ジチタイワークス

公務員の「法的トラブル」とは?リスクは日常業務に潜んでいる?

多種多様な仕事がある自治体現場での人事異動は、しばしば「転職」と称されるほど。「これまでの経験が活かせず途方に暮れる」といった話を耳にすることも多い。

そこで、ジチタイワークスでは『自治体シゴトのテキスト』をスタート。少しでも皆さんの支えとなるよう、多種多様な自治体業務について、その業務に精通している方にやりがいや魅力、仕事のポイントについてご紹介いただく。

【法的トラブル対応を学ぶ 基礎編】

第4弾のテーマは「法的トラブル対応」。今回は『公務員の法的トラブル予防&対応BOOK』などの著者である市川市職員の米津孝成さんにご登場いただく。米津さんのテキストには、いったいどんな内容が書かれているのだろうか。

※著者の所属先及び役職等は2022年5月公開日時点のものです。
※各記事の掲載情報は公開日時点のものです。

異動の不安は法的トラブルから?

地方公務員にとって、異動はまさに転職です。そんな異動の辞令を受けたときに皆さんの頭をよぎるのは、「新しい上司や同僚と上手くうまくやっていけるかな」という新しい職場に対する不安と、「経験のない仕事をこなしていけるかな」という新しい仕事に対する不安ではないでしょうか。

こうした不安の正体を探ってみると、「資料でミスしてしまうかもしれない」「ハラスメントを受けるかもしれない」「慣れない公用車で事故を起こしてしまうかもしれない」「住民から審査請求を起こされるかもしれない」などといった、トラブルの火種に対する危惧が見えてきます。

私たちが遭遇するミスやトラブルは、自治体の内部での処理や相手との話し合いによって解決できるものから、法令(地方自治法、地方公務員法、行政不服審査法、国家賠償法、民法など)の規定に沿って処理しなければ解決できないものまで、様々な態様と段階があります。

・課長の指示で作成した資料に間違いがあった。 
⇒ 修正して課長に提出し直す。

・事業者に送付した決定通知の内容に間違いがあった。 
⇒ 正しい内容で再度決定し、事業者に謝罪した上で正しい決定通知を送付する。

・住民票を交付申請者とは別の者に誤って交付してしまった。 
⇒ 誤交付した住民票を回収し、交付申請者に事情を説明した上で住民票を交付する。個人情報の漏えい事故として処理する。交付申請者から損害の賠償を求められる可能性がある。


上に挙げた3つの事案は、ミスやトラブルとその基本的な対処法の例です。

部署の内部処理で解決できるミス、対外的な影響があるが通常の事務処理で解決できるミス、法令の規定に沿った手続きで解決する必要があり、関係部署も巻き込んだ深刻な事態になる可能性もあるミスについて、解決がより簡単な順に並べました。

本稿では、最後の例のように法令の規定に沿って処理しなければならなくなる事態を「法的トラブル」として取り上げ、法的トラブルとは何かを探り(第1回)、法的トラブルへの予防と対処法について俯瞰し(第2回)、法的トラブルに強くなる体力づくり(第3回)をご紹介しながら、みなさんの不安を払拭していきたいと思います。

 

法的トラブルってどんなトラブル?

自治体で発生するミスやトラブルのうち、法令の規定にもとづく手続きに沿って処理しなければならないものには、どのようなものがあるでしょうか。例えば、きっかけに着目すると、次のように分類することができます。

・住民対応
住民からの過度のクレーム、行政対象暴力、庁内の無断撮影など

・事業者対応 
行き過ぎた行政指導、贈収賄など

・事故 
公用車による交通事故、施設における負傷事故、住民票の誤交付など

・不祥事 
ハラスメント、無許可の副業、飲酒運転、犯罪行為など

・契約・権利 
契約不履行、入札事故、著作権の侵害など

・行政行為 
審査請求、処分取消訴訟、住民訴訟など


また、これらの法的トラブルが自治体にもたらすダメージとしては、大きく分けて次の3つに整理することができます。

経済的ダメージ
損害賠償責任の負担、再発防止のための追加の出費など

信用的ダメージ
住民の自治体への信頼が失われることなど

人的ダメージ
職員や職場における経済的ダメージ(職員の減給処分など)と信用的ダメージ(職場環境の悪化など)


これらのダメージが蓄積すると、自治体の信用と魅力が低下し、人口の減少、税収の減少、優秀な人材(職員)の減少、ひいては自治体として有効な施策を打ち出せない事態となり、最終的には地域全体のダメージへとつながっていく可能性があります。

みなさんの中には「そんな大事件はなかなか起きないだろう」、「そこまで大げさな事態にはならないのではないか」と思う方もいるかもしれません。

しかし、法的トラブルに起因する事件、事故は、全国で毎日のように発生しており、中には、自治体が多額の賠償責任を負担したり、長が引責辞任に追い込まれたりする事案も散見されます。そんな事件、事故が重なってしまったら、転居先や働き先としてその自治体の魅力が大きく低下し、地域全体の活力が失われてしまう危険性は小さくありません。

自治体にとって、こうした危険性は、決して過小評価できるものではないのです。

 

法的トラブルの火種はすぐそこに

ある自治体で、勤務時間中にツイッターに私的な投稿をしたとして、その職員に懲戒処分を科したとの報道がされました。

その職員は、きっと「仕事の合間にちょっとくらい良いだろう」という軽い気持ちでやってしまったのでしょう。それが、職場で問題となり、上司の信用を失い、同僚に対して恥ずかしい思いをし、懲戒処分へとつながり、しかも、自治体の不祥事として報道されてしまいました。住民から自治体への抗議も少なからず寄せられたことでしょう。

このように、法的トラブルの多くは、「ちょっとだけなら」「自分だけは大丈夫」「どうせみんなもやっている」などといった、不注意、甘え、油断、過信、思い込み、対応の遅れなど、日常業務の中に潜んでいる実にささいな火種が起点になっています(もちろん、適正な事務を行っていても法的トラブルが発生することはあります)。

・勤務時間中に、公設パソコンで株取引を行ってしまった。
・前日の飲酒が残った状態で公用車を運転し、事故を起こしてしまった。
・テレワーク勤務中に遊びに出かけ、近隣住民に職場へ通報されてしまった。
・入札用務の慣れから、価格の設定方法の誤りを見落としてしまった


みなさんは、こうした行為を絶対にやらない自信はありますか?「もしかしたらついついやってしまうかも」と思ったら要注意です。ここに法的トラブルの怖さがあります。

しかし、このことを逆方向から見てみると、もう1つ別の分析をすることができます。それは、日常業務の中に潜んでいるささいな火種を理解し、備え、気づき、すばやく対処することができれば、多くの法的トラブルは回避し、防ぎ、解決することができるということです。

 

次回以降、法的トラブルを克服するための基本的な心構え、知識の集め方、対処法を整理し、みなさんに示していきます。

読み進めていくうちに「なんだ、当たり前のことばかりじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、当たり前のことを積み重ねていくことで法的トラブルに対処できるのであれば、こんなに安心で早道なことはないと思いませんか?

法的トラブルに限らず、様々なジャンルで勉強、研究、経験が進んでいくと、いつしか基本に立ち返っているという話を聞くことがあります。身につけ、守るべきは、まずは基本であるということを再確認していきましょう。

 

本記事は基礎・実践・応用編で構成されています。
実践編はこちらから


プロフィール

米津 孝成(よねづ たかのり)さん

市川市議会事務局議事課主幹。平成16年、学歴・年齢の制限を撤廃した職員採用制度による採用の「一期生」として入庁。福祉部福祉事務所、総務部法務課等を経て現職。「公務員の法的トラブル予防&対応BOOK」、「公務員の仕事の授業」(いずれも学陽書房)、「自治体訟務イロハのイ」、「自治体法務の事件簿」(いずれも自治体法務NAVI e-Reiki CLUB/第一法規)などを執筆。

著書

公務員の法的トラブル予防&対応BOOK』(学陽書房)

公務員の仕事の授業』(学陽書房)他多数

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