【明日からできる!調整力の高め方#3】合意を生み出すための作法(調整の原則)とは。
ようやく動き出した企画が、各所との調整が難航した結果、実行できなかった……。こうした経験をもつ人はいるのではないだろうか。こうした場面を乗りこえるためには、効果的な“調整力”が必要だが、具体的にどう身に付けていけばいいか、悩む人も多いだろう。
前回に続いて、元足立区教育長の定野司さんに、合意を生み出すための作法(調整の原則)について教えてもらった。
【連載】『合意を生み出す!公務員の調整術』(学陽書房)からご紹介
第1回 上司から学んだ交渉術とは
第2回 調整の目的はヒトを動かすこと
第3回 合意を生み出すための作法(調整の原則) ←今回はココ
第4回 組織における内部調整の進め方
第5回 町会・自治会との調整(前編)
第6回 町会・自治会との調整(後編)
解説するのはこの方
文教大学(経営学部)客員教授
定野 司 /(さだの つかさ)さん
1979年、東京都足立区に入区。2002年の財政課長時代に導入した「包括予算制度」が、経済財政諮問会議の視察を受け注目を浴びる。以来、一貫して予算制度改革やコスト分析による行政改革を実践。2008年から自治体の事業仕分けに参加。2012年、多くの自治体と共同して新しい外部化の手法を検討する「日本公共サービス研究会」の発足・運営に携わる。
2015年から2期6年間、足立区教育長を務め、学力向上、特別支援教育、不登校対策に力を注いだ。2021年より現職。2022年、持続可能な自治体運営と、幸せな合意形成の実現をめざす「新しい自治体財政を考える研究会」の代表理事を務める。
著書に『合意を生み出す!公務員の調整術』『マンガでわかる自治体予算のリアル』(学陽書房)などがある。
私の拙書『合意を生み出す!公務員の調整術』では、調整の原則として8つ挙げていますが、今回は、このうち、特に重要な3つの原則をご紹介します。
Win-Winの原則
一方ではなく双方の満足を見出す
お店で欲しいものが買えたとき、私たちは「いい買い物ができた」といいます。代金を支払っても、“損した”とは思いません。損するくらいなら買わないからです。
一方で、売った側の店主は「喜んでもらえてよかった」といいます。代金をいただいても、“もうかった”とは思いません。商品と代金の関係だけを見るとゼロサムですが、買い主と売り主の間では“Win-Win”です。
これを上手に表現したのが「近江商人(おうみしょうにん)」の「三方よし」です。“買い手よし”、“売り手よし”、“世間よし”。
この、世間良しというのは、社会貢献のように直接的なものから、経済の循環、雇用の創出や納税といった間接的なものまで様々あります。
落語や講談の題目として有名な「三方一両損(さんぼういちりょうぞん)」は、3両入った財布を拾った金太郎と、それを落とした吉五郎との争いです。
互いに受け取らないことで裁きに入った大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)が、1両2分(1.5両)ずつに分けず、わざわざ身銭を切って、褒賞金1両を足しました。
本来なら二者間のゼロサムゲームなのに、褒賞金と、公正で人情味のある裁定・判決をあらわす「大岡裁き」という名の付加価値がついたために、三者の間でWin-Winの関係になったのです。
このように、今見ている利害関係がゼロサムであっても、視野を3次元、4次元(時間)にまで広げて考えると、互いに満足する答えが必ず存在します。調整は、このWin-Winを目指します。
問題分離の原則
人ではなく問題に注目する
“相手にこういう条件を提示したら(相手の条件をのまなかったら)、人間関係が悪くなるのではないか”、もし、あなたがこのように考えたら調整は、自分と調整相手の人間関係で決まってしまいます。また、調整に上下関係を持ち込めば、それはただの“指示”です。
考えなくてはならないのは当事者が抱えている問題であって、それを抱えている人ではありません。“人ではなく問題に注目して調整を図ること”。それが、人と問題を分離する原則です。
人と問題を分離すると、調整相手と問題を共有することが可能になります。そうなれば、あなたと調整相手は一緒に問題解決にあたる“同志”であり、“敵”ではなくなります。ですから、調整に成功しても失敗しても、人間関係は良くなります。それは、絆ができるからです。
また、人と問題を分離すると、“人付き合い”が苦手な人でも、調整にあたることができます。調整に必要なのは、素早く回転する“頭”でも、よどみなく言葉が出てくる“口”でもありません。
問題を解決したいという強い“意志”と、困難に直面しても、決してめげない“心”です。
利害共有の原則
自分と相手の利害を明らかにする
2人の姉妹が2個のレモンを取り合っています。
2人はどうしても2個のレモンが欲しいと譲りません。そこへ、お父さんがやって来て言いました。
「1個ずつ分ければ、いいだろう」。
しかし、2人とも2個のレモンを譲ろうとしません。
「お姉ちゃんなんだから、妹に譲ってあげたらどうだ。お姉ちゃんには明日、新しいレモンを買ってあげるから」。
私も2人兄弟の兄だったので、よく我慢させられました。
このように、足して2で割ること、兄弟姉妹、親子のような人間関係で片付けることも、よくある調整法です。
それでも、2人とも2個のレモンを譲ろうとしません。そこへ、今度はお母さんがやって来ました。
「どうして2個のレモンがほしいの?」
(妹)「レモネードをつくるのに、レモンの中身が2個分必要なの」
(姉)「マーマレードをつくるのに、レモンの皮が2個分必要なの」
もし、お父さんのいうように1個ずつ分けていたならば、姉も妹も、十分な量のレモンの中身も皮も得られず、両者に不満だけが残ってしまうところでした。きょうだいげんかに発展していたかもしれません。親子関係にヒビの入る可能性もありました。
このように、調整は人と人の間で行われますが、“人”の中にある“問題”を分離し、“問題”の奥にある“利害”にたどり着かなければ、調整は進まないのです。
交渉と調整の違い
“調整”と似たものに、“交渉”があります。
交渉(ネゴシエーション)とは、利害や対立関係にある二者以上が、互いの要求を主張して、最終的な合意点に達するまでのプロセスのことです。
自分の主張の正当性を法律や証拠にもとづいて立証し、相手の主張を論破すれば得をし、逆に相手の主張に負けて譲歩すれば損をするので、交渉は“負けられない攻撃的なもの”になりがちです。
これに対し、調整(コーディネーション)とは、利害や対立の発生を未然に防ぐために行われるものです。利害や対立が発生して初めて開始される攻撃的な交渉とは異なり、調整は予防的、防衛的です。
交渉が相手にするのは“ヒト”ですが、調整が相手にするのは合意するための共通の問題、“コト”です。互いに足りない“コト”を埋める努力をするのが調整です。
交渉では譲歩を勝ち取ると文字通り“勝ち”ですが、調整では相手の不足を補うことができると“感謝”され、相手はあなたの不足を補おうと努力します。返礼が期待できるのです。
交渉に必要なのは“説得力”ですが、調整に必要なのは“共感”です。“共感”によって、新しい価値を創造することこそ“調整”なのです。
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