぞれ超低排出ゾーン(ULEZ)の導入後の数値と導入していなかった場合の推計値を比較。
 なお、減少の背景には新型コロナの流行などもあります。

 

観光公害から新たな観光コンテンツを

新型コロナの影響が落ち着いたことで、外国からの旅行者数が急速に回復しています。観光客の増加は地域経済を活性化する一方、地域環境を悪化させる「観光公害」(オーバーツーリズム)につながり、サステナビリティの低下を招きかねません。観光公害への対応ではアムステルダム市(オランダ)の取り組みが進んでいます。サステナブルなまちづくりを進める同市では、観光公害への対策としてホテルの新設や民泊貸し出し、クルーズ船寄港の規制を行うとともに、観光客税の引き上げなどを行っています。加えて同市ではスタートアップ企業が運営する面白いツアーも出てきています。川でプラスチックごみの釣りを楽しむというツアーで、回収したペットボトルは家具作りに活用されています。
 

デジタル技術で新たな住民参加を

ウェルビーイングを向上させるためには、実際に地域に住む人々の声を聞くことが欠かせません。近年、デジタル技術の発展により、インターネット上で住民が提案や議論を行えるプラットフォームが登場しています(Decidim(バルセロナ/スペイン)、CONSUL(マドリード/スペイン)、vTaiwan(台湾)など)。特に、バルセロナ市で開発された「Decidim」は世界の40以上※の自治体で活用されており、日本でも一部の自治体で導入や検討が始まっています。このプラットフォーム上で意見交換や意見への投票ができることなどから、新たな住民参加型の意思決定が可能になると注目されています。日本での導入は始まったばかりであり、参加促進の手法や集まった住民意見の反映方法などは海外の事例が参考にできるでしょう。

※2024年1月現在、公式ホームページでは活用団体として44自治体が掲載されています。

失敗事例からも学ぶ

これまで成功事例を取り上げてきましたが、もくろみどおりに進まなかった事例からも学ぶことができます。トロント(カナダ)のウオーターフロントで2017年に開始されたスマートシティ事業では、センサーやカメラから市民のデータを集める計画に市民が強く反発したことなどから、主導していたIT企業が事業から撤退しました。これはビッグデータの活用を重視した結果、住民目線に立った開発でなかったことや、民間企業が膨大なデータを収集・管理・活用して利益を得ることへの疑念などから失敗した事例と言われています。ここから、開発の初期段階から地域コミュニティを巻き込んで住民のニーズを理解することや、特定の企業に依存しすぎないことの重要性について教訓を得ることができます。なお、同地区では現在、新たな開発計画が進められており、その動向を追うことでも新たな知見が得られると思われます。
 

 

今回ご紹介したものは海外事例の一部に過ぎません。実際に自治体の新規事業などを考える上では、関連の取り組みをより広く深く調査する必要があります。

次回は、自治体職員が海外事例を調査する際の方法について書いていきます。

※なお、本記事の記述は筆者の私見であり、所属する組織を代表するものではありません。
 

小松 俊也(こまつ としや)さん

東京都職員として都市外交や長期戦略の所管部署等に加え、自治体国際化協会シドニー事務所および日本政策投資銀行への派遣を経験し、海外との調整や海外事例調査の実務に携わる。現在、ジョージタウン大学公共政策大学院に在学。行政x国際デザインラボ代表。元・オンライン市役所国際課長。著書に『これ一冊でよくわかる 自治体の国際業務マニュアル』(イマジン出版/共著)がある。

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