ジチタイワークス

山形県南陽市

タクシーを活用したコンパクトな地域公共交通を、住民の力で実現した「おきタク」。

南陽市沖郷(おきごう)地区の高齢者向けタクシー「おきタク」。民間のタクシーを活用し、コストを抑えながらも必要十分なサービスを実現しているが、その事業主体は行政ではなく、“住民で構成される協議会”なのだという。

令和3年度には「地域交通優良団体」として国土交通大臣表彰を受けた同事業の、経緯と今後の課題を聞いた。

※下記はジチタイワークスVol.22(2022年10月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。

民意の二極化を乗り越えて、住民主体で地域交通を模索する。

平成9年に路線バスが廃止され、長らく公共交通の空白地帯になっていた同地区。平成26年、高齢化対策として“デマンド型交通の導入”を公約に掲げた現市長の当選を機に、同市は地域公共交通の見直しに乗り出した。しかし「当初は難航していました」と落合さんは振り返る。同地区の東端には新幹線駅と繁華街があり、地区内の生活利便性に格差が存在していた。そのため「“公共交通不要論”と“デマンド型交通への期待”とで、住民の意見が二分していたのです」。

市はその地域事情と経過を踏まえ、もともと地域活動が活発だった同地区の地区長会に相談。「持続可能な仕組みを実現するには、住民による主体的な事業運営が不可欠と考え、行政はそのサポート役に徹することにしました」。

平成29年、地区長会を母体とする「沖郷地区地域公共交通検討会」を設立し、まずは視察や勉強会を重ねた。交通需要をより具体的に把握すべく、平成30年4月、地区内の高齢者にアンケート調査を実施。「その結果、移動困難な高齢者は全体の1割程度、約200人という事実を数値で確認できました。1割の需要に対する費用や負担を、皆が数字で捉え、見直すきっかけになったのです」。

全世帯が年200円を負担して、薄く広く支え合うシステムに。

少ない需要に対し、車両を購入して運用するデマンド型交通はあまりにコストが高い。そこで浮上した案が、タクシーの活用だ。「検討会を中心に議論を重ね、市は法令の確認やタクシー事業者との調整、経費の試算など、支援に徹しました」。コストや事業者の負担を勘案しながら、運行ルールも検討会で策定。60歳以上を対象とし、前日に予約をすること、自宅から病院やスーパーなど、指定された場所までの移動に限ることなどを取り決めた。

利用料金は片道500円に設定し、平成30年11月に「おきタク」の実証実験を開始。「結果は好評で、少数の需要に対して必要十分な方式だと分かりました」。

次年度の本格運用を目指し、最終調整を行っていた平成31年3月、市は検討会へ、事業の財源について1つの提案をもちかけた。それは“地区負担金”についてだったという。「現時点で1割の需要でも、今後さらなる高齢化で利用者の増加が見込まれます。利用者負担と市の補助だけでなく、地区全体でも負担する、“事業を皆で支える仕組み”として提案し、金額や徴収方法などは、検討会に一任しました」。検討会はこれに応え、“全世帯から年200円を徴収する”ことを決定したという。

「利用の有無にかかわらず、負担になりすぎない額を徴収し、薄く広く支え合うシステムです。検討会ではすぐに趣意書を作成して住民へ説明にまわり、ついに地区全体での合意形成にたどり着きました」。その後検討会は、沖郷地区の全住民を構成員とする協議会に再編され、令和元年10月におきタクの本格運用がスタートした。

持続可能性を第一に考えながら高齢者の日常の外出を支える。

運用開始から3年が過ぎ、登録者は451人、うち167人が実際に利用しているという※。令和3年2月に行った利用者アンケートでは、約4割が“外出の機会が増えた”と回答。前司さんは「高齢者の生活の質向上だけでなく、まちのにぎわい創出にもつながっており、運転免許証を自主返納する後押しにもなります」と分析する。

今後の課題は“関心を薄れさせない”ことだという。「土日も利用したいなど多くの要望が寄せられますが、全てをかなえることはできません。協議会では“高齢者の日常の外出を支える”という事業の趣旨をぶらさず、“持続可能であるか”を判断基準に、無理のない運用方法を選択しています。タクシーを活用したこの仕組みが特別優れているのではなく、たまたま沖郷地区の現状に合っていただけ。自分たちの地域に何が一番良いのか、どうしたら維持できるか、住民自身が関心をもち続け、主体的に考えていくことが最も重要だと感じています」。

※令和4年6月時点

南陽市 みらい戦略課
左:主事 前司 宏明(ぜんじ ひろあき)さん
右:主任 落合 祐弥(おちあい ゆうや)さん

事業の理解促進と維持のためにも、積極的にメディアの取材を受けたり、公民館だよりに運行状況や利用者の声を載せたりと、住民の目に触れる機会を増やしています。

課題解決のヒント&アイデア

1.数値による現状把握が、進むべき方向を明確にする

デマンド型交通は、全ての問題を解消する魔法ではない。実際に困っている人の数を把握することや、それにかかる費用を算出し現状を把握することが、地域ごとの身の丈に合った対策を考える第一歩。

2.“自分には関係ない”を、対話と仕組みで乗り越える

利用者が少数派となる公共交通の場合、住民の大半は“使う人の問題で、自分には関係ない”と考えがち。地域内の十分な議論を促し、全世帯を巻き込んで支え合う仕組みで、その壁を乗り越える。

3.住民・行政・事業者で共通の判断基準があるから迷わない

事業の趣旨は“高齢者の日常の外出を支える”ことであり、判断基準は“持続可能であること”。これらを住民・行政・事業者と関わる人たち全ての共通認識とすることで、状況の変化にも対応する。

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